迷惑で面倒なのに恋心
週末、金曜と言えば、仕事から解放されて飲みに行く! と、いうことはなく、今夜はのんびりとDVD鑑賞。公開されていた時に、時間が取れなくて観に行けなかったタイトルその他。レンタル開始になるのを、かなり待っていた。この週末に観ようと、待ちわびていた。
「明日のデート、忘れてるのかな? まあ、いっか」
私はスマホをチラリと見て、彼氏から返信があるかを確認した。昨日、連絡をしたのに、特に返事がない。疲れているのか、忘れているのだろう。私はスマホを机に置いた。
付き合いが1年にもなれば、多少予想がつくので、そんなにヤキモキもしない。連絡はマメな方の私と、連絡不精の彼。もう諦めている。
夜9時。彼の仕事はもう終わっていて、普段なら返信が既にある頃だが、音沙汰ないのは飲み会に違いない。さすがに自分から言い出した予定を忘れる男ではない。夜中までには、返信があるだろう。そのくらいは、気心知れている。
「折角だから色々借りたけど、どういう順にしようかな」
一人暮らしだと、独り言が増える。私は借りてきたDVDを並べて、鑑賞順を考えた。
借りてきたのは、目的のファンタジー映画。これはトリ。予定を入れてない、家事をこなし、一人の時間を過ごす日曜用。残りはラブコメ2作とホラー、サスペンス。
「ホラー、ラブコメでいっか」
真夜中にホラーを観て、その後に寝るのは怖過ぎる。私は「ラスベガスの恋に勝つルール」を手に取った。以前も観たが、もう何年も前。話は何となく、ぼんやりと覚えている。楽しくて、胸もトキめいた。気に入った。そういう記憶がある。間違いなく、幸せ気分をくれる作品。
11時少し前。
「ベタだけど、やっぱり良い。結構、内容覚えてたな。2人とも目の保養」
私はソファの上で大きく伸びをした。そういえば、と思い出して机の上のスマホを手に取った。今月一緒に飲みに行く友達たちから、空いている日についての返信があった。
それだけ。
これだけ彼からの連絡が遅いということは、余程楽しく飲んでいるのだろう。楽しいと、スマホを見ないと何度か聞いている。
「明日、出掛けるのは昼からとか言い出しそう。いっそ朝まで観ようかな」
会える時間が減るのはちょっぴり、いや結構寂しいが仕方ない。彼がサッパリしてきているので、合わせるしかない。恋愛はバランス。片方が片方へ重くのしかかると、ダメになるもの。
サスペンス、ホラー、ラブコメ。
もしくはホラー、サスペンス、ラブコメ。
最後に楽しくない映画を観たくないので、その二択。
「ホラーにしよう。怖くて寝れなくなったら電話しよう」
彼の自宅は駅から徒歩15分。彼が終電で家に帰宅する頃と、ホラー映画が終わる頃は同じくらい。私はお気に入りのクマのぬいぐるみを手に取って、ブランケットを肩にかけて、ホラー映画を観はじめた。
「かくれんぼ」というタイトル通り、怖い場面が幻のように現れるのでイチイチ怯えてしまう。しかし、私には強い味方、クマさんがいる。初デートで、映画鑑賞後にゲームセンターで取ってもらった思い出の品。こういう時には本当に役に立つ。良い年した大人が、と言われるだろうが、家の中なら誰も見てないので、問題なし。
12時過ぎ。
映画の中で、いきなり電話が鳴ったのと同時に、私のスマホからも音楽が流れた。
「ひっ!」
着信音は電話のもの。画面を確認すると、彼だった。私は映画を止めて、スマホを手に取った。
「 何で今⁈ もうっビックリした!」
通話を開始して、私は「もしもし?」と問いかけた。
無言。
「もしもし? タケ君? もしもし?」
無言とか、怖いから!
胸騒ぎで、別れ話とか? と急に不安になった。何も身に覚えはない。喧嘩もしてないし、最近の彼の態度に大きい変化はない。
しばらくして電話の向こうから、男の声が聞こえてきた。
「〜駅。〜駅。御乗車ありがとうございました」
終点の駅だ。いつもと路線が違うが、終電が近いと、こっちの路線に乗るんだっけ?
「タケ君?」
「あー、ミキちゃん? 何? 寂しくなって電話してきたの?」
のんびりとした、ムニャムニャというような声。これは、完全に酔っ払いだ。
「電話してきたのはタケ君だよ。今、ホーム? 電車内じゃないよね?」
電車内だと迷惑なので、通話を終了させないといけない。
「俺? そっかあ。酔った。眠い。ここは、ホームだねえ」
「帰って早く寝て。明日、水族館行くのを忘れないでね。前から約束してたのに、夕方まで寝てたとかは、流石に怒るからね。おやすみなさい」
「えー。まだ寝ない。寝たくない。眠くない。ちゃんと起きる。ミキちゃん、俺は寝たくないんだよ」
さっき眠いと言ったばかりだろう、この酔っ払いめ。最悪、明日のデートは夕方からかもしれない。ゴニョゴニョ何か言う彼の声の向こうで、駅員さんのアナウンスがした。
「一番線に〜行きの最終電車が到着します。危険ですから白線の内側でお待ち下さい。一番線に到着の電車は〜行きの最終電車です」
「終電だって! 乗り換えもそろそろ終電なんじゃないの?ちゃんと歩いてる?乗り換えに向かってる?」
「歩いてる、歩いてるよミキちゃん」
大丈夫なのか? まあ、自力で帰ってもらうしかない。
「なら一回切るよ。駅に着く頃に電話するから、バイブで頑張って起きるんだよ」
彼がまた何かゴニョゴニョ言ったが、聞き取れなかった。私は通話を終了させた。それから、彼が最寄の駅に着く時間を検索した。寝てしまって何処かに行ってしまうのは困る。ホラー映画の続きが怖いので、起こすついでに話相手になってもらおう。
だいたい15分後か。
私はとりあえず、紅茶を淹れることにした。アップルティーの良い香り。映画は怖いけれど、続きが気になる。終わりが知りたい。私はリモコンの再生ボタンを押した。
怖い場面が増えているので、私は彼に電話する時間を今か今かと待った。真夜中にホラー映画は止めておけば良かった。
予定の時間に、彼に電話をかけた。
無反応。
「完全に寝ちゃったのかな? ここまで酔うのも珍しいなあ」
留守電になるたびに、私は電話をかけ直した。五度目でやめた。もう起きないだろう。
彼の最寄の駅から終着駅までは、タクシーで帰れる範囲。お金はかかるだろうが、どうにかなるだろう。ここまでしたし、これはもう仕方がない。私は怖いのを紛らわす相手がいなくなったことに、少し落胆した。
私は机にスマホを置いて、映画に集中することにした。私の味方は、腕の中にいるクマさんだ。今日からこのクマを彼氏と呼び、彼のことは第2彼氏と呼んでやろう。明日、水族館の赤ちゃんペンギンは絶対見たい。凄く可愛いだろう。しかし公開時間は夕方前まで。間に合わなかったら、ペンギンの赤ちゃんグッズを買わせよう。と、適当な事を考えながら怖さから目を背ける。
「幽霊じゃなくて、父親の仕業? 多重人格⁈ それは予想して……」
ガチャガチャガチャ
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ガチャガチャ
ピンポーン
「ひっ? な、何⁈」
突然の物音と、玄関のドアが鳴らす音で、私は固まった。
不審者? 警察? ど、どうしよう?
私はスマホを手に取った。インターホンのモニター画面を確認する勇気もない。
丁度良く、彼から着信がきた。私は震える手で通話を開始させた。
「タ、タケ君……」
「ミキちゃーん! 起きた? 開けてー! ちゃんと ミキちゃんに会いにきたよ!」
思わぬ発言に私は目を丸めた。慌ててインターホンのモニター画面を見にいくと、前髪を弄る彼が立っていた。
迂闊にも、思わず嬉しいと思ってしまった。しかし、直ぐ後に「面倒臭そう」と浮かんできた。
「ちゃんと会いにきた?」
「電話しただろ? これから会いに行くって。機嫌直してよ。パンケーキのこと覚えてるからさ。ペンギンの赤ちゃんも。眠いから寝に来た。俺、眠くないから起きてる」
支離滅裂なんですが。
通話状態のまま、私は玄関に向かった。仕事が終わった後に、飲みに行ったのならばスーツだろう。どう考えても、泥酔。明日は早くからは出掛けられないのではないか?
会いにきてくれて嬉しい、なんて気持ちは完全に消え去って、苛々した。パンケーキと水族館のことを覚えてるなら、帰ってサッサと寝て欲しかった。
扉を開くと、タケちゃんは今にも立ったまま寝そうな勢い。目をこすってムニャムニャ言っている。やっぱりスーツ。
「あーあ、もうタケ君。何で家に帰らなかったの?」
「ミキちゃんが可愛いから」
ん? と思った瞬間。私は彼に抱きしめられていた。付き合う前から今までで、初めて聞いた。酔ってる彼からも聞いたことがない。一気に恥ずかしくなって、私は言葉に詰まった。パンケーキも水族館も、苛立ちも、頭の中から飛んでいった。
「ど、ど、ど、どうしたの? よ、酔ってるね……」
「酔ってない。ミキちゃんには酔ってる。急に声聞きたくなった。声聞きたいから何か喋って。明日より早く会いたかった」
いきなりキスを求められて、私は避けながら急いで彼を部屋に招いた。深夜とはいえ、家の前でキスなんて無理。明日より早く会いたかった? もう、その明日だ。こんなに甘えられるようなのは、かなり嬉しい。
キッチンの前で、今度は後ろから抱きつかれた。
「ちょっ……ちょっと待って。み、水。水飲みな」
耳にキス。次はほっぺた。
「水? 飲む」
彼が私から離れた。
正直、ガッカリした。
「うええええ。気持ち悪い……」
彼がトイレへと移動していった。こいつ、私のトキメキを返せ。吐くほど飲んだのを見るのも初。1年の付き合いだと、まだまだ知らない一面があるのだな、と妙に冷静な気持ちになった。
「もー、ほら、上着脱いで」
これではまるで子供の世話係だ。 彼の背広を脱がして、鞄を持って私はリビングへと移動した。彼の鞄を壁際に置き、ハンガーに背広を掛けた。それから彼の着替えを用意し、キッチンで水を準備して、トイレへと向かった。
「気持ち悪い。飲み過ぎた……」
「ほら、もう。ここに水置いておくからね。それからお風呂に入る。洗濯機の上にパジャマとか置いておくよ。何で帰らなかったかなあ……」
トイレの手前にある洗面台に、水の入ったコップを置いた。
しばらく放っておいて、寝てないか後で見にこよう。私はリビングへ戻った。
あの様子だと、明日は日がな一日寝てしまうだろう。起きても気持ち悪いとか、頭が痛いと言いそうだ。
明日はデート、という多少ウキウキしていた私の気持ちを返せ!
しかし、泥酔して「明日より早く会いたかった」は中々、いやかなりキュンとした。
面倒なのと差し引いて、気分は上々。デートは毎週してるが、こんなことは今まで無い。言いたいことはあるが、まあ程々にして許してやろう。
「明日のデートなしなら、映画観よう」
私はサスペンス映画のDVDを手に取った。徹夜をすれば、私も昼過ぎだか夕方まで一緒に寝れる。2人で寝るのも悪くない週末だ。心残りは目的のパンケーキの期間限定味が明日で終わってしまうこと。代わりにデザートビュッフェでも予約して貰おう。
しばらくして少々煩い物音と、シャワーの音が聞こえてきた。
起きてよう、そう思ったのに、一週間分の仕事の疲れと映画の冒頭の静けさで、私は眠りに落ちてしまった。
何か、ふわふわする。
ぼーっとする。
私、寝てたのか……。
眠い……。
薄く目を開くと、彼の顔が近くにあった。背中に柔らかい感触がしたので、ベッドに運ばれたのだと気づいた。お姫様抱っこなんて、人生初。
これは、素敵。
「目、覚めたわ。すげえ恥ずかしい。俺、酔い過ぎて変だった」
無意識なのか、私はクマさんを抱きしめていた。彼が私からクマさんを奪ってソファの方へと放り投げた。
「あっ……。私の彼が……」
眠くて、変なことを口走った。
「ミキちゃんは俺だけのものだろ」
途端に激しいキスが降ってきた。
サッパリとした薄塩対応くらいの彼からの、甘く突き刺さるような言葉。
私は自然と目を閉じた。
こんなの、迷惑も面倒も……理性なんて吹き飛ぶ。
今度はガッカリしないくらい続いて、終わらなくて、お酒を飲んでないのに、私も酔ったみたいに目眩と熱感を感じ続けた……。
翌朝、寝起きの彼がかなり照れ臭そうで、あれこれ言い訳がましかったので、私は改めて恋に落ちたかも。なんて思ってしまった。
身に覚えがある人、いると思います