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空想のサクラ 〜Another Flower  作者: 秋山 楓花
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貴女と僕の変わらない日々


――どうして彼女と出会ったのだろうか。

 

 頭の中で膨らんだ世界は唐突にこんな言葉で打ち消された。なんとなく、そう、なんとなく思った一言で、今まで考えていたことすら忘れるくらい大きな衝撃が小さい心に駆け抜けていった。

 といっても、答えは簡単に見つかる。そんなの神様のご都合か運か縁か……まぁそんなところだ。誰も最適解なんて分からない、もはや哲学じみた問を心の中の『もう一人の自分』が呟いた、ただそれだけだ。でもそれが戯言だとしてもその場に着地し、思考を巡らせた。つまり何かしら引っ掛かったことがあるわけで。

 

「ナナと僕が出会った理由……」

 

 ここにいる『本当の自分』も呟きたくなる程、よく分からない何かを考えたくなった。部屋の窓から空を覗けば、オレンジ色に変わった太陽が周りを包み始めていた。たった一人の狭い部屋でぼーっと考え耽る姿は滑稽だろうか。そんな散乱した意識は重いドアの開閉音で一気に戻ってくる。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、ナナ」

 

 自室を出ると、大きめのトートバッグを持って彼女は玄関で微笑んでいた。仕事帰りで疲れているはずなのに笑顔はいつもの輝きをまとっている。いや、いつも以上か。

 

「何か良いことあったの?」

 

 駆け寄って尋ねると驚いた表情をした。大きく開いた目も爛々としている。

 

「えぇ!? な、なんで分かったの?」

 

「笑顔がキラキラしてるから嬉しいことでもあったのかなって」

 

「私そんなに顔に出てるかなぁ……」

 

 彼女は両手で頬を押さえ、今度は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「ナナは笑顔が素敵だからそのままでいいと思うけどな」

 

 靴を脱ぐ時邪魔になるから、と僕は手を開いた。今度はむっとした表情でバッグを渡してくる。

 

「……ユウの、ばか」

 

「えっ!? バカ!?」

 

 靴を脱いで僕の前を通り過ぎた時、彼女は小さく呟いた。なんで僕が馬鹿なんだ。

 

「なんでもないっ! 天然さんなのが悪いもん!」

 

「僕、天然じゃないよ!」

 

「天然さんだよ! 違う意味の天然さん!!」

 

「どんな意味だよ!」

 

「色んな意味のっ!!」

 

 ナナが思いっきり振り返る。大きく大きく膨らませた頬と少しシワを寄せた眉間。小さくなった口、細めた瞳。その顔を見れば見る程可笑しくて。

 

「「っはははは!! 変な顔!!」」

 

 大口開けて笑い転げた。

 

「ナナ、すんごい顔してたよ、あはははっ!」

 

「ユウも変な顔だった、もん、ふ、ふふっははは!」

 

 そして一分くらいひーひー言いながら腹を抱え、お互い笑い涙を拭う。彼女の瞳は輝いたままだ。

 

「……あのね、嬉しかったこと、なんだけど」

 

 落ち着いたナナから穏やかな声が溢れる。

 

「実はユウのことなんだ」

 

「僕?」

 

 彼女は小さく頷いた。

 

「生徒さんがね、言ってたの。ユウさんの指導のおかげで強くなれたって。心配だった実技テストも合格できたって、とても良い笑顔で話してくれたの。なんだか自分が褒められたみたいに嬉しくなっちゃって」

 

 落としてしまったバッグを彼女は拾って、中の物を探し始めた。

 

「たくさん褒めてくれるから自信もついて、本当に感謝してるってこれ」

 

 手の中には可愛い包装で包まれた手作りクッキーと小さなメモ用紙の手紙。

 

「あの子か、テスト以来会ってなかったんだった。代わりにナナが受け取ってくれたんだね、ありがとう」

 

 彼女の指先に少し触れて、離れていく。そのとき、空っぽになった手で僕の手を優しく掴んだ。

 

「ナナ、どうしたの?」

 

 俯いてしまったナナ。手の甲の温もりが伝わってくる。

 

「ユウは……皆に優しくて、良い所は褒めるもんね。平等に、絶対お世辞なんて言わない」

 

「そうだね。僕お世辞好きじゃないんだ。だったら本当の気持ちを言ったほうが」

 

「でもね!!」

 

 彼女の一声ではっとする。顔を上げた彼女の瞳が少し歪んで、それでも笑っていた。オレンジ色だった部屋に赤が混じる。

 

「その優しさが、誰かに向けた本当の優しさが、すごく辛いの」

 

 頬に流れる一雫。

 

「自分勝手でごめんね。理解して欲しいなんて言わない。気付いて欲しいだけなの……」

 

 

――あぁ、そうか、そういうことなのか。

 さっき心に引っかかった理由はこういうことか。

 

 

 理解が追いつけば追いつくほど心臓が強く波打つ。同時にナナに対しての申し訳なさが迫ってくる。彼女は今まで必死に伝えようとした「それ」を、尊い純情を、僕は無下にしてきたのだ。鼓動が痛みに変わる。

 

「――ナナ」

 

 この感情はこんなに辛いものだったのか。彼女は優しい笑みで僕を見つめるが、そんな彼女も心の中で苦しい思いをしてきたのだろう。移ろう表情と甘い言葉は、過剰な程儚く、美しいものだった。野原に咲く小花のように健気な彼女の淡い気持ち。ようやく気付くなんて本当にバカだ。

 

 そして僕は、愛に体を押された。

 

「嫌だったら抵抗して」


 

 

――射し込む赤い光の影の中、君を強く抱き締める。

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