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空想のサクラ 〜Another Flower  作者: 秋山 楓花
1/7

不良品の僕たちは 1

 夕焼けの空、春の香り、深緑の草花。

 俺たちが初めて出会った場所。

 それは輝きの中で、忘れることはない鮮明な思い出。


 小さな、小さな、春の話。




「あの、もしかして探してるのってこれですか」


 俺は小柄の女性に話しかけた。振り向きざまに手元を見て、安心したような笑みを浮かべる。


「あぁそれです! ありがとうございます!」


 受け取って胸の前でぎゅっと握りしめる彼女。とても大切な物だったらしい。偶然といえども見つけてよかったと満足感が胸の中に広がった。困っている人を放っておけない性格だが、今回助けたのは違う理由もある。


「その制服、同じ学校ですよね。そしてそのリボン、同じ学年だ」


 もし彼女が私服だったら背が低いのと童顔が合わさって、年下扱いをしていたかもしれない。同い年、でもクラスで一緒になった覚えがない。確かにこんな人いたな、くらいだ。


「あ、本当ですね。なんだか勝手に親近感湧いてきました」


 えへへ、とはにかむと手の中の輝きをまた見せてくれた。


「この月形のパワーストーン、幸福をもたらしてくれる物なんです。綺麗ですよね。お母さんが買ってくれて、大切な物で……だから、本当にありがとうございました」


「いえいえ、たまたま見つけたその奥で貴女が探していたから声をかけただけですよ。でもこんなに大切にしてるなら、パワーストーンもお母さんも喜びますね」


 彼女はきょとんとした後、笑い声を漏らした。


「ふふっ、面白い人ですね」


「よく言われます」


「一緒にいたら楽しそう」


「それもよく言われます」


 今度は大きく笑った。僕もつられて笑う。土手の上で男女が何やってるんだと思われそうだが、今はそんなことどうでもよかった。


「私、春川――って言います」


「俺、桜宮――」


「これからよろしくね」


「あぁ、よろしく」


 お互い自分の家に向かって歩き始める。分かれ道がくるまでずっと話し続けた。今までの委員会、係、クラス、勉強のこと。不思議な程、彼女との会話はとても楽しいものだった。


「あ、俺、家こっちなんだ」


「そうなんだね。それじゃまたね!」


「またな!」


 手を振り合って背中を向ける。数歩歩いてあることに気付いた。

 俺、初対面なのにこんなに気さくに話したの初めてだ。



*



「よっ! 夫婦! やっぱりお前らは切っても切れない縁があるんだなぁ!」


「知らねぇよ、先生がそうしたんだろ」


「やめてよ、こっちだってこいつと三年間一緒だなんて虫唾が走るわ」


「あぁ? それはこっちの台詞だ」


「はぁ!?」


「きたー! いつもの夫婦漫才、お熱いねぇ!」


「「だから違うって!!」」


 新年度朝っぱらから俺は機嫌が悪い。なぜだ、なぜ三年連続こいつと同じクラスにならねばいけないのだ。

 こいつは俺の昔っからの幼馴染で小学校、中学校、高校とずっと一緒。しかも成績も俺と同じくらいだから、いつもテストで張り合って気が抜けない。テスト期間が近くなると露骨な嫌がらせが始まるから余計緊張しっぱなしだ。それで負けたらハー○ン○ッツかコンビニおでんを奢らなければいけなくなる。そしてプライドも許さない、ガチの勝負。

 でも正直、こんなお遊びに付き合うのも嫌になってきていた。俺は静かにしていたいのに。


「あと一年の辛抱か……」


 それもこっちの台詞だ。言い返したい気持ちをぐっと堪えて左を向いた。外の景色をぼんやり見るのが好きな俺にとって最高の席だ。そして今年は後ろから二番目、上々だな。これで本当にこいつが隣でなければ天国だったのに……。


「……お」


 教員用昇降口から誰かが歩いてくる。桜の木の前に立ち止まり、じっとそれを眺めているようだ。俺たちの学校のシンボルである校門近くの大きな桜。この季節になると圧巻されるくらい綺麗に美しく咲くのだ。そんな桜をずっと見続けている人。すらっとした長身の男性で臙脂(えんじ)色のカーディガンを着ている。随分オシャレな先生だ。


「……あ、桜先生またいるんだ」


「桜先生?」


「そう、桜が大好きだから桜先生。本名は知らないんだけどね。暇さえあればこの桜の木を見に来るんだって。去年までは一学年担当の先生だったらしくて、教科は生物らしいよ」


「なんでそんなに詳しいんだよ」

 

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔をする。ウザい。


「噂では相当なイケメンなんだよ……」


「はぁ……アホくさ」


「ちょっと! 女子の夢を壊すんじゃないよ、このブサ男!! 彼女なし!!」


「おい、彼女いないのはお前のせいでもあるんだからな!?」


「あぁー……私たちの担当教諭にならないかなー……」


「話聞けよ!!」


 あぁもう、こいつといるとイライラしてばっかりだ! せっかく一人でのんびりしていたのに! もういい、屋上へ行こう。そして本を読みに行こう。そこしか俺の居場所はない。リュックから文庫本を取り出して俺は席を立ち上がった。


「ちょっとどこいくのよ!」


 口も聞いてやらない。あんなやつ知らない知らない。さぁ早く落ち着ける場所へ


「あ」


 廊下を出て直ぐ、小柄な女性に目を奪われた。


「昨日の人だよな!」


「昨日の人って……私には名前があるよ!」


「えっと、春川さん!」


「大正解」


 また二人で声を上げて笑った。


「まさか一緒のクラスだったなんてね」


「私は知ってたよ。だって昨日またね、って言った」


……確かにそうだ、言っていた。貴方はかなり有名な人だしね、と彼女は微笑んだ。首元にはあのネックレスが輝いている。


「そのネックレス登校中も身につけてるんだ」


「そうなの、できればずっと手放したくなくて……でも学校の時はさすがに外すけどね」


「なんか……そんなに大切にしてる物見つけて本当によかったなって」


「本当だよ、感謝してもしきれない。ありがとう」


 真正面からのお礼がなんだか(くすぐ)ったい。


「あ、それ……」


 彼女は俺の手に掴まれた本を指差した。


「本読むんだ」


「あぁ、意外だろ?」


「いや、私も本好きだから嬉しい。何のジャンルが好きなの?」


「あー結構幅広く読んでるけど、一番好きなのはSFかな」


 私も好きだとか、仲間ができて嬉しいとか。こんな他愛もない話が俺の中ではすごく居心地が良くて。彼女は自分の中で何かを変えてくれた。まだそれが何なのかは分からないけれど。でも案外新しいクラスは捨てたものじゃないと思えた予鈴一分前だった。



――苗字順で早い俺は遅い春川さんと席がかなり離れてしまっていた。暇な授業の時にちらりと彼女の姿を伺うが、人に隠れてあまり見えなかった。でも授業態度や姿勢から見るに、優秀な人なのではないかと思う。先生からの問題に遅れず正解を答えるし、抜き打ち宿題チェックも余裕で合格しているようだ。そして何より顔が整っていて可愛い。これはきっと男に人気になるタイプだ……。


「……ねぇ、次の現文の宿題見せてよ、一問分からなくてさ」


「あ、俺も頼むぜ。ぜんっぜん分かんなくてさ」


 そう思っていたのは二週間前までだった。確かに彼女は優秀な生徒であることは変わらない。ただ、俺の想像と全く異なっていたのは休み時間の時。


「ね、ちょっと、聞いてる? 耳聞こえてる? おーい」


「あ、アップデートきてんじゃん。こっちのクエスト消化しないと」


「あんたは早く宿題終わらせなよ!」


 彼女は移動教室がない時ずっと一人でルーズリーフのノートを見返しているのだ。たまにシャーペンを握り、何かを書いているようだが。友達を作ろうとか近くの人に話しかけようとか、そんな新学期早々の行動を全然していない。ただ一人黙々とノートを見つめ、手を動かしている。何をして


「ねぇ!? 遂に耳もバカになっちゃったの!?­ ご愁傷様!!」


「あぁもう、うっさいな! お前の声なんて嫌でも耳に入ってくるわ!」


「大きい声出させるあんたが悪いんでしょ!?」


「はいはいお熱いのはそこまでにして、宿題見せてねー。親友君」


「お前はもう少し頑張る努力をしろよ……」


 俺を親友君と呼ぶ目の前の男は去年から同じクラスの友達だ。こいつもなかなかの曲者で、一番厄介なのが面白いと思ったらすぐに突っ走る性格だ。そのせいで自分が何回苦労してきたか……。しかも人を巻き込むことが大好きで、台風のような迷惑極まりない奴でもある。そんな無邪気な性格の裏に色々と暗い事情があるらしいが、あまり彼からは話してこない。俺たちはいつの間にか仲良くなって、いつの間にか親友と呼び合う仲になった。親しくなった理由もない、本当に謎だらけの人間だ。


「で、どこだよ、その分かんなかったところ」


「ここなんだけど」


「あぁ、これはここ持ってくるだけなんじゃねえの?」


「えぇ……ひっかけっぽくない? あの先生ならやりそうじゃん?」


「知らねぇよ。疑いすぎだろ」


 俺は腕組みをして渋い顔をする。その様子を見て頬杖をつきながらこつこつと指で机を叩き始める。


「あんたさー、もうちょっと人を疑った方がいいと思うよ。良い意味でも悪い意味でも素直なんだからさ」


「なあなあ」


 親友がいきなり口を挟んだ。少し真面目な顔をしてスマホを片手で操作している。


「あいつのこと気になんの?」


 もう一つの手で春川さんを指差す。少し心臓が跳ねるが、冷静に言葉を選ぶ。


「別に、クラス発表の日の帰りにたまたま合って話したってだけさ。それ以上も以下もない」


「ふぅーん」


 親友はつまらなそうにまたスマホを弄り始めた。あいつはまだ宿題の答案と睨み合いをしている。納得するまで突き詰める癖が、こいつを黙らせる良い結果になったな。そのままずっと黙っとけ。


「いやぁな、あの人孤立しているくせに信憑性の高い情報が手に入らないんだよ。女の嫉妬から生まれたつまんない嘘ばっかり! ほんと嫌になるぜ」


 呆れ顔で親友は愚痴を流す。こいつは生粋の情報マニアで今流行りの噂や秘密をほぼ全て把握していると言っている。ただ嘘話は好きじゃないようで、一番好きなのは「驚愕の()()」だそうだ。嘘はご都合主義だらけの稚拙な物語でも作れるだろう、真実こそ価値がある、と目を輝かせて話してきたのを覚えている。なんで俺の周りには変人しかいないんだ……。


「でもまぁ……あまり良い話は聞かないよね。なんかしょっちゅう柳田に呼び出されてるし。私だったら近づきたくないかな」


 シャーペンをくるくる回しながら言い放つ。あいつはキツい、自分の感情をそのままぶつけてくる。もう慣れたが、俺はその性格が好きじゃない。

 ちなみに柳田は俺たちのクラスの担任だ。


「お前みたいな性格のやつばっかりだったら、こんな嘘まみれの情報もなくなるのにな」


「褒めてくれてるのかもしれないけど、私みたいなのが多かったら毎日衝突事故よ」


「うーん……それもそれで面倒だな」


「でしょ? 私は私一人で十分」


 俺なんかよりも親友とあいつの方が仲良しだと思う。それでも二人が俺についてくるのはなぜなのだろうか。そんなこと聞いてもろくな返事をしてこないのも分かりきっていることなのだが。

 うだうだ考えている内に次の時間のチャイムが鳴り響く。二人はのんびり自分の席へ戻っていった。えぇと……次は現文、現文っと。


「あっ」


 喧騒の教室の中、一瞬だけ彼女と目が合った気がした。かなり距離は離れているはずなのに重なる視線。唾を飲み込む。彼女はルーズリーフのノートを机に入れ、教科書とノートを取り出した。俺もそれに習いペンケースの中身を確認する。よかった、あいつに奪われていない。


「……またいる」


 先生を待つ間に窓の外を見ると、いつもの彼の姿。今日は黒のカーディガンに身を包んでいる。全てを吸収するその色に俺自身の意識も吸い込まれていく。


――なぜ、こんなに彼のことが気になるのだろうか。



「起立!」


 大きく通った声で我に帰り、慌てて立ち上がる。また退屈な時間が始まる。


「礼!」


 マイナスな思考に頭を抱えるように、俺は一礼した。少しも働かない脳を今日も何の関心も無しに引き連れ、授業を聞き流していく。それに慣れてしまった俺はまた窓辺で彼の姿を探している。彼はただ、桜を見つめていた。

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