慎重な勇者とかわいい魔王の御伽噺
世界一慎重なはずの勇者ですが、劇中でその慎重さはまったく発揮されません。本当は超クレバーな探索や、戦闘がプロローグで入るかなと思いましたが。バカな方がいいなと思ったのでカットしちゃいました。
これは、とてもとても遠く離れた違う世界のお話。
「またメンテナンスかい?」
「ああ、おっちゃんのところでやってもらわないと心配でさ。自分で手入れはしているけど、やっぱ本職にお願いしてこそ万全になるっていうかね」
「そうさな、ここは稼ぎやすいダンジョンも近いことだし、うちの職人のレベルは他の街にも自慢できるくらいだ。毎回きてくれて損はさせねえぜ。」
「うんうん・・・・・うん?」
「って、どうした?」
その日、アウトランド王国在住の【世界一慎重な勇者】と名高いシン・カサネは街で装備の点検中にとてつもなくアレな存在を目にした。
「なん・・・・・・だと!?」
勇者特有の察知能力で見つけたその少女はすさまじいオーラを放っていた。抜けるような白い肌、黒髪黒目はこのアウトランドでは珍しく、肌の白とのコントラストが印象に残る。胸のふくらみは服の上からでも美しい曲線を主張し、黒いワンピースにはレースの刺繍、フリルがあしらわれ、彼女がそこらの町人とは隔絶された世界の存在であることがわかる。端的に言って顔の造形、スタイル、雰囲気とすべてにおいて美しいとしかいえない少女だった。シンは持ち前の慎重さを発揮し、少女を察知した理由を考察した結果4つの候補にまで瞬時に絞込んだ。
①あのかわいさは異常、魔王がアウトランドを掌握するために直接乗り込んで住人全員を魅了しようとしている!!
②あれは見たことないけど隣の国の姫!たぶんそう!きっとそう!!
③きっと巡業していたアイドルがお忍びで観光にきている、そうに違いない!!
④目の錯覚、己が美少女との出会いに飢えた結果の幻覚に違いない。哀しい!!
シンは順番に再検討する。④は哀しいから全力で否定したい。③だとそれなりに売れていそうだから知らないというのも変ということで却下し、①と②に絞り込む。そして②だが、そういえば隣の国って確か去年くらいにみんしゅしゅぎ?とか言い出して王政やめていたような気がするので①が残った。
余談だがシンのパーティーは超殺意の高い黒人戦士と、めったにしゃべらない根暗な女魔法使い(かなりのマッド)と、すごく徳の高い僧侶のじいさんの4人PTである。頼みの綱の女魔法使いはいつもフードにローブ、口元はヴェールで隠れていてそもそも年すらよくわからない。 そんなシンが美少女に執着してしまうのは仕方ないことだった。魔王(?)をとめる!そう心を決めてシンは動いた。
「ねえ、君?こんなところで何をしているのかな?俺かい?俺は勇者シン・カサネってもんなんだけど、時間あったらお茶しない?」
①を放置してはアウトランドが危ない!シンはそういうことにして目の前の魔王らしき美少女(言いがかり)を全力で引きとめようとお茶に誘った。
シンの容姿だが、少女と同じくアウトランドでは珍しい黒髪黒目、細身の筋肉質、身長は178センチ、体重は70kgと均整の取れた体をしている。1000人にアンケートをとれば500人くらいがかっこいいと答えてくれる程度には良いルックスをしているわけだが・・・・・・。
「・・・・・・!いきなりは無理!!」
「く、だが俺はあきらめない!」
まるで迷惑なナンパ男の被害に遭遇したかのような、お断りにシンは一瞬の隙を作ってしまった。
すかさず武器屋にいたごろつきがからんできた。
「おう、小僧?お嬢ちゃん嫌がってんじゃねえかよ?しつこくすんなや。イテコマスゾコラアアア!!」
アウトランド王国にはこんな奴らがけっこう多い。どうみても前衛職をやるためだけに生まれたような肉体、粗野な言動、バーサーカーでもいまどきこんな好戦的な奴はいねえ!?という程に沸点が低い。
しかし慎重な勇者は隙こそ見せたものの伊達に世界一慎重とまでいわれるだけあり、この手のごろつき対策は完璧だった。問答無用でごろつきの握った拳をつかみ、そっと手のひらに金貨を乗せ、握りこむ。ゲスい笑顔で流麗な礼を決め
「失礼、これでこの場はお納めください」
有無を言わさぬ早業でごろつきをこの場から去るように仕向ける。
「お?おお?なんだ、話がわかるじゃねえか、ガッハッハ。なんか困ったことがあったら相談しろや」
ごろつきは金貨に気をよくして去っていく。
「さあ、邪魔者はいなくなった。俺と一緒にお茶でも・・・・・・いない!」
シンはまだ付近にいるはずと心に言い聞かせストーキング、もとい追跡を開始した。
少女はその場を全速力で離れていた。心臓が飛び出そうなほどに鼓動が早まっている。これは・・・・・・。
「危なかった。まさかいきなりこの国の勇者に出くわすなんて。まさか私の正体に気づいていた?」
噂には聞いていた。アウトランドの【世界一慎重な勇者】はガチと。
疫病の魔王曰く、あの男の深謀深慮は暗き海の底、星の海の彼方に通じると。
暗闇の魔王曰く、あの男の大胆な行動はありえないほどの確率をも計算に入れた綱渡り。しかしその正確さはすべてを上回ると。
力の魔王曰く、あの男は若い女に飢えている。目があっただけでやばいと感じた。会話したら妊娠してもおかしくないと。
音速の魔王曰く、あの男に目をつけられた魔王は逃げることあたわず。すべてを見通す力をもっていると。
少女の名前は星の魔王。最近生まれたばかりの新人魔王にして魔族の希望の星。彼女の先輩に当たる魔王達は彼女を歴代最高の魔王とするべく様々な情報や物資を彼女に惜しみなく与え、そして試練もまた与えたのだった。
アウトランド王国の地下に封じられた伝説の魔獣を使い魔にすること
彼女がこの国を訪れた理由である。
アウトランドは伝説の魔獣を封印したダンジョンの真上に築かれた神殿を中心に発展してきた。当時の偉大な賢者達が、伝説の魔獣の邪悪な魔力を純粋な力に還元し、都市全体のレイラインに流すことによって土地のステータスを上げるだけでなく、魔獣を浄化する封印を施したのだった。
なお残念なことに現代では王家以外の国民達は自分達の足元、最奥部に邪悪な伝説の魔獣が眠っているとは露ほどにも思われていない。
「必ず、ダンジョンに挑んでみせる・・・・・・でも、入り方わからない」
すさまじく残念なことに星の魔王は完全無欠の方向音痴であった。王都のど真ん中に行けば封印の神殿、すなわち入り口はすんなり入れるのだが、さして複雑でもない区画から抜け出せずにぐるぐると回っていた。
もう何度同じ武器屋の前を通過したことか。別にチェーン店で大量に同じ名前の武器屋があるわけではない。何度回っても同じ道に戻ってしまうだけなのだ。
見かねた武器屋の親父が声をかける。
「お嬢ちゃん、どっか行きたいところあるのかい?あんまりぐるぐる回ってるとまた勇者のにーちゃんがくるぞ?」
勇者がまた来る、それは魔王を追いかけて。そう思っただけで星の魔王の鼓動は早鐘のようになる。
「これは・・・・・・力の魔王から聞いたことがある。これは・・・・・これが【恋】!!」
星の魔王はかつて力の魔王から聞いた言葉を思い返す。
『星よ、目を閉じ。その者の姿を心に映してみよ。もしその者が星を求めて追いかける姿を想像し、心の臓が早鐘を打つようになれば、それは【恋】というものだ』
『【恋】?それはおいしい?』
『甘いかもしれない。苦いかもしれない。甘酸っぱいこともある。その先には【愛】がある』
『【愛】?もっと甘い?星は苦いのは嫌い』
『そうだな、【愛】は己から与えて、相手からも貰うものだ。相手によってその味はかわろう』
『むぅ、星は力のくれるお菓子の方がいい。またちょうだい』
『勉強が進めばまたくれてやろう』
星の知識は基本的には力の魔王達から教育を受けたものがほとんどだ。断片的な情報を元に少女は今のこのドキドキが力の魔王の言っていた【恋】ではないかと結論した。
ちなみに力の魔王の特技は教育ではなく、文字通りの力尽くでの強行突破である。【鋼の筋肉でできた頭脳】、【お花畑の思考回路】、【文学的なジャ○アン】等の不名誉な称号もある強大な魔王である。
「あー!!さっきの子いたあああああ!!」
丁度タイミングよく世界一慎重な勇者にそぐわない大声をはりあげながらシンが現れた。
星の魔王はとことこと小さい歩幅でシンとの間合いをつめると至近距離まで相対する。
「用事って終わったのかい?もしまだなら手伝うから一緒にお茶し・・・・・・」
「黙って?」
シンの言葉を食い気味に黙らせる。目の前のシンを凝視する星の魔王。心臓の音が早くなる。
夕日が二人を照らす姿は、他の者から見ればまるで恋人同士のワンシーンのようだった。
「んっ・・・・・・ちゅ」
何を思ったのか星の魔王はシンに問答無用のキスをした。時間にして2,3秒の軽いキスだ。甘い匂い、柔らかな感触、突然の衝撃にシンの頭の中でこれまでの人生がリフレインし・・・・・・この少女は100%魔王と確信した瞬間だった。
「っ!・・・・・・魔王だ・・・・・・これ絶対魔王だ・・・・・・。俺に人間の女の子が打算無しで近づいてくることなんて絶対ねえ。クソ!何でだよ、何で魔王なんだよ・・・・・・」
シンは激しく動揺していた。魔王ということにしてでもお近づきになりたかった美少女が冗談でなく魔王ぽい。あれは己の弱い心の出した方便のつもりだった。しかし勇者の勘が訴える。自分に絡んでくる奴はほぼ魔王。自分に好意的な視線を送ってくる奴は魔王。キスまでされたことはなかったが、ライバル指定してきたり、一緒に仕事しようとか誘ってくる奴は大体魔王だった。なお余談だがシンのパーティーの会話はひどい。黒人戦士は口を開けば『戦争がしたい』『魔剣に血を吸わせたい』『金目当ての仲間だ』とか言い出す。腕は確かだが性格は悪い。女魔法使いに至っては顔を見たことがないどころか、声を聞いたのもいつ以来だか・・・・・・。徳の高い僧侶は基本的には偉い人なので余程のことがないと、そもそもパーティー活動をしてくれない。むしろ討伐にいった魔王達との会話の方がまともかもしれないあたりでシンとの人間関係のひどさが見て取れる。
「勇者・・・・・・なんでわかったのか知らないけど、この【恋】は本物。勇者は私のこと嫌い?」
星の魔王は胸の鼓動に恋を確信している。そしてその盲目の恋は勇者もまた同じだと思っている。勇者と魔王はしばらく切り取った絵画のように動かない。
「俺は、勇者なんだ。魔王は倒さないといけない」
シンは搾り出すようにそう言うと、星の魔王からそっと離れて背を見せる。
「私は【星の魔王】、魔王は好きに振舞うって教わった。私は恋に生きることにした」
魔王の個性は千差万別だ。ただし共通して言えることがいくつかある。
・強い。一騎当千の猛者しかいない。雑魚魔王とか呼ばれる奴でも、あくまで魔王同士のレベルでである。そこいらの魔物や魔族とは隔絶した力があるのは確実で、どんなに弱くても単独で都市を壊滅できる。
・話が通じない。コミュニケーションはできるものの魔王という存在は基本的に自分の要求を通すためなら手段を選らばない。理性的、寛容、友好、と言われる魔王でも、口当たりのいい条件を好むだけで、最終的に目的のための手段を選らばない。
・人間と結ばれると眷属やら他の魔王がそれを理由に暴れて本気でせめてくる。歴史上何件かあるが、結ばれた当人達はともかく、住んでいる町や村が滅んでいる事例が挙げられている。
はっきり言って星の魔王はシンの度ストライクの容姿だ。しかし、これら魔王としての基本スペックが悲劇でしかない。そして、シンは星の魔王が何しにきたのか目的を知らなかった。魔王は目的のために手段を選らばない。つまり何かしら本人が出てこなければいけない目的が存在しないといけないのだ。
「く、もし仮にそれが本心だとしても、お前がここに来た本来の目的はなんだ?」
星の魔王は小首をかしげる。シンはその挙動を一挙手一投足見逃さず固唾を呑んで待つ。
「あ、思い出した。ダンジョンに行って、使い魔つれて帰るの」
「忘れていただと!?って、ここのダンジョンのモンスター連れてくのか?」
「うん。でも入り方わからないの。使い魔捕まえたら帰る」
見た感じ嘘はついていない、そしてこの街のダンジョンは比較的弱い魔物が多い割りにドロップアイテムがおいしいことでにぎわっている。こんなところのモンスターを使い魔にすることくらいなら自分が手伝ってさっくり帰ってもらえば戦わなくても・・・・・・そう、無駄に戦って被害を出したり、敗北するリスクを減らすことができる。決して魔王だけどもうちょっと見ていたいからとか、嫌われたくないとか、そんな邪な理由ではないのだとシンは自分の心に納得する理由を落とし込んでいく。
「そ、そうか。あのさ、俺が連れていって手伝うってのはどうだ?」
「・・・・・・うん」
星の魔王はこくりと小さく頷く。
「よし、俺に策がある。とりあえずパーティーメンバーを集めるからそこのカフェで待っててくれないか?」
「嫌。二人で行きたい」
事情の説明無しで魔王を連れ歩くわけにもいかない。なんとか先に話をしておきたかったが、すでに服の裾を掴まれていたシンに拒否権はなかった。
「わかった。俺も男だ。覚悟を決めよう」
こうしてシンは仲間とも連絡を取れず、星の魔王をつれて夜のダンジョンへと潜る羽目になったのだった。
夜になるとダンジョンの魔物は活性化する。昼は動きの鈍いスライムですら倍速で動く・・・・・・もっとも元が遅すぎて倍速になっても幼児が這う程度でしかないが。
シンは並み居るスライムに向かって本気でパンチを繰り返していた。
「せい!勇者パアアアンチ!!おりゃあああ!!たあああ!!」
スライムは打撃耐性が半端なく高い。よって激しいダメージを受けながらもかろうじて生き残る。その瀕死のスライムを使い魔として契約させる計画だった。世界一慎重な勇者であるシンはうっかり殺すことがないよう、渾身の打撃だけをお見舞いしていく。
「勇者・・・・・・かっこいい」
ぽそっともらすようにシンを褒める星の魔王。シンの超人的な聴覚はそれを聞き漏らすことなどなかった。テンションがあがり更に気合をこめて一層目のスライム部屋にいた38匹のスライムをすべてピクピクするまで殴り倒したのだった。
「さあ、どれでもいいぞ、どれがいい!?」
いい汗をかいてしまいつつもヤケクソだったシンは星の魔王に選択を迫る。
「?」
星の魔王は不思議そうな顔をしている。
「使い魔がほしかったんだろ?好きな奴を選んでいいぞ」
「ん、これじゃない。もっと下にいるの」
ガーンという音がしそうなショックを受けた。そういえば魔物ならなんでもいいわけでもないのだろうか?シンはペースを乱されつつも更なる探索を余儀なくされた。
「とう!これでどうだ!?」
次の階層ではコボルトを捕まえた。犬頭のゴブリンだ。かわいくみえないこともない。
「違うの」
星の魔王は首を振って否定。
「でえりゃあああ!!これは!?」
次の階層ではリザードマンを半殺しにした。トカゲ人間というより、ドラゴンのような猛々しい鱗をまとっている。余談だがこの3層目をソロでクリアできるのはベテランパーティー以上だろう。
「トカゲさんは違うの・・・・・・帰してあげて?」
「優しいね、ははははは、次いいいいい!!!」
シンはヤケクソで次の階層を探索する。
「オラオラオラ!!これは!?」
4層目ではオーガを倒した。それも角が生えたかなり手ごわい奴だ。
「顔怖い。嫌」
オーガの顔が怖いとのことだったのでシンはオーガをたこ殴りにして唾をはきかけると更に下5層目を目指す。余談だがオーガとソロで戦って勝てる人間は冒険者ギルドのSランク冒険者くらいと言われている。人間の限界はこの辺りである。
ヤケクソのシンは5層目のドラゴンと対峙していた。
「くらえ、勇者にのみ許された剣の奥義を受けて見よ!!」
ドラゴンは火を吹き尻尾を振り回し、爪と牙がシンを襲うが、シンはそれらを紙一重でかわしきり、禁断の奥義を叩き込む。ドラゴンもたまらず昏倒する。
「ぱちぱちぱち」
星の魔王は目をきらきらさせて拍手していた。
「さあ、ドラゴンだよ!これならいいんじゃないかな!?」
「ん、この子じゃないの」
シンは白目をむいていた。しかしこのデスマーチに終わりはない。
ふらふらと幽鬼のようなシンに星の魔王は駆け寄ると、背伸びしてシンの頭をなでた。
「がんばってるからいい子いい子した」
シンは星の魔王のためなら国を落とすことも辞さずと心に誓った。
更に6層目では身の丈10mを超える巨人を倒し、7層目では不死身のノーライフキングを倒す。そして8層目では古代の殺戮兵器を破壊し、9層目では過去の勇者の残留思念と激闘を繰り広げた。
「シンがんばって?」
「お・・・・・・おう」
精魂尽き果て、もう無理、もう駄目、もう死んじゃうと思いつつもシンは10層の最奥部までたどり着いた。余談だがSランク冒険者のパーティが挑んだ最高記録は5層のドラゴンまでである。実に人類の限界を超えた頑張りを見せたシンではあったが、さすがに人類の超えてはいけない限界までこえていた。
「もう、無理、マジで、もう、無理」
「うん、ここまでありがと。あとは私がやる」
10層目、巨大な扉の封印を破壊した星の魔王は最後の部屋に入っていった。おびただしいまでの魔力を循環させるパイプ、霊的、魔術的な方面からも様々な拘束を施してあったのは一言で言えば怪獣であった。
世壊獣。伝説の魔物として封印されていた最強最悪、地上のすべての生物の天敵にして、神話の時代の怪物。その封印が今解かれた。
「い、いけない。桁が違いすぎる!!いくら魔王だって、そいつは!!」
正気を取り戻したシンは頭の中で高速で考えをまとめる。ここまで乗り切ったシンをして、規格外の怪物の前に手段はなかった。
世壊獣が息を吸っただけで周囲の拘束魔術が軋みをあげ崩壊していく。金属でできた廊下が朽ち果て、辺りは地獄のような瘴気に満ちた。
「私は【星の魔王】、使い魔になって?」
ぴと。星の魔王は数十mはあろう世壊獣の鼻面に小さな手を当てそうつぶやいた。
ポン!
そんな軽い音がしたあと、世壊獣の威容はあとかたもなく消滅していた。
「え?あれ?あいつは??」
シンは辺りの瘴気も失せていることに気づいた。完全に姿が消えている。
「終わった。帰る。この子が私の使い魔」
そういって両手で掴んだ小さな生き物はどう見ても子猫だった。
「え」
「ほら、かわいいから、なでて?」
そっとシンは子猫の額をなでようとする。
『触ったら殺す』
がつんと殴られたような頭痛。頭に直接ひびいたのは子猫、否、世壊獣の思念だった。
「う、うん、まだ人慣れしてないと思うから今は遠慮するよ。遅くなったし帰ろう?」
シンはそれだけいうと星の魔王を連れて上を目指そうとして辺りの魔力が完全に霧散してしまっていることに気づいた。
「ダンジョン崩壊してね?」
そう、世壊獣から存在の力を循環し作り上げた封印のダンジョンから世壊獣を取ってしまったため、このダンジョンは機能を停止していた。国益、民衆の生活、冒険者ギルドを敵に回すこと、国王からの刺客、それ以前に下へ降りる昇降装置の機能停止や、酸素供給魔術の機能停止、生き埋めに近い状態になった不安など、色々脳裏をよぎる重すぎる責任に現実逃避をしたくなったシンは、星の魔王に向き合う。極限の疲労と危機感で混乱しかけていた。
「大丈夫。【転移】」
まばたき一つの間にシンと星の魔王、世壊獣は武器屋の前に再び現れていた。
「今何した??」
キツネにつままれたようなシンは何とも言えない気持ちになっていた。
「今日はこれで帰る」
星の魔王は転移については触れない。魔王だからできて当然だと思っている。ちなみに魔王でも普通はできないのだが。
「あ、ああ。ってもう、帰っちゃうのか」
「ステラ・アステール。人間風の名前。覚えておいて?次は呼んで」
「ステラ・・・・・・次は名前呼ぶよ」
バイバイ、と手をかるく振って星の魔王ステラは再び【転移】を使う。明け方の武器屋の前にシンだけが取り残された。
その後シンは疲労困憊の体を引きずるようにして自宅へ帰り、1週間寝込んだ。
「シン、おきなー!!今日はお城に行く日だよー!!王様を待たせるんじゃないよ!!」
母親がシンを起こしに来る。シンの父親はシンが子供のうちに世界一危険な勇者として名を馳せた大物だった。若干15歳で旅に出て、魔王3柱をあっという間に討伐している。ついでで敵対していた人間の国とも戦争を起こして征服していたりする。シンが10歳になった頃に出かけた最後の旅で、いつもの調子で突撃していったら罠にかかって爆発四散してしまったそうな。それ以来母親は、シンを世界で一番慎重な行動ができる勇者になるように育ててきた。ちなみに元は父親勇者のパーティーに所属していたバニーガールだったらしい。
「は!?一週間も寝てしまっただと!?」
「あんたの装備、武器屋のおじさんから預かってるよ。なんか兵士の人が家の前に来てるから早くしな!」
王様からの呼び出し。何の用事だろう?と一瞬寝ぼけていたシンは次の瞬間一気に思い出す。そういえば封印のダンジョン崩壊させてた、と。
アウトランド王、ヒャッハルト3世はダンジョン崩壊の報を聞いていろいろと頭が痛かった。
ヒャッハルト3世は街のごろつきを更にひどくしたような外見をしている。身長は3m弱、筋骨隆々の肉体、スキンヘッド、若いころの戦で向こう傷まみれの極悪人顔である。それがしかめっ面で、「どうすっかなあ・・・・・・ころ・・・・・・しょけ・・・・・・いや、追放か?」等とぶつぶつ呟いている姿に臣下は冷や汗を隠せない。
「お、お茶をお持ちしました」
じゃんけんで負けたメイドがお茶をもって来る。あまりの恐怖にカタカタとカップが鳴る失態を犯している。完全に物思いに耽っていたヒャッハルト3世は至近距離まで気づいていなかった。
「ああん!?何だ!!」
でかい声、凶悪な顔つき、そのすべてがメイドを直撃。盛大にお茶をぶちまけながら気絶。いつものやつである。この城の日常。ヒャッハルト3世はめったにお茶が飲めない。これで更にイライラが増えるのである。
そして今回のイライラの根源、世界一慎重な勇者シン・カサネがようやく登城したとの連絡がきた。
「王様、シン・カサネです。命令に従い登城いたしました」
「てめえ、この野郎・・・・・・・ダンジョンぶっ壊しただろ」
シンはさすがに勇者だけあって、むき出しの殺気をぶつけられても気絶などしない。しかしダンジョンにいた世壊獣に匹敵する命の危険を感じ取っていた。殺される。絶対殺される。これはやばい。頭の中で響く警報はどう考えても仕える王様に対するものではなかった。
「なんのことでしょうか?私はここしばらく病で臥せっていましたので」
全身筋肉痛かつ、精神力の枯渇、全て出し切ったシンは本当に寝込んでいたのでそこは嘘ではない。シラをきりとおすつもりだった。
「うるせえ、お前しかいねえんだよ。あのダンジョン壊せる奴。お前、世界樹とってこいや」
「え」
「世界樹とってこいっつってんだよ。あのダンジョンの最下層に生えてた樹を枯らしたのてめえだろうが。もう一回植えて直せっつってんだよ。半年でもってこい。でないと国が滅ぶ。そしたら俺は晴れて自由の身だ。お前直接ぶっ殺しにいくぞ」
「王様、あのダンジョンの最下層には封印された世壊獣がいたのであって、世界樹はありませんでしたよ!?」
「ああん?そんなもん知らねえよ、ていうかなんでお前それ知ってんだよ?やっぱりお前が犯ったんじゃねえか。いいから世界樹もってこい。はいスタート」
こうしてシン・カサネは王様の命令で世界樹を探索することになった。パーティーメンバーにそのことを告げると
黒人戦士「お前に興味がない。一人でがんばれ。俺は南の国で起きている紛争でジェノサイドしてくる」
女魔法使い「マジカルステッキの素材になるから世界樹を狙う魔女は多い。そんな危険は犯したくないから一人で死んできて」
得の高い僧侶「僧侶から僧正に位階があがってしまいましてな。引退させていただきまする」
全員に断られた。武器屋のおっさんと母親だけは見送りにきてくれたが、勇者の旅立ちというよりは囚人を見送る会といった趣にシンは出発の段階からすでに欝だった。
都を出て3歩でスライムに遭遇したり、蝙蝠に突撃されたり、よくわからない生き物にからまれたりと出だしからハードな出発になった。
「何してるの?」
「ああ、世界樹を求めて南の果てに行くんだ」
「ふーん。遊びにきた」
「え?」
野営の準備をしていると話かけられうっかり答えていたが、目の前には星の魔王、ステラ・アスタールがいた。
「って、遊びじゃないよ、危ない旅に出るんだ」
「嫌。遊ぶ」
腕に抱きついてきたステラを振りほどけるわけもなく、シンはそのまま【転移】で連れ去られる。
「ここどこだよ!?」
鬱蒼とした森にいたと思ったが、はるかに神聖な樹が生える森に【転移】していた。
「ん、世界樹の森。世界樹探しゲームする。そこらへんに小さいの生えているから、3回で見つけたらシンの勝ち」
「マジか!?あ、これかな?」
そういって小さい樹を指差すシン。
「ブー。それは神樹。2000年くらいすると神が生まれる」
「ぶ!?そんなもん生えてんのかよ!?じゃあこれだ!!」
「それもブー。それはゴッドトレントの若木。成長するとトレントの森になる」
「く、なら、あれだ!!あれならきっと!!」
「!!」
「よし、当たったな!?あれが世界樹か!!」
「・・・・・・残念。それは世壊樹。世壊獣が生えてくる樹」
シンはorzった。
その後世界樹を持ち帰ったシンは英雄として持てはやされ、特に暴れる理由もなかった星の魔王ステラ・アスタールはシンとくっついて人類と魔族の橋渡しをする有名カップルとして長く幸せに暮らした。
隣の国では黒人戦士と力の魔王が大惨事を起こしていたり、なんか世界は幸せかどうか微妙だが、二人の幸せにそれは関係ないので以下略。
読了ありがとうございます。
長編で書きたいなーと思いましたが。ぐだぐだしそうだったのでまとめてさっくりしてみました。
※ところでいい案があったらご意見いただきたいのですが
駄文←これよりバカ小説に相応しい熟語ってなんかありませんかね・・・・・・。