翼を欲しがった仔猫のキミと、飛び方を忘れた人間のボクと
“僕らはいつからこんな運命をたどる様になったのだろう”
幼い頃は、気付く事もなかった。
成長していくにつれ、少しずつ自分の置かれている立場を知る様になってからは、無邪気で純粋だった頃の心も色褪せて、今あるのはやるせない想いと深く沈んだ切ないまでの虚無感。
それまでは目に映る全てのモノが新鮮で色鮮やかだった筈が、今では憂いを深く刻んだ瞳に映るだけのおぼろげな周りの風景。
色を失ってモノクロでしかない世界。
寧ろ、世界とは呼べない深い影を落としているだけのポッカリと空いた空間。
ただ無気力なままに時の流れに身を任せ、月日だけが過ぎ去ってゆく。
このやるせない想いに何かを求め、物足りない感情が先の見えない未来に手を伸ばす。
しかしただ手探りでしかないその手は、無情にも己の心を残酷なまでに鷲掴みにしているだけ。
だから更に余計、自分の心を無意味に傷付け苦しめてゆく。
そしてこの“時”とゆう法則に逆らえないまま、この虚無的な空間の中で大人になりつつあるその時に、僕は君と出会った。
君は薄暗い地下の研究所で、多種多様の実験動物達がそれぞれ入れられている数あるケージの中の一つに、ポツリと横たわっていた。
赤や青といった電極の付いたコードを何本も体のあちこちにつながれて、その痩せ細った体は既に生きる気力を失ったただの骸の様だ。
科学者とゆう人間の都合で無理矢理生かされたその姿は、この世のあらゆる最悪や苦痛をその小さなか細い体で一身に引き受けている事を物語っている。
君に出会うまで僕は、自分ほど虚無的な心で生きている者はいないだろうと思っていた。
まるでただの屍の如く時の流れに彷徨い、漂っている自分の存在すらが苦痛でしかなく、かと言って死ぬ勇気すらなかった。
だけどそんな僕とは逆に、君は死ぬ事すら許されず暗く寒いただ苦痛しか与えられないこの空間の、一メートルも満たない狭い檻の中に閉じ込められて無理矢理生かされている。
──”……僕ハ一体イツカラコウナッテシマッタノダロウ……”──
君と比べたらこんなにも自由で、自分の意思を伝える口だってあるのに。
そう思いながら檻越しにジッと見つめる僕に、君は力なく顔を上げてか細い声で小さく鳴いた。
「……ニャア……ン」
そう鳴いたその声は、まるで。
“どうして……?”
そう言っている様だった。
『どうしてアタシはこんな生き方をしなきゃならないの?』
『一体アタシは何の為に生まれてきたの?』
『このアタシに“自分の人生”なんて意味があるの?』
『アタシに、生きる意味があるの?』
大学の授業の一環で見学に来ている僕の横で、自慢げにバイオテクノロジーについて説明する中年の科学者。
彼は科学の進歩によって今後も更に世の中は便利で楽になっていくのだと嬉々として語る。
それによって君はその“犠牲”とゆう名の土台になり、そしてその君の人生はその為の“通り道”なだけ……。
すると僕の目の前で君は再び小さく鳴いた。
僕はたまらず、つい檻を開けて君の小さな体を両手で抱き上げると、そっと体を撫でてみる。
初めはただグッタリとしていた君は、やがて喉をゴロゴロと少しだけ鳴らしながらその無気力な目から一粒の涙を零した。
それを見て僕は思わずハッとする。
そして小さな君は、そのまま静かに呼吸を停止した。
彼女が死んでしまった事を確認した科学者は、投薬した開発中の薬が失敗作であった事を認識し、ため息をを吐きながら頭を振る。
今目の前でその一生を苦しみ生かされ続けた小さな命がこの瞬間に失われたにも拘らず、たったそれだけの反応が僕は非常に切なくて堪らなかった。
僕はそのまま彼女の遺体を引き取って、海の見える小高い丘に埋葬した。
その間、とめどもなく溢れる涙は君が眠る土の中に吸い込まれていった。
“──僕らは一体いつからこんな運命を辿る様になったのだろう──”
僕は君の心を持って生き、そして君は僕の自由さを求めて生きていた。
……そうだね。
僕は自分が思う程不幸なんかじゃなかったんだ。
その事を君は教えてくれた。
外を歩き回り、動ける自由。
言葉に出して相手と会話をして、自分の思いや考えを伝える事が出来る自由。
なのに今まで僕は自分から自由を閉じ込めて、自分の意思をも押さえ込んで、だからこんなに苦しかったんだね。
自分で自分を、苦しめていただけだったんだ。
君が欲しがっていたモノを僕は持っているのに、それを今まで使う事を恐れていたなんて。
“自由”とゆう名の翼の広げ方も分からず、でも使いこなしたくて必死に羽ばたくけどただバタついてるだけ。
そんな自分がたまらなくもどかしくて苛立って、その翼に八つ当たりして傷付けていただけだったんだ。
君がその使い方を教えてくれた。
君が最後に零した涙が、僕の傷ついた翼を癒してくれたんだ。
もう恐れたりはしない。
例え落ちる事があろうともこの翼がある限り、羽ばたく事をやめない限り、飛ぶ事を忘れない限り、世の中と未来と自分に向けて大きく広げ、力強く羽ばたき続ける。




