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化物と生贄の未来

 ……君はまるで奇跡のように、僕の欲しかった物をくれたんだ。


 ……貴方は、笑いながら泣いていたのよ。そういう顔に、私がさせたと思うと、なんだかくすぐったかったの。


 **********


 エリザは自分がどれくらい眠っていたのか、自覚が無かったらしい。

 眠りに落ちてから、数百年経っていることを告げると、エリザは目を見開いて「……魔女は、元気かしら?」と言った。国内の魔女は、粗方、殺されるか、魔女狩りを避けて国を去ったことを告げると、エリザは少し落ち込んだ様子だった。



「……きっと、魔女のことだわ。どこかで、元気にしているわね」



 そういったエリザの表情は、三つ目の恐ろしい顔なのに、何故かとても優しげだった。


 僕達は、それから色々な話をした。

 例えば、エリザの生い立ちや、僕の生い立ち。

 エリザの生い立ちは、とても不思議で、不気味で、恐ろしいものだったけれど、僕はエリザの話に引き込まれてしまった。そして、話を聞いているうちに、本当にこの魔女は僕を食べる気がないのだと確信した。

 僕の生い立ちを話すと、エリザはまたぽろぽろと涙を流してくれた。

 なんだか、僕のために泣いてくれているのだと思うと、無性にくすぐったくて、僕は嬉しくなってしまった。



「ねえ、エリザは目覚めたのだから、ここからいなくなるの?」



 僕はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 自分の意思で封印された訳ではないのだ。ここに居る理由はない。何処かへ去るのか……この国に復讐をするのか……エリザの様子からは、復讐の線は薄いような気がするけれど。

 エリザは僕の質問に、その大きな体をゆっくりと震わせた。



「ううん……どうも、まだ封印が解かれていないようなの。身体がとっても重いわ。……みて」



 エリザは大きな脚を、僕に見えるように動かしてくれた。

 そこには、鈍く光る大きな鎖があった。それは、エリザの脚に何重にも絡みついて、存在を主張していた。



「これが、私をここに縛り付けている呪いよ。……これがあるかぎり、私はここから動けない。それに、変な感じだわ。何か……別の呪いも、私に絡みついている。どっちにしろ、直ぐには動けないみたい。……ねえ。オリフェ。オリフェは私に歌を歌って起こそうとしてくれたのよね?」

「そうだよ。そのために、僕はこの城に連れてこられたんだ」

「そうなのね。……ねえ、オリフェ。歌ってくれない? 私、オリフェの歌を聞いてみたいわ」

「ん……? そうかい? 僕は元々、君のために歌っていたんだ。お安い御用さ」



 僕は立ち上がると、エリザに向かって、気取った仕草で一礼した。

「僕のショーへようこそ」なんていうと、エリザは少し笑ってくれた。


 そして、大きく口を開けて歌った。

 塔の中に響き渡るように、エリザの身体に染み込むように。

 僕の知らない言語で綴られた、その歌を。目の前の紅い綺麗な目をキラキラさせて聴いてくれている、エリザに為に心を込めて歌った。

 ぞく、と身体の底から、快感に似たものが沸き上がってくる。

 ……ああ、誰かが僕の歌を聴いてくれている! それだけで、こんなに嬉しくて、気持ちいいなんて!

 僕は上機嫌で歌った。

 ……最後の一節を歌い終わると、エリザは感激したように声をあげた。



「……素敵! なんて綺麗な歌声なのかしら……!!」

「へへ。ありがとう」



 エリザは、興奮したように、僕の歌のどこがいいとか、感想を言っていたけれど、暫くすると、何か疑問に思ったのか首を傾げた。



「……でも、おかしいわ。歌が所々ぶつ切りになっている」

「そうなのかい? 僕は教えられたとおりに歌っただけさ」

「……どうしてなのかしら。ねえ、オリフェ。今度は、こういう風に歌ってくれる?」



 エリザは首を傾げると、僕の歌に歌詞を付け足した。

 僕は素直に、エリザが言ったとおりに歌ってみた。――すると。


 ――……パリン!


 エリザの脚に絡みついていた鎖の輪の一つが、甲高い音をたてて、割れたではないか!

 僕とエリザは顔を見合わせて、その鎖を見た。

 鎖は割れた後は、さらさらと砂のように崩れて消えてしまった。



「これは」

「呪いが少しだけだけれど、解かれた……みたいね?」

「じゃあ、僕が歌い続ければ、いつかはエリザは呪いから解放されるってこと?」

「そうね。そういうことだと思う。……ちょっと、得体の知れない呪いがもう一つかかっているのが気がかりだけれど、この鎖に関しては」



 それを聞くと、僕はまた地面に座り込んだ。

 ……そうか、僕の歌で、エリザは開放されるのか。

 エリザは。自由に、なれるのか。

 自由になって、好きなように生きていけるのか。



「……じゃあ、僕は君のために歌うよ。君が早くここから開放されるように。精一杯歌うよ。……そして、鎖が全部解けたら、君は自由だ」

「そうね。……そうなの、かしら」

「ああ。君は、その大きな翼で、空を自由に飛べばいい。僕が、飛べるようにしてあげるよ」

「……ありがとう。でも、そうしたらオリフェはどうなるの? 私を起こすために、この城へと来たのでしょう? 元の場所に帰るの?」



 エリザは僕を見つめながら、首を傾げた。

 ――元の場所。そう言われた瞬間に、僕の脳裏にあの忌々しい夕暮れ時の昏い部屋が思い浮かんだ。

 慌てて頭を振ってそれを振り払うと、不思議そうに僕をみているエリザに向かい合った。

 僕は彼女の大きな嘴に触れると、小さく首を振って、笑った。



「……僕は、帰らないよ。帰る場所なんて……ないもの」

「オリフェ」

「ねえ、やっぱり。エリザ、僕を食べておくれよ」

「何を言い出すの、オリフェ」

「僕、もう疲れたんだ。……君に、食べられて人生を終わりにするつもりだったんだ。だからさ、エリザ」

「いや、いやよ……!」


「……僕を、食べて。生贄は生贄らしく、僕の人生の結末は、食べられて終わりにしたいんだ」


 **********


 そういったオリフェの碧い瞳は、まっすぐと私を見ていた。

 冗談なんてかけらもない。ついさっきまで、巫山戯て「ショーへようこそ」なんて言っていた、同一人物とは思えない。とても追いつめられた表情で、オリフェは私に食べろといった。



「……そんなの、いや! もう、人間は食べないって決めたの……!」

「僕も困るんだよ。きっと、この城から逃げ出したって、何も知らない、帰る場所がない子供なんて、野垂れ死にするしかない国なんだ。

 この城にとどまったってそうさ。望まれていない王の血筋なんて、いてもきっと邪魔なだけさ。それよりだったら、君に頭から齧られたほうがよっぽどましだ」

「……いや! いや! いや!」

「我儘を言わないで。エリザ」

「貴方のほうが、よっぽど我儘だわ!」



 私は堪らず、オリフェに向かって叫んだ。

 怒りのあまり、私の魔力が暴走し始める。

 すると、私から突風が巻き起こり、オリフェは尻もちをついてしまった。

 驚いたような顔で、こちらを見上げているオリフェに、私は続けていった。



「どうして、もう諦めているの! どうして!」

「だって……僕は」

「帰る場所が無いなら! 作ればいいのよ!」

「……? それって」

「私だって、どこにも居場所が無かったわ。誰もいない森の奥で、食べて、景色を眺めて、眠る。その繰り返し。

 ……今思えば、ぞっとする。今の私に、同じことをしろと言われても絶対に無理だわ。……寂しくて、寂しくて耐えられない。そんなときに、魔女に拾われたの。

 ……魔女が、私の居場所を作ってくれた」



 私は嘴で、座り込んでしまっているオリフェの頬に触れた。

 ……ああ、なんてもどかしいの。

 この傷ついている、オリフェを。私の王子様を、慰めたい。

 あの日、魔女が私にしてくれたように、両の手でぎゅっと抱きしめてあげたい――。

 そう思った瞬間、私の身体の底から、魔力が溢れてくる感覚がした。

 ああ、そうだった。すっかり忘れていた。私には、もう一つ姿があった。


 私は、湧き上がる魔力を体中に漲らせ――身体を作り変えていく。

 細い手足。すらりとした身体。柔らかい肌。紅い綺麗な瞳。薔薇色の唇。銀色の――美しい髪。

 王子様の瞳の色と一緒の碧色のドレスに――何故か、黒いケープが現れた。

 黒いケープ以外は、私の想像したとおりに、身体は変化していった。

 そして、次の瞬間、私は――人間の形(・・・・)になった。



「オリフェ。私が貴方の、帰る場所になる。一緒に行きましょう。

 一緒に――……外の世界へ」



 驚きのあまり、目をまんまるに見開いているオリフェに、私はにっこりと微笑むと、両手でぎゅっと抱きしめてあげた。頬をオリフェの頭に擦り付けて、優しく優しく撫でてあげた。

 すると、次第にオリフェが震えだした。

 ――もしかして、怖がらせてしまったかしら。

 そんな不安が沸き起こってきたけれども、次の瞬間、オリフェは私の腰に思い切り抱きついてきて、大きな声をあげて泣き始めてしまった。

 そんなオリフェの様子に、昔、ひとりぼっちだった自分の姿を重ねて、私もまた涙が溢れてきて――……暫く、ふたりで泣いてしまった。


 **********


 ――魔女が、目覚めた。

 女は、その様子を塔の上にある覗き窓から見ていた。

 あの大鴉の魔女は、目を覚ましたら直ぐにでも、あの哀れな生贄を食べるかと思っていたのだが、思いの外優しい性格だったようだ。生贄を食べるどころか、互いに寄り添って心を通わせてしまった。

 女はその場所から、いつも魔女へと歌を捧げる生贄を監視していた。――そして、今回も。


 魔女と生贄の会話は全て聞こえていた。魔女は目覚めたけれども、未だ封印されたままのようだ。

 そして、その封印を解くのに、生贄の歌が有効であることも知った。

 ――女は考える。この先――どうすれば、最善にたどり着けるのか。

 ――女は考える。あの魔女と生贄を、どう利用してやろうかと。

 ――そして、女は結論を出した。



「……可哀想だけれど、ね」



 そう言って、女はにんまりと笑った。

 眼下では、魔女と生贄が、封印が解かれた後の、未来の話を楽しそうにしている。

 興奮した生贄は、調子に乗って歌いだした。

 人化した魔女は、頬を赤らめて、生贄をうっとりと眺めている。

 その歌声は、女のいる場所まで届き、相変わらず素晴らしい歌声に、女は顔を顰めた。



「もったいない」



 女は音楽を、歌をこよなく愛する心を持っていた。

 嘗ては、歌で身を立てたいと考えたことがあったほどに。

 けれども女の才能が明らかになると、周りがそうさせてくれなかった。

 女には天才的な魔力を操る才能があった。それに目をつけた、この国の上層部は、彼女を国の研究機関へと取り込んだ。魔力を大地に付与する魔法陣の研究の名目で、王命で女を召し上げた。王命を拒否する権利は、もちろん女にはなかった。


 ……才能はあったけれども、然程魔法陣やら魔法については興味がなかった女は、嫌々ながらもその研究に従事した。その毎日は、まさしく灰色。やりたくもない、研究に身も心も削られて、僅かな睡眠時間を割いて、歌を小さな声で歌って癒される毎日。更には、魔法陣が崩壊してからは悲惨な状況になった。

 上司には研究を急がされ、一向に進まない現状に、同僚は次々と病んでいく。

 実験を繰り返しては失敗し、上司には罵られ、涙を流しても、誰も助けてはくれず。

 一日、一日、日が経つごとに、女は追い詰められていった。


 ――私は天才ではなかったの? どうしてうまくいかないの。どうして、どうして、どうして。

 無能無能無能無能……私を、罵る上司が憎くて仕方がない。うまくいかない実験が、思い通りにいかない自分の人生が! もどかしい、愚かしい、憎らしい……!!!


 ……けれども、そんな毎日はもうすぐ終わる。

 ……私は、自由になれる!


 女は親指を口へ持っていくと、爪をかりかりと前歯で噛んだ。

 そして、冷たい視線を眼下の楽しそうな二人に向けた。



「貴方たちの犠牲で、私たちは救われるの。……今は、いい夢をみればいいわ」



 未来を語りあう魔女と生贄を見下ろして、女は無表情に戻ると、そっと覗き窓を閉じた。

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