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化物と魔女

 ……愚かで、強欲で、どうしようもない屑だと思った。

 ……けれども、振り返るとそれは自分自身もそうで。

 ……手の中で冷たくなってしまった、嘗ては大切だった筈のそれを、無感情に見下ろした。


 **********


 魔女の手伝いとは、人間の村や街を襲うことだった。

 魔女曰く、とある筋から頼まれた仕事。……そう言っていた。



「ネエ、魔女。殺サナクチャダメ?私、殺シタクナイ……」

「殺さなくてはだめよ」

「ドウシテ?」

「どうしてもよ。……お前は何も考えなくてもいいの。私が言うとおりに、沢山殺せばいいのよ」



 魔女はそう言って艶然と笑った。

 それから、魔女に言われるがまま沢山の村や街を襲った。

 魔女の目的が、魔女が言ったそのままだとは思えないけれど、今まで世話になった分、恩返しをしなければならないとも思っていた。

 私は深くそのことを考えずに、沢山の人間を殺した。魔女から教えられた魔法を使って、数多の瓦礫の山を築いた。


 その間も、相変わらず、何も食べることはできなかったけれど、それは魔女が解決してくれた。

 魔女は、毎日数滴ずつ赤い薬を私に与えてくれ、それを舐めると空腹や飢餓感が嘘のように紛れて消えた。


 更に、魔女は私に人化の魔法を教え始めた。

 魔女が言った、醜さからの脱却とは、このことなのだろう。

 毎日数滴ずつだった赤い薬を、ひと瓶飲むように言われた私は、それを毎回飲み干して、人化するために毎日一生懸命、寝る間も惜しんで努力した。人化すれば、醜い自分を隠すことが出来るのだ。たとえ、上辺だけだとしても、醜くない姿を得られるというのはとても魅力的だった。

 絶え間ない努力のお陰か、初めは歪な人間の姿にしかなれなかったけれど、段々と上手く化ける事ができるようになった。



「……そう、そうよ。自分が一番なりたい人間を想像して、魔法で体を作り変えるの」

「うん、ううう……」

「上手よ。素敵。さあ……出来た。ほら、目を開けてみて?」



 魔女の言葉に、私は恐る恐るそっと目を開けた。

 そして、目の前に置いてあった姿見の中に写っていたのは――……銀髪の、美しい令嬢だった。



「……出来た!出来たわ!魔女、どうかしら?」

「ふふふ。お前、とっても綺麗よ」

「本当?嬉しい……!」



 私は姿見の中に映る自分を眺めて、嬉しくなった。

 あの美しい令嬢と一緒だわ! 王子様が甘い視線を投げかけていた令嬢と一緒!

 私は嬉しさのあまりくるりとその場で回転した。

 銀色の長い髪が、そのせいでふんわりと宙に舞った。……すると、背中に令嬢には付いていなかったものが見えた。



「……黒い、羽が……」

「おやまあ。完全に人化出来ていないんだね。……まあ、仕方がないわよ。黒い羽はお前の象徴だもの」



 私は不満に思って、ぷう、と頬を膨らませた。

 黒い羽は背中から足元にかけて、大きく広がり、碧色のドレスの一部と同化してしまっている。

 まるで、それは私を縛って逃がさないと言っているようで、非情に忌々しい。

 私はなんとかしてそれを引き抜こうとしたけれども、魔女に止められてしまった。



「馬鹿ね。それを隠す練習をすればいいだけのことだわ。いたずらに自分を傷つけては駄目よ。……さあ、その美しい姿で、明日から仕事をしておくれね」

「仕事?」

「そう。仕事。明日は南東の村をひとつ、潰さなきゃいけないからね。今日は早く眠りなさい」

「……わかったわ」

「眠っている間は、人化は解きなさいよ?疲れてしまうわ」

「もう!魔女は心配性ね!そんなことしないわ!」

「うふふ。それだけ、お前が大切だってことよ」

「……!」

「可愛い、可愛い、私の化物」



 そういうと、魔女は私をふんわりと優しく抱きしめた。

 魔女からは甘い、いい匂いがして、心地よい柔らかな感覚に、私はそっと目を閉じた。


 **********


 それから数ヶ月、私は人間を殺し続けた。

 小さな村から、大きな街まで、死体と瓦礫の山を築く度に、魔女に褒められるものだから、私はすっかりそれに慣れてしまって、まるでなんてことのない作業のようにそれをこなしていった。


 そして、ある日のこと。魔女から「城から招待を受けたの。王子様に会えるわよ」と言われた。

 それを聞いた途端、どきん、と私の胸が高鳴る。

 魔女は私に王子様をくれると言った。それが一体どういう意味なのかはわからないけれど、もう一度王子様に会えそうなことはわかった。……正直言って、また拒絶されるんじゃないかと、不安が過ぎったけれど、それも魔女の微笑みを見ていると、大丈夫なんじゃないかと思えるようになった。


 私は張り切って、あの美しい令嬢の姿へと人化した。

 鏡の前で、くるくるまわって、変なところがないか確認をする。

 そんな私に、魔女は魔女とお揃いの黒いベールを用意してくれた。



「……ふふふ。王子様と会うんだもの。おしゃれをしなくちゃ」

「魔女。嬉しい。ありがとう」



 この頃の魔女と私は、今考えてもそれまでで一番、仲睦まじく、心が通じ合っていたような気がする。


 魔女に連れられて、城へと到着すると、全身に鎧を着込んだ兵士が現れ、私達を案内してくれた。

 城の中央に位置する真っ白な塔。

 そこで王子様は私を待っているらしい。

 扉の前には、槍を構えた兵士が二人いて、私達が近寄ると扉を開けてくれた。

 私はその時、王子様に会えるという期待から、有頂天になっていて、彼らが私に向ける鋭い視線には気づかなかった。

 塔の中に入ると、直ぐにそこは階段になっていた。その長い長い螺旋状の階段を降りていくと、そこは只々丸い空間が広がるがらんとした場所だった。



「……王子様は?」

「少し遅れているようね。ここで待っていればじきに来るわよ」

「そうね」


 上を見上げると、随分と高いところに小さな窓が幾つかあるばかりで、照明があるわけでもない。けれども、真っ白な壁のお陰か、小さな窓から入ってくる光が反射して、不思議とぼんやり明るい場所だった。

 ……これじゃあ、夜にでもなったら真っ暗に違いないわ。

 そう思いながら、歩みをすすめると、一番奥の床に黒い鎖が着けられているのが見えた。それは見るからに誰かを捕らえるためのもので、随分と長く、そして、鎖ひとつひとつが立派な作りをしている。よほどの力を込めないと、引きちぎったり壊したりできなさそうな、そんな鎖だった。


 その鎖を、しゃがみこんで眺めていたときのことだ。

 ――……ぽん、と誰かが私に触れたと感じた瞬間、あっという間に私の人化の魔法は溶けて、醜い大鴉の姿へと戻ってしまった。

 そして次の瞬間、私の意識は、深い深い闇の底へと落ちていった。


 **********


「――これで、暫くは起きないわ」



 魔女は、大鴉の化物の意識を刈り取ると、振り返って後ろに立つ兵士へと声を掛けた。

 すると、兵士は被っていたフルフェイスの兜を取り外すと、汗で纏わりついていた髪を払うように顔を振った。そして、前髪を掻き上げると、魔女の方へと向き直った。



「あの化物を使って、国中の余分な魔力を集めるわけか」

「そうよ。あれは異様に魔力を吸収するのに長けているの。それこそ、食べた相手の魔力を取り込んで、自分の体の一部として作り出すくらいにね」

「ふん、恐ろしいな」

「化物だもの。恐ろしいのは当たり前よ。あれをお前たちにあげるわ。お前たちは、あれを利用して、あの魔法陣を使い続ければいい。……そういう話だったわね」



 そういうと、魔女は何かを探すように、辺りを見回した。



「……供物の用意は?」

「既に出来ている。……あれには気の毒だが。国のためだ」



 男は懐から、小さな瓶を取り出し、魔女に渡した。魔女が瓶に耳を当てると、中からは、ちゃぷん、と水音がしている。



「あら。準備の良いこと。もう……殺したの?」

「ああ。それが王子だ(・・・・・・)。それをあの化物に捧げれば、魔力を吸収する魔法が発動する。間違っていないな?」

「ええ、そうよ。……それにしたって、国のために随分と簡単に子供を――それも、跡取りを殺したわね」

「王族は国のために在る。あれも、そのことは理解していたはずだ。それに、子供は他にもいる。それだけだ……なに、王子のひとり死んだところで、国は揺らがない。

 心優しい王子様は、魔女に蹂躙されている国を憂いて、兵を率いて魔女へ挑んだ。そして相打ちになった。……そういうことにする(・・・・・・・・・)

「貴方の描いた筋書きのせいで、したくもない殺戮をするはめになったわ……全く、勘弁してほしいものね」

「ふん。……ところで、魔女よ。あれの婚約者が、ここ最近姿が見えないそうだが」

「ふふふ、なんのことかしら」



 魔女は邪悪な笑みを浮かべている。それをみた男は、ふん、と鼻を鳴らして「残酷なものだな、魔女とは」と言った。それに、魔女も「あなたに言われたくないわ」と笑って、ふたり視線を交わした。


 魔女は手の中の瓶の蓋を開けると、寝ている化物の口に中身を流し込んだ。

 すると、仄かに化物が発光し始め、壁に取り付けられた鎖が、まるで意思を持つかのように動き出したかと思うと――化物の脚へと絡みついた。

 化物はそれには全く気付いた様子はなく、眠っている。やがて、鎖が虹色の光を放ち始めた。

「これで、魔法は発動したわ」と言った魔女は、懐から紙束を取り出した。

 そして、それを男に渡してこういった。



「化物はこのまま眠り続けるでしょう。魔法陣から余計な魔力を吸って、生命力に還元して。なにも食べずとも生き続ける……そして、それが目覚めの儀式を記したもの。

 化物を……そうね、300年もしたら、開放してあげて。そうしないと、魔力を吸い上げすぎて、大変なことになるわ。それまでに例の魔法陣を、化物が居なくても良いようにせいぜい改良することね」

「分かった」

「開放したら、この子のことは放って置いてあげて。……本当は、何も知らない獣なのよ。この子は」

「……」



 散々利用するだけしておいて、何を言っている。そう、男の目は雄弁に語っていた。

 それを見た魔女は、自嘲気味に笑うと、その男に更に話を持ちかけた。



「……それで、例の約束のことだけれど」

「ああ。勿論だ。先々代の墓所に入れて欲しい。……そうだったな?」

「ええ。そうよ。あの人のお墓に、私を連れて行って」

「お安い御用だ」



 そういうと、男はくるりと踵を返した。

 そして、ついてこい、と言うように魔女に視線を投げた。

 魔女はそれを見ると、頬を若干染めて、静々と男の後に続いた。

 魔女は自分の胸が高鳴っているのを感じて、手をそっと胸に添える。

 その久しぶりの甘く切ない感覚に、魔女は、ぎゅっと拳を握った。


 長い階段を登りきり、白い塔を出た瞬間。――ずぶり、と肉を裂く嫌な音がして、魔女の胸から鋭い槍の切っ先が飛び出してきた。

 途端、食道から鮮血がこみ上げてきて、魔女はごぼりと血を吐いた。

 どうやら、入り口に立ってきた兵士が、後ろから忍び寄って魔女を槍で突いたらしい。

 魔女はその槍の切っ先を見て、痛みで顔を歪めると、男の方を見た。

 男は、そんな魔女の様子を無表情で見つめていた。



「お前のような邪悪な魔女を、王家の墓所に入れるはずもなかろう」



 男はそういうと、嘲笑った。そして、魔女の渡した紙束を愛おしそうに撫でた。

 ……用済み、そういうことね。

 魔女は男の様子を見て、悔しく思いながらも、ああ、自分もあの化物に似たようなことをしたのだったかと、虚しく思った。そして、痛みに顔を顰めながらも、なんとか呪文をひねり出した。

 途端、男の持った紙束から火が上がった。

 男は悲鳴を上げて慌てて火を消そうとしているが、中々消えず、なんとか床に落として火を踏み消したときには、紙束は半分ほどが消し炭となっていた。



「……人間ってやっぱり愚かだわ。滅べ。滅べばいい……!目先のことしか考えられない愚かなこの国の王族は!この国がゆっくりと滅ぶのを城から眺めていればいい!」



 魔女はそう叫ぶと、身体を霧状に変化をさせて、白い塔の中へと舞い戻った。

 そして、塔の最奥、今も眠る化物の場所へとたどり着くと、姿を人形へと戻した。

 魔女の胸からは勢いよく血が流れ落ち、その度に魔女の体から命がこぼれ落ちていく。

 魔女は、痛みに耐えるように、ふう、と息を吐くと、眠る化物の傍に座った。

 そして、思い切り自分の右手の指を噛みちぎると、それを化物の口へ押し込む。



「……『魔女の指先』よ。私の魔女として技術、経験。私の全てがここに詰まっているわ。これから、お前は長い間眠ることになるわ。

 その間に、魔女としての術をここから習得するのよ。……大丈夫。お前は頑張りやさんだもの。私が居なくとも、出来るはずよ」



 魔女はそう言って黒いベールを外した。

 ベールの下からは、黒々とした艶やかな髪が溢れ、魔女の美しい顔が現れた。



「本当なら、私の脳を食べさせてあげたいところだけれど。……私の醜い感情まで、お前に感染ったらいけないわ。指先で我慢してちょうだい。ああ……このベールもあなたにあげるわ。

 ……ここで眠り続けるのは、寒いかもしれないもの」



 魔女は指先でベールをつついた。途端、ベールは自ら解れていき、糸玉になったかと思うと、再度布状に変化した。



「私の髪で編まれた、魔女の魔力の宿った布地。……きっと、温かくお前を包んでくれる筈」


 

 魔女は震える手で、布地を化物の身体に掛けた。

 ごぼ、と魔女の口から血が溢れる。



「騙してごめんなさいね。……許してなんて、言わないわ。魔女はどこまでも自分勝手なものだもの。私は、私の王子様に会いたかった……ただ、それだけなの……」



 魔女の瞳から、ぽろり、ぽろりと美しい涙の粒が零れる。

 その涙は真っ赤な血に混じり合い、魔女の胸元を濡らした。



「……お前を解放してやりたいのだけど、複雑に絡んだ呪詛を解くのは――今の私には無理ね。ならば最後に、私の残りの命の灯火を使って、呪いをこの国に贈るわ。

 大地に敷かれた魔法陣。それを壊す呪詛。遠い昔、あの人と一緒に作り上げた、魔法陣。私が作ったものだもの。壊すのも簡単だわ。

 けれども、王族は気づかない。呪いの効果が現れるのは随分先のこと。魔法陣が壊れて使い物にならなくなっていることに、この国が気付いたときには、全てが手遅れ……」



 魔女は眠る化物の、柔らかな羽毛を愛おしげに撫でた。



「今だけ。今だけよ。全てが上手くいったと、高笑いをしていればいい。愚かな人間。思い知るがいいわ」



 ふわり、ふわふわの化物の毛は、さわり心地がとても良い。魔女は何度も、何度も、残った力を振り絞って、化物の羽を撫でた。……ひんやりと冷たい表面の羽を撫でていると心が休まる。温かい内側に手を差し入れると、心の傷が癒える気がする。

 そう、また(・・)人間に裏切られた。そんな心の傷が、塞がれていくような感覚。

 化物が魔女に撫でられることを心地よく思っていたように……化物と触れ合っている時間は、魔女にとっても癒やしの時間だったのだ。



「そのとき、どうなるのかしら。この国は、王族は、民は。きっと愉快な結末を迎えるに違いない。……でも、お前には……どんな結末が待っているのかしら。

 幸せになんてきっとなれないわね。化物には化物らしい、悲惨な結末が待っているのだわ」



 ぽろり、魔女の流した涙が、化物の柔らかな羽毛に染みていった。



「お前は、不幸ね。生まれながらにして、幸せになんかなれない星の下にいるのよ。幸せになりたかったら……そもそも、お前は生まれてこなかったらよかったのよ」



 魔女は、化物に身体を預けて、目を瞑った。そして、最期にぽつりと、こういった。



「それでも愚かな魔女は、お前には幸せになってほしい。お前をこんな酷い目に合わせておきながら。……随分と図々しいけれど、そう願うことは、自由よね……?」



 魔女は最期にまた一粒、涙を零した。……そして、ふう、と長い、長い息を吐いた。



「願わくば、目を覚ました化物に、幸せな結末を」



 そして、魔女の心臓は鼓動をすることをやめた。


 **********


 ――魔力に溢れた大地のもとで健やかに育った豊かな人材。それはその国に大きな富をもたらし、繁栄させた。そして、その国にとって、黄金期ともいえるその時代は、この先も永遠に続くものなのだと、国民の誰もが信じて疑わなかった。


 しかし時代は流れ、あるとき(・・・・)を境に、大地に含まれる魔力量が劇的に減少した。

 それはあまりに唐突だった。それまで、国土に満ちていた魔力が、ある日、目が覚めると、枯渇に近い状況にまで減少していたのだ。

 それは、魔力を感じることに長けた人間でなくても、見ただけで解るほどだった。嘗ては豊かだった森も。魚で溢れていた川も。資源が豊富だった海も。一夜にして、魔力不足によって姿を一変させていた。


 カラカラに枯れた大地を見た王族は、大いに焦った。そして、国中に学者を差し向け、原因を探らせた。

 結果、国中に張り巡らされた魔法陣が、「強力な呪い」によって崩壊している事実がわかったと言う。

 その「強力な呪い」とは一体なんだったのか。

 王は「黒羽の魔女」と呼ばれた化け物の呪詛であると公表した。


「黒羽の魔女」

 数百年前に暴れまわった、濡れたような黒い羽を持つ、残忍で冷酷で、人を殺すことを至上の喜びとする醜い魔女。

 その魔女を一目でも見たものは、目が潰れ、喉が潰れ、体中の血液を抜き取られ、魔女の晩餐に「食材」として並べられてしまうという。

 その魔女は、ある日唐突に現れ、あらゆる嗜虐の限りを尽くした。

 正式な文書は残っていないが、言い伝えによると、「黒羽の魔女」はとても美しい少女の姿と、醜い鴉の姿を持った化物であったという。


 当時の第一王子――今でいう、聖人――は、王国の選りすぐりの騎士を連れ、魔女の討伐にでたという。

 そして、死闘の末、魔女を討ち取り、王城にある塔の地下深くに封印したといわれている。

 何故、その魔女を滅ぼさずに封印したのか。今もなお残っている当時の資料を見ると、黒羽の魔女は強大な力を持っており、各地で大きな被害を起こしていた。それほどの魔女を倒すことが難しかった、そういうことなのだろう。

 当時の王子は、有力な後継者候補だったが、魔女との死闘で命を落としていた。

 その後、王子は魔女を封印した功績を讃えられ、聖人として祀られている。


 魔女は封印される際、呪詛を撒き散らしたという。

 呪詛の内容は伝わっていない。けれども、この国を呪ったものであることは間違いないだろう。

 魔女の呪詛は長い年月の間、静かに燻り続け、それが今日牙を剥いたのだと、全ては魔女のせいなのだと、王は民へと説明をした。


 それ以来この国にとって、「冷たい冬」と後に言われる時代が訪れた。魔力枯渇にあえぐ国土は、まともに農作物すら育たず、家畜は死に、数多くの国民は飢えるか、他国に逃げ出すかした。


 そんななか、王はどうにか魔法陣を復活させようと試みたが、それは中々成功せず、この国の大地に含まれる魔力量は回復する兆しすら見えなかった。


 人々は魔女を恨んだ。呪詛を撒き散らした魔女を、只々、何も知らずに恨んだ。

 その恨みは関係のない他の魔女にも向けられるようになり、大掛かりな魔女狩りも盛んに行われるようになった。

 多くの魔女が死んだ。けれども人々の恨みは、鬱憤はとどまるところを知らず、やがてその矛先は――当然の如く、王家に、そして王に向かうのだった。


 ――そんな事情も知らず、邪悪で醜くて、美しい姿を持つ、忌むべき魔女は、今日も王城の地下深くで眠り続けている。その魔女の元へ、とある一人の少年が訪れるまでは。

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