化物の初恋
……見つけたときは、良い拾い物をしたと思った。
……酷く傷ついて帰ってきたのをみたときは、やっぱりね、と思った。
……利用しているつもりはあった。けれども、その孤独は私も理解できたから。非情になりきれるか、自信がなかった。
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あの日遠くに見えた城に行くにはどうしたらいいだろうか。
……私は、うーん。と頭を捻った。
最近、体がすっかり大きくなってしまって、元来持っていた翼をいくら羽ばたいても、浮かぶことが難しくなってきていた。魔力を使って浮かぶ方法を魔女から習っている最中ではあるけれども、ちっとも成功しないので、今はそれに頼る訳にはいかない。
ウンウン唸って暫く考えていたけれど、一向に良いアイディアが出て来る気配はない。
頭を使いすぎたせいか、ぐう、とお腹が空いてきた。
なので、私は目についた野生の鹿を襲い、食べた。
すると私の体から、鹿のように立派な四足が生えてきた。
その脚にはしっかりとした筋肉が付いていて、強靭なばねがある逞しい脚だった。試しに一歩踏み出すと、力強く大地を蹴る事ができた。
……そういえば、魔女は私は食べたものの特徴を得ることが出来ると言っていた。体が軽い!これで、お城まで早く辿り着けそう!
私は蹄で地面を何度か蹴り、四足の感触を確認したら、一気に城が見えた方向に向かって駆け出した。
ぴょん、ぴょん、と鹿が駆ける姿を思い出しながら、飛ぶように跳ねながら森の中を進んでいく。
秋が深まってきた森の中は、地面がふわふわしていて、とても走りづらかったけれども、憧れの王子様に会えるかもしれない、そんな期待に胸を高鳴らせながら走る、色鮮やかな秋の道のりは、とても楽しいものだった。
やがて森を抜けると、一気に視界が開けた。
森の向こうにあったのは、背の低い草花が生えた草原。その草原の中に、細い道が遠くまで伸びていて、そこの道に馬を引いた人間がひとり歩いているのが見える。
私はぐるりと周囲を眺めてみたけれども、ここからはまだ城は見えなかった。どうやら、城はこの広い草原より遥か遠くにあるらしい。
……この先、どっちへ進めばいいのだろう。恐らく人間が沢山住まう場所に、城があるはずだ。
――ならば、人間に聞いてみよう!
そう思って、私は草原を馬を引いて歩いていた人間の上を、鹿の脚の脚力でもって飛び越え、進行方向を塞ぐようにして、目の前に降り立った。
「ニンゲン。シロ、ドコ?」
「あわわわわわわ……」
私は早速、その人間に城の場所を聞いた。けれども、その人間は、私を見るなり地面に座り込んで、口をぱくぱくさせて涙を流し始めた。更に人間が引いていた馬は、酷く怯えた様子で、どこかへ走り去ってしまった。
何故か、じんわりと地面に染みが広がっていくのが見える。
……どうしたのだろう。私の喋る言葉がわからないのだろうか。それとも、よく聞こえなかった?
「シロ。オウジサマ、イル、シロ。ドコ?」
私は人間が聞き取りやすいように、顔を近づけて、耳の近くでそう言ってやった。
すると、今度は泡を噴いて、寝てしまったではないか。
目を開けたまま横になってしまった人間を眺めて、私は途方に暮れた。
……周りを見回しても、他に人間の姿はない。
これでは道も聞けない。
適当にあらぬ方向へ突き進んで、魔女の棲家に戻れなくなってはいけないし……。
さて、どうしようか。そう思った私は、地面に横たわった人間を見下ろした。
その時、頭の中からじわりと空腹の信号が送られてきて、私のお腹がぐう、と鳴った。
……取り敢えず、ご飯にしよう。
そう考えた私は、あーん、と大きな口を開けて、寝ている人間に齧りついた。
その人間を食べ終わったとき、私の頭のなかに、新たなる情報が流れ込んできた。
……それは、以前修道院に居た人間を食べたときに、唐突に自我に目覚めたのと同じ感覚。
私の中にある辞書の中に、新しいページが次々と作られていく。そんな感じだ。そして、気づくと私は色々なことを知っていた。
地面に染み込んだ血の赤色を眺めながら、ぼんやりと新たに知っていた知識に意識を向けると、どうやら私は城の場所を知っているようだった。
ぶるる、と頭を軽く振る。……また、頭に霞がかかっているような感覚がして、なんだかとても気持ち悪い。
心のなかでは、一刻も早く城へ行きたいのだけれども、頭がはっきりしないせいで、暫く私はその場から動けなくなってしまった。
目を瞑って気持ち悪さに耐えていると、頭の中の霞の向こうに、時折、見たこともない景色、見たこともない人間の顔が浮かんでは消える。
……何故だろう。その人間の顔を見ると、胸の奥が苦しくなるのと同時に、なんだか心地よいくすぐったさを感じる。そして無性にその人間に会いたい気持ちが募る。帰りたい。ああ、あの懐かしい場所へ帰りたい。そんな気持ちが涌いてくる。……私にとって懐かしい場所なんて無いのに。
「ずっと、待ってるよ」と泣き笑いの顔で言った少女の顔が霞の向こうに映し出されると、その少女がとても大切なもののように思えてきた。
――あなたは誰?誰なんだろう。私はあなたを知らない。
そう問いかけてみても、あっという間に少女の顔は霞の中に消えていってしまった。
他にも、年老いた人間が暖炉の前で編み物をしている風景。沢山の荷物を積んだ馬車で、意気揚々と出発する人間の風景――……いろんなものが、浮かんでは消えた。
……一体何なのだろう。人間を食べると頭がおかしくなるのだろうか。
そう思いながらも、私はどうすることも出来ずに、その延々と流れる風景を見ていた。
その間にも、沢山の情報が頭に流れ込んでくる。……このままでは、情報に、知識に溺れてしまう。
そう判断したのだろう私の本能は、以前のようにまた情報や知識を取捨選択し、不要なものは記憶の底にしまいこんだ。
そして、頭の中の霞が、やっと晴れたとき。
スッキリした気分で瞑っていた目を開けた私は、霞越しに見た風景をすっかり忘れてしまっていた。
「……サア、城へ。行コウ」
私は、またぴょん、ぴょんと跳ねるように飛んで、城を目指し走り出した。
**********
暫く街道沿いに走っていると、近くに人間がいる気配を感じて、私は近くにあった木の上に登って身を隠した。……なぜだか、誰かに姿をみられてはいけない。そう感じたからだ。
私が大きな体を木の上の幹の隙間に滑り込ませ、気配を消した時、馬の嘶きと蹄の音が聞こえてきた。
音がした方向に目を遣ると、複数の馬と、それに乗った人間の姿が見えた。
手前にいる馬の上には、全身に鎧を身に纏った、騎士の姿があった。騎士は周囲を警戒しているらしく、馬に乗りながら辺りを見回している。
そして、その後ろにいる一際立派な馬に乗った人間を見た時、私は目が離せなくなってしまった。
その馬に乗っていたのは、少年だった。
その少年は、太陽の下できらきらと眩いばかりの金髪を風になびかせ、空よりもなお澄んだ碧色の瞳を持っていた。
眼差しは優しげで、すっと通った鼻筋、薄い唇。とても整った顔立ちをしていて、それを見た瞬間に私の胸が、ぎゅう、と締め付けられるように苦しくなった。
王冠こそ被ってはいないけれども、仕立てのいい服に、防寒用のマントを羽織っている姿は、まさしく私の憧れた王子様。物語で語られていた王子様そのものだ。
王子様は、私の視線には気付かずに、なにやらもう一人の騎士と会話をしていた。
「……どうしたの?」
「いえ。殿下。何故か馬が怯えているのです」
「確かに、僕の馬も落ち着かないね。何か居るのかな」
王子様はきょろきょろと辺りを見回した。
その時、一瞬王子様と目があったような気がした。
それだけで、胸の鼓動が激しくなって、とても切なくなった。
「……何も居ないように思えるけれどね」
「動物の勘というものは、馬鹿になりません。見えないだけで、何かが近づいているのかもしれない。殿下、帰りましょう」
「そうだね。折角遠乗りに来たのに。……直ぐに帰るのは残念だけど、仕方がないね」
「では、殿下。私が先導しますので」
「わかったよ。頼りにしている」
――王子様はそう言うと、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべて、騎士へと軽く頷いた。
……なんて、綺麗な笑顔。
その笑顔は、私の胸を更に締め付けた。どきん、どきん、どきんと鼓動がうるさい。
得体の知れない感情が私を支配する。飢餓感でも、知識欲でもない。これは、この感情は一体――……。
私が自分の胸の中で巻き起こっている不思議な感情に戸惑っていると、王子様は騎士たちと共にその場を去ろうとした。
……ああ、王子様が行ってしまう。
王子様。王子様。王子様。王子様。
もっと見ていたい。話してみたい。王子様、王子様はお城に住んでいるの?舞踏会を開催したりするのかしら。きらびやかなシャンデリアの下で、素敵なダンスを姫君とするの……?聞きたいことが、たくさんあるの。
ああ、行ってしまう。折角会えたのに。王子様……。
走り去ろうとしている王子様の後ろ姿を追いかけようと、堪らず木から飛び降りようとした瞬間。
王子様の行く手を遮る人影が現れた。
それは、黒い装束を身にまとい、腰に剣を履いた人間たちだった。
複数人で同じような格好をしているその人間たちは、王子様と騎士を取り囲むと、抜剣して剣の切っ先を王子様へと向けた。
「……な、なんだ!?」
「殿下!お下がりください!」
すると、王子様を守るように、騎士たちが一斉に動き始めた。
途端、黒装束を纏った人間たちと、王子様の騎士たちとの戦闘が始まってしまった。
辺りに響き渡っているのは、剣戟の音と、人間の激しい息遣い。緊迫した状況に、私は固唾を呑んで、木の上から状況を見守った。
暫く黒装束の人間たちと、騎士たちの攻防は続いていた。実力は拮抗しているようで、なかなか状況が動かない。
……そんな時だった。
「っぐ……!」
「殿下!」
王子様の腕に、ひとりの黒装束が投げたナイフが刺さった。王子様は、痛みに顔を歪めて、ぐらりと体制を崩した。
そのせいで、王子様を乗せていた馬は、一気にパニックに陥った。そして、後ろ足でその場で立ち上がり、王子様を振り落としてしまった。
王子様は地面に振り落とされて、体を強く打ったらしい。痛みのせいかその場から動けないでいる。その直ぐ側では、馬が今だに興奮状態で暴れていた。
――このままでは、王子様が馬の脚に蹴られて死んでしまう……!
そう思った私は、勢い良く木から飛び降りた。そしてその馬を突き飛ばし、王子様から離れさせると、鋭い足の爪で馬の首を一気に刈り取った。途端、馬の首からは真っ赤な血潮が吹き出し、辺りに飛び散る。その血は王子様へも降り注ぎ、綺麗な金髪や顔、洋服を汚してしまった。
やがて、残された馬の体は、ゆっくりと地面に崩折れた。
――はあ、と息を吐いて、王子様を確認すると、どうやら無事だったようだ。
その時、辺りはしん、と静まり返っていた。
先程まで剣を交わしていた騎士も、黒装束も、皆が皆、呆気に取られたような顔でこちらをみている。
私は目を細めて、黒装束達を睨んだ。
……こいつらが、いきなり襲いかからなければ。
私は、沸々と涌いてくる怒りに身を任せることにした。王子様を傷つけるものは、許さない。
ガツン、ガツン、と蹄で大地を何度か蹴る。そして、私は体制を低くすると、黒装束たちに襲いかかった。
――あるものは、私に首を千切られ。
――あるものは、私に踏み潰された。
数分も経つと、黒装束たちは尽く大地へ転がり動かなくなった。
その様子に私は満足すると、未だ地面に座り込み、こちらを見ていた王子様へと近づく。
……王子様の怪我が心配だった。ただ、それだけだった。
「王子、サマ……大丈夫……?」
ゆっくりと、地面を踏みしめながら一歩一歩近づく。
憧れの王子様は目の前にいて、こちらを見ている。……私は、そのことに緊張していた。
そういえば、魔女の家で読んだ本に、旅の途中助けた王子様と、一緒に冒険するお話があったっけ。
もしかしたら、私もあの物語のように、王子様と仲良く出来るのかもしれない。
私はそんな淡い期待を胸にいだきながら、王子様へと近づいていった。
……けれども。
私の読んだ物語では、助けられた王子様は笑みを浮かべてお礼を言うはずなのに、目の前の王子様は、私が一歩近づく度に顔色を悪くさせて、口をぱくぱくと開閉しているだけだ。
私が一歩近づく度に、綺麗な顔を歪ませて、怪我をしている腕にも構わずに、じり、と後ずさりをした。
「……王子……サマ……?」
「く、くるな」
王子様は、私に向かって、小さな声でそう言った。
……え?
私は聞き間違えかと、思わず首を傾げる。
……ああ、もしかして、お礼の言葉を言ったのだろうか。
そう考えた私は、王子様の声を聞きたくて、もう一歩踏み出した……その時だ。
「来るなああああああ!化物おおおおおおおおおお!」
王子様はそう叫ぶと、懐から取り出したナイフで私を刺した。ぶすり、とそれは私の前脚に深く差し込まれ、鋭い痛みが走った。
ぽたぽたと私の脚から赤い血が流れ落ち、ナイフを伝って王子様の手を汚した。
私は驚きのあまり、特になんの感情も浮かんでこずに、それをただじっと見つめていた。
その間も、王子様は「ヒッ、ヒッ……」と息を荒げ、泣きながら、震える手で私を何度も刺してきた。
「寄るな、触るな!醜い化け物め……!おぞましい、見るだけでも穢らわしい!」
ざくり、ざくり、ざくり。
「お前みたいな化物に殺されるわけには……っ!」
そう言って、王子様は力いっぱい私を刺した。すると、ガツン、と鈍い音がして、ナイフが折れてしまった。どうやら私の骨に当たったらしい。
そのナイフを真っ青な顔で見た王子様は、今度はわたわたとみっともなく私から逃げ出した。
柔らかい落ち葉の上だからか、滑ってしまうらしく、ずるりと何度も足を滑らせて、体制を何度も崩しながらも前へ前へと進む。終いには、立って逃げるのを諦めたのか、まるで獣のように四つん這いになって、落ち葉の地面をかき分けながら、私から距離をとろうと足掻いた。
その様子を、私は只々、呆けてみていることしか出来なかった。
助けた王子様に刺された脚が、じんじんと痛みを私に伝えてくるけれども、正直言ってどうでもよかった。
私が動けないでいると、騎士が馬を駆って王子様に近寄り、自分の馬に王子様を引っ張り上げると――そのまま、どこかへ走り去ってしまった。
残っていた他の騎士たちも同様で、いつの間にか四方八方へと散ってしまって、もうここには私と黒装束の死体と王子様の馬の死体しか残っていない。
私は王子様が逃げていった方向を、日が暮れるまで見続けた。
そして、辺りが暗闇に包まれる頃。私は、急に喉の渇きを覚えた。……もしかしたら、血を流しすぎたせいで、体が水分を欲しているのかもしれない。回りに転がっている人間の死体は、いい香りを放っているけれども、どうにも口にする気にはなれなくて、私は水辺を探して彷徨った。そして、暫くして漸く小さな池を見つけた。
ずり、と脚を引きずりながら、その池の淵に立つ。
風のない夜。水面は凪いでいて、まるで鏡のようにまんまるの月を浮かべた夜空を映していた。
そして、この時。
私は、生まれて初めて、自分の姿をはっきりと見たのだ。
――そこに写っていたのは、酷く醜い、見るに耐えないほどの恐ろしい化物だった。
人間の頭を丸呑みできそうなほど大きな嘴。血のように紅い目は、両の目の間、眉間にもう一つ。計3つもある。その瞳は、怪しい紅い光を放っていた。
そして、全身黒い羽で覆われた体からは、様々なものが生えていた。
例えば牛のねじれた角。鋭い爪を持った鳥の脚の横からは鹿の脚が生えている。尾羽の下からは太く大きなしっぽが覗いていて、先端は蛇の顔をしていた。そして、腹の下からは大量の人間の手が生え、いまも何かを掴もうとしているが如く、蠢いている。
……醜い、醜い、醜い、醜い……!!!
それを見た瞬間、醜く――……見るのすら穢らわしい。そういった王子様の気持ちが心底理解できた。初めて美しいものを見たときのように、自然とこれは醜くて穢らわしい、忌むべき化物なのだと理解する。
……それが、私。この醜い化物が……私……!!!!
……それを理解した瞬間、喉の奥から、酸っぱいものがこみ上げてきて、私は池に向かって吐いてしまった。
胃の中のものを全て吐き終わったあと、自分の中から沸いてくるどうしようもない感情を持て余して、月に向かって思い切り叫ぶ。
「――ウ、ウアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
初めて見た自分の姿。人間を食べることで得た知識、感覚からは、私の容姿は余りにも受け入れがたくて。
私は半狂乱になり、堪らず鹿を食べて生えてきた右脚を、嘴で噛みちぎった。
ぶちん、と嫌な音がするけれど、構わない。続けて左脚。激痛が走る。視界が歪む。
――人間には、こんなところに尾は生えていなかった。……蛇を食べて生えてきた、大きく太い蛇の頭をした尾を引き抜いた。
――人間には、腕は二本しか無かった。……人間を食べて生えてきた、腹の下から生えている、沢山の人間の腕をもぎ取った。
――人間には、こんなに鋭い爪は生えていなかった。……鷹を食べて生えてきた、足先の鋭い鉤爪を剥ぎ取った。
……そこまでしても私は止まらない。止まれなかった。お腹の底から涌いてくる、悲しみ、怒りの感情を止める術を私は知らない。
「アア、アアアアアアアアアアア……!」
私の叫びは、夜の森の中に響き渡って、けれども、私の怒りや悲しみを慰めてくれるものは誰もおらず、その様子を只々、冷たい月だけが眺めていた。
**********
「――どこへ行っていたの?」
「……」
どうやってそこに戻ったのか解らない。私は気がつくと、魔女の棲家の前に立っていた。そこには、温かな明かりが灯った扉の前で、魔女が私を待ってくれていた。
「てっきり、逃げ出したのかと思ったわ。……何かあったのね?さあ、お入りなさい」
魔女は私を家の中に招き入れると、暖かな暖炉の前へと連れて行ってくれた。
そして、私の体の上へふわふわのブランケットを掛けてくれ、私の傷を手当てしてくれた。
「全身血まみれ、傷だらけじゃない。……生きているのも不思議なくらいだわ。全部、自分でやったの?生えてきたものを全部取り除いたのね?これじゃあ、ただの大きな鴉ね」
「……」
「……あなたから、人間の臭いがするわ。愚かな人間に関わっては駄目よ。いいことなんて、ひとつもないわ」
私の手当をしてくれている魔女の白い手を眺めながら、私はぽつりぽつりと話しだした。
「王子様ニ、会イニイッタノ……」
「……」
魔女は、顔を顰めて、私の顔を見た。
「魔女。ワタシ、自分ノ姿ヲ見タノ」
「そう。あなた、見てしまったのね」
「醜イ……余リニモ醜クテ」
「……」
「王子様ニモ、拒絶サレタノ。仕方ナイワヨネ。ダッテ私ハコンナニモ醜イ」
私は、ぽろりぽろりと3つの瞳から涙を零した。
体が震えて止まらない。それは、体中の傷の痛みから来る震えではなくて、心が受けた傷の痛みから来る震えだ。
「ドウシテ私ハ、人間ニ生マレナカッタノ。化物ダカラ。人間トハ違ウカラ!王子様ハ私ヲ拒絶シタ!ドウシテ!……ドウシテ……?」
視界に入ってくる私の体には、人間にはない黒い羽がびっしりと生えている。
私は嘴で黒い羽を引き抜いた。ぱっと適当に抜いた羽を放ると、ひらり、ひらひらと黒い羽が宙を舞って落ちていく。必死になって毟るけれども、ちっとも減らない羽に苛立ちが募る。
「話ヲ、シテミタカッタダケナノ。アリガトウ……ッテ、笑ッテホシカッタダケナノ。王子様ガ、傷ツクトイケナイト思ッテ、頑張ッタダケナノ……」
「ネエ、ドウシテコンナニ苦シイノ? ドウシテコンナニ悲シイノ? ……ドウシテ? 酷イ事ヲ言ワレタノニ、沢山沢山痛イ事ヲサレタノニ、ドウシテマダ、王子様ニ会イタイノ……?」
涙が溢れて止まらない。ぽろりぽろりと流れ落ちていく涙は、床に沢山のしみを作った。
刺された腕の痛みよりも、胸が、心が痛くて、辛くて。
一瞬だけ見た王子様の笑顔が頭から離れなくて。
……ああ、これは恋だ。私の中の知識がそう教えてくれる。
人を好きになる気持ち、愛おしい、そう思う気持ち。私の……初めての恋……。
「王子様ノコトガ、好キニナッテシマッタノ。……好キ、好キナノ。王子様ガ好キ。ダケド、私ハ化物ダカラ……!」
私は、ちらりと暖炉の火を見た。――ああ、あの火に飛び込めば。この忌々しい羽を一気に焼けるかもしれない。
そう思って、暖炉に飛び込もうと、血を流しすぎてふらふらになってしまった体で立ち上がった瞬間、魔女が何やらぶつぶつと呪文を唱えたかと思うと――ふっと、私の意識は途切れた。
「……愚かな化物。今は静かにお眠り」
落ちていく意識の中で、そんな魔女の声が聞こえた気がした。