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最期の歌声、化物の涙

「オリフェ!」

「エリザ!」



 僕は、塔の中に侵入してきた男たちに、あっという間に拘束されてしまった。

 そして、みるみるうちに、エリザから引き離される。

 鎖が残り一つとなって、短くなってしまっていたエリザは、その場から動くことが出来ずに、目を見開いて拘束されている僕を見つめていた。



「……何をする! やめろ!」



 僕は、精一杯抵抗するけれども、何人もの屈強な男たちに押さえつけられて、どうにも動くことが出来ない。

 その時、誰かが僕達のいる部屋へと入ってきた。



「やあ、王子様。御機嫌いかがかしら」

「……あ、あなたは」



 それは、僕に色々と教えてくれた、いつも無表情だった女の人だった。

 けれども、今日は違った。

 女の人は酷く興奮しているのか、頬を赤く染めて、目を細め艶やかな視線を僕に向けている。



「封印をここまで解いてくれて、ありがとう。随分と頑張ったのね。流石、王の血を引くことだけはある」



 そう言うと、女の人は後ろにいた男の人に、僕の方に向かって何か(・・)を投げさせた。

 ごろり、と僕の前に転がったのは――……立派な格好をした、血まみれの人間だった。

 ひゅう、ひゅう、と微かに呼吸音が聞こえるから、きっと生きてはいるのだろう。

 けれども、太ったその顔は、血で塗れ、更には腫れ上がっているから、それが誰かは判別がつかない。

 その人のあまりにも痛々しい姿に、顔を顰めて見ている僕を、女の人は愉快そうに嗤った。



「いいのかしら? 感動の再開な、お涙頂戴のシーンをしなくても。……あなたの、父親よ?」



 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭が真っ白になった。

 ……父親。つまりは、この国の王様――……!!!

 その事実に、僕の身体が震える。この、男が。この男のせいで――!!

 ……一瞬、僕の頭の中が真っ赤に染まったけれど、その時エリザが「オリフェ……!」と、僕の名前を呼んでくれた。そっと、エリザをみると、とても心配そうな顔をしていた。

 僕は一度瞼を固く閉じて、息を意識して細く長く吐き、心を落ち着けた。そして、まっすぐに女の人の目を見た。



「……顔は、遠くから見たことはあるけれど。話したことも、会ったこともない人だから。僕には、どうすればいいのかわからない」



 僕の答えを聞いた女の人は、小さく吹き出して、王様の背中を足蹴にし――一体なにが可笑しいのか解らないけれど、大きな声で笑いだした。



「……あははははは! 血を分けた息子にもこの言われよう! 素敵! 流石、王様だわ――」



 そして、何度も何度も王を蹴った。

 その光景は、あまりにおぞましく、醜い人間の本性が現れているようで、僕は耐えきれずにそっと視線を外した。

 そして、女の人は王様を暫くの間蹴り続けた後、満足したのか、急に黙り込んで、僕のほうにぐるりと首を回して、おぞましい笑みを浮かべた。



「さて。さてさてさてさて! 王子様。生贄の時間ですよ!」

「……ッ!」

「美しい歌声を持つ王子様……! その歌声を、魔女に捧げて、封印を解いて! そして、その生命も魔女に捧げてしまいましょう!」

「うう……」

「あの日、あの時! 魔女と楽しそうに話していた、脱走計画。あれは、失敗ですから。観念して食べられちゃってくださいねえ」



 ああ、僕達の計画が知られていた……!

 衝撃の事実が、さらりと女の人の口から語られて、僕は息を飲んだ。

 女の人は、三日月型に瞳を歪ませて、これ以上無いくらいに醜い顔で、僕に詰め寄った。



「……生贄に、幸せなんて来ないんですよ。生贄は、物語が始まる前には、食べられているものなのですから。哀れな生贄がいた、そう思いだされるだけの存在、それが生贄! 

 魔女だってそう! ……遠い昔から、悪い魔女は退治されるものだって、決まっているんです。それも、魔女が化物なら尚更! 昔々あるところにの最後には、悪者は倒されて、皆は幸せになりました! で、大団円! 

 これが、お決まりなんです。だから、今回もそう!」

「嫌だ……! エリザは、僕を食べたくないと言っているのに!」

「あはははは! 化物のいうことを信じるの? この国の昔々からの言い伝えで、魔女と化物は信じるなと言われているでしょうに。母親から聞かなかったのかしら……? 

 ああ、ろくに面倒も見てもらえずに、放置されていたんだったっけ!」



 そういうと、女の人はぎゃははははは! と狂ったような笑い声を上げた。

 今、この場で楽しそうにしているのは、その女の人だけだ。

 気のせいではない、この場にいる誰もが、その女の人の異常さに、恐れ慄いていた。

 女の人は、ひとしきり笑い終わると、ふっと真顔に戻って、僕を押さえつけていた男たちに指示を出した。


 男たちは、僕をエリザの方に向けさせて、跪かせた。そして、僕の両腕をがっちりと押さえた。

 ――ああ、エリザが泣いている。

 エリザは必死で、足元の鎖を外そうと藻掻いていた。

 けれども、びくともしない頑丈な鎖は、今も鈍い光を放って、エリザをその場に留めていた。



「……オリフェ! オリフェ……! 魔法を使っているのだけれど、何故か発動しないの……! どうして!? オリフェを助けなきゃいけないのに!」

「それは、私が邪魔をしているからよ。黒羽の魔女」

「……あなたが……!?」

「忌々しいことに、私は魔法の扱いだけは天才的でね。……ふふふ、黙ってそこでみていなさい。愛する、王子様の最期の歌と、断末魔を聞かせてあげる」

「いや……いや! やめてええええええ!」



 エリザは悲痛な叫びを上げた。

 それには構わずに、女の人は僕の前に回り込むと、しゃがみこんで視線を合わせてきた。

 そして、小さな声で僕に囁いた。



「……もしかしたら。あの魔女だけは逃げられるかもしれないわよ?」

「どういう、意味なの」

「私は貴方を殺した後に、あの魔女を呪いで操るために、呪術をしかけるわ。……けれど、もしかしたら」



 ……ごくり、と僕は唾を飲み込んだ。



「私の呪術は、あの魔女に効かないかもしれない。……魔女は、逃げられるかもしれないわね?」

「……!!!」



 それを聞いた僕は、エリザの方に視線を遣った。

 エリザは、綺麗な紅い瞳からぽろぽろと涙を零しながら、悲痛な表情で、不安そうにいつも羽織っている黒いケープをぎゅっと握りしめていた。


 ……僕が、犠牲になれば。エリザは逃げられるかもしれない……!


 どうせ、一度は諦めた命だ。……エリザの為に使えるのならば。

 その考えは、とても魅力的だった。

 じっとエリザを見つめる。独りぼっちだったエリザ。化物と恐れられて、酷く傷ついたエリザ。僕と出会って、僕を抱きしめてくれた、優しいエリザ――……。彼女に、自由をあげたい。



 「それに、お前でなくても歌は歌えるのよ?歌わないなら、お前を殺すわ」



 エリザに自由を、そう思った瞬間、僕の背中を押すように、女の人の囁きが僕の耳に届いた。

 ――僕は、覚悟を決めた。


 今も泣いているエリザに、優しく笑いかける。

 すると、エリザは驚いたように目を見開いた。

 僕は言った。



「最期の歌を、君に捧げるよ。エリザ」

「駄目、やめて! オリフェ、だめええええええ!」

「聞いておくれ……そして、願わくば。逃げて。どこまでも、空を飛んで。自由を、僕の分まで君に」



 ……そして、僕は歌い始めた。


 僕の声が、塔の内部へと響き始める。

 ――歌い始めは、低く、朗々と歌う。僕の声を、塔の中の壁に、そこにいる人の心に。エリザ、君の心に響くように願いを込めて歌う。


 僕がどんな気持ちで、今まで歌っていたと思う?エリザ。

 最初は早く目覚めておくれって、気持ちを込めて歌っていたんだ。

 その次は、はやく君が開放されればいいって、願いを込めて歌った。

 でも、今は違うよ。もっと温かい気持ちを込めて歌うんだ。


 ――歌は、新たな展開を迎えた。低かった音程が、段々と調子を上げて、空を駆け上っていくように広がっていく。軽やかなリズムを刻みながら、僕の想いを乗せて歌った。


 ……ねえ、エリザ。

 君と出会った時、本当に怖かったんだ。

 だって、君はとっても大きくて、嘴がするどくって。目が3つもあって、とても凶暴そうな見た目だったのだもの。

 だけど、目が覚めた君と話しているうちに、君に触れているうちに。

 僕は自然と、君に惹かれていった。

 君の純粋な心に、君のまっすぐ僕を見つめてくる瞳に。

 君の不器用さに、君の温かさに、僕の心は癒やされて――。

 そして、泣きたいくらい、心を震わされた。


 ――歌はとうとう、佳境を迎えた。

 僕は喉を精一杯震わせて、君を縛る忌々しい封印を打ち破るように、声を張り上げて歌った。


 僕の帰る場所になってくれるって言ってくれて、ありがとう。

 凄く、凄く嬉しかったんだ。今までの人生で、一番。あったかい気持ちになれた。

 きれいな景色も見せてくれたね。あの秋の森で一緒に踊ったこと、忘れない。

 君にもたれ掛かって、歌を歌うの、すごく好きだったんだ。僕が歌うのを、いつも君は目を瞑って聴いていたね。そして、歌い終わると毎回すごく褒めてくれるんだ。嬉しかった……楽しかった。幸せって、きっとああいうことを言うんだね。

 ……あれ、案外思い出が少ない気がするね。……それだけ、君と一緒に居られた時間が短かったってことだろうね。


 ――そして、歌は終わりに差し掛かる。

 段々と勢いを無くしていくメロディ。僕は目を瞑って、歌の最後の余韻を歌い上げた。


 ……もっと、一緒にいたかったよ。

 ……もっと、君と笑っていたかった。

 ……ずっと、ずっと、ずっと、君と一緒に人生を歩みたかったよ。


 ……君が、好きだよ。エリザ。

 ……大好きだよ。


 君にこそ、幸せな結末がふさわしい。

 どうか、どうか神様がいるならば、あの涙もろくて、温かくて、優しい化物に、幸せな結末を――……!


 僕の歌が終わると、辺りは一瞬、静寂に支配された。

 誰もが、身じろぎもせずに、僕と、エリザを見つめている。

 皆、何故か苦しそうな顔をして、ただそこに佇んでいた。


 ……そして。


 ――パリン!


 甲高い音をたてて、鎖が割れた音がした。

 次の瞬間、槍を持った女の人が、嬉しそうに楽しそうに、顔を歪ませて――



「ありがとう。哀れな生贄」



 そう言って、僕の前に立った。

 女の人が槍を振り上げた瞬間。その人は、最後の最後で、見慣れた無表情に戻った。そして、何故か不思議そうに首を傾げると――僕の胸に、思い切り槍を突き刺した。

 ごぼ、と血が溢れるのが判る。

 あまりの痛みに意識が飛びそうになる。

 僕は必死にエリザのほうを見た。

 エリザは顔を歪めて、何かを叫んでいる。


 ――ああ、エリザ。

 ――泣かないで。……どうか、幸せに。


「……え、りざ……」



 僕は残った力を振り絞って、愛しい彼女の名を呼び、そして微笑むと――ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

明日、最終話の投稿は17時の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。

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