シーン4
人は母親のお腹の中にいるときは、全身を羊水に浸からされて成長していくらしい。
だから、水の中と言うのはこんなに安心するのだろうか。
俺は橋の下の川の中から空を見上げる。
ぼやけた月が、水の中にまでその光を届かせていた。
そう言えば、最後に見た月もこんな感じだったっけ?
ぼやけて、水の中から見てるからだろうか頼りなく見えるその月。
でもそれだけに、不思議な魅力のある光景。
溺れている子供を助けようとしていた時、それを見た瞬間に俺は生きることを諦めた。
なにが俺をそうさせたのだろうか。
あんまりにも綺麗だから? 本当にそうなのだろうか……。
違う気がするが、その根拠が思い出せない。
いつしか俺は考えることをやめて、ただ泳ぎ出す。
足を動かし、手を動かし、水に逆らわず、水を掴んで、導くように……。
幽霊になっても水には触れるというのが不思議だが、俺にとっては好都合なのでそれ以上考えることはしなかった。
俺は水泳でヒーローさんとか呼ばれていた男だ。そんな俺が泳ぐことが嫌いなわけがない。
今度からは、暇な時はこうして泳ぐのがいいかもしれない。
ああでも、触れるってことは、泳いでいるときの水の動きが周りから見えてしまうってことだろう。それはちょっとまずい気がする。
心霊現象が起こるだとか言われて、神主さんとかにお祓いされたら消滅させられてしまうかもしれない。
生前はそんなお祓いだとか心霊現象だとか信じていたわけじゃないが、俺と言う存在。それに月野の払った霊力と呼ぶべきだろうものを知ってしまった俺にとっては、その心配が消えることはない。
仰向けになって、背泳ぎの体勢のまま、今度は鮮明になった月の光を見る。
そろそろ寝るか。
時計はないから完全な感覚でしかないが、たぶんいつも寝ているくらいの時間だろう。
俺は水に揺られた状態のまま目を閉じる。
生きている間にそんなことやったら、体温を奪われたり流されて岩に頭をぶつけたりと大変なことになるだろうが、今の俺は幽霊だ。そんなことは関係ない。
一度水に浮かびながら寝るっていうの、やってみたかったんだ。それだけはこの幽霊の体になって良かったと思える。
目を閉じて、何も考えずにいればすぐに眠りは訪れる。
心地よい水の流れを感じながら、俺の意識はゆっくりと消えていった。




