シーン3
寝て起きて寝る。そしてまた寝て起きて寝るの繰り返しの日々が過ぎていく。なんて言ったが、実は幽霊になってから眠気が全く湧いてこない。
たぶん、寝る必要がないからだとは思うが、それでも無理に寝ようと思えば寝れたので、俺はなるべく生きていたころと同じ生活リズムで行動しようとしていた。
そして、起きているときに現状の把握に努め、いくつかわかったことがある。
橋を通る通行人の前で手を振ったり等してみたが、月野の言った通り俺の姿を見える人間はそうそういないらしい。皆、何もなかったかのように俺の体ごとすり抜けていく。
さらにこの橋からあまり遠くは離れられないらしく、限界までその境界に近づくと、異様なまでの忌避感が働いて足が進まなくなった。たぶん、心霊特集とかで聞いたことのある地縛霊とかって言うのだろうか。
そして、一番大切な未練についてだが、さっぱり思い出せなかった。
なってみて初めてわかったが、幽霊というのはひどく退屈なものらしい。
まず話し相手がいないし、物にも触れないからゲームなんかもできない。いや、そもそもゲーム機自体を持っていないし、仮に携帯ゲーム機があったとしても充電できる環境がないからすぐにまた退屈に戻ってしまうのだろうけど。
これで人の一人や二人、脅かすことができるならまだいいのだろうけど、そんなことしたら月野のやつに悪霊として奴隷にされてしまいそうだし、そもそも見れない触れない相手だから無理だ。
「それで私が来た瞬間に大喜びで飛びついてきた、と?」
未だに赤くなった顔で月野が言う。
『そんなところだ』
俺は返事をしながらその時の月野の様子を思い出していた。
「ひゃあ!」と実に女の子らしい声をあげて尻餅ついたので、上に覆いかぶさるように抱き付いてやった。退屈してやった。大して反省していない。
そんなこんなで俺がニヤニヤしていると、月野はなにやら手をごちゃごちゃと動かしてから俺のすぐ目の前にその手を突き出してくる。
一般人にはわからないのかもしれないが、幽霊になった俺にはわかる。
霊力とでも言うべきか、なにやら不思議な力がその手に宿って、月野の意思でいつでも何かができる状態になっていた。
「一遍、奴隷になろうか?」
『一回なったら戻れないだろうが!』
俺は慌てて後ずさって月野から離れる。
怖え。奴隷にするのは俺が悪霊になったらって話じゃなかったのかよ。
「あんなセクハラをする幽霊なんて、悪霊に決まってるじゃない」
『ごめんなさいでした!』
空中に浮いていた俺は、慌てて地面に降りた後に、床に手をついて頭を下げた。
目がマジだったんだよ。本気で俺を奴隷にする気だったぞ。
さすがに未練の未の字も見つかっていない状態で奴隷にされるのは勘弁だ。
俺はせっかくだから聞きたいことを聞くことにする。
『なあ、俺ってここから離れられないようだけど、これって未練がこの場所にあるってことなのか?』
逆にそうじゃないと困る。だって、そうじゃないと詰んでしまうだろ。
「そうとは限らないわ」
しかし、月野はそんな俺の希望をやすやすと破壊して見せた。
思わず落ち込んでしまう俺に、月野は苦笑するように話を続ける。
「あなたは今、自分がいわゆる地縛霊だと思ってるんじゃない?」
『違うのかよ』
「地縛霊じゃなくて、あなたは浮遊霊よ。ただ、消滅を避けるためにこの場所に魂を縛り付けているだけ」
『悪い。そういう区分とかには詳しくないから、俺にもわかるように言ってくれ」
「つまりね、地縛霊は建物やその場所に何らかの未練があってその魂を縛り付けている幽霊。要するに人は死ぬと体がなくなって魂だけの状態になるけど、魂が外に出ている状態ってひどく不安定なの。だから体の代わりに土地や建物を安定させる依代にしているってわけ」
『じゃあ、浮遊霊ってのは』
「魂が外に出ている状態の不安定な霊ね。地縛霊と違って、急激な速度で悪霊になるわ。だから早く私の奴隷になってね」
『だからならねえって! ってか、その説明だと俺は今やばい状態なんじゃねえか?』
「そうよ。だからあなたの本能が、あなた自身の手でこの場所に魂を縛り付けているのよ。そうね、最初の言葉にちょっと矛盾するけど、あなたの今の状態は地縛霊(仮)みたいな状態かしら?」
『ネーミングセンス悪いな』
「うるさい、奴隷にするわよ」
おっと、それは勘弁だ。
『要するに、(仮)ってことは地縛霊と違って完全に縛り付けているわけじゃないから、やろうと思えばこの場所から出ることができるってわけだろう?』
「ええ、そうね。ただしあまり移動することはお勧めしないわ。次に宿る場所に即座に移動しなければ、出て言った瞬間悪霊になるわよ。
人に憑依して移動するっていう手もあるけど、あなたの力じゃその人の許可がないと無理ね」
『月野は?』
「いやよ」
だと思った。
しかし、そうなるとどうするか……。
根拠は俺の勘だけだが、この場所に俺の未練はない気がするんだよな。
「まあ、私は気が長いほうだから待ってあげるわよ。それに悪霊になってからのほうが力が強くなるからお得だし」
『気が長いやつがちょっとのセクハラで切れるか?』
「何か言ったかしら?」
月野はまたわけのわからない動きをして手を突き出してくる。
慌ててその手の延長線上から逃げると、俺のすぐ横で何か大きな力の奔流が通り過ぎていくのを感じた。
絶対、こいつの気は長くねえ……。
『わかったよ……。何とかしてやろうじゃねえか』
「ええ、頑張ってね」
ちっとも頑張ってって顔じゃないだろうそれ。明らかに面倒くせえって意志が顔に表れてるぞ。
「また来るわ」
最後にそう言って、月野は橋の外へと去って行った。
その姿が完全に見えなくなったことを確認してから、俺はため息を吐く。
実のところ、結構寂しいのだ。
そんな姿をあいつに見せたら「奴隷になれば寂しい思いをしなくて済むわよ」なんて言いそうだからそんなそぶりは見せられないけどな。
もう近くの高校の下校時刻も過ぎてしまって、誰も通らなくなった橋の上で思う。
早く月野が来てくれたら嬉しいのになあ。
主人公の未練が何だかわかる人がいましたら、感想で教えてください。
私も知りません。




