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シーン2

 そして最後に俺は、何かを強く想ったらしい。

 それが何だったのかはわからないが、こうして俺がここに居るってことがその証明になるんだろう。

 どうして、それが証明になるかって? それはだな。

 俺は寝転がっていた体を起こす。

 ホームレスか何かかは知らないが、俺が飛び降りた橋の下にダンボールを敷いていてくれていたのは助かった。地面に寝っ転がっていると体が痛くなるんだよ。

 そうして立ち上がった自分の体を見まわす。

 服は、あの飛び降りた時と同じ状態。しかも常に湿っていて非常に重い。普通ならそんな状態でいたらあっという間に体温を奪われて大変なことになるのだが、もうそんな心配は必要なさそうだった。

 だって透けてんだもん、俺の体。

 実際、ちょっとイメージすれば、体は勝手に浮かぶし、移動も自由自在だし、橋の欄干とか普通に通り抜けられるし。

 どう見ても、俺の今の状態は――

「幽霊ね」

 目の前の同級生が続きを言う。

「はっきりと言うなよ……」

 断言されるとショックがでかい。

 そう、俺は幽霊になっていた。

 たぶん、俺が思い出せない、死ぬ直前に強く想った何かが俺の未練なんだろうが、幽霊になるほど強い未練なんて一体なんだったんだよ。

『もしかして、俺が助けたと思っているあの子が、実は助からなかったとかか!』

「ちゃんと助かったわよ」

 しかし、俺の考えは同級生に一瞬で否定される。

「あなた、今この町のヒーローになってるわよ。

 将来、オリンピックに出場することになるだろう水泳選手が、小学生の女の子を身を呈して助けて死んだ。ロマンティックなシチュエーションだと私でも思うし」

『後半はともかく、助かっているならよかったよ』

 俺は安堵して言う。

 元々ヒーロー呼ばわりは慣れている。

 自慢じゃないが、俺は水泳の才能に恵まれていたらしく、高校に入ってからの記録ではすでに日本で指三つくらいに入る位置に立っていたのだ。

 俺たちが住んでいる場所は結構な田舎で、段々過疎化が進んでいたから、俺がオリンピックに出場できるほどの選手だとわかったら、それを前面に押し出して町おこしなども企画されていたりして、非常に恥ずかしい思いをしてきたのだ。

 そんな俺の学校でのあだ名がヒーローさん。ばかじゃねえの。

 とはいえ、そんな俺の才能でも、やっぱり事故はあるらしい。

 子供が溺れているのを見かけたから飛び込んで助けに行こうと思ったらこのざまだ。

 情けないったらないが、あの子が助かったならそれは不幸中の幸いだと言えるだろう。

「それで、あなたはこれからどうするの?」

 不意に目の前の同級生が言う。

 どうやら、未練以外にも幽霊になるとき記憶が抜け落ちてしまっているらしい。たしかに会ったことあるはずだが、彼女の名前が思い出せなかった。

『どうするって、どんな選択肢があるんだ?』

「強制的に成仏するか、未練を果たして成仏するか、未練を果たせずして悪霊になって、私の奴隷になるかってところ?」

『前者二つはともかく、最後の一つは何だよ。ってかお前は何者だよ!』

「あら、言ってなかった? 私、この近くの神社の巫女なのよ。あなたが見えることに不思議に思わなかったの?」

『あー、そう言えばそんなこと言っていた気がする』

 断片でしかない記憶だけど、確かにそんな感じのことを言っていた記憶がある。

『巫女さんだって言うなら、悪霊になったんなら除霊しろよ。なんで奴隷になるんだよ』

「ほら、あなたってヒーローさんって呼ばれるくらいだし、使役したら能力値が高そうだから」

『なんか、ゲームでレアモンスターを入手するみたいな感じで言うなって! 自分の魂が半永久的に使役されるとか、さすがに嫌だぞ?』

「だから悪霊になったらって言ってるじゃない。そうなったらどうせ意識なんてないんだから。

 ね、いいでしょ? 悪霊になったら私に魂を売って!」

『どこの悪魔だ!』

 ついついツッコミを入れてしまうと、彼女は思わずといった感じで噴き出した。

 どこまで本気かわからないが、つい先ほどまで少しは落ち込んでいた気持ちがたしかに消えていた。

 意外とそういうことを考えて冗談を言ってくれたのかもしれない。

『えーと、あー。悪い、お前の名前忘れたわ。教えてくんね?」

「今さらなの? まあいいけど。

 私は、月野景よ。あなたのご主人様になる女の子なんだから覚えておきなさい。ヒーローさん」

『だから、俺はお前の奴隷になる気はねえっつの!』

「そう? こんなかわいい美少女の奴隷になれるのって興奮しない?」

 そう言われて、俺は先ほど名前を聞いた月野のことをじいっと眺めてみる。

 ゴクリ。と思わず喉を鳴らす。

 こんなかわいい女の子にいいように扱われる。男としての尊厳がいたく傷つけられそうだが、それはそれで……。

『って、言えるかぁ!

 やっぱり駄目だ。俺はお前の奴隷にならねえ!』

「そう、残念」

 ちっとも残念じゃなさそうに月野は言った。

「じゃあ、強制的に成仏する?」

『できるのか?』

「できるけど、私はやらないわよ。だって、放置して悪霊になってくれた方がのちのち楽しそうだし」

『なら言うなし!』

「私以外の霊能力者に頼むか、自分で未練を解消して自然に成仏しなさい。

 安心して、タイムアップで悪霊になったら、あなたの一生は私が面倒みてあげるから」

 微妙に不安になる言い方だなおい。

 しかし、実質的に選択肢が一つになってしまった以上、俺のやることは決まった。

 俺は絶対に月野の奴隷にはならないぞ。早いところ未練を見つけて成仏してやる。

「そろそろ私は帰るわね」

 そう言って月野は立ち去ろうとする。

「大丈夫。そんな顔しなくてもちょくちょくここに来るわよ」

『俺、どんな顔してたんだよ……』

「捨てられた子犬のような顔?」

『んな顔してねえよ……』

 実はちょっと寂しいと思ってしまった事は認めざるを得ない。

 仕方ないだろう。巫女であるこいつが特別なら、俺の姿見えて、俺と喋れるのは今のところ月野一人だけということになってしまう。

 幽霊っていうのはこんなに寂しいものなんだな……。

「それに、私の奴隷になれば、いつでもどこでも私と一緒なんだから、今のうちに一人の時間を楽しんでおきなさい」

『だからならねえって言ってるだろ』

「はいはい、そうであることを期待しているわ」

 ちっとも期待していない顔でそんなことを言ってのけて、月野は去っていった。

会話文多めかな?

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