シーン1
延々と耳元で鳴り続ける水の音。
ヘッドホンで音楽を聞くより、ずっとうるさくて耳を塞ぎたくなるそれでも、今感じる息苦しさに比べれば命の危険がないだけまだましだった。
今俺が抱えているものを話すわけにはいかないから、足だけを大きく動かして、地面を探しているのだけれど、一向に何かに触れる気配はなかった。
慌てているという認識はある。しかし、そう考えている意識でさえ、空気が足りない今は薄らとぼけたものでしかなくて、自己分析による冷静さを取り戻すには程遠いものになっている。
水の中で、口から気泡が漏れていくのが見える。
それを目で追っていくうちに光が見えた。
月だ……。
水による光の屈折でぼやけて見える月が、俺を照らしていた。
その光が、俺の網膜に焼き付いた瞬間、俺は生きることを諦めた。
最後の力を振り絞る。
何年も、それこそ物心がつきはじめた頃には始めていた練習が、俺の体を自然と動かしてくれる。
バタ足。できるだけ効率のいい動きで、水に逆らうんじゃなく、水を導くようなイメージで。頭の中をそれだけに集中させて、どっちでもいい。ただ水の流れを横切るような形で一方向に……。
それでも、酸欠の体は上手く動いてくれなくて、進んでいるのかそれとも戻っているのかすらわからない。
「おい! 大丈夫か!」
意識が消えそうになった時、誰かの声が聞こえた。
水面から顔が出ているのだろうか、明瞭になった視界と聴覚を頼りに、声の主を探す。
「こっちだ!」
手を振っている人が見えた。
両手で抱えていたものを、片手で抱えるように持ち直す。
片手でクロールなんて、練習でやったことはないけど、そう難しいものではない。
相変わらず息は上手く吸えない。それでも、希望が見えているから俺は頑張れた。
手も足も満足に動かない中、よくやったと自分でも思うよ。
川に落ちたらしい小学生くらいの子供をその人に渡して、俺は意識を失った。