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7. ポイントは瞳です


 ひと肌脱ぐことを決めたのはいいのだけど…。

 さて、どうしたものかと私は悩んだ。

 お義姉さまは意地っ張りな性格だから、お義姉さまが折れて仲直りを…ということは難しいだろう。

 と、なればレオさまからぐいぐいとお義姉さまに攻めて頂くしかない。

 だけど先日の夜会の事を考えるとそれも上手くいかないような気もするのだ。

 うーん…どうしたものかなぁ…。


「アルベルティーナ?」


 ふいに呼び掛けられてハッとすると、旦那様がいつもの不機嫌そうな顔をして私を見つめていた。

 だけど最近では旦那様のほんの小さな表情の違いを見分けるようになった。ポイントは瞳だ。旦那様の瞳は表情が出やすいことに気付いたのだ。

 今の旦那様の瞳には心配そうな色が宿っている。ぼんやりしていた私を心配してくれているのだろう。


「…大丈夫ですわ。私はなんともありません」

「そうか。ならばいい」


 旦那様の瞳が安心したように和らいだ。

 今は夜会の真っ只中だ。この間のレオさまの夜会以来、旦那様は出来る限り私の傍を離れないようにしてくださっている。きっと私がヘマをやらかさないか心配に違いない。旦那様は私の事を子供扱いしているのだ。

 少しは信頼してくれてもいいじゃないの、と思うけれど、旦那様が一緒にいてくれるのは正直有り難い。

 お義姉さまは今日は家でお留守番だ。あまり体調が優れないとか言っていたけれど…どう見てもお元気そうだったような気がするのは私だけなんだろう。


「こんばんは、フレンツェル伯爵」


 低く甘めのトーンの声が旦那様を呼ぶ。

 旦那様が振り返った方を見ると、そこには相変わらず色っぽいレオさまがいた。

 先ほどまでレオさまのことを考えていた私は、レオさまの姿にドキンと胸が高鳴った。

 なんて偶然なのだろう。これは発破をかけるチャンスだろうか。


「こんばんは、レオ殿。婚約者探しは順調ですか?」

「ああ、ヴィリー。それは聞かないでほしいな。どのレディも素敵すぎて私には選べなくて困っているというのに」

「……相変わらずですね、レオ殿も」


 そう言って旦那様が珍しく表情を綻ばせて笑った。

 …旦那様とレオさまは親しいのかな? お義姉さまとの婚約はなかったことになっても、親交は続いたのだろうか。


「今日はアリーセは…」

「姉上は体調が悪くて欠席です」

「…そうか。参ったな。相変わらず私は嫌われているみたいだ…」


 苦笑してレオさまは仰った。けれどその瞳はほんの少しだけ切なそうに揺れていた。

 やっぱり、レオさまは今でもお義姉さまのことを…。


「アルベルティーナ殿も、今日は来ていたのか」

「はい。ご無沙汰しております、レオさま」

「ああ。あの夜会以来かな。あの時のあなたも魅力的だったけれど、今日のあなたはもっと魅力的だ。その瞳の色に合わせたドレスも髪飾りもあなたに良く似合っている」

「あ、ありがとうございます…」


 褒められることに慣れていない私はレオさまの賛辞に照れてしまう。社交辞令だってわかっているんだけど、それでも、カッコいい男性に褒められるとときめいてしまうのが乙女心というものでしょう?


「レオ殿…」

「ヴィリー、そんな顔をしないでくれ。君の奥方を取って食べてしまおうとは、さすがの私も思わないさ」

「…だといいのですが」


 疑わしそうに旦那様は呟いた。

 私のような平凡な娘をレオさまのような美丈夫が欲しがるわけがないのに。

 …ああ、そうか。私の方の心配をしているのか。レオさまはこの通りの格好いい人だから、旦那様という配偶者のいる身でレオさまに憧れてしまうのはまずいものね。


「安心してください、旦那様!」

「は…? 突然なんだ?」


 旦那様は目を見開き、旦那様の腕をぎゅっと掴んだ私を見つめた。


「私、旦那様の方が好みですから!」

「な…!」


 旦那様は目を限界まで開いて私を凝視した。

 その頬はほんのりと赤く染まっている。


「き、きみはいったいなにを…」

「旦那様はいつも不機嫌そうで近寄りがたい方ですが、顔はレオさまよりも好きです」

「……『顔は』…なのか…」


 がっくりと旦那様はあからさまに肩を落とした。

 旦那様がそんな反応するのは珍しい。

 「どうかしました?」と尋ねれば、旦那様は力なく首を横に振り「気にしないでくれ」と答えた。

 なんだろう。私、なにか変なこと言った?


「良かったじゃないか、顔だけでも好きだと言って貰えて。おめでとう、ヴィリー」

「レオ殿…」


 レオさまは笑いを堪えるような顔をして旦那様に言い、そんなレオさまを旦那様はギロリと睨んだ。

 その時、旦那様のお知り合いらしき人物が旦那様を呼んだ。旦那様はそちらを向き、ほんの少しだけ眉をしかめた。そしてどうしたものかと悩むかのように私とレオさまを見比べた。


「君の奥方は私に任せて、君は行ってくると良い。私が責任を持って預かろう」

「…むしろ、レオ殿に預ける方が心配なのですが…」

「心外だな。私はそんなに信用がないのか?」

「……わかりました。アルベルティーナを頼みます」

「任せてくれ」

「アルベルティーナ。俺が帰って来るまでレオ殿の傍から離れないように」

「わかっていますわ。いってらっしゃいませ、旦那様」


 私はしっかりと頷いたのに旦那様はそれで心配そうに私を見て、渋々といった様子で呼ばれた方へ歩いていった。

 それをレオさまと私で見送り、私ははた、と気づいた。

 あれ。これってもしかしなくても、発破をかける大チャンス!?


「あんなヴィリーの様子を見れるとは。なかなか興味深い」

「…あんな、ですか…? 旦那様は、いつもあのような感じですし、あまり表情は変わらないと思うのですけれど…」

「確かに表情はあまり変わっていないが…まあ、これ以上は私の口から言うのは野暮というものだろう」

「はあ…」


 レオさまの仰っている意味がよくわからない。どういうことだろう?

 まあ、わからなくてもいいか。それよりも、お義姉さまのことだ!


「あの、レオさま?」

「なにかな」

「レオさまとお義姉さまは、ご婚約をされる予定だったそうですね?」

「…ヴィリーに聞いたのか。ああ、そうだが、それがなにか?」

「その…私は当時の詳しい状況などはわかりませんし、私がこんなことを言うのはおかしいのかもしれませんけれど…どうして婚約の話をなかったことにしてしまったのですか? お義姉さまとレオさまの仲はとても良かったと旦那様から伺っております。幼い旦那様を放って置けなかったお義姉さまの気持ちもわかりますけれど…」


 婚約だけならば、別にすぐに家を出て行くわけでもないし、旦那様の傍に居続けることは可能だったはずだ。

 なのになぜ婚約の話は白紙になったのだろうと、ずっと疑問に思っていた。


「…そうだな。一言で言えば…あの頃は若かった、だな」

「若かった、ですか…?」

「若気の至りというやつかな。アリーセが私よりもヴィリーを選んだことが、あの頃の私はどうしても許し難かった…子供だと我ながらに思うが、あの当時はどうしても許せなかったんだ」


 レオさまは髪をかき上げて、切ない笑みを浮かべた。


「更に言うなら、婚約の話をなかったことにして欲しい、とアリーセから言われたこともショックだった。今ならあの時のアリーセがどんな気持ちでそれを口にしたか想像がつくが、当時の私には出来なかった。アリーセの気持ちを考えることすらせずに、ただ彼女の表面上の言葉だけで、彼女が私を見捨てたのだと思い込んだ。そして、彼女が傷つけばいいと…彼女以外の女性と私が親しくしているところを彼女に見せつけた。……私は、最低な男だ。あの気の強いアリーセが涙を流して私の頬を叩くまで、彼女の気持ちに気付けなかった。気づいた時には、もうアリーセとの関係は修復するのが難しいくらいに拗れていた」


 気づくのが遅すぎたんだ、とレオさまは自嘲した。

 当時のお二人がどんな気持ちだったのか、私には想像することしかできない。だけど、どちらもきっと辛くて苦しかったに違いない。

 いや、きっと今でも辛くて苦しいままなのだろう。だからお二人とも、切なそうな表情を浮かべるのだ。

 私になにかできないだろうか。お二人の橋渡しまではいかずとも、お二人の関係を直すきっかけだけでも作れないだろうか。


「……と、こんなことをあなたに言っても困るだけだな。すまない、今の話は忘れて…」

「この間、お義姉さまは仰っていましたわ。『もし戻れるのなら、十五年前に戻りたい』と。十五年前といえば、ちょうどお二人の婚約話が無くなった頃ですね」


 私はレオさまの言葉を遮るように言った。

 失礼かもしれないけれど、どうしてもレオさまにあの時のお義姉さまの言葉を、表情を伝えたかった。


「…アリーセが、そんなことを…?」

「はい。とても切なそうな顔をなさっておりました。恐らくですけれど…お義姉さまも、レオさまと同じように後悔をなさっているのではないでしょうか。自分の気持ちをきちんと伝えなかったことを」

「……」

「『気づくのが遅すぎた』とレオさまは仰いましたけれど、私はそうは思いません。きっとお義姉さまもレオさまと気持ちは同じはずです。『仲直りがしたい』と、そう思っていらっしゃるはずです。お義姉さまは意地っ張りな性格ですから、自分から折れることはなさらないでしょう。ですから、レオさまがガンガン攻めるしかないと思うのです。私も協力しますから、レオさま、もう少し、頑張ってみませんか?」

「……どうして、そこまでしてくれるんだ?」

義妹(いもうと)義姉(あね)の幸せを願うのは、当たり前なことでしょう? 私、お義姉さまには幸せになって頂きたいのです」

「……あなたは…よく、お人好しと言われないか?」


 この間、旦那様にも言われたばかりですがなにか。

 ……お人好しと言われるほど人が好いつもりはないけどなぁ。

 だって、打算も少なからず入っているし。完全な善意で幸せになって貰いたいわけではないのだ。

 小さく首を傾げる私にレオさまは優しい目を向け、「ありがとう」と囁いた。


「もしまだチャンスがあるのなら、アリーセに謝りたい」

「チャンスは作るものですわ。私も精一杯協力致しますから、レオさまも頑張ってくださいね」

「ああ。あなたが協力してくれるのなら、心強い」

「まあ、そんな…」


 レオさまのお世辞に照れていると、旦那様が戻ってきた。

 旦那様は私とレオさまの顔を見比べて、顔をしかめた。


「なんだか楽しそうだが…二人して、なんの話を?」

「なに、大した話ではないさ。お互い幸せになろうと話をしていたんだ」

「は…?」

「そうだね、アルベルティーナ殿?」

「ええ。レオさまの仰る通りですわ」

「…ふーん」


 旦那様は疑わしそうに私とレオさまを見つめた。

 あれ? なんだか旦那様不機嫌…。なんでだろう?疲れたのかな?

 なんで旦那様が不機嫌になるのかはいまだに謎だ。

 表情はわかるようになったのに、まだまだ旦那様についてはわからないことだらけだ。



2/19の活動報告にて残念な旦那様の小話を載せてあります。

ご興味のある方はよろしければそちらもどうぞ。

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