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4. 夜会には波乱がつきものです

 

 お義姉さまとの笑顔での会話(バトル)をこなしつつ、とうとうハラヴァティー侯爵邸へ到着し、私は旦那様にエスコートされつつ、お屋敷の中へと足を踏み入れた。

 伯爵家のお屋敷も、嫁いだ当初は「すご~い! 大きい~! 豪華~!」と思ったものだけど、侯爵家はもっとすごかった。

 敷地の広さも伯爵家よりも広いし、ところどころにさりげなく置かれている物もとても高価なものだと、素人目でもわかった。その置かれている物の価値自体は伯爵家に置かれている物と変わらなそうだけど、その数が圧倒的だった。

 それでも嫌味っぽく感じないのは、お屋敷の主人がセンスの良い方なのだろう。

 ハラヴァティー侯爵さまのセンスは素晴らしいと言う噂をお茶会でもちらほら聞いた。


 きょろきょろしたいのを堪えつつ、私は旦那様に恥をかかせないように、と頭の中で呪文のように唱えて歩く。そうしないと、とんでもない失敗をしそうな気がして。

 今日の私はただのアルベルティーナとして参加するわけではない。伯爵夫人として参加するのだ。伯爵家の名を背負う者として、しっかりとしなければならない。

 …と、お義姉さまに口を酸っぱくして言われた。

 あと侍女頭のアンジェリカと執事のフランツにも言われた。

 

  ……私ってそんなに信用ないのだろうか。

 まあ、社交界とは無縁な生活をしていたし、心配されるのは仕方のないことなのかもしれない。

 でも伯爵家へ嫁いでから、礼儀作法を改めてアンジェリカに習い始めたから、そんなに心配しなくても大丈夫だと…思うんだけど…。

 あれ。礼儀作法を習うときのアンジェリカの顔を思い出したら不安になってきた…。

 「奥様は、基礎はきちんとできているのですが…」と苦い顔をしていたアンジェリカ。

 夜会に行く前のアンジェリカのアドバイスは「あまり好奇心を(おもて)に出さないよう、お気を付けくださいませ」だった。更に、先ほど旦那様にも同じ事を言われた。

 …それはつまり、私が子供っぽいということなんだろう。アンジェリカはともかく、旦那様にもそんな風に思われているとは、ショックだ。


 ホールに入るとすでに多くの人で賑わっていた。

 きらきらと輝く大きなシャンデリアに、彩鮮やかなドレス。たくさんの男女がにこやかに会話をしている、私の想像通りの空間がそこには広がっていた。

 それを目にした私のテンションがぐんぐん上がっていくのを感じた。

 だけど、はしゃいではだめなのだ。私は伯爵夫人伯爵夫人…。


「顔を引き締めろ」

「は、はい!」


 …さっそく旦那様に注意されてしまった…。私って本当にだめな子だ…。

 しょんぼりと落ち込んでいると、「あらあら、やぁね…」という声がすぐ近くから聞こえた。いわずもがな。お義姉さまである。


「これだから田舎者は…」

「姉上、彼女はまだ慣れていないのです。お手柔らかに」


 お、おぉ! 旦那様がフォローしてくださった!

 お義姉さまはそれが面白くないようで口を尖らせて、私をギロリと睨んでいるが、私はそんなことが気にならないくらい、旦那様のフォローに驚いていた。

 だって、あの旦那様ですよ? つい最近まで「ああ」とか「そうか」とかしか言わなかった旦那様が、ですよ? 私のために姉に意見をしてくれたなんて、感動だ。

 まじまじと旦那様を見つめていると、旦那様はムッとしたように眉間に皺を寄せた。


「なにか、言いたい事が?」

「いえ、そんなつもりでは…」


 文句があるわけじゃない。ただ、嬉しかっただけで。


「あの、旦那様。ありがとうございます…」


 もじもじとお義姉さまに聞こえないように小声で私がお礼を言うと、旦那様は目を少しだけ丸くし、気まずそうに視線を逸らした。


「別にたいしたことじゃない」


 旦那様はそう思うかもしれないけれど、私にとっては“たいしたこと”だ。

 少しだけ照れた様子の旦那様に、私はふふっと笑みを溢した。

 こうして少しずつ、旦那様との距離を縮めていけたらいいな。





 最初こそ旦那様と一緒にいた私だけど、旦那様には旦那様の付き合いというものがあるので、今は一人で会場内をぶらぶらとしている。

 お義姉さまもそれなりに楽しく過ごしているようだ。あ、なんだかあそこにいる男性といい感じ。そのまま結婚しちゃえばいいのに。…なんてね。そんなのは物語の中だけの話で、現実はそうは上手くはいかないものだ。


 会場内を歩いていると、お茶会で知り合ったご婦人方と会い、お喋りをして時間を潰す。

 そうしている間に、本日の主役であるレオさまが姿を見せた。


 レオさまは輝く金色の髪に鮮やかな深紅の瞳の美丈夫だ。

 前髪を丁寧に梳かし付けて後ろに流したオールバック。しかし数本だけ、はらりと額にかかっている前髪がまたなんともレオさまの色気を醸し出している。これもすべて計算してセットされているのだろうか。とてもお似合いだけど。

 男らしくがっしりとした体格。だけど太っているようにはとても見えず、がっちりとしているのは筋肉のせいなのだとわかる。

 切れ長の目がすっと辺りを見渡すだけで、「キャア!」と黄色い悲鳴が上がる。中には腰を抜かす方もいらっしゃり、レオさますごい、とただただ圧倒された。


 これが『女落としの騎士団長』…。その異名は伊達じゃなかった…。


 レオさまが登場されると、すぐに令嬢たちがレオさまと取り囲む。

 レオさまもそれににこやかに対応し、またその対応が手慣れたもので、「レオさま、なんて恐ろしい方…」と私は慄いた。

 うん…私はこんな旦那様いやだな。旦那様がヴィンフリート様でよかった、と心から思った時、ふと旦那様が視界に入って来た。


 …あれ? 旦那様もご令嬢方に囲まれている…?

 しかし旦那様の対応はレオさまとは180度違う冷たいもので、愛想の「あ」の字すら振り撒かずにブスっとした顔をして黙り込んでいる。

 もう少し優しくしてあげればいいのに…。あ、でもそれで調子に乗られても困るのか。

 うーん、難しい。モテる人は大変だ。


 私はモテとは程遠い人間だからその点は心配ない。

 いまだに一人にも声を掛けられていない。まあ、別にいいんだけどね。

 でも、ちょっと「お嬢さん、僕と一緒に踊りませんか」なんて言われてみたいって思うのが乙女心というものではないか。


 レオさまと旦那様の対比をしつつ、ご婦人方との会話を楽しんでいるうちに疲れてきてしまった私は、少し風に当たろうと外へ出た。

 外に出ると侯爵家のよく手入れされた庭園に続いていて、気分転換を兼ねて私は散歩をすることにした。

 でも迷うといけないからそんなに遠くまではいかない。目印っぽいものをしっかりと目に焼き付けながら歩いていると、「いい加減にしてちょうだい!」という甲高い女の人の声が聞こえた。


 お? なんだなんだ。修羅場ですか?

 私の大好物ではないの。はしたないけど覗いちゃえ!


 私は自分の聴覚を頼りに、声のした方へ向かう。

 歩いていくと、言い争う声が段々と大きくなり、私の聴覚がきちんと仕事をしていることが証明された。耳の良さだけは誇ろうと思う。

 そして言い争いをしている人物を発見した。どうやら男性と女性の二人が言い争っているようだ。


 なになに、浮気でもバレちゃったの~?

 私はちょうどよい木を見つけ、その陰に隠れて二人を観察することにした。

 暗くてよく顔が見えないけれど、この二人、なんだか見覚えがあるような…?

 まあ、気のせいか。


「あなたはいつもそう。心にもないことを平気で口にする、最低な人だわ」

「だから、誤解だと言っているだろう。私の話を聞いてくれ」

「嫌よ! あなたの言い訳なんて、聞きたくないわ! わたくしの前から消えて!」


 えぇ…本当に浮気だったの…?

 私、もしかしたら探偵に向いているかもしれない…。浮気が原因での言い争いをピタリと当ててしまうだなんて…! 

 いえ、もしかしたらこれは今話題の第六感(シックスセンス)という奴なのかも。

 私、新たな力に目覚めちゃった!?


「アリーセ。私が愛しているのは、君だけだ、信じてくれ!」


 ……ん? アリーセ…?

 ま、まさかね…きっと同名の別な方に違いない。

 だって、あの義姉(あね)に限って…ねぇ…?


「『信じてくれ』? どの口がそれを言うの? そう言いながら、今まで散々色々な方々と遊び歩いていたくせに。おかしくて涙が出そうだわ」

「それは君が私のいう事を信じてくれないから…」

「まぁ、わたくしのせいにするの? わたくしを揶揄うのもいい加減にして。わたくしはあなたの都合の良い女には決してならないわ」

「君を都合の良い女にしようと思ったことは今まで一度もない」

「嘘ばっかり。どうせ他の方にも同じようなことを仰っているのでしょう」

「違う!」

「いいえ、違わないわ。…あなたは勘違いしているようだからはっきり言うけれど、今回、あなたの出席する夜会に参加したのは、ヴィリーがどうしても、と頼み込んで来たからよ。ヴィリーの頼みでなければ、参加しなかったわ。あなたの顔なんて見たくないもの」

「アリーセ…」

「わかったかしら。もう今後いっさいわたくしに関わらないで」


 そう言って女性は男性を残し去っていった。

 それを傷ついた様子で見送る男性。


 …いえ、女性とか言って現実逃避している場合ではなかった。

 言い争っていたうちの片方、うちの義姉でした…。

 ま、まさかのお義姉さま…! お義姉さまにも色々あるのね…。

 ところで、そのお相手はどなただろう。…うーん、暗くて顔が…。


 私は木陰から身を乗り出し、相手の方が誰なのか確かめようとした時、足元でポキッと何かが折れる音がした。

 どうやら小枝を踏んでしまったようだ。私ってドジ…。

 なんて思っている場合ではない! 覗き見していたことがバレてしまう! 逃げなくては!


 私が回れ右をしようとするのと同時に「誰だ!?」と男性がこちらを振り向いた。

 そしてばっちりと私と目が合った。

 やば…。


「こんなところで何をしているのかな、レディ?」


 ゆっくりと近づいてくる男性。

 私は足が固まり動けない! 万事休す。ど、どうしよう…。

 お義姉さまの身内ですって言えば見逃してくれるかな…くれないよね…。

 ああ、どうしよう! 私は今日、伯爵家の名を背負って参加しているのに!

 なぜ好奇心に勝てなかったんだ、私。その好奇心が今、こうして自分の首を絞めているということがわからなかったのか!

 …わかっていたらこんなことしてないよ、っていう話ですよね…。

 本当にどうしよう…!


 ああ、旦那様…不甲斐ない嫁で申し訳ありません…。

 首をくくってお詫びするしか…!


「あなたは…」


 混乱中の私をその男性がじっと見つめる気配がする。

 どうしよう…怖くて顔が見れない…!

 でもこの声、どこかで聞いた覚えがあるんだけどな…。それもつい最近聞いたような気がする…どこだっけ?


「…そうか、あなたは確か、ヴィリーの…」


 突然飛び出した旦那様の愛称に私は思わずバッと顔をあげた。

 そして飛び込んできたのは鮮やかな紅だった。

 まるでルビィのように輝く瞳。そして月光を浴びて艶めく金髪。

 淑女としてのマナーを忘れ、私は口をあんぐりと開けて、パクパクと餌を食べる鯉のように口を動かした。


「れ、レオさま…?」


 そう呟いた私に、男性───レオさまは魅力的な笑みを浮かべた。

 レオさまとお義姉さまはお知り合い…!?

 お二人の関係とはいったい…。


 そして私の命運はいかに…?!






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