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3. 旦那様はお疲れ気味です


 夜会、夜会!

 とルンルン気分で部屋に戻った私は、はたと、とある重大なことに気付いた。


 ───夜会に着ていくドレスがない!!


 私は持参金なしでほぼ身ひとつで嫁いできた。実家から持ってきたものと言えば、普段着であるワンピースと、細々とした小物くらいなもので、あとは全部、伯爵家に用意して貰った。

 夜会用のドレスなんて持ってくるどころか実家にもなかった。夜会に参加したのなんて、うちが借金まみれになる前になんとか済ませられた社交界デビューだけなのだ。

 どうしよう、とおろおろと部屋の中を歩き回っていると、リアナが部屋に入って来た。


「アルベルティーナさま? どうされたのですか?」

「リアナ…! 大変なの!」


 私はリアナに泣きついて、夜会に参加することになったことを順を追って説明し、その夜会に着ていくドレスがない事を訴えた。

 リアナは夜会に参加することになったと告げたあたりで目を大きく見開き、旦那様とのやり取りを聞いて呆れた顔をし、そして夜会に着ていくドレスがないと告げた私を見て安心させるように微笑んだ。


「アルベルティーナさま、ご安心ください。夜会に着ていくドレスならありますわ」

「え…?」


 ぱちりと瞬きをする私に、リアナが「どうぞこちらへ」と隣の部屋へと私を案内した。

 隣の部屋は私の衣裳部屋と聞いていた。私の衣装なんて碌にないのだから、そんなものは要らないと言ったのだが、笑顔でスルーされた。

 基本的に私が普段着ている服は実家から持ってきたもので、お茶会へ参加するときは伯爵家で用意してもらったものを着て行っている。

 私は私の衣裳部屋だというその場所に足を踏み入れたことが今日までなかった。

 初めて踏み入れたその場所に、私は目をこれでもか、というくらい見開いた。


「な、なな…!」

「こちらすべて、アルベルティーナさまのご衣裳ですわ。そしてこちらが、夜会用の衣装となっております」


 そう言ってリアナが指さした場所には彩鮮やかなドレスがずらりと並んでいた。

 それ以外の場所にも、所せましと服が並べられていて、圧巻、の一言だった。


「こ、これすべて、私の…?」

「ええ、そうですわ」

「全部?」

「すべて、アルベルティーナさまのためだけに作られたご衣裳です」


 私のためだけに作られた…ということは、まさかオーダーメイド…?

 いや、さすがにそれはない。ないってことにしよう。私の心の安定のために。


「こんなにたくさん…」

「ええ。すべて旦那様の指示のもと、ご用意させて頂きました」

「…旦那様が?」


 意外な人物の名に、私は忙しく瞬きをした。

 リアナはしっかりと頷き、にこりと微笑んだ。


「旦那様は奥様のことをちゃんと考えてくださっているのですわ。ただ、そう…ヘタ…いえ、仕事熱心なだけで、今は時間が取れないだけなのです」

「そう…これを、旦那様が…」


 あまり実感がわかない。

 旦那様はどんなことを考えて、この衣装を用意してくださったのだろう。

 気難しい顔をして衣装を選ぶ旦那様の姿を想像し、和む。

 あとで会ったらお礼を言わなくちゃ。

 お礼を言ったら旦那様はなんと答えるのだろう。

 「これくらい当然だ」といつもの不機嫌そうな表情で答えられそうだ、と想像して、私は一人でくすりと笑った。





 そしてやってきました、どきどきワクワクの夜会の日です!

 張り切って私の支度をするリアナを筆頭とするメイドたちにもみくちゃにされつつ、なんとか見れるようになった私の姿に、伯爵家のメイドたちのメイク術すごい、と感心した。

 いつもの五割増しくらいで美人に見える。これなら旦那様の隣に並んでもおかしくは、ない…といいなぁ。


 エントランスに行くとそこには正装をした旦那様がすでにいて、その美しさに目がくらみそうになった。

 いつ見ても旦那様は美形だ。等身大の人形のよう。

 そんな旦那様にエスコートされるのだと思うと、胸がどきどきと高鳴る。

 これでも一応女の子ですから? カッコいい殿方にエスコートされて夜会に行くのは女の子の永遠の憧れですよ!


 しかしいつもの如く旦那様は不機嫌そうだ。

 いや、いつもよりも不機嫌そうかも…?

 もしや、中々支度の終わらない私に腹を立てているのだろうか。

 だけど、女の身支度は時間がかかるものだと相場が決まっている。紳士ならそれくらい広い心で許してほしい。

 とはいえ、待たせてしまったのも事実だ。ここは私が謝るべきだろう。


「お待たせさせてしまい、申し訳ありません」

「……」


 へこりと頭を下げて謝ったのに、旦那様からの返事はない。…無視ですか。

 めげずに旦那様の返事を待つが、いつまで経っても旦那様は何も言わない。

 あれ、おかしいな、と思った私は旦那様に声を掛けてみることにした。


「旦那様?」

「……」


 それでも旦那様は返事をしない。おかしいなぁ、旦那様は無口だけど返事はきちんとしてくれるのに。

 返事をしないどころか微動だにしない旦那様にじれた私は旦那様を揺さぶってみた。


「旦那様!」


 早くしないと夜会が始まっちゃいますよ!


「…あ…す、すまない。少しぼうっとしてしまったようだ」

「まぁ、大丈夫ですか? 具合が悪いのでは?」


 旦那様になにかあったら大変だ!

 伯爵家存続の危機に陥ってしまう。ただでさえも私は妻としての役割を果たせていないというのに。

 …いえ、妻の役目を果たす覚悟はいまだに出来ていないので、そういう事を求められないのは私としてはありがたいことだけど。


 熱があるのかも、と思い至った私は背の高い旦那様のおでこに触れようと手を伸ばす。

 ヒールの高い靴を履いているので、背伸びは必要ない。

 旦那様のおでこに触れそうになったとき、旦那様はぎょっとした顔をして後ずさった。

 その仕草に私の胸がグサッとやられた。

 ……私に触られるのが、嫌なの? ちょっと…いや、結構ショックだ。

 この間は腕に抱きついてもそんなことしなかったのに……ハッ。もしかして、今日の私、臭いとか!?


「旦那様、私、少し消臭をしてきますわ」

「は?」

「この香り、旦那様はお好きではないのでしょう? ですので、違う香りに…」


 今日の私は香水をつけている。

 いやつけたくてつけたわけじゃないのだけど…メイドたちに押し負けてしまったのだ。

 私はとてもいい香りだと思うんだけど、匂いの好みは人それぞれだ。きっと旦那様にとってはこの香りは嫌な匂いなのだろう。


「どうしてそうなるんだ…」

「あら? 違いましたか?」

「全くもって違う。きみの思考はいったいどういう構造をしているんだ…?」


 若干お疲れ気味に旦那様は言った。

 至って普通の構造ですよ?


 うーむ…匂いじゃなかったか。

 ならばいったい何が嫌なのだろう…ハッもしかして!


「旦那様」

「…なんだ」

「申し訳ありません!」


 勢いよく謝った私に旦那様は姿勢を後ろに反らした。

 そして少し虚ろな目で私を見つめる。


「…いきなりなんなんだ…?」

「旦那様には、わかってしまいましたのね…」

「は…?」

「今の私の姿が虚像であることを」

「虚像…?」


 怪訝そうな目で私を見つめる旦那様。

 私に気を使ってそんな演技をしなくてもいいのですよ!

 バレるんだろうな、と思いながらも、どうしてもこれだけは見栄を張りたかった…。


「お気遣い頂かなくても結構ですわ。気づいておられるんでしょう?

 ───私のこの胸が、偽りであることを」

「む、ね…?」


 自然と旦那様の視線が下がった。

 その視線の先には、私の盛りに盛ったお胸さまがある。


 ……谷間のある胸が、夢だったんです。

 だけど現実とは残酷なもので、私のお胸さまでは谷間なんて出来なかった。二つのお山をくっつけさせることは出来なかった…。

 それをポロリとリアナに溢したら、リアナは頼もしい笑みを浮かべて「私たちにお任せください!」とドーンと胸を叩いた。

 そのリアナの姿はとても頼もしく、一生着いていきます! と思わず叫んでしまったほどだ。

 リアナたちの汗と涙の努力の成果で、私のお胸さまは見事にくっついた。いやあ、嬉しかったね。だって夢だったんだもの。


 しかし、私は知っていた。

 私のこの姿は偽りのもので、本物には決してなり得ないことを。

 童話にあるように、時間が経てば解けてしまう、魔法にかけられた姿であることを。


 それを、旦那様は見抜いたのだ。

 そしてそんな風に自分を偽った私が嫌なのだろう。

 旦那様は嘘が嫌いだと耳にした。だからきっとそういうことなのだ。


 私の見た目は年齢よりも幼く見られがちだ。ただでさえ、七つという年の差があるというのに、旦那様との差がこれ以上開くのは嫌だと思ったのだ。

 だから少しでも旦那様に釣り合う大人の女性になろうと、私なりの努力だったのだけど…。


「あちこちから肉を寄せ集めて胸に持って行き、詰め物をぎゅうぎゅうに詰めて…」

「もういい。いや、頼むからそれ以上言わないでくれ…」


 そんなこと聞きたくなかった…と、旦那様は今度こそ完全に虚ろな目になった。

 そしてその目は私を通り越し、どこか遠くを見ているようだ。

 …あれ? 私、何かおかしなこと言った?


「…そろそろ行かないと、夜会が始まってしまう。行こう」

「あ、はい」


 旦那様が私に手を差し出す。

 ふーん、私から触れるのは嫌だけど、自分が触れるのはいいのか。変なの。


 些か納得いかないものを感じながら私は旦那様の手を取り歩き出す。

 初めて旦那様にエスコートされて歩く夜会に、期待が膨らむ。

 どきどきと胸が高鳴る。

 これは、夜会への期待だろうか? それとも、旦那様に初めてエスコートされることに対する緊張?


 あ、そういえば。


「旦那様」

「今度はなんだ」


 警戒するように私を見つめる旦那様に、私はむっとなる。

 警戒されるようなことなんかした覚えがないのに!


「アリーセお義姉さまは、どちらに?」

「ああ、姉上なら」


 馬車のほんの数メートル手前で立ち止まり、旦那様がお義姉さまの居場所を教えようと口を開きかけた時、馬車の窓にお義姉さまの顔が!

 私を見るお義姉さまの顔はとても恨みがましそうで、まるでお化けのような形相をしていた。

 ひえ~! 怖い~! 一瞬お義姉さまの生首が飾られているのかと思った…。 


「ヴィリー! 遅くてよ! わたくし、待ちくたびれてしまったわ」

「…わかったか?」

「…よぉく、わかりましたわ」


 そして、今度は私が虚ろな目をする番でした。

 お義姉さまと一緒の馬車か…いやわかっていたことだけど、こう、現実を見ると…ねぇ。


「わたくしが一緒では、不満かしら? アルベルティーナ?」

「まぁ、嫌ですわ、お義姉さま。そんなことあるわけないでしょう」

「そうよねぇ。あなたは優しい義妹ですものねぇ?」

「えぇ、もちろんですわ」


 うふふふ、おほほほと笑い合う私とお義姉さま。

 そんな私たちの様子を、旦那様は微妙な顔で見つめていた。


 …見てないで助けて、旦那様。




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