1. 婿を探しています
私は翌日、招待されているお茶会へ足を運んだ。
ただの交流が目的ではない。私の目的は“情報”だ。
「聞きまして? メランデル子爵家のテオドル様が浮気をなさっていたそうですわ」
「まぁ…確かテオドル様の奥方といえば、マリアナ様でしょう?」
「えぇ。とてもお怒りになられて、子どもを連れてご実家に帰られてしまわれたとか…」
「まぁ…」
「わたくしも浮気をされたら同じことをしてしまうかもしれませんわ」
「きっとマリアナ様のご実家であるグアルダド伯爵家も黙ってないでしょうねぇ…」
「テオドル様の自業自得ですわね」
…と言った具合の情報が手に入るのがお茶会だ。
ご婦人がたの情報網を嘗めてはいけない。下手に情報屋を雇うより正確で新鮮な情報が手に入る。
……ただし、多少の脚色が入るのはご愛嬌だ。
私はお茶会の末席に腰を掛け、優雅な笑みを浮かべつつ、ご婦人がたの話に耳を傾ける。
どこどこ家のだれだれ様が~とか、かれそれ様が~とか、ご婦人がたの話題は少しの時間であちこちへと移っていく。その話題の中から、自分の欲しい情報だけ抜き出し、頭の中のメモ帳に書いていく。
しかし、これと言って目ぼしい情報はない。
むむ…と少し眉間に皺を寄せた私に、隣に座っていたご婦人が話しかけてきた。
「アルベルティーナさま、聞きまして?」
私に話しかけてくれたそのご婦人は、早くに夫を亡くした未亡人として有名な方だった。
齢は三十を過ぎているとの噂だけど、とてもそうは見えないほど若々しく、妖艶だった。
そんな彼女は数々の男性からアプローチをされているのにも関わらず、亡き夫に義理立てて常に黒のドレスでその身を包み、決してそれに応えることはしない。とても尊敬できる方だ。
「なにを、でしょうか?」
私は首を傾げ、そのご婦人に問いかける。
今日だけで十を超すほどの噂を耳にした。その中のどれかの話だろうか。
「アルベルティーナさまは、ハラヴァティー侯爵家のレオさまをご存じ?」
「え、えぇ…とは言っても噂を聞く程度、ですけれど…」
社交界にあまり顔を出さない私だが、レオさまのことは知っていた。
レオさまはハラヴァティー侯爵家の三男で、現在、近衛騎士団の団長を務めておられる方である。とても凛々しい美丈夫として有名なのにも関わらず、彼の人は未だに独身を貫いている。
理由はただひとつ。『どの人も素敵すぎて選べない』ということらしい。
レオさまは騎士団の長でありながら、不躾な言い方をすれば手の早い方でもあった。
知り合ってその日のうちにお持ち帰りをされたご令嬢やご婦人方は数知れず。
『女落としの騎士団長』とは彼の事だ。
そんなレオさまの年齢は三十五だと聞いている。
その歳になっても独り身を貫くレオさまに侯爵家の方々はやきもきしているらしい。
曰く、女性関係で問題を起こさないかと。
「そのレオさまが、とうとう身を固められるそうですのよ」
「えっ」
私は思わず叫んでしまった。私の声に、周りにいたご婦人がたが訝しげに見つめてくる。
慌てて笑みを取り繕い、「…申し訳ありません。少し、驚いてしまいまして…」と申し訳なさそうに謝る。
でも、私がこんなに取り乱したのは仕方ないと大目に見て欲しい。
だって、あのレオさまですよ?
「女性とは、愛すれば愛するほど輝く、まるで宝石のような存在だ。そんな宝石たちの中からどれか一つを選ぶなど、私には出来ない」と言って回っているレオさまですよ?
……考えてみればこれって、女性は身に着けるアクセサリーのようなものだと言っているんじゃないだろうか。
そう考えるととても失礼なような気がしなくも…。
いや、そんなことは今はどうでもいい。
私はそのご婦人に顔を近づけ、小声で聞き返す。
「それは、確かな情報ですの?」
「えぇ。だって、ご本人から聞きましたもの」
ええ! 本人から聞いた!?
「そ、そのお相手は…?」
社交には縁がなかったとはいえ、人の恋路が気になるのが女というもの。
どきどきしながら問いかける私に、ご婦人はにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。
なんて色っぽいのでしょう。人妻になれば私もこんな色気が出せるように…!
……考えてみれば、もう人妻だった。
うっかり忘れていた…。
「お相手はまだ決まっていないそうですわ。二週間後に開かれる夜会でお相手を選ばれるのだとか」
「まぁ。まだお相手は決まっていないのですか…」
うわあ、競争率高そうだなぁ。
きっと数々の美女たちがレオさまを狙い、あの手この手の誘惑の罠を仕掛けるに違いない。その光景は、きっと見応えがあるだろうなぁ。
実は私、そういうドロドロしたお話が大好物なのだ。それを実際に見れるかもしれないなんて…ああ行きたい。関わりたくはないけれど、遠目から見たい。
うちにも招待状届かないかな…。恐らく届くと思うけれど。一番の問題は、旦那様が一緒に行ってくれるかどうか、だ。
あの旦那様だしなぁ…。
希望は薄そうだ、と私は諦めモードに突入した。
「アルベルティーナさまの義姉のアリーセさまも、失礼ですけれどいまだ独身でいらっしゃるでしょう? わたくし、レオさまにはアリーセさまのようなお方がお似合いだと思っておりますの」
「お義姉さまとレオさまがお似合い…ですか?」
「えぇ。ですから、ぜひアリーセさまと共に参加なさって欲しいのですわ。これはわたくしのただの我が儘ですが…」
そう言って目を落としたご婦人の手を、私はぎゅっと握った。
「お任せくださいな。必ず、お義姉さまを夜会に連れていきますわ!」
「…まぁ」
そう言って目を瞬かせ、その人はふわっと笑ってお礼を言った。
私は息巻いて頷き、頭の中でフッフッフと声を上げて笑う。
───これは、チャンスだ。
お義姉さまを結婚させる、とても良い機会ではないか。
レオさまは美丈夫だという噂だし、女癖の悪さ以外には特にこれといった問題は聞かない。勤務態度はとても真面目らしいし、なにより侯爵家の出身となれば身分も問題ない。
顔が良くてきちんとした給料の貰える立派なお仕事についている人。そんな人が旦那様になればその妻は幸せに違いない。
少なくとも、私は幸せだ。……口うるさい小姑さまがいなければという限定がつくけど。
頭の中でそんな計算をしていた私は、「上手くいった」と小さく呟いたご婦人──ドロテアさまの声は、耳に入らなかった。
お茶会から帰った私は意気揚々と、旦那様へと突撃することに決めた。
メイドにお茶を淹れて貰い、「旦那様、休憩をなさったら如何ですか」と新妻らしく旦那様を労うのだ。
しかし、真の目的は旦那様を労うことではない。
私の本当の目的は、ずばり例の夜会へ参加することだ。もちろん、お義姉さまを伴って。
私がメイドにお茶を淹れるようにと頼もうとした時、「あらあら、もう帰って来たの、アルベルティーナ」とお声が掛かった。
いわずもがな。私の天敵、アリーセお義姉さまだ。
「はい、お義姉さま。アルベルティーナ、ただいま帰りました」
「あら、そう。お帰りなさい。とてもご機嫌そうね? なにか良い事でもあったのかしら?」
髪の毛をくるくると弄りながらお義姉さまはそう問いかけた。
私は思わず頬に手を当てた。
……そんなにわかりやすく態度に出ていただろうか。
しかし、お義姉さまを家から追い出そうと目論んでいるなどと、この義姉にバレたらどんな目に遭うかわからない。
私は「えぇ、少し面白い話を聞きましたの」とほほほ、と笑って誤魔化すことにした。
だけどこの小姑さまはそんな風に誤魔化されてくれるほど易しい相手ではない。
「あらあら。それは結構なことね。その面白い話というのを、ぜひわたくしにも教えてほしいわ」
「えぇっと…」
なんて答えたものか。
答えに窮する私に、お義姉さまは獲物を見つけた肉食動物のように瞳を輝かせた。
これは私を狩る気だ!
「わたくしに言えないようなことなのかしら?」
「いえ…決してそのようなことはございませんが…」
「ならば、問題ないでしょう? あなたはお茶会でなにを聞いてきたのかしら?」
ここは言うべきなのか。レオさまの結婚相手を探す夜会が開かれると聞いたと。
しかし、言ったら言ったで「あなたにはヴィリーという、あなたには勿体ないくらい素敵で立派な夫がいるというのに、そのような夜会に参加する気なの? いやだわ、なんてふしだらな方なのかしら」と嫌味を言われそうだ。
どうしよう、と焦る私の背後から涼やかな声が聞こえた。
「姉上」
私がびくりと背を震わせて振り向くと、そこには相変わらず表情筋が旅行中な旦那様がいつもの仏頂面で立っていた。
それとは正反対に、お義姉さまは蕩けるような笑みを溢し「まぁ! ヴィリー!」と先ほどよりも2オクターブくらい高い声音で旦那様に駆け寄った。
「どうしたの、ヴィリー? わたくしに、何か用があって?」
べったりと旦那様にくっつき、旦那様に甘えるように寄りかかるお義姉さま。
まるでこちらの方が妻のようだ。なんか虚しい。
「姉上に、招待状が届いています」
「招待状? どうして、あなたがわたくしに?」
「俺への手紙の中に紛れていましたので。気分転換の散歩を兼ねて、姉上に届けに参りました」
「まあ! わたくしのために…!」
誰もあなたのためなんて言っていませんよー。
そうツッコミたいけれど、それが数倍にも膨れ上がって嫌味となって返ってきそうだったので言わない。
売られた喧嘩は買うけれど、自ら売りはしないのだ。
とても激甘な姉弟の関係に、毎度のことながら顔が引きつる。
本当にどこのラブラブカップルですかって言いたいくらい、甘い。
主にお義姉さまが、だけど。
旦那様は普段と表情はまったく変わらない。その辺は歪みない。
お義姉さまは旦那様から受け取った招待状を見つめ、眉間に皺を寄せた。
一体なぜ…?
「…これ、ハラヴァティー侯爵家からの招待状ではないの」
「そうみたいですね」
「どうして、彼の家から招待状が…」
「レオ殿がどうしても、と言っていたそうですよ」
「あの男…!」
ギリッとお義姉さまは招待状を睨みつけた。
え…? いったいなんなの…?
お義姉さまは返事を書くために身をひるがえし、ずんずんと歩いていった。
いかにも怒っています、という歩き方だ。いいのだろうか、淑女がそんな歩き方をして。
そしてその場に残ったのは私と旦那様だけ。
こういう時、頼りになるリアナは今この場にいない。こういう時に限って!
なにを話せばいいのだろう。というか、私旦那様になにか用事があったはずなのだけど、なんだっけ?
混乱した私を旦那様の青い瞳が射抜く。
まるで氷のような表情に、私はふと先ほどの茶会で聞いた旦那様の呼び名を思い出した。
『氷の王子』。旦那様はそう呼ばれているらしい。
辛辣な物言いと、その冷たい氷のように温かみのない瞳からついた呼び名なのだとか。
旦那様は伯爵だ。伯爵なのに、王子。『氷の伯爵』の方があっているんじゃないだろうかと思ったことを思い出す。
「きみ」
「は、はひっ」
私は突然呼ばれて、情けない返事をしてしまった。
いきなり呼ばないでほしい。
なんて思うのは私の我が儘なのだろうな…。
「少し散歩に付き合え」
……はい?
活動報告にて、小話を載せております。
旦那様の現在のイメージが崩壊する可能性が高いです。
ご興味のある方は2/14の活動報告をどうぞ。




