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10.仲直りのその先

 旦那様と私は顔を見合わせて固まった。

 やはり夫婦だから、タイミングも似てきてしまうのだろうか…。


「えっと…?」

「その…すまなかった。君の話も聞かずに、勝手に苛立って落ち込んで、君を避けた。レオ殿と一緒にいる君は俺と一緒にいる時よりもとても楽しそうで…その…悔しかったんだ。あとで冷静になって振り返って、今度は逆に君に呆れられたんじゃないかと…」


 段々と旦那様の歯切れが悪くなっていく。

 視線も私から逸らされてあちこちを彷徨っており、いつになく弱気に感じた。

 そんな旦那様の様子に私は目を見開き、そしてゆっくりと旦那様の言葉の意味を飲み込むと、ほっと安心した。しかし、そのせいで涙腺が緩んだ。


「…本当にすまない。俺が悪かっ……ティ、ティーナ…?」

「…よかったです…」

「は…?」

「わ、私、旦那様に嫌われてしまったのかと…旦那様は私を避けているようでしたし…」

「そんなこと、あるわけないだろう」


 涙を流す私に旦那様は動揺した様子を見せつつ、持っていたハンカチを差し出した。

 私はそれを受け取り、涙を拭う。


「ですが…」

「俺が君を嫌うわけがない。そもそも、この婚姻は俺が望んだことなのだし…」

「え…?」


 旦那様が望んだこと? それってどういうことなのだろう。

 私は借金の形として嫁いだのではなかったのだろうか。


「……ごほん。それよりも、俺の謝罪を受け入れてくれるだろうか?」

「え? あ、はい。あの時は、私も配慮が足りませんでした。本当にごめんなさい。これからは旦那様に誤解されないように気を付けます」

「いや…まぁ、そうして貰えると、俺の気持ち的には助かるが……」


 もにょもにょと旦那様は小さく呟く。

 そうしている旦那様は普段よりも子どものように見えて、とても可愛らしいと思えた。

 旦那様は私よりも七つも年上なのに、可愛いと思うのはどうなのだろうか、とも思ったけれど。


「あの、旦那様?」

「なんだ?」

「先ほど『ティーナ』と呼んでくださいましたよね?」


 『ティーナ』とは私の愛称だ。家族以外が私のことをそう呼ぶことはなかったけれど。

 私の言葉に旦那様は目を見開いて、頬を染めた。

 「それはその…」と言葉を探す旦那様に、私は微笑んだ。


「とても嬉しかったですわ。できれば『ティーナ』と呼んで頂けると嬉しいです」

「……いいの、か?」

「勿論ですわ。だって、私の旦那様ですもの」

「…そうか」


 旦那様は難しい顔をして少し考え込んだあと、「ティーナ…?」と呼んだ。


「はい、旦那様」


 にっこりと笑って返事をすると、旦那様は顔を顰めた。

 不快だったのだろうかと一瞬不安になったが、旦那様の頬がほんのりと赤く染まっていることから、そうではないと結論づけた。

 不快なのではなく、照れているのを隠すために顔を顰めたようだ。

 まったくもってわかりにくい。


「…その。出来れば俺の事も名前で…」

「名前で、ですか? では…ヴィンフリート様?」

「…………悪くない、な…」


 旦那様はとても満足そうに頷いている。

 名前を呼んだだけなのに。それで喜んでもらえるのならいくらでも呼ぶのに。

 そう言うと、旦那様は困った顔をした。


「君にはわからないかもしれないが、俺にとっては勇気のいることだったんだ」

「はあ…」


 旦那様の言っていることがよくわからない。

 だけどこうして、普通に旦那様と話ができていることがとても嬉しいから、私はそれについて深く考えることはしなかった。





 夜会から戻り、寝支度をしていると、部屋がノックされた。

 私が返事をすると部屋に入って来たのは───


「だ、旦那様…?」


 なんと、旦那様でした。

 え、ええー!? いったいどうしちゃったの、旦那様!?


「…すまない。いつものように仮眠室で寝ようと思ったのだが、フランツに追い出されてしまい…」


 気まずそうに呟く旦那様に、私は首を傾げた。

 なぜフランツは旦那様を追い出したのだろうか?

 でもそれならば、旦那様がこちらへ来た理由もわかる。

 さすがに旦那様が客室で寝るのもどうかと思うし、ここは一応夫婦の寝室だ。旦那様に寝る権利はもちろんある。


「そうでしたの」

「俺はそこのソファーで寝るから、君は気にせずいつも通りに寝ればいい」

「ですが、旦那様にソファーで寝て頂くのは…それでしたら私が」

「いや、俺が寝る。君をソファーで寝させるわけにはいかない」

「でも…」

「これは夫としてのプライドだ。君はベッドで寝なさい」


 そう言われればベッドで寝る以外にない。

 だけど旦那様をソファーで寝させて私一人でベッドで寝るのも申し訳ない。

 うーん、どうしたものか。


 ちらりと見たベッドは相変わらずの大きさで、私が三人くらいいても余裕で寝れそうだ。

 これだけ大きいのだから、旦那様が隣で寝てもいいのではないのだろうか。

 そもそも私たちは夫婦なのだし、同衾するのが当たり前だ。今の現状の方が異常なのだ。

 そう考えたら私の結論は早かった。


「ヴィンフリート様、一緒に寝ましょう」

「えっ」


 私の言葉に旦那様がぎょっとした顔をした。

 旦那様にしては珍しい本気の驚き顔だ。貴重な物が見れたな、と頭の片隅で思う。


「ベッドは広いですし、ヴィンフリート様が寝ても十分なスペースがありますわ。それに、私たちは夫婦ですし…同衾するのが、普通でしょう?」

「た、確かにそうかもしれないが…。君は、それでいいのか?」

「ええ」


 私はしっかりと頷いた。

 旦那様は少し期待をした目で私を見つめた。

 ん? なんだろう?


「私、ヴィンフリート様を信じておりますもの。きっとヴィンフリート様は…」


 旦那様が食い入るように私を見つめる。

 それに答えるように私はにっこりと笑って言う。


「きっといびきも歯ぎしりもなく、寝相の良い方だと信じております」

「…そこの信頼なのか…」


 がっくりと旦那様が肩を落とす。

 あれ? 私、なにか間違ったことを言った?

 でもいびきと歯ぎしりがないって重要だと思うんだ。いびきとか歯ぎしりがあるとどこか悪いところがあるんじゃないかと心配になるし、睡眠の質も悪そうだし、なにより私が熟睡できない。

 まさに悪い事だらけだ。


「恐らくいびきも歯ぎしりもしないし、寝相も悪くはないはずだから安心してくれ」

「はい」

「…君が嫌がることはしない。信じてくれ」

「? え、ええ…信じておりますけど…」


 とりあえず頷く。旦那様はなんのことを言っているのだろうと考えて、思い至った。

 そして顔が赤らむ。

 

 やだ…! 一緒に寝ようだなんて、私、なんてふしだらな提案を…!

 これでは私が誘っていると捉えられても仕方ない。

 だから旦那様は先ほど、あんなに驚いたのだ。


「あ、あああの。旦那様、私…」

「わかっている。君がそんなつもりで一緒に寝ようと提案したのではないと」


 旦那様は安心させるように笑う。

 その笑みはとても柔らかい笑みで、なぜだろう。胸が熱くなった。


「もう遅い。寝よう」

「は、はい…」


 私は旦那様と共にベッドに入り、旦那様と少し距離を置いて寝転んだ。

 旦那様が隣にいる。それだけで、ドキドキして、そして同時に心強いような、不思議な安心感が生まれた。

 私、こんなにドキドキしていて眠れるんだろうかと不安になった時、旦那様が私を呼んだ。


「ティーナ」

「は、はい」

「おやすみ」


 そう言って私を見つめた旦那様の瞳は、とても愛おしいものを見るような目で、私はそんな旦那様の目に一層ドキドキとした。


「おやすみなさい、ヴィンフリート様…」


 なんとかそう答え、私は目を瞑る。

 だけど一向に胸の鼓動は鳴りやまなくて、私は中々寝付けなかった。



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