5.3歳② 診察と等級
○5.3歳②
おはようございます。起きると、昼ご飯でした。父様は既にご帰宅なされていて、お医者は夕方前には来て下さるそうです。
あーよく寝た。身体のだるさも取れて万々歳です。因みに昼ご飯はシチューです。昨日の晩から3食連続シチュー…、笑いながら美味しいね、なんて言える父様マジ神!旦那様の鏡です。母様の方が寧ろ笑顔が引き攣っていました。
「ユルド。仕事は良いのかの?」
「問題ないよ。」
なんとなく、母がそわそわしているように見える。対して、父はにこにこといつもに増して笑顔満開だ。
「診察には、一緒居れる。」
「いや…、1人でも大丈夫なんじゃぞ?」
なんだこれ?
「いや、しかしじゃな。」
父のにこにこ笑顔は止まらない。
「大丈夫。」
「むう。」
「何かあるの?」
父が喜ぶ理由が見当たらない。
「いずれ、判るよ。」
「まだ、確定した訳じゃないんじゃぞ。」
「…?」
3歳児のボクにはワカンナイ。
「名前も考えないといけないね。」
はい、ああ察し。3歳時でも察してしまいますわ。今の発言。やることやってたんですね。3歳児の夜は早いので、気付きませんでしたわ。森の中を歩かされていたのも、俺を疲れさせる為だったんですね。術中に嵌って寝てしまってましたわ。ああ、察し!
「だから、まだ分からんと言うとろーが。」
冗談はさておき、全ては午後の受診の後に分かるということか。しかし、妹か弟が出来ると考えると、なんかワクワクするな。前世では、末っ子だったし、結婚もしていなかったから、赤子というモノが良く分らない。あーいや、赤子になるっていう稀有な体験はさておき、この母から生まれてくる子はさぞかし可愛いに決まっている。個人的には、母親似の妹が欲しいです。
午後になって。
早く来い来い、医者め。この野郎!なんて思っていたら、やってきたのは女医さんでした。なんでも俺を取り上げて下さったのも、この方だとか。取り敢えず、拝んどいたら良いのか?
そして、受診後。そわそわして待っていると。
「良かったわね。妹か弟が出来たわよ。」
と言って、女医さんは俺の頭を撫でてくれる。
いやいや、妹ですから。絶対妹!妹以外在り得ないでしょうが。
「ユーリィ、森に行こうかの。」
母は、自分のお腹をぽんと叩き、声を掛けてくる。
「体調は大丈夫なの?」
「そうだぞ、無理はしない方が良い。」
心配そうな男2人を見て女医さんが笑う。
「軽い運動くらいなら、大丈夫よ。むしろ、身体にも良いくらい。」
「ほらな、医者がこう言っとるんじゃ。心配せんで良い。」
母に引っ張らられるようにして、家を出る。
「ユーリィ、母さんに無理をさせないようにな。」
お目付け役という訳か、心得た。
「うん。しっかり見張ってる。」
父と指を立て合い、意思疎通を行う。男の誓いだ。
「ユー…。御主らは、まったく。」
母と手を繋ぎ、森の中に入っていく。女医さんはまだ少し父に話があるようだ。
夕焼けの森を少し歩き、いつもの湖の丘に出る。
「さて、やるか。」
「母様、激しい運動は厳禁です。」
小太刀の柄に手を掛ける、母の前に立つ。
「ちょっと身体を動かすだけじゃ、無理はせん。」
「そう言って、ムキになって無茶をするに決まってます。」
「お主は、儂の母親か。」
立場の逆転した会話に、笑みが込み上げる。
「…仕方ないの。」
観念したように、母が芝生に座り込む。夕日に赤く照らされて、長く伸びた影が大小2つを描き出す。
「そういえば、魔術の練習は上手くいったかの?」
「うん。」
「ほえ、上手くいったのか?」
驚いた表情の母に、指を立てて見せる。指の先に水の塊が生じ球を成す。
「なんと!出来ておる…。」
ぶつぶつと母は「儂があんなに苦労したのはなんじゃったんじゃ。」と呟きながら、立ち上がる。
「なら、これは出来るかの?」
3歳の息子にムキになる母様ちょー可愛い。
母は右手を湖に向け、呪文を唱える。
「我求む…荒れ狂う水の流れ、精霊の導き。全てを飲み込む荒縄の罪。感応せし幻想を表す者共よ応えよ。【メイルシュトローム】」
湖の水面がゆったりと波立ち、渦巻いていく。
「おおう。」
【水】の上級魔術【メイルシュトローム】。渦巻く波に抗えずに魚や水棲mobまでが渦の中心へと引きずり込まれていく。上級魔術はやはり規模が違う、見ていて圧倒される。
「ふん。どうじゃ、すごいじゃろう。」
どや顔の母は、座り込んで一息つく。小声で「あー、しんど。」なんて聴こえるのは、聞かなかったことにしよう。
「うん、すごい。」
「じゃろう、そうじゃろう。母を見直したか?上級魔術を扱える者はそうは居ないんじゃぞ。」
…?規模の大きな魔術とどや顔の可愛い母の顔が見れて、内心ホクホクだった心に疑問が生じる。
「上級魔術を使える人ってそんなに少ないの?」
ゲームの頃の感覚では、それなりにやり込んでいるプレイヤーなら上級魔術はそう珍しいモノでもなかった。Npcでもそうだろう。…いや、でも一般のレベルが分からないから何とも言えないか。
「そうじゃぞ、中級魔術が扱えて一人前と云われておる。上級魔術が扱えるのは魔術師でも高位の者くらいじゃな。」
「……。」
一般的なレベルでは、中級くらいなのか。そもそも、ゲームと現実では武術や魔術が同じでも、そこに至る労力や危険度はまるで異なる。文字通り命がけなのだろう。ゲームの時の感覚を持ち出すのは危険だな。
自己完結して、母の話に耳を傾ける。
「狐獣人は獣人の中でも魔力量は多い方じゃが、エルフや精霊系の種族に比べるとやはり絶対的に魔力量は少ない。じゃから獣人に魔術を習得しようとする者は少ないんじゃ。」
「なら、どうして母様は、上級まで習得したの?」
「それはの、友人に魔術師が居っての。何というか、唆されたというか…。」
ああなるほど、母様はムキになりやすいからな。弄られたんだろう。
「ねえ、母様。」
ってか、そもそもの確認をしておかないといけない。
「なんじゃ?」
「魔術って何級まであるの?」
この世界の総てがゲームと同じ訳ではない。それに一般常識は知っておいた方が良い。
「…そういえば、教えていなかったの。」
一瞬、ぽかんとした表情をしてばつが悪そうに母は教えてくれる。
「魔術は上から【超級】【特級】【上級】【中級】【下級】かの。もっと上にも等級があったかもしれんが、良う知らん。儂は魔術師じゃないからの。」
ゲーム【セフィロト】での魔術等級では、更に上に【神級】と【聖級】があった。つまり、この世界では存在しないか、知られていないのか?
「そもそも宮廷魔術師でも【特級】クラスじゃった筈じゃ。【超級】以上なんてのは、神か悪魔か、人間辞めとる奴じゃの。」
まあ、【セフィロト】でのトッププレイヤーなんて者は、自分でいうのも何だが、化物だ。母が現実に湖を割っているのを見て驚いたが、ゲーム内だったなら、地形そのものが変わる様な天変地異を起こせる者はざらにいた。
「じゃあ、武術は?」
「武術は【総伝】【秘伝】【真伝】【皆伝】【上級】【中級】【下級】の7階級じゃな。ちなみに儂は小姫流小太刀術【真伝】じゃ。凄いじゃろう。」
「…凄いの?」
【真伝】か、判定基準が同じかどうか分からないが、【セフィロト】では裏の型等も含めた総ての技を扱えて【真伝】と成れた。因みに【秘伝】は【総伝】を修めている当主から繰り出される総ての技を受けきることだった。
「凄いんじゃぞ、【皆伝】以上で達人と謂われるレベルなんじゃ。」
必死に自分の凄さを伝えようとする姿が可愛い。
「この国では、儂は5本の指に入る程の使い手なんじゃぞ。」
「へーすごーい。」
家族と女医さん以外の人間に未だ会った事のない自分には、この国とか言われてもイマイチぴんとこない。そもそもこの国ってどの国なんだろう?
自慢気に胸を張る母と連れ立って、湖の湖畔を後にする。家に帰ると女医さんの姿はなく、父が晩御飯を作って待っていた。