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with me  作者: いろり
草薙 月乃
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4,3歳① 相棒と魔術

○4.3歳①


 3歳になった。

昨日、両親に誕生日を祝われたので確実な情報だ。


 言葉が完全に分かるようになったことから、両親の名前も覚えることが出来た。母の名前がラファト、父の名前がユルド。苗字は分からない。苗字があるのかどうかすら、分からない。そもそもこの3年で母と父以外の人間に1度も出会っていないのだ。


生活はずっと変わらない。毎日、母と2人で森を散策して、家で3人で昼食を食べて、夕方頃から夜まで、また母と森の散策をする。変わったことは、俺が歩けるようになった為、森の散策が徒歩になったことくらいだ。


 魔術と仙術の修練は、まだはっきりとした効果は出ていないが進歩はしている。魔力の体内でのコントロールは、かなり思い通りに動かすことが出来るようになってきた。ただ未だに明瞭な発語が出来ていない為か、…魔術が発動しない。それにどうも魔力の絶対量が少ない気がする。


 家には、本なんて物はなく。文字なんてモノも俺の視界の範囲には存在しない。この世界のことを学ぼうにも学ぶ媒体も機会も在りはしない。

自己流で行くしかないか…。

 魔力はほっておくと、身体から勝手に立ち昇って霧散して消えていく。先ずはそれを身体の周囲に留め、巡らせる。



「ふー…。」


 集中、集中…。留めた魔力を身体の各部位に移動させていく。頭、肩、手、胸、腰、足と順々に左右それぞれ巡らせて、身体を1周して頭に戻す。…今度は、目に集めていく。

 立体的な視界が自身を中心に球状に広がっていく。後頭部の裏側、シーツの裏面そして、ベッドの裏側。今で大体半径50cmといったところまで、立体的に知覚できるようになった。


 魔力のコントロールを解いて、身体を解す。


「ふーー。」

 疲れた。意識の集中に体力が奪われる。


 目に魔力を集めることで、この立体的な視覚を得られることが分かった時、ある1つの推論が浮かんだ。それは、前世の自分にある最後の記憶、【セフィロト2】クローズドαテスト。俺は【セフィロト】からの引継ぎの1つに【戦鬼の魔眼】というスキルを選んでいた。その効果の1つがこの【立体視】だ。

ただこの世界では、目に魔力を集めると誰でも【立体視】が使えるという可能性もある。そうであれば、俺のこの立体的な視覚が【戦鬼の魔眼】というスキルであるということにはならない。


 そこで今日は、もう1つ実験を行なってみようと思っている。


「ふー。」


 あー、どきどきする。失敗したら、ゲームの中の世界だと思ってた、なんて恥ずかしい思いをする羽目になる。正直怖い、自分の推測が外れていたらと思うと…やっぱ、今日は止めておこうかな。


 昨日の晩御飯のシチューの匂いが漂ってくる。母が温め直しているのだろう。なら、自分を呼びに来るまで、もうあまり時間がない。


「…よし、やろう。」


 息を吐いて、気持ちを整える。どんな結果になっても、…落ち込まないように。

 胸に手を当てて、…彼女の名前を呼ぶ。


「おいで、ガーベラ。」


 柔らかな光が、胸の中から現れる。縁に黒色を持つ深紅の蝶が、ふわりと飛び立った。

 推測が確信に至った安心感と久しぶりに出逢えた心強い相棒の姿に心に熱いものが、込み上げる。


【召喚獣:黒使蝶】

Flavor Textでは、『世界樹の洞から目覚めた神獣。黒色の群体、姿は幻に包まれている。』とされているが、その本体は深紅の蝶。他の黒い蝶は総て彼女が見せている幻だ。

 まるで、小学校の国語の授業に出てきた魚のようで、気に入っていた。


「さて、これでほぼ確定したな。俺は【セフィロト】のyueの力を引き継いでいる。そしてこの世界は【セフィロト】の世界…または、その100年後の世界だ。」


 差し出した指に、彼女が留まり、深紅の翅を羽ばたかせる。零れ出る鱗粉が黒色の蝶と成し、漂う。


 幻想的な光景に目を奪われる。ゲームの時とは格段に違う。現実となった世界ならではの光景だ。太陽の光を浴びた鱗粉が、淡く輝き、神秘的な煌きが周囲を照らし出す。


「ユーリィ、ご飯じゃぞ。」

 母の声に応え、リビングへと向かう。ガーベラは光とともに胸に吸い込まれて姿を消した。


 おお、便利だな。


 感嘆の声が漏れる。【召喚獣】は所持者と魂で繋がっている設定だった。1度召喚したからか、確かにガーベラと繋がっている感覚がある。

 リビングに着くと、父は既にテーブルに着いており、母も3人分の食事を用意し終えたところだった。


 テーブルに着くと、母から声が掛かった。


「ユーリィ、今日は体調が悪くての。森はなしじゃ。」

「え、大丈夫なの?」


「そう、心配する程でもない。大事を取っているだけじゃ。」


 母は、優しく微笑む。

 よく見れば、母の食事量がここ最近かなり減っていることに気が付く。


「父さんは、町に下りて医者を呼んでくるから。ちゃんと母さんを見てるんだぞ。」

「うん。」

「なんじゃそれは、まるでワシの方が子供のようではないか。」


 不満げに母は、口元を歪める。


「まあ、落ち着きの無さでいえば、ラファトの方が子供っぽいからな。」

「うん。母様はしっかり見てるから。」


「なっ…!」

 頬を膨らませる母は、幼くて可愛らしい。この人マジで幾つなんだろ。



 食事を済ませて、父は家を出ていく。母は食事の片付けをするようだ。

 この際だ。疑問に思っていたことを聞いてみるの良いかもしれない。


「母様。」

「なんじゃ?」


 台に乗り、食器を洗う母の隣に立ち尋ねる。


「どうしてここから水が出るの?」


 蛇口には、水晶のような物が付いており、そこに手を翳すことで水が出る仕組みのようだが、原理が分からなかった。…予想は付くけど。


「これは魔道具じゃからじゃ。」

「魔道具?」


「簡単に言えば、魔術を誰でも使えるようにした物じゃな。」


 ふむ。なるほど、引き出したい言葉は引き出せた。しかし魔道具か。【セフィロト】では、一般市民にまで普及している物だったかな?そこらへんの感覚は分からないな。市民の生活になんてゲームやってる時には気にも留めないからな。


「じゃあ、僕にも使えるの?」

「使い方を理解出来ていればな。」


「使い方?」

 1つ頷いて、母は蛇口に手を当てる。

「魔道具には、魔術を発動させる為の術式が組み込まれておる。」


 母の手を集中して視ると、手に魔力が集まっているのが視えた。


「その術式に魔力を与えてやることで、簡易的に魔術を発動させることが出来る。」


 水晶が淡く光り蛇口から、水が放出される。…ん?それなら。

「どうして、手を離して洗い物をしているのに、水が流れ続けてるの?」


「ああそれは、それだけの魔力量を込めたからじゃ。魔力を水に変換する量は一定なんじゃ、その一定以上に魔力を込めると、その魔力を全て消費するまで水に変換され続ける仕組みという訳じゃ。」


 少し得意げに母は、胸を張る。

なるほど、水晶には魔術の術式と魔力を保持する機能が組み込まれているのか。3歳児に理解できる内容じゃないけどな。


「母様。」


 ここで、本題だ。


「魔術って何?」

「ああ、そうか…。」


 そう、俺はまだ1度も魔術を発動させたことがない。【セフィロト】でのチュートリアルでは【起句】を唱えれば良いだけだった筈なのだ。なのに発動できない、何故か?


「魔術とは、魔力を術式によって発現させる。現象のことじゃ。」

「母様は魔術が使えるの?」


 皿洗いを済ませ、母はタオルで手を拭く。


「使えると云えば、使えるがの。あまり得意ではない。」

「そうなの?」


 …恐らく、種族性の関係だろう。獣人は基本的に魔術技能を低下させることで物理特化となるように設定された種族だ。【セフィロト】では、狐獣人は地雷種族と言われていた。何故なら、狐獣人のコンセプトは魔術も使える獣人だったからだ。


「そもそも獣人は、あまり魔術を得意とせんのじゃ。絶対的な魔力総量も少ないからの。」


 母の答えに、頷いて見せる。

魔術も使える獣人というコンセプトは、器用貧乏、何をやっても中途半端なステータスという残念な結果に終わっていた。プレイヤー内では、絶滅危惧種に指定されていた程で、全プレイヤー数が100万人ともされる【セフィロト】で、狐獣人を使っていたトッププレイヤーなど自分を含めても、もう1人くらいしか思い当たらない程だった。


「まあ、発動させることくらいは出来る。」

「本当?」


「見とれよ。」


 言って、人差し指を立てる。すると、母の指の先から水の球が生じた。【水】系下級魔術の【ウォーターボール】だ。しかも今、無詠唱だった。


「ほらの。肝心なのはイメージじゃ。それさえ出来れば後はどうとでもなる。」


 マジかよ。正直、得意じゃない、って聞いて期待していなかっただけに衝撃が大きい。


 早速、自分でもやってみる。

 人差し指を立てて、イメージ、イメージ…。水の球のイメージ…。


「ま、直ぐに出来るもんでもないかの。」


 水の「み」の字も発動できない。そもそも水のイメージってなんだ?現代人の自分からしたら、指の先から水が湧く、意味が分からない。もしかしたら、無意識の内に、在り得ないことと考えてしまっているのかもしれない。


「……。」

 30分程やってみたがやはり出来なかった。母は既にどこかへ行ってしまった。

ゆっくり1度考えてみることしよう。ヒントは幾つかあった筈だ。

魔術とは、魔力を術式に介することで発現させる。肝はイメージすること。…ふむ、魔力を集めることは出来ている筈だ。


 蛇口に手を翳し、魔力を集めてやると、水が出てきた。

となると、出来ていないのは術式の部分とイメージだ。いや、母様はイメージさえ出来れば、魔術は発動するとも云っていた。となると、術式=イメージなのではないか?ゲームの中にも詠唱魔術から詠唱省略、無詠唱と段階があった。俺は大規模魔術はほとんど使わなかったから、良くは知らないが、全く無知という訳ではない。


「詠唱省略は、魔術のlevelに呼応していた。無詠唱は…。」


 そうだ!無詠唱は称号だった。そう【称号:【水】下級 無詠唱】だった。最も使用頻度の高かった【水】の下級魔術がいつの間にか無詠唱で使えるようになっていた。自分でも気付いたら無詠唱で魔術を行使していた。まるで出来て当たり前のような感覚で…。

 ゲーム時代、俺は【水】下級魔術だけなら、神級の魔術師連中や【水】属性魔力化させていた奴らよりも熟知していた自身がある。【ウォーター】と【ウォーターボール】は何万回何億回と使い続けた魔術だ。…俺に出来ない筈がない。

 ゲームの感覚で、【水】下級魔術【ウォーターボール】を行使する。人差し指で指すことも不要だ。

 身体の内から何かが吸い取られる感覚が生じ、目の前に小さな水の球が出現する。

 成功した。


「ふう。」

 息を吐いて、緊張を解く。目の前で浮かんでいた水の球は、力を失ったように崩れて床に落ちる。


 なるほどな、理解した。イメージとは思い込みだ。出来ると思い込むこと、出来て当たり前だと思い込むこと。自己暗示だ。どこかの都市のとある超能力者だか科学者だかが「自分だけの現実」を持つことが出来るか否かが超能力者とそうでない者を分けるとか云っていたような云っていなかったような気がする。

 指差しは座標指定。呪文詠唱は、よりリアルにイメージをする為の補助。イメージは減少の具体化。つまり5W1Hみたいなもんか。いや4Wくらいか?どうでも良いか。


 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。


「さて…。」


 【ウォーターボール】…。目の前に水球を作り出す。2つ、3つ、4つ…。

「ぷはあ!しんど。」


 4つの水球を作ったところで、魔力に限界がきた。今は4つで限界みたいだ。

身体がだるい。魔力の枯渇だろう。さらに魔力を使い果たせば、気を失うのが感覚的に分かる。ってか、魔術を発動出来る気がしない。今日はこれくらいにしておこう。計5つの【ウォーターボール】を発動させて限界がきた。ただ、これでもし明日、発動出来る数が増えていたら、魔力枯渇状態になるほどに魔力量が増える可能性が出てくる。


 台を降りて、洗い場を後にする。ってか、しんどい、だるい。ちょっと寝させて頂きます。

 寝台に潜り込む。寝る子は育つってね、俺まだ3歳児だからね。




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