2.さて、どうしよう。
○2.さて、どうしよう。
午前中、この世界が異世界だと思い知らされた。茫然自失のまま昼食とお昼寝をして、気が付いたら夕方になっていた。赤ちゃんの1日は早くて困る。
本日2度目の森の散歩に連れ出され、母の腕に抱かれながら考える。
そう先ず考えなければいけないのは、ここがどんな世界なのか?だ。
この世界が前世のゲーム【セフィロト】と同様に魔術や魔物が存在する世界なのか?もしそうなら、この世界の危険度は恐ろしく高いことになる。前世での剣を振り回していた時代や魔物なんていう危険生物が野山を徘徊している世界が安全な世界な訳がない。
事実として、俺の頭には狐耳が生えており、尻には立派な尻尾が自己主張している。自分が狐の獣人であることは疑いようもない。また、自分の髪や尾が黒色だったことから、俺の両親があの2人であることも確信できた。狐獣人の母と普通の人間であり黒髪の父。それぞれの特徴を受け継いでいることは間違いない。
この世界が危険な世界である可能性がある今は、確実な情報を集めることが大切だ。
湖で見た母の武術も前世のゲーム【セフィロト】の【小姫流小太刀術】であるとは限らない、ゲーム並にぶっ飛んだ不思議パワーが存在していることは確かだが、それが前世のゲームと同じだと思える程に楽観は出来ない。
「どうした?随分静かじゃな。」
母が心配そうに俺の顔を覗き込む。八重歯がキュートですね。
「あーうー。」
おおう、言葉がしゃべれねえ。いや諦めたらそこで終わりだ。こう…言いたいことが伝われば良いんだ。言葉が伝わらなくても。気持ちが伝われば。
「おう、あうおーう。」
「はは何を言っとるか、判らんのぉ。」
笑いながら母は、歩き続ける。
うん、諦めた。6か月の赤子に意思疎通とか難易度高すぎるわ。
夕日が沈みかけているのか、だんだんと影が長く伸びてくる。影を見つめていると、母が立ち止まった。
「あう?」
そこは、朝に訪れた湖の畔だった。
「ちょっと待っとれ、再チャレンジじゃ。」
朝と同様に芝の上に転がされる。母は腰元の小太刀に手をかけ、湖へと歩いていく。
おお、朝のあれがもう1度見られるのか。自然と気持ちが昂る。前世でネカマプレイをしていたとはいえ、男の子。不思議パワーに憧れる気持ちは強い。伊達にいつか自分にも、かめはめ波が撃てるようになるかもしれないと夢見た少年時代を送ってはいない。
「今朝のは、あれじゃ。調子が悪かっただけじゃ。」
母は良く分からない言い訳をしながら、湖に向かって静止する。
「ふー…。」
呼吸を落ち着かせ、集中していく。小太刀は鞘から抜いておらず抜刀術の構えだ。
俺も何一つ見逃さないように集中して見守る。すると、母から立ち昇っていた何かがゆっくりと揺らぎ体の周囲に漂い始めた。…いや立ち昇っていた?何を言っている?何かが立ち昇っているように視えたのは今が、初めてだ。その何かが母の右手に収束していく…。
「1の型…」
朝と違いはっきりと、声が耳に届く。
「水蓮!」
爆音が轟く。
抜き放たれた右腕から収束していた何かが解き放たれ、湖を割っていく。水柱が空高く聳え立ち、夕焼けに照らされ光輝く。
吹き上げられ雨となった滴を浴びながら、俺は目に焼き付けた光景を脳内リプレイする。
…確かに聴こえた母の声。
「あうあうあー、あうう(1の型、水蓮)。」
もう、疑いようがない。母の技は【小姫流小太刀術】だ。
【小姫流小太刀術1の型:水蓮】は抜刀術だ。つまり母は朝に上段からの【牡丹】で湖の向こう岸まで斬撃が飛ばせなかったことが悔しくて、【水蓮】の抜刀術で【牡丹】を放つことで、リトライした訳だ。
「むう、やはり随分と鈍っとるな。」
不貞腐れた顔をして、小太刀を納刀する。結果は良くなかったらしい。
「…やはり、もう一度。」
結局、母はその後3度やり直したが、向こう岸に斬撃が届くことはなかった。ってか余程悔しかったらしい。
俺としては、計4度の【牡丹】を視ることが出来て、予想以上の収穫が得られた。
1つは母の技が【小姫流小太刀術】だと確信が持てたこと。
2つ目が、集中して視ることで【牡丹】を放つ為に母に収束していく魔力を視ることが出来たこと。これによって、この世界に魔力が存在していることが確認出来た。
3つ目が、母の魔力が視えたという事実。魔力を視るためには自分の目に魔力を集めなければいけない。これを開眼と【セフィロト】では呼んでいた。また目に魔力を集めたという認識をしたことから、身体内に漂う魔力の存在を感じ取ることも出来るようになった。
思わぬところで、一石三鳥の気分だ。魔力の確認が出来たということは、魔術と仙術の修練が出来る可能性がある。ゲームの技術ではあるが、満足に身体を動かせない現状、実験してみる価値はある。
この世界に仙術が存在するかは分からないが、効果がある可能性は高いと考える。何せ【小姫流小太刀術】の【牡丹】が存在しているのだ。これは魔力を魔術に変換せずに物理的作用を持たせることが、出来る可能性を示している。仙術とは魔力のコントロールを極め、身体の強化や物理的な影響をもたらす技術だ。
さっそく、今夜からやってみよう。先ず何から始めるべきか…。
夕日が完全に沈み、空には明るい月が顔を出している。
母の腕の中で揺られ、家に着いた頃には俺は眠りこけてしまっていた。