諦め
短い……
「……ぅ!裕っ!」
聞き覚えのある声が俺の名を呼ぶ事で意識が戻る。俺を呼ぶ声はおそらく、将樹だろうと寝ぼけた頭で考え、伏せってた状態から体を起こす。
あぁ、俺は寝てたんだっけ……
と、寝る前から今までを思い返していて、脳裏に白紫の道化が映し出される。攫いに来たと言いつつも連れて行かず、矢鱈に力を見せつけるためだけに来たような彼女の姿が浮かんできて、思わず顔をしかめる。彼女に“現実で迎えに行く”と言われたのを思い出し、頭を抱えた。そして、隣では将樹が喧しく俺に話しかけていた。
「お前はどれだけ寝れば気が済むんだ?先公も呆れまくってたぞ。大体……」
「将樹、ちょっと黙っ……」
俺は取り敢えず、思考の邪魔になる将樹に黙れという意味を兼ねて声をかけた。しかし、いつものおふざけと受け取ったのか、
「だまんねーよ。あ、まさか “アイツ” とくっつく夢でも見てたのか?おぉっと図星か?お前ずっとアイツの事……」
「黙れっつってんだろ!」
我慢できずに机を殴りつつ怒鳴る。自分でも短気だと思った。でも思考の邪魔だ。
そのとき、机からメキメキという音がしていたが、裕には聞こえなかった。彼には見えていない、見る気もないだろうが、机のみになってみれば理不尽極まりない攻撃を受けたわけで。机の悲鳴が聞こえてくるようだ。ってかメキメキって悲鳴だよね?
突然の癇癪に驚き、饒舌になっていた将樹も流石に口をつぐむ。
「「…………」」
彼の他にも騒ぎ立て、囃し立てていた奴らもいるのだろう。僅かにざわざわとしていた周りの面子にも衝撃が走る。
周りが静かになったのをがわかると、一人思考の海に潜る。まず考えるべきは、あの夢は確かか、だ。
俺の夢に知らない人が出てくるのは日常茶飯事だった。いや、知らなかった、とほうが正しいか。
夢に出てきたのは、東方projectというゲームに出てくるものばかりだった。以下、東方と略すことにするがが、東方については何も知らなかった俺はある日ふと、ゲームの売り場を覗いた時だった。自分の夢に出てきた奴らそっくりの少女、又は女性の絵がパッケージのものが目に留まった。何故か夢には男が一人しか出てこなかった。東方だと 森近 霖之助とか言う名前だったはず。
で、さっきの夢に出てきたのは恐らく、八雲 紫という妖怪だろう。境界を操るとかいうデタラメな能力を持ち、幻想郷とかいうデタラメな世界を作ったって設定のキャラ。胡散臭いとも説明に書いてあったが、その通り過ぎて一人で吹きそうになってしまった(その時誰かの睨むような視線を感じたが、敢えて無視した)。
そして、何気なく机に手をついた時、異変を感じた。
「机が……傾いてる…?」
不思議に思って机を見ると、
机が……
割れていた。
「………は…?」
疑問を浮かべつつ、内心では何が起きたか分かっていた。
妖力を解放したままだったこと。あの夢の中で起きた出来事は、現実、 “現代世界” にも影響なく作用しているのだ。
それが机を少し叩いただけで壊した原因。この長い、いや永い時間をかけて止めておいた測るのも嫌になるほどの妖力。寧ろ、居るだけで学校が吹き飛ばなかったのが謎で仕方がない。
あと周りが恐怖を含んだ目で自分を見る原因。恐怖といえば割と聞こえがいいが、実際には現実を半ば受け入れられない様な。彼らの目はもはや、裕ではなくその机を砕いた彼の腕に向けられていた。
だが、もうこれでいいとも思った。開き直るわけではない。直ぐに開き直るほど肝が据わっているつもりはないし、理解するのが少し遅すぎただけ、受け入れられなかっただけなのだろう。
嫌われてしまえばここに残る理由はない。そもそも、人間と共に暮らすなど初めからおかしい話だったのだ。もう、人間にこだわらなくてもいいじゃないか。妖怪として、妖怪と共に過ごせばいいじゃないか、と自分に言い訳することができ、逃げる口実を得ることができたのだから。
俺は、黙って教室を出た。勿論、誰も止めることなどしなかった。否、出来なかった。止めようとは、したのだろうが
何故なら。
皆、彼の右目が朱く染まっているのを見てしまったから。
誤字脱字 教えてくださいm(_ _)m