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幻想焉舞  作者: 幽姫(with深月)
元 妖怪の賢者
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夢の中で

出てきたのは、人間の女性の姿をした妖怪だった。白い帽子をかぶり、ゆったりとした白と紫を基調とした道士服をまとっている彼女は、容姿だけならば綺麗だと言えるが それに負けないくらい胡散臭い雰囲気も持ち合わせていた。


「うわぁ……」


裕は思わず声を漏らす。胡散臭い、其れだけならば化け物と呼ぶことはなかっただろう。寧ろ、その程度で息を漏らすとは、妖怪らしからぬ行動なのではないか。人に恐怖を与える存在である妖怪にとって、胡散臭いこととは程度の低めな負感情。しかし彼が驚いたのは、全く違うものだった。


《何この馬鹿でかい妖力!?》


目の前の彼女は、自分が想像していたものよりはるかに多い妖力を持っていたのだ。見た目に反しすぎている莫大な力。もはや、一介の妖怪が持ち合わせていていいものではないような、あり得ないと言わざるをえない化け物。できれば仲良くしたいと思っていたが、それ以前に殺されないかを考慮しなければならなくなってしまった。

当の女性は先ほど自ら開いた裂け目に腰掛け、こちらを笑顔で見つめている。その中にも何処か、威圧のようなものが感じられた。無言の圧力とは、こういうもののことを指すのだろう。全身から嫌な汗が噴き出すのが感じられて、両手に至っては無意識に固く握りしめていたほどだ。


そんな彼の不安を機にするそぶりすら見せず、先に口を開いたのは女性だった。


「ご機嫌いかがかしら? 現世の妖怪さん」


突然口を開いたことにも驚いたのだが、『現世』という言葉に過剰に肩が跳ねる。


と言うことは、彼女はこの世界の妖怪ではないのか? まず、こことは違う世界があるのか? ならば何処から来たんだ!?


だんだんと頭が混乱してくるが、決して表には出さない。それは、自然と昔の経験から身についたことだった。もう、周りには動じない。決めたんだ、絶対に周りに流されないと。


「さっき迄気持ちよく寝てたってのに…」


彼は、言葉から焦りが感じられないように短く言葉を切る。しかし、その所為で思ってもいない言葉が口から出てしまうこと、それこそ焦っている証拠だということに気づいた裕は奥歯を噛む。


「あら? ここはあなたの夢の中よ? 私があなたを連れてきたのではなくて、あなたの中に私が入ったのよ」


だがその努力も意味を成さず 、彼女はまたしても衝撃の一言を放つ。あの余裕そうな表情から、こちらの焦燥などとっくに見透かされているのだろう。

本当に嫌な奴だ、と思った。今度こそ動揺を隠せなかった自分にも苛立ちが募るが、明らかに目が泳いでしまう。それを彼女は心底面白そうに眺めていたが、そんなことを気にする余裕は対する俺にはこれっぽっちも残ってはいない。


異世界から此方に渡る程の人物。


空間を割いて現れるという異業。


人の夢に干渉する能力の持ち主。


あり得ない、あり得てはいけないのだろう。



彼の葛藤を他所に、目の前の女性は手に持つ扇子で口元を隠す。そんな舐めた態度を取られても、彼はそうやすやすと行動に出ることなどできはしない。実力が不鮮明な上に異常すぎる能力持ち。勝てるわけがないことなど、彼でなくともこの場に出くわした者ならば一瞬で下せる判断だった。……出くわす者、でくわせる者がもし存在するならば、なのだが。

一挙一動に胡散臭さを漂わせる女性のその様子は、綺麗な容姿と相まって何故かとても絵になっていた。が、彼にはそんなものはただ馬鹿にしているようにしか写ってはいなかったようで。


「はぁ…。で、なんの御用でございましょうか?」



単純に言うと、思考を放棄した。


彼はもうどうでもいいといった雰囲気で彼女に先を促す。相当頭にきたのか、それとも異常を頭が受け止めきれなかったのか。そんな彼の投げやりな態度は、誰から見ても明らかに挑発しているような口調となっていた。


「貴方を攫いに来ましたわ」


それを大して気にもとめず、彼女は自分がここに来た要件をそのまんま告げる。それは、所謂 誘拐であった。裕は口を開けてポカーンとしてしまっていた。


「…………は??」


「…もう一度言いましょうか?」


彼がようやく声を絞り出すと、彼女は笑いをこらえているのか、少し間をおいてゆっくりと問い返した。


「いや、結構」


正直、何を言っているのか彼にはよく分かっていなかった。誘拐、と言うと俺を何処かに連れて行く事で誰かに身代金を要求する姿が思い浮かぶ。だが、彼には親はいない。何処か遠いところに行くと言って、それ以来全く音沙汰なしだ。そういう訳で、身代金は取れない。それを知らないで彼を連れ去るのならば、調べが不十分だった彼女がはやとちっただけで済む。

だが、それ以前に一つ大きな疑問が彼の中にあった。それは彼が連れ去られるという行為を阻止することよりも大事なことであった。


「人攫いが攫いにきたって言っちゃダメでしょ」


人攫いが攫う対象に自分の身分を明かす。それは通報してくれ、と言っているようなものであり、妖怪であったら仲間を呼ばれてタコ殴り…というパターンになる恐れがあるからだ。彼ならもっと迅速に、隠密に事を進める。それを聞いて、今度は女性の方が目を丸くする。


「驚くようなこと言ったか?」


特に何の考えもなく尋ねると、彼女の答えは妖怪にしては珍しい「常識的な」ものだった。それも人間から見た常識の。


「攫うことに対しては否定しないのね…」


彼女の答えは、あくまで人間視点だ。彼女は裕が妖怪であることは知らないようで、人間から見た答えをしてくれているのかも知れない。だが、彼は人間じゃないし、ましてや昔は…食らう側だったから、俺の出す答えは、


「攫われる方が、弱いほうが悪い」


というものだった。俺がそう返すと、彼女は目を鋭く細めた。何か気に触る事を言ってしまったか?と彼はは思わず身構える。相手は夢に干渉するほどの力の持ち主だ。もし本当に攫われる事になったら、抵抗は難しいだろう。そうならないように話を進める必要がある、そう思った。今いるところより、連れて行かれた先のほうが自分にとって良くないところであるという確信に基づいて。

ところが彼女は表情を緩め、静かに空間の裂け目から降りる。


「貴方って妖怪に近い考えを持っているのね」


そりゃそうでしょう。だって、


「俺は妖怪ですが、何か?」


俺人間じゃないし。という反論も込めて、彼は幾年と溜め込んでいた妖力を解放した。人間にとって妖気は毒であり、長年浴びると大変らしい。そんな事を誰かに言われたことがあり、そこから気をつけていた。

彼の妖力はなかなかに多く、彼の周りを淡い光が包み込んだ。彼にとってその光は何処か懐かしく、且つ悲しいものであった。

それを見た彼女の目は驚愕と興味で大きく見開かれた。そして直ぐに、元の胡散臭い笑みに戻り、


「そう。なら話が早いわ♪」


と楽しそうにいうと、裂け目に入ろうとして振り返る。その眼には、強い期待と一抹の不安が混じっていた。そんな目を向けられて、未だに状況が完全に把握しきれていない彼は大いに戸惑いの意を示す。顔で。


「次は《現実》でお迎えにあがりますわ。その時までに友達との別れは済ましておいて頂戴ね〜」


「えっ、ちょ……待…て…」


彼女が裂け目に入ろうとするのを、俺は止められなかった。急激に体が重くなる。きっともうすぐ眼が覚めるのだろうと勝手に自己完結し、遠のく意識の中で俺は深い溜息をついた。


そしてこの状況下で何故か、 “安堵” してしまっている自分がいることもあってか、体の自由はおろか、思考すらもままならなくなっていく。


「はぁ…。これからどうしよ……」


それは誰の耳に届くこともなく、彼もまたゆっくりと意識を手放した。


これが、まさに 『幻想』 の 『焉舞』 をの始発点だということは、知る由もなかったのだった。


誤字脱字等有りましたら教えてくださいm(_ _)m

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