紫砂
「一班、コータ。二班、メイ。三班、ベクトル。君達が、子供たちのまとめ役だよ。僕たち隊員は、なるべく手や口は、出さないようにする。但し、危険な事になったら、必ず、僕たちに助けを求めなさい」
「はい」と、返事する三人。手招き、声かけしながら、波打つ浜辺に向かう。
安堵。タクトは、列車から降ろしたアウトドア用品が置かれる 雑木林へと、駆けていく。
背後より、服を掴む感触を覚え、振り向く。
「どうしたの?レノン」
声を柔らかにして、タクトは男児の視線に合わせ、腰を下ろす。
「お兄ちゃん、僕達が嫌いになったの?」
その言葉に苦笑のタクト。
「違うよ。こんなにお日様が笑ってるのに、君たちみたいなお元気さん達を自由にさせたいだけ。今日は僕達、その、お手伝い役なんだ」
「お兄ちゃんが、いい」と、タクトにしがみつくレノン。
困った。このあと、テントをタッカさんと張る事になっている。
「やんちゃくん、貴方のリーダーはコータくんよ。集団行動をたった一人のわがままで台無しになったら、彼、どんぶらお化けの国に連れて行かれちゃうわヨ!」
絶句。そして、駿足のレノン。
「ザンルさん、僕より子供の扱い方が上手すぎ」
「ワタシ、タクトくんの自尊心、傷つけたかしら?」
タクト。首を、横に振る。
「 助かりました」
「お礼されるようなことじゃないわ」
ちょっとワタシも“力”を使って、楽しませもらうわヨ!
ザンル。 一応、男。肉厚的で顔だけ女装。そして、野太い声質。
そこまでになった経緯を、誰も尋ねることはなく、むしろ、頼れる同志。隊員の結束力は、バースさんの存在のおかげ。
僕、バースさんみたいになれるかな?
「みんなが楽しく遊べるお遊戯具を、今から作るワよ!でも、出来上がる迄危ないから、絶対近づいたらダメ、ヨ!」
浜辺の砂、紫の光を注ぎ込まれて、隆起する。
陽から照らされる光、遮られ、影を砂地に落とす。
造形された、砂の滑り台。ザンルの合図とともに 子供たちは一斉に飛び付いていく。
「ザンルさん、楽しそう」
雑木林の木陰で、タッカとテントを張りながら、次々にザンルの“力”で造形される遊戯具を見つめるタクト。
「奴の“地形の力”を見るのは、久しぶりだ。他にも“気象の力”も、持っている」
「天気がいいのは、その“気象”の為ですか?」
「その“力”を使えるのは、悪天候時に任務を遂行する時のみと、軍の規則で決められている。災害時の人命救助ではどちらの“力”も重宝されている」
納得。
シートを被せ、四本の支柱を砂地に差し込む。
「僕、ザンルさんが持つ“力”子供の頃憧れてました。あ、タッカさん。ロープ、しっかりと張らないと、強風が吹いたら飛ばされてしまいますよ」
タッカ、鼻で笑う。
「おまえもまだ、子供ではないか。おい、そっちを引っ張りすぎるな!支柱が浮いてしまうではないか」
怒り、膨らませるタクト。
「アルマさんはともかく、タッカさんまで!あ、なんて、粗っぽいのですか!僕、砂を被ってしまいました」
「アルマが、何だと? コラッ!そんなに傾けさせるな。俺が、降りられないではないか」
「タッカさんには言いたくありません!その、高さなら着地 しても、負傷しません」
「 一人前に隠し事か?砂まみれになるから断る!」
「違います!ならば、そのまま ぶら下がっていてください」
「そうやって、ムキになるのがまだ、子供なんだよ。この、バカッ!テントが崩れてしまうではないか!」
タクト、目尻を吊り上げる。
「僕、今、物凄く頭にきてます」
「どんなことにだ!」
タッカさん、貴方に、です!
タクト、それまで握りしめるテントの支柱を離す。
砂埃が巻き上がり、砂地に埋まるタッカ。
「テントはバンドと張り直す!おまえは頭を冷やしてこい」
口に含んだ砂を吐き、更に軍服をくまなく叩き、乱れ髪を手くしで整えながら、激昂するタッカ。
「言われなくても、そう、します!」
タッカと視線を合わせず、頬を膨らませ、駆け足で去っていった。
「ザンルさん、僕が子供たちを見ます。交替しましょう」
険相で、ザンルに声を掛ける。
「あら?タクトくん、ありがとう。でも、テントを張る作業をすっぽかしてまでは、ワタシも困るワ」
「タッカさんが、悪いのです」
うつむき、唇を噛みしめ、更に手に拳を握りしめる。
―困ったわね?こっちにいらっしゃい。
ザンルに連れられ、砂浜に差し込むビーチパラソルの中に入り、レジャーシートの上に腰を下ろす。
膝を曲げ、手を組み、更に顎を乗せる。
タッカさん、嫌い。
上から目線に加え、尽く、僕の事を子供扱い。
バースさんさんより、ふんぞりかえってるし、いつも身なりが気になっているらしく、1日何回も髪にくしを通して、軍服だって、新品のようにシワがない。
それでも、バースさんが、護衛隊の一員として、任命した。何か取り柄があって、だからと思うけど、
僕は、納得しない。
バースさんには、言えない。
言ったら、絶対に叱られる。
いつだか、そう、だったから。
――人の事を言うな!
本気で怒っていた。怖くて、たまらなく、泣きそうになった。
――男は、ここぞ、と、時にしか、泣くな。
おかしな人だ。
涙なんて、引っ込んでしまったっけ?
ため息。そして、微笑。
「少しは、落ち着いた?」
「はい。何とか、です」
何処と無く、ぎこちない返事。
「僕、テント張りに戻ります」
立ち上がると、右腕にザンルの五本の指。
「痛い、です」
「中途半端な落ち着き方では、また、タッカと喧嘩になっちゃうわヨ」
「見られていたとは、気付きませんでした」
はにかみむと、ザンルの指が離れ、跡形が表れる。
「テントを、シーソーみたいにギコバコしていたら、何事かしら?なんて、誰も思うワ」
あの、二人の手つきでは、子供たちが休めないワね。
ザンルの言葉に耳を傾けての、視線の先、海辺で地引き網漁をする、ニケメズロ。その回りを囲む子供たち。
「僕、結局、隊員のみんなに迷惑を掛けさせているのですね?」
自己嫌悪の形相のタクト。
「おおいに結構よ。ジャンジャン迷惑を掛けてちょうだい!」
唖然。こんな言い方する人なんて、類い稀だ。
―貴方のことが、隊員のみんな、可愛いのよ。
テントを張る作業に戻る。
「バンドとは、息が合わない」
右往左往の形相をする、タッカ。
先ほどのザンルの言葉を思考に含ませる。
口の中で溶ける、甘くて冷たい氷菓子のような 感覚。
―タクト、人には必ずひとつは美点が、あるのだ。それ、ほじくって自分のモノにしろっ!
朗らかに声をさせ、その言葉を言うバースの姿。
思い出、紫。
絆のきっかけ、いつもバースさん。
海鳴りが、タクトの耳元に吹き込まれ、弾かれ飛んで、空に溶ける。
錯覚、幻。
空想のような現実が、また、一つ。タクトに、スライド されていった。