紺は色づく
「お疲れさまです。おや?アルマさん、後ろにいるのはタクトですか」
電算室に入ると、其処には楕円形の眼鏡をかけ、痩せ型、背はタクトを遥かに越える高さの隊員がいた。
この人、列車の運行状況の確認の他に、僕たち隊員と子供たちの三度の食事の用意も兼務していたっけ?
ぼんやりと、思いにふけて、我に返る。そして、敬礼。
「ご迷惑をお掛けしました」
緊張する。
歳はバースさんより4つ上。そして、護衛隊の最年長。掛ける言葉に気を使う。
「そんな、固苦しいことはよすのだ。思ったより早く元気な姿を見せてくれただけで、十分だ!」
爽やか青年、落ち着いた雰囲気。
つい、バースさんと比べてしまう。
「バースが騒々しいぶん、おまえはその度振り回されて、さぞかし頭かかえていただろう?今回だって、まさにそれだ」
アルマさん。それ、言っちゃっていいの?
「本人がいないところで、それは、よくありませんね?バースはああ見えても、気転が利く。何を優先させて行動をするかと、私も感心してますよ」
アルマさんに、お説教 ?ロウスさん、それってかなり危険では―。
「そうだな。さっきの言葉、撤回する」
素直?バースさんだったら、即、食って掛かる癖に!
「アルマさん、夜も更けてます。それに、タクトも今日は食事を抜いていた。腹空かしているだろう? 」
「一度に急かすな。立ちっぱなしでは病み上がりのタクトが疲れる。椅子を用意してくれないか?」
お茶と軽食をお持ちします。
車両を出て、再びロウスがそれらをトレイにのせて運び込む。
着席。ロウスが作ったオートミールをスプーンですくい、口に含み、咀嚼する。
優しい味。おかわりを催促したいけど、遠慮しよう。
「 護送列車の運行状況ですが、よろしいですか?」
「報告とは、その事か?是非、述べてくれ」
アルマさん、そんなに砂糖をドバドバ入れたら血糖値が大変になる!
カップに大量の角砂糖を投入するアルマ。
思わず、険相。と、吐きそうな仕草のタクト。
「申し上げます。現地到着時刻にずれが発生しまして、調整するにあたって、アルマさんにご相談するに至った訳でございます」
「原因は、あの時の列車の速度。だな?」
「おっしゃる通りです。途中、停車予定だったカワガシラ駅は、やむを得ず通過となり、運転士のマシュもお手上げ状態のほど、列車が停まることができませんでした」
「“加速の力”が残ったままの走行では、そうだろう?マシュも『タクトの“力”と列車のエンジンが連動して、通常の速度じゃなくなりました』なんて、泣きかぶりながら報告していた」
二人とも、僕になにか言いたそうな顔をしてる。
「タクト、おまえのせいではない。悪いのは、罠を仕掛けられたあの、アクシデントだ。それを、おまえとバースが突破させた。むしろ、堂々と胸をはるのだ!」
誉めたつもり?僕、ちっとも嬉しくないよ。
ロウスの微笑に複雑。
「任務を現地到着時刻で終了との、本部からの指示だった。それが何の意味をするか、私も模索するが、その答えとなる手掛かりが、全く掴めない」
ため息。カップの中を空にさせ、更にため息のアルマ。
「何故でしょうね?」
「因みに、此のまま列車を走行させての、到着時刻の擦れはどれ程生じるのだ?」
「八時間、早くなります。徐行させても、五時間ですね。如何程に、致しましょうか?」
「今一度、運行状況を洗いだし、一致する方法を
見当するしかないだろう?」
「臨時停車は出来ないのですか?」
目を瞬き、タクトが言う。
「タクト。おまえを連れてきたのは正解だった。私では、一方的な回答にしかならなかった。その提案、ロウスよ、取り入れてもらえないか?」
「勿論です。ならば、タクト、おまえにこの件を任せよう」
「僕、が、ですか?」
「俺もおまえから視ればおじさんだ。たまには初々しい意見も訊きたい」
「まだ、三十代でそれは、無しですよ。ロウスさん」
地図を見せてください。と、タクトは催促する。
電子機器のディスプレイに表示される地図。
其処にある、地理地形へと、指を差す。
ロウスの穏やかな面持ちに、頷く。
「判りました?僕が、其処を選んだこと」
「ああ。任務、任務で息も詰まる状況。我々の他にも搭乗してる子供たちの羽伸ばしにもなる。アルマさん、明日はその準備をしましょう」
「明後日が、まちどおしいな」
「はい」
微笑。それは、タクト。
ロウスの電子機器のキーボードに指を叩く音。
紺色のディスプレイ画面の海岸沿いの路線に
《臨時停車地、モシモケ海岸側》
と、マークが、張り付けられた。