茜幻想
「タクト、聞こえるか?」
アルマさん、僕、身体がうまく動かない。
「処置を施す為に、麻痺させた。自由に動けないがあらゆる感覚はあるはずだ。頷くでもいい、返事を示してくれ」
見つめるアルマの顔が霞んでる。
少し、頭を縦に下ろす。
「判った。今からおまえの中に膨張してる“力”を吸引する。所要時間はおよそ10分程で済む。がんばるのだ」
手術じゃない?
「アネさん、やっぱ、あの方法でいくとね?」
「吸引する医療器具を積み忘れたのは、誰だ?」
「そぎゃん、むごか顔ばせんではいよ。あったげでも車両のスペースばうまっほど、デカかとよ」
「子供の護衛を甘く考えてた、言い訳にしか聞こえないっ!」
「話しば、とばさんではいよ! 」
「つべこべ、まごまごせずにさっさと始めるぞ!」
アルマさん、お願いだから、みんなと喧嘩はよして。
「ハケンラット“5の120セット法”を開始する。足首で、心拍と脈拍の確認を怠るな!」
「待ってはいよ。呼吸する練習ば、さすんのが順番じゃなかとね?」
「知っている! 急いでカウントをとれっ」
鼻息を荒く吹くアルマ。タクトにその両腕が絡む。
「手を握りしめるのだ」
言われるがまま、アルマの右手を掴み、包み込む。
その同時にお互い正面となる顔。
掠める毛先と吹く息が柔らかい。
春風を受け止めるような心地よさ。
欲しい、今すぐ。それは、妄想。
想いは、其処まで。
瞬時に頭の中をリセットして、アルマに自分を託す。
「そんなに早くしなくていい!ゆっくり、ゆっくり息を吐くのだ。そうだ、その感覚を忘れるな」
3カウント。吐く息がまるで砂のような感触を覚える。
タクト、私の中で呼吸をしなさい。
アルマの囁き。唇に乗る感触。
ハケンラットのカウントの響きに耳を澄ませ、息を吐く。
目の前のアルマ、どうすることもできない。
身体が軽くなる。今なら、便乗できる。
好きです。言葉の代わりに、背中を動く右手で押す。
「タクト、目を開けられるか?」
額に大量の汗と、化粧は落ちて素顔のアルマ。
まるで、風呂上がり。
「気分は?身体はまだ、痛むか」
深呼吸をして、アルマの脇を腕で挟む。
「大丈夫です」
抵抗される覚悟での行動。
拒まない?何故。
ふわりと、綿毛に似た感触に戸惑いを覚える。
「吸引、完了」
息を大きく吐くアルマ。その腕は更に深く、タクトを包む。
泣いている。鼻を啜る音に、罪悪感。
助けられた。ようやく、事の事態が呑み込めた。
ー―困らせるな。
躾に手を焼くようなアルマの形相を、今一度検索する。
「一旦、この場を離れる。ハケンラット、こいつがちょろちょろ動かないように見張っとくのだ」
扉が閉まり、タクトは残るハケンラットを見る。
「後からでもよかけん、アネさんに、うんと礼ば、言っちはいよ」
「はい、何だか眠いです」と、瞼を重くさせると
「こっでよく、寝れるばいた。頭の中の器も空にさせなっせ」
ハケンラットの白い光が額に注ぎ込まれる。
寝息をゆっくりと吸っては吐く微睡みのタクトを見つめると、ハケンラットもまた、救護室を後にした。