白線緊迫
「駄目です。隊長の通信機の故障か、電波圏が外れている為、通信不能です」
通信室がある二両目、技工士のニケメズロは通信機の調整でアルマにそう、報告をした。
「故障なら、修理。おまえの“技工の力”で出来るだろう!」
こめかみに青筋を浮かべるアルマ。
「無理です。隊長の現在位置も確認出来ないうえに、例え使うとしても半径一キロが限界です。それ以上の距離は、3日ぐらい寝込んでしまいます」
「使って、寝ろ!」
「アルマさん、いけません!」今にもニケメズロに拳を振りかざしかけてるアルマに、驚愕するタクトが阻止をするように、双方の間に入り込む。
「お気持ちは判りますが、暴力では何一つも解決しませんよ!」
沈黙のアルマ。そして、響く衝撃音。
「この距離なら使えるだろう?」
壁に窪む拳の跡形、激しく閉まる車両の扉。残るタクトはニケメズロの顔色を伺う。
今にも号泣しそうだ。そして、僕にすがってる。
「タクト、何とかしてくれよ」
涙声の ニケメズロに掛ける言葉を考える。
「アルマさんのあの態度では、僕では無理です」
「速答、だったな」
同時にお互い、ため息。
「この列車、もともと民間運営の鉄道会社の旅客用 だったんだ。外壁もそんなに頑丈に造られてない。
装甲補強を交渉したが、却下された」
ニケメズロは窪む跡形に手をかざし、黄土色の光を放つ。
「ニケメズロさんの“力”があるから大丈夫と、みなされたのでは?」
「隊長なら、その事情を知っているだろうな。まあ、訊いても応えは返ってこない。あの人は、そんな性分というのは、此処にいる連中では暗黙の了解だ」
心当たりがある。
バースが 列車を降りてまで、自分たちに任務を優先させた理由も判らない。更に時を巻き戻せば、こうである。
―俺についてこい。
一方的な言葉と強引な行動。鬱陶しいと、思う時期もあった。
―俺の話を聞いてくれ。
感情とも捉えられるあの時のバース。
混乱、動揺、無念。
深くバースを知るチャンスを逃してしまったと、自責の念。
「タクト、顔がやたらと青いぞ。アルマさんに許可貰って休め!」
壁の窪みはふさがり、黒い手袋を外しながら、ニケメズロが言う。
「そうですか?でも、そうするわけにもいきません」
「軍の規則でも義務づけられてる。おまえは特に未成年者だから、適度な休息をさせないと、逆に俺たちが監督不行き届きで言われてしまう」
「アルマさん、隊長代行ですからね。むしろ、そっちが怖いのでは?」
「真面目に言ってるのだ!もう少し、自分を大切にしろっ」
そばかす、癖毛、細目。そして、意外な言葉。
「アルマさん、今日は9両目の警護でしたよね?お話しつけても大丈夫かな」
「休憩時間を待ってたら間に合わない。急げ!」
そんなに、具合悪そうな様子に見られてるのだろうか?ここで、更に反論する訳にはいかない。
仕方ない、言う通りにしよう。
渋渋と、アルマに話をつける為、9両目に向かう。
「任務中だ。雑談なら休憩中か、交替の合間にするのだ」
予想通りの反応。
「そうですよね!ああ、本当に大変失礼しました。それでは、僕は―」
「待て、タクト」
呼び止められて、更に腕を掴まれる。
「おまえ、私に何か言うつもりだったのだろう?少しだけ時間を与えるから、手短に述べるのだ」
困惑。どうしよう、とても休ませてください何て言える雰囲気ではない。
「アルマさん、直ちに休憩してください」
言い方を誤ってしまった。でも、満更でたらめでもない。そう、この人だって、消息不明のバースさんに気を揉まされて、ヘトヘトのはず。
嘘も方便。自身に対する都合がいい、解釈をしていると、アルマは小型通信機を耳に装着する。
「ザンル。おまえ、今暇だろう?今から私の警護車両を代行しろ。さっさと、来い!」
ぶっきらぼうな指示に唖然と、なる。
「タクト。車両を出て、通路で待機しろ」
今度は、僕に?言われるがまま、扉を開く。そして、待機。
前方より、猛烈な駆け足でひとりの隊員がタクトの肩をかすめ、車両に飛び込んでいく。
「遅い!」と、アルマの罵声。
怖い。と、身がすくむ。
振り向くと、アルマはため息をつく。
「休憩が必要なのは、私じゃない」
アルマが右手の指先で胸元を押し込む。足元が揺れる感覚 と同時に身体が更に前方に傾く。
膝と手を床につけて、支えると
「タクト、おまえだ!」
言葉に反応するように、タクトは、脱力感に襲われ、そのまま倒れ込んでいった。
「ハケンラット、私だ。緊急だが、9両目の通路で隊員が一名、倒れてる。症状はかなり重い。直ちに処置を施す必要ありだ」
通信を終え、アルマは抱えるタクトの頬に手を添える。
「いつからその症状が表れていたのだ!」
タクトは朦朧とする意識の中、アルマの顔色と声を探るように目を開き、耳を澄ませる。
「ゆ、夕べぐらいから、何となく身体が重い感覚がしてました」
「倒れこむまで何故、我慢していたのだ?」
「だって、アルマさん僕より大変そうじゃないですか?僕が体調不良を訴えても―」
「なんね?急病人てタクトだったとね。そぎゃんなら、アネさんがぴらぁと、診ればよかとに!」
国なまりの言葉に濃い眉毛。小柄の隊員が担架を抱えながら、そう、言った。
「誤診防止の為、二人で診断するのが規則だ」
「頭、かたかな」
「つべこべ言わずにさっさとタクトを救護室に運べ!」
ハケンラットの白い光が、ベッドに横たわるタクトのつま先まで照らされていく。
「急性反動病。急激に“力”ば、つこうたのが原因ばいた」
「やはり、な」
ため息とともに、アルマの瞳が曇る。
「あの、僕にはなんのことかさっぱりですけど?」
「タクト。あた“力”を 勘なしに放出したろ?そんときは自覚症状はなかけど、あとからじわっと、身体に来るとが多かとよ。そっでな―」
「タクト、おまえの身体に自身の“力”が跳ね返って傷つけている。それが、反動病の症状だ。空になった“力”を蓄える機能が過剰反応を起こし、一気に膨れしまう。例えれば、風船だ。更に分かりやすく言えば、空腹の余り、一度に多くの食事をとると、どんな状態に堕ちる?」
「苦しくて、吐く。ですか?」
「それも出来ない状態が、今のおまえだ。とにかく安静にして様子を診るしか方法がない」
「少し横になったから、大丈夫です。僕、任務に戻―」
起き上がろうとするタクトにアルマが押さえ付ける。
「ア、アネさん!なんも、ベッドの柵に頭ばうちつくっほどタクトば寝かせんでもよかろ?」
「こうでもしなければこいつが動き出す!」
「よさんか!アネさん。タクト、ほんなこつ、動かんごつ、なっばいた」
胸元に膝。苦しい、と、タクトは息が詰まるような形相をする。
「ニケメズロさんも、さっき“力”を使ってましたけど、大丈夫なのですか?」
「人の心配はいいっ!」
「アルマさんこそ、僕ばかりに気を取られたら―」
タクト、私を困らせるな。
声を震わせ、更に目に涙。
アルマさん、本気で僕を心配してる。
「ごめんなさい。でも、僕のせいで隊員のみんなに迷惑もかけたくない。だから、せめて、お薬だけでも処方してください」
「薬だけでは処置が間に合わない」
不安。自分の身体が其処まで大変と、言う自覚は全くない。だが、どうなるのか?と、焦りを覚える。
「アネさん、こぎゃんしてタクトば寝かせとくのもいかんとじゃなかとね?」
「焦るな、ハケンラット。私も“治癒の力”を持っている。タクトに合った処置方を検討中だ」
「お二人とも、そんな、か、ん、じょう、て…きにな、な、なら、ずに―」
苦しい。全身が、紐で巻き付けている感覚がする。
どうしよう、ドウシヨウ、声が出せない。
「しまった!タクト、しっかりしろ」
アルマさん、何処?真っ暗で見えない。
「アネさん、しかたんなか!あの方法でタクトの中にうったまっとる“力”ば、抜き取るしかなかばいた」
ハケンラットさん、それって―。
―麻痺させろ。
シーツを握りしめる手の感覚がなくなる。
助けて。
うっすらと開く瞼から、アルマの顔が近づき、そして、耳元で震える唇の感触が伝わっていった。