時は朱色
蜂の巣の物体は、綿飴が溶けるように消える。
列車はタクトの“力”で更に加速を増し、レールの上で駆け抜ける。
キンキンと、耳鳴りに加え、身体に衝撃を受けるタクトは、額から床に転倒すると、抱腹前進して車窓の枠を掴む。そして、 窓を開き、流れる景色の中にバースの姿を見つけると、その方向へと右手を差し伸べる。
微笑して、敬礼。それは、バース。
駿足の列車は光速になり、その姿を置いていく。
タクトもまた、掴むように、遠くなるバースに指先を張る反物の如く、まっすぐとさせる。
触れる。それすらなく、蜂の巣が再び塞がった。
虚しさが、タクトを押し潰していった。
「ご苦労だった。ひとまず、息をつくのだ」
車両の扉が開く音に混じり、アルマが靴を鳴らして声を掛ける。
「タクト」
肩に手が乗る感触を覚えると同時に、身体が左回りをする。
正面にアルマの顔。目を合わせることもなくうつむくと、更に顎に指先が押さえ付けた。
「しゃんとしろ。その様な顔だと、子供たちが不安を覚える」
「バースさんのこと、心配しなくていいのですか?」
「目先の感情に囚われるな!」
アルマの罵声に我に返る。
「僕、喉がからからです。水分補給していいですか?」
「その程度で私に同意を求めるな」
安堵の面持ちのアルマ。その手に引かれ、最後尾の車両を後にした。
「飲むのだ」
車両の席に座り、アルマから氷が浮かぶ器を受けとる。
凝視。やたらと濃いコーヒーだ、入れたのはたぶん、アルマさん。文句は言えないと、思考をかき回し、口をつける。
とてつもなく甘い。
吹き出しそうになり、頬を膨らませると
「どうした?“力”を使った反動が出たのか」
疑問。初めて聞くその言葉に理解が示されず、とっさにこういった。
「冷たくて、美味し過ぎるから口の中でゆっくり味わいたかったのです」
舌に痺れを覚えた。
そんな本音を、胸の内に苦味と甘味が強調されるコーヒーとともに押し込んでいった。
車窓へと視線を向け、淡い紅色の雲とその隙間から覗かせる陽を 見つめる。
「いつの間にか、陽が沈む時になっていたな。今日の任務は終了して、自由に過ごすのだ」
「そんな、みなさんに迷惑を掛けるだけです」
「命令だ。指示通りにしろ」
額にこつりと軽く拳が押し込む。
微笑。綺麗だと、タクトは思う。
タッカが呼んだ。そう、言ってアルマは去る。
夕陽。バースさんも同じく見つめているのだろうか?
頬に朱色の光が注ぎ込まれる。
暖かい。
飲み掛けのコーヒーを窓枠に置き、瞼を閉じる。
穏やかに走行する、列車のレールの響きに心地よさを覚え、笛の音色に似た寝息を、吹かせていった。