薄紅蛍〈前編〉
「マシュさん、アルマさんは何処にいますか?」
五両目の乗降口から入ると、通路にモップを掛ける運転士のマシュの姿を目視する。
「アルマさんなら、娯楽、学習室にいるぞ」
素っ気ない返答、青白い顔。
任務開始から、正面となってこの人を見るのは、初めてだ。
タイマンさんと、列車の運転を交替しながらのはずが、あれ、の為、ずっと、運転室にいたのだろう?
憶測、だった。
「俺、自動運転モードで列車走らせてたの、アルマさんにバレてさ。それで、今、そのツケを払ってる処なんだ」
呆気、同情ができない。
数日間、この人は運転室で何をしてたの?
思考を即、振るい払い、抱き抱える女児と共に、五両目を後にした。
「どうした、タクト」
真剣とした形相のアルマ。ハケンラットと、娯楽に興じる。
ドミノ?車両いっぱいに駒が並ぶ光景に、タクト、困惑する。
「アルマさん。この子、診てもらえませんか?」
「こっちにいらっしゃい」
タクトが抱く女児に、アルマ、腕を伸ばす。
足元、並ぶ駒に当たり、カタカタ、コトコトと個体がぶつかる音を響かせる。
女児、一度タクトと目を合わせ、肩から両手を離し、アルマの腕の中に移る。
アルマ、甘く、ふくよかな息をこぼす。更に面持ち柔かになる。
名は、なんという?
シーサ。
歳は?
よん、さい。
瞼を閉じるアルマ。
「ハケンラット、救護室に行くぞ」
救護室。アルマは、シーサに薄紅の光を絹糸のように、輪にさせ解き放つ。
頭上の薄紅の輪、アルマに触れて弾けとび、光は粒となる。
室内に漂う光、車窓から溢れる陽の光と結び合い、溶けてゆく。
感嘆。どことなく、神秘的。
タクト、柔らかな眼差しをするアルマに、淡い感情。
「アルマさん、どうですか?」
思考をリセットして、現実を刷り込ませる。
ため息ひとつして、アルマ、シーサに柔らかに言葉を掛ける。
「いい子にしていた。シーサ、他の子供たちの処に戻りなさい」
「おねえちゃんと、いる」
アルマ、首を横に振る。
「今日だけお外で思い切り遊べるの。たくさん、身体を動かして、この景色の色々な物を目で見て、手で触れてきなさい」
「詳しいお話し、後程、伺います」
タクト、シーサを抱き抱え、列車を降りて、再び海岸へと、脚を運ぶ。
「ロウスさん、ありがとうございます」
「さすがに慣れないから、扱い方に少し戸惑ってしまった」
男児と相手しながら、苦笑するロウス。タクトが抱くシーサと目を合わせる。
「その、娘、容態はどうだった?」
「まだ、訊いてないのです」
会釈して、タクトはシーサを砂地に降ろし、列車へと引き返す。
「ご苦労だ。海岸と列車を行ったり来たりで、さぞかし目が回るだろう?」
アルマ、電子手帳のパネルに指先を押しあてながら、そう、言った。
「いえ、いい運動になってます」
「それは、頼もしいことだ」
「ハケンラットさんは?」
「ザンルを娯楽、学習室でカウンセリング中だ」
「あの人、かなり思い詰めていましたからね」
「ああ、きゃあくたびれたばいた」
疲労の形相し、なおかつ肩に手を押しあてるハケンラットの声に、タクトは振り向く。
「ザンルの様子はどうだった?」と、アルマは訊く。
「ショック状態がひどかけん“力”ば、入れて寝かしつけた」
いびき高らかに響かせるザンルの姿。それは、タクトの想像。
「アネさん、あの、娘っ子」
ハケンラットの催促。
アルマ、息を大きく吐く。
「思った以上に、深刻、だ」
「シーサ、悪い病気にかかってたのですか?」
不安。と、アルマにその形相を向ける。
「“力”を植え付けられていた」
頭上に硬い岩の如く、乗る衝撃に似た感覚がほとばしる。
タッカさん達が見つけた《虫》のせい?
――アルマには伏せとくのだ。
タッカの言葉を思い出し、もどかしいも思いつつ、アルマを見る。
「“習得の力”だ。目視した“力”を自身のモノにする。生まれつきに持つと、植え付けられていたでは、かなり、使い方に差が付く」
抑制は効かない。ほっとけば更に“力”を次々に習得していく――。
アルマの震える声に、タクト、緊迫感を覚える。
「どうすれば、いいのですか?」
「応急措置で、シーサに“力”をロックする器具を装着させている。しばらくは“習得”は出来ないが、念の為、隊員どもにも“力”の使用を控えて貰う」
「誰が何の為に、シーサにそんな仕打ちをしたのでしょうか?」
タクトの言葉にアルマ、険相する。
「そんな事も判らないのか!」
「その言い方、酷いですよ」
反論、感情がとっさに口に含まれる。
タクト、おまえはまだ、子供だ。
空白。
「少し、疲れた。個室で、休む」
扉が閉まる音。
残るタクトの目がじわりと、潤む。
その雫、頬を拭い、落ちて消えていった。