◆下校路で、相互評価
「じゃあ俺の長所ってなんなん?」
「………………関西弁?」
「しばくで」
秋。食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋。何をするにも適した心地よい気候である。そんな穏やかな中、俺たちはいつも通りに下校していた。
「涼しいなぁ……」
「せやなー、穏やかやわ……」
そんなほんわかした中で、俺たちは雑談に興じていた。
「そろそろ祭りやで」
「そうだな。あと二週間くらいか」
いわゆる夏祭りにしては、季節はずれのこの時期。彼らがいるこの地方では、十月の頭に街の中心部の神社で祭りが行われる。
この祭りーー地元では残暑祭と呼ばれているーーは、普通の夏祭りと同じように屋台が乱立しなかなかの規模を誇る。ただし、この祭りは二日限り。土日を通して行われるのだ。
「せやで。誰と行くかもう決めてる?」
「うーん、まだ特に誰と行くとかは話してないな」
「さよか、俺もまだやわ」
さて、そんな規模を誇る祭りだからこそ、こんな弊害もある。
「去年誰と行ったん?」
「俺は、家族と行った。お前は?」
「俺は去年は行ってへんなー」
つまり、
「ていうか、誰も一緒に行ってくれへんかってん」
「あぁ……お前もか」
「うん、『彼女と行く』って断られた」
周りはみんな彼女持ちである。
「なんなん、彼女って。ガチでなんなん。しばくでほんま。なんで彼女と祭り行くねん。男友達と行けや」
「落ち着け」
そして、毎度のごとくモテない男共はこの時期、結託するか孤独になるか、それとも家族に逃げるかの三通りの行動を見せる。
「つまり、お前は孤独組か」
「自分は家族組か。ホンマやらしいやっちゃ」
「何がだよ」
母親に「一緒に回る彼女居ないの?」と聞かれたときの心境は、筆舌に尽くしがたい。
「いいんだよ、家族サービスだから」
「どっちがサービスされてるねんって話やけどな」
「うるせぇ」
大きなお世話だ、と心の中で呟いた。
さて、このような話の流れになると、当然次はこんな話題になる。
「なんで俺ら彼女できひんのやろな」
彼女なしの男が、御祭り前とクリスマス前に必ず通る道である。
「そりゃあまあ、女子へのアピールが足りてない、的な?」
「アピールなぁ、例えばなんなん?」
「そうだな、運動できるやつは体育祭で活躍。勉強できるやつは勉強を教える。面白いやつは女子と日頃から話す。みたいな感じだろ」
とどのつまり、自分の長所を理解していないとモテない。そういうことである。
「ちなみに顔がええやつは?」
「悪いことをしない」
「小学生でもできるわ」
自分の長所を理解していないとモテない。これはある意味一つの道を示している。
「つまり逆に考えれば、自分の長所を掴んでアピールすれば、モテるってことやんな?」
「たぶんな」
そんなこんなで、こういうことになった。「お互いの長所を教えあおう」と。つまり、自分のことより人のことの方がわかるというわけである。
「それじゃあどっちから言う?」
「自分から頼むわ」
「わかった。そうだな……」
下を向いて歩くこと数歩。
思いついた長所は、冒頭の通りである。
「いや、だってさあ」
「自分もうちょっとまじめに考えろや! これ一つで俺らの二週間後が決まんねんで!? もうオカンに『あ、彼女と祭りいってくるー』って嘘つきたくないんや!」
「お前そんな嘘ついたのか」
虚しいだけである。
「ホンマにまじめにいこう」
「わかった」
「うーんまあぱっと思いつくのは、黙って動かなければモテそうなところ」
実は剛は顔だけを見ればそこそこイケている。普段はトークが目立って埋没しているが、一度落ち着いて見ればモテそうなものなのだ。
そういうつもりで言ったのだが、ふと剛をみると口の端をひくひくとさせていた。なにか気に入らなかったのだろうか。
「そ、そうなん。じゃあ次俺やな」
「よろしく」
さて、俺の魅力とはなんなのか、期待に胸が膨らむ。
「せやなー、顔より性格って俺たちに教えてくれることやな」
胸が萎んだ。なんなんだ、顔より性格って。褒めているのか? 褒めているんだろうな。でも相当複雑だ。
「つ、次は俺か」
「せや。今度はバシッと頼むで」
先ほどもバシッと長所を捕らえていたと思うが。
「うーん、人は学力じゃないって証明してくれるところ」
そう、こいつの成績は平凡である。だが、頭の回転が速かったり、機転が利いたりすることがある。トークスキルもしかりだ。つまり、学力だけが頭の良さを決めるわけではない。俺はこいつを見てそう確信していた。モテポイントかどうかは微妙だが、こいつの長所ではあるだろう。
さて、またしても剛をみると今度は目の端も口同様に痙攣させていた。複雑そうな表情をしている。やはり、長所としてはあまり目立たないからだろうか。
「次は俺のだ。正真正銘の長所を頼むぞ」
先ほどのように、中途半端な褒め言葉はやめてほしい。
「あー、一緒におると夏が涼しいところ?」
……こいつ、俺のことを寒いやつと言っていないか? いや、そういう意味ではないんだろう。確かにこの間マジカルバナナをしたとき、俺と話していると暑さを忘れる様なことを言っていたし。
たがしかし、相も変わらず釈然としない。もっとあるだろ……こう、なんかさあ。
「……あぁ、次俺?」
「……せやで?」
心を入れ替えよう。次だ、そこに期待しよう。
「よし。そうだな、他人の評価を気にしないところ」
人は、他人から嫌われるのを酷く嫌がるのだ。女子に「俺って何か悪口言われてる?」と、聞く男子が後を絶たない。そんな中、嫌われることを恐れず好きなことをしている剛は、人間としてとても強いと思う。
そして、なぜか剛は何かを決意したかのような心を決めた顔をした。
「……次は俺やな?」
「おう」
さすがに次からはちゃんとした長所を挙げてほしい。いい加減に、悪口をオブラートに包んで言っているだけなのではと疑う。
「これやな。女子を見る目がクラスで一番男らしいところ」
なるほど、疑いが晴れた。オブラートで包むことすらせず悪口を言っている。
「暴言じゃねえか! お前それ完全にムッツリスケベとか目線が変態とかそういうことを言ってるだろ!」
「は? ぜんぜんそんなつもりないで。俺じゃそんなに男らしくなられへんわ」
このやろう……。
「じゃあ俺な、風邪をひかないところ」
「馬鹿にしすぎやろ!!」
「え?」
いやいや、そんなつもりはない。こいつは病気というものに無縁なのだ。咳をしたり鼻をかんだりしているのを見たことがない。
おそらく、こいつにとってのティッシュは、鼻をかむためのものでなく大人のおもちゃの一つだろう。
そしてやはり、剛は顔全体を痙攣させていた。人間はここまでぴくぴくできるのか。
「……じゃあ、ちょうど順番的に俺がラストやな」
「そうだな」
後数分で駅である。
「健介といったらこれしかないな。常に未来のことを考えているところ」
「え?」
以外と普通だ。「欲求に対して自分に正直」などと言われるかと戦々恐々としていたのだが。まさか普通にポジティブと褒められるとは。
「ちなみにどの辺が?」
「考えていることが、いつも明後日の方向やからな」
「うるせぇわ!」
悪口じゃねえか!!
駅に着いた。後数十メートルでいつもの分かれる場所である。
しかし俺たちは疲れ果て、なぜか後少しの距離が遠かった。ゆっくりと足を前に運ぶ。
「……なあ、結局これなんだったんだよ」
「……知らんがな。自分が悪口ばっかり言うからやん」
「……どの口が言うんだよ」
常に悪口を言っていたのはお前だ。
そして、いつもの場所。
「まあ、なんだかんだ言うけど、俺だけはお前の友達やと思ってるで!」
逆だろ。それじゃあ俺に友達が居ないみたいじゃないか。
なんとなく反抗心が湧いて、俺もそれに返した。
「おう。お前が何回浪人しても俺はずっと友達だ!」
「やかましいわ!」
そう言って右のホームに向かう。なんだか久しぶりにしてやったり、といった感じだった。
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