◆下校路で、勘違い
途中で視点変更があります。
「最近思ってんけど、『こい』ってめっちゃよくない?」
「世界が鮮やかになるよな」
「スケールでかいわ!」
◆◆◆◆
「最近思ってんけど、『鯉』ってめっちゃよくない?」
いつもの帰り道、 最近の気候はやっとの事で暑さから逃れ、さわさわと風薫る日頃となっている。夏は去った。今は、薄手の上着を着こなして爽やかに日々を過ごしている。
そんな中、俺は最近ずっと考えていたことを健介に話した。そんな俺に、健介は少し考えたあとに言葉を返してきた。
「世界が鮮やかになるよな」
「スケールでかいわ!」
本当にでかすぎる。いやまあ、確かに日本庭園の池の中で、日に反射して色鮮やかにしているのを考えると、世界と言ってもあながち間違いではないのか。
だが、俺のスケールでかいわ発言が気にくわなかったのか、すこし渋顔をしながら話してきた。
「そんなこともないだろ、みんな生き生きしているぞ」
「まあせやな。魅力の内の一つやな」
ふむ、確かにその通りだ。俺はつい最近好きになりだしたばかりだが、健介はもしかするとずいぶん前から、鯉の魅力をわかっていたのかもしれない。
なんだか、俺から話しかけたのに教えられた気分だ。だがそれならば、俺の相談も聞き入れてくれるだろう。
「なあ健介。俺な、今度『鯉』を『飼』おかなって思ってんねん」
そう、これがここ最近俺の抱えている想いだ。鯉は美しく、雅である。しかし、俺はこの想いが一過性のものではないかと、少し不安なのだ。
しかし、予想していた答えとは健介の答えは大きく違っていた。
「そんなの絶対だめだ!」
そこまで声を大にして、ムキになって言うほどのことだろうか。まあ、確かに生き物を飼うことは責任が伴う。その上自分で言うのはなんだが、ちゃらんぽらんに見える俺が飼うのは不安なのかもしれない。しかし、ここまで大きく言うのは、何か理由があるのだろうか。
「え、何でや。お店で綺麗な子選んで『飼』いたいな思っててんけど」
そう聞いても「だからやめろって!」と、たいして理由を言わず大きく否定していた。なんとなく訝しんでいると、それを俺の表情をみて感じたのか、話を逸らすように言葉を出した。
「だいたい、お店でなんとかするのは未成年じゃ無理だろ」
へぇ、そうなのか。知らなかった。
「あ、そうなん? じゃあオカンに代行頼もかな」
それくらいなら、お願いしたらオカンもやってくれるだろう。
「母親に注文してもらうの!? お店側も困惑するわ!」
なんでやねん。今時、観賞魚を買うなんて普通だろ。
「というか、そもそも『鯉』はお店で買うもんじゃない。自分で見つけだすものだろ!」
え? なんやそれ。
「自分で見つけだす? いやいや、どこで?」
「そりゃまあ、学校とかあるだろ」
「学校!? 盗む気満々やん!」
どう考えてもおかしいだろ。え、あれか? 高校の裏庭にある池からかっさらってくるのか?
「まあどちらかと言えば、『鯉』って盗んで奪われてが醍醐味だろ。でも少し上級者かな」
マジか。どこの世界の話だよ。そんな常識俺は知らない。
「上級者すぎて無理や。むしろ、そんなん絶対にしたくないで。そんなことになったとしても、お互いの同意の上で譲ってもらうとかするわ」
当然の話だ。例えお店で買うことが叶わずに、学校の鯉にお世話になるとしても、一度責任者に話を通して子供の鯉を譲ってもらうなどするべきだろう。
しかし、それの何がおかしかったのか、健介は驚いたような顔をしながら話してきた。
「譲ってもらう!? そっちのほうがヤバいだろ!
『おい、てめえにその子と一緒にいる資格はない。俺に譲ってもらおうか』
『んだとおいコラ。お前にあいつを養えんのかよ』
とかになるぞ。下手したら決闘だ」
アホか、喧嘩腰すぎるだろう。それに、責任者もなんだか厳つそうな口調をしている。というか、資格ってなんだ資格って。一級鯉飼育員とかか? なんでやねん。しかも、決闘ってなんだ。鯉の子供を巡って決闘など意味不明すぎる。
だめだ、ツッコミが追いつかない。
「いやいやいや。何で『鯉』一つでそんな大事になるねん、確かに養えるかは重要やけど。しかも、喧嘩腰過ぎやろ。行くとしたらもっと腰低くお願いするわ」
「腰低くとか、お前真剣にやる気ないだろ」
「なんでやねん」
ほんまになんでやねん。喧嘩腰が普通など、どこの世界だ。
そこまで来て、学校にお世話になる話は埒があかないと思ったのか、お店で買う話に戻ってきた。
「じゃあ一旦買うとしてさ、お前予算どのくらいなんだ?」
「まあ、一万円くらいやな」
お店の可愛い系女店員がそう言っていたから、これで問題ないはずだ。よく覚えている。
「一万円!? そんなのほとんど無いようなものじゃないか」
じゃああのお店が安いのか。いやしかし、そんなことはないはずだが。
「え、そうなん? そのお店は安くて七千円、それなりに高くても二万円くらいって言うてはったで」
「どんな調べ方したんだよ」
「え? お店で店員に聞いた」
「マジで!?」
いったい何に驚いているのか。こいつは店員に話しかけることすらできない、コミュニケーション障害でも持っているのか? 重度すぎるだろ。それにこいつはそんな繊細な男じゃない。
「え? うん。ほんまは見て満足する予定やってんけど、一回見てみたら俺もその気になってしもてなー」
「えぇ!? 見せてもらった!?」
「いや、そうやけど。なに驚いてんねん」
あの店では目に見える場所に水槽があり、その中に鯉が入っていた。これは、基本どこのお店でも同じだろう。特に驚くことでもないはずだ。
「いやいや、驚くに決まってるだろ! ていうか、え? 見せてもらったって裸だよな?」
なんの話やねん。女の子の話ちゃうねんから。
「当たり前やろ。なんで服着てんねん。そんなん、ちょっと変なイベントくらいやろ」
テレビのCMや、錦鯉関係の変なイベントか。まあ、服を着ているのはそのくらいだろう。
「変なイベント扱いって。いや、それよりお前マジか……。な、なあ……綺麗だった?」
「おー、綺麗やったで。薄紅色が肌に栄えてたって感じ?」
俺がみたのは錦鯉だからな。薄紅の模様が、白い肌にいいアクセントとなっていた。
「がっつり見てるな……。なんかもういっそ羨ましいわ。突然お前が遠く感じた」
「んな大げさな」
「もう俺にはついていけん」
そう疲れたような顔をして、斜め下を見てゆっくり歩いている健介になんだか変な違和感を感じた。
と、いうより何か勘違いでもしているのではないだろうか。
◆◆◆◆
「最近思ってんけど、『恋』ってめっちゃよくない?」
いつもの帰り道、剛がふと思い立ったかのように話しかけてきた。
恋……か。こんな男でも、恋について考えたりする事があるのか。
「世界が鮮やかになるよな」
「スケールでかいわ!」
そうだろうか。実際、恋をしている人たちは楽しそうにしている。それに、恋を自覚した人たちは、今までと別人のように顔がキラキラしていたりする。
決して、世界が鮮やかに、は大げさではないと俺は思う。
「そんなこともないだろ、みんな生き生きしているぞ」
「まあせやな。魅力の内の一つやな」
ふむ。やはり、剛もその点は意識しているのだろう。表情が心なしか嬉しそうだ。
そんな剛は、俺に自分の思いを一つぶつけてきた。
「なあ健介。俺な、今度『恋』を『買』おかなって思ってんねん」
恋を……買う……? それってまさか……レンタル彼女とか、も、もしや風俗とか!?
「そんなの絶対だめだ!」
俺が否定したのは当然のことだろう。未だ十六、七の未成年がお世話になって良いところではない。
俺は我を忘れて必死になって止めた。
「え、何でや。お店で綺麗な子選んで『買』いたいな思っててんけど」
もう確定だ。こいつ、ソッチ系のお店にお世話になる気だ。さすがに止めないと。
「だからやめろって!」
それに、高校生がそんなお店にお世話になれるのだろうか。未成年じゃ無理な気がする。少なくとも、行為に及ぶようなのは確実にだめだ。
「だいたい、お店でなんとかするのは未成年じゃ無理だろ」
「あ、そうなん? じゃあオカンに代行頼もかな」
「母親に注文してもらうの!? お店側も困惑するわ!」
ヤバすぎだろ。母親にそういうお店の注文をしてもらうとか、えげつないな。常人の発想じゃない。こいつぁやべぇ。
「というか、そもそも『恋』はお店で買うもんじゃない。自分で見つけだすものだろ!」
当然だろう。なぜこんなことを言わせるんだ。
「自分で見つけだす? いやいや、どこで?」
「そりゃまあ、学校とかあるだろ」
あとはまあ、塾かバイトか。俺たち二人は塾にも行っていないし、バイトもしていないから関係ないが。
だが普通は部活のマネージャーとか、クラスメイトとか、そういう発想になるだろう。
「学校!? 盗む気満々やん!」
だから何に驚いているかが意味が分からない。というか、こいつにとっては恋愛は盗むこと前提なのか。確かにそういうときもあるが。
もしかして、現在つき合っていなくても、過去に誰かとつき合っていた人は駄目なのだろうか。元彼から彼女を奪った、みたいな。
「まあどちらかと言えば、『恋』って盗んで奪われてが醍醐味だろ。でも少し上級者かな」
盗む気満々など言われれば、そう返すしかない。それに、略奪愛の話は高校でも枚挙に暇がない。別にナシではないだろう。
「上級者すぎて無理や」
まあ、こいつの反応からしてそう言う気はしていたが。
「むしろ、そんなん絶対にしたくないで。そんなことになったとしても、お互いの同意の上で譲ってもらうとかするわ」
え?
「譲ってもらう!? そっちのほうがヤバいだろ!
『おい、てめえにその子と一緒にいる資格はない。俺に譲ってもらおうか』
『んだとおいコラ。お前にあいつを養えんのかよ』
とかになるぞ。下手したら決闘だ」
下手を打てば本当にそうなる。つき合っている男に、「彼女を俺に譲れよ」など正気の沙汰じゃない。
だが、剛にはそれがわからないのだろう、有り得ないといった顔で俺に反論してきた。
「いやいやいや。何で『恋』一つでそんな大事になるねん、確かに養えるかは重要やけど。しかも、喧嘩腰過ぎやろ。行くとしたらもっと腰低くお願いするわ」
「腰低くとか、お前真剣にやる気ないだろ」
「なんでやねん」
当たり前だ、本当にそういうことをするなら腰を低くしている場合じゃない。相手を馬鹿にしているようなものだ。というより、そんなことするやつは馬鹿だ。
もういい、こいつに学校での恋愛はハードルが高いようだ。とりあえず元の話に戻そう。元々俺が剛の話をぶったぎったようなものだし。
「じゃあ一旦買うとしてさ、お前予算どのくらいなんだ?」
「まあ、一万円くらいやな」
安い!
「一万円!? そんなのほとんど無いようなものじゃないか」
何時間もソッチ系のお店にお世話になるのに、たった一万円程度ですむわけがない。
「え、そうなん? そのお店は安くて七千円、それなりに高くても二万円くらいって言うてはったで」
「どんな調べ方したんだよ」
「え? お店で店員に聞いた」
「マジで!?」
学校での恋愛はできないのに、ソッチ系のお店に入れるとか、こいつは繊細なのか図太いのか全くわからない。というか、何で店員さんは高校生に教えたんだ。出入り禁止にしろよ。
「え? うん。ほんまは見て満足する予定やってんけど、一回見てみたら俺もその気になってしもてなー」
え……。
「えぇ!? 見せてもらった!?」
「いや、そうやけど。なに驚いてんねん」
こいつ、やべぇ。何でこうも平然としているんだ。頭のネジぶっ飛んでるんじゃないか。
それより、見せてもらったって、そういうことだよな……。
「いやいや、驚くに決まってるだろ! ていうか、え? 見せてもらったって裸だよな?」
「当たり前やろ。なんで服着てんねん。そんなん、ちょっと変なイベントくらいやろ」
やっぱりか。お店の人も何とかしろよ。なんで高校生を断るどころか裸見せているんだ。もうちょっと常識考えろ。
しかもこいつ、裸をみるのが当然かのような雰囲気を出してやがる。
「変なイベント扱いって。いや、それよりお前マジか……。なあ……綺麗だった?」
そして俺は、常識を説くのを諦めた。というより、普通にうらやましい。何でみれたんだよ、今度案内しろ。
「おー、綺麗やったで。薄紅色が肌に栄えてたって感じ?」
しかもちゃんと観察してやがる。
「がっつり見てるな……。なんかもう突然お前が遠く感じた」
とりあえず、こいつやべえわ。これ以上表現しきれない自分のボキャブラリーのなさが、久々に恨めしい。
「んな大げさな」
「もう俺にはついていけん」
いや、もう心から。こいついろいろおかしい。あと今度紹介しろ、次は俺もついて行く。
◆◆◆◆
いつもの駅が近づいてきた。あとものの数分で駅に着く。
さすがにおかしいと思った俺は、健介に確認を一つした。
「なあ、さっきまで俺らなんの話してた?」
「え? 何って、風俗の話?」
なんでやねん。いつの間に風俗の話をしたんだ。
今更何を聞くんだと言わんばかりの健介に、俺はあきれたような顔で声を出した。
「自分なぁ……。なんかおかしいと思ってん。俺が今まで話してるつもりやったんは魚の『鯉』!! カープ! フィッシュ!」
そう強調して言うと、唖然とした様子で健介は繰り返した。
「こい……コイ……鯉!? え、フィッシュの方!? ラブの方じゃなくて!?」
「ちゃうわ。俺がフィッシュの鯉をお店で買いたいって話をしてたんや」
俺が今回話したことのさわりを言うと、健介は何だか愕然としつつも、ほっとした様子で呟いた。
「……そうか。学校で恋愛できないから、風俗にお世話になる話じゃなかったのか……」
なんでやねん。
再三繰り返してきたセリフを、もう一度心の中でつぶやいた。
そんなこんなで、いつもの場所。俺は左のホームに行く前に、少し口の端を釣り上げながら言った。
「そんなに風俗の話したいなら、また今度しよか?」
「んなっ!?」
俺が左のホームへ向かう背中で、健介のえも言われぬ雰囲気を察した。
誤字・脱字報告、感想などあればよろしくお願いします。