◆下校路で、マジカルバナナ
「「マジカルバナナ」」
「バナナと言えば、ち○ち○」
「アウト!」
夏は、春や秋より長い間居座っている気がする。いつもの下校路にはまたしても陽炎が立ち上り、景色の奥と俺たち二人の影をゆらゆらと揺らしていた。そんな気候に俺は、未だ8月なのに夏がすでに三、四ヶ月続いているような気分になっていた。
「こないだ涼しかったのに、また暑いやん。もうちょっと落ち着いた気温になってほしいわ」
全く持ってその通りである。Tシャツ一枚でも暑い日があれば、薄手の上着を着てもすこし肌寒いときがある。もう少し、安定した気温になってほしい。
横では、剛が手で首元を扇ぐようにして、だらだらと歩いていた。たしかに、ここまで暑ければそうなるのも頷ける。
「でもあんまり暑い暑い言うなよ。言えば言うほど暑い気がしてくる」
「ほんなら、涼しい涼しい言うてたら涼しなるんかな」
「心頭滅却すれば火もまた涼しって言うしな」
「あれただのやせ我慢やろ」
意味は、気の持ちようで苦痛も苦痛ではなくなる、だったか。なるほど、たしかに見方を替えればただのやせ我慢だ。
「でもまあこうやって話してると、暑さを忘れるから、あながち間違いでもないかもしれへんな」
「だろ?」
結局は心の感じよう、というわけだ。
「そういうことなら、なにか頭を回しながら話すゲームでもするか?」
「ええよ。こないだの古今東西的な?」
「そうそう。今度はマジカルバナナでもしてみるか」
剛も割と乗り気なようなので早速始めよう。
「ちなみに、禁止ルールは?」
「繋がりが意味不明な事と、名詞以外を使う事だな」
「まあいわゆる普通のやつな、了解。ほんなら俺からいくでー。せーのっ」
結果は冒頭の通りである。
「え? 何でアウトなん?」
「アウトに決まってんだろ! 何がっつり下ネタ言ってんだ」
「いや、でも正味バナナからやったら『黄色』と『果物』と『ち○ち○』くらいしかないで」
「前二つにしろ」
だいたい、そこから何に繋げるんだ。下ネタで始まって下ネタで終わるぞ。
「えー、じゃあ卑猥な言葉禁止?」
「禁止だ」
「えー」
ぶーぶー言っているが、禁止な物は禁止だ。一回下ネタに入れば引き返せないし、まともなゲームにならない。
「まあしゃあないなー。じゃあ気を取り直してもっかい俺からな。せーのっ」
「「マジカルバナナ」」
「バナナといったら、黄色」
「黄色といったら、歓声」
「歓声といったら、スポーツ」
「スポーツといったら、部活」
「部活といったら、部費」
「部費といったら、お金」
「お金といったら、硬貨」
「硬貨といったら、汚れ」
「汚れといったら、洗濯」
「洗濯といったら、残り湯」
「残り湯といったら、お風呂」
「お風呂といったら、長湯」
「長湯といったら、おっさん」
「おっさんといったら、ハゲ」
「ちょっとまてや!」
「え?」
何か問題があっただろうか。
「自分おっさんとハゲを結びつけるって偏見やろ!」
「あっ」
確かにその通りだ。おっさんがハゲだなんて大変失礼なことだ。俺はなんてことを言ってしまったのか。
「全国のおっさんの皆さん、本当に申し訳あり「世界の若ハゲの皆に謝れ!」……そっちか」
いったい何を謝るんだよ。「ハゲはおっさんだけの物ではありません。みんなの物です!」ってか。むしろ若ハゲの皆さんに殺されるぞ。
「で、どっちの勝ちなんだ?」
「自分の負けに決まってるやろ」
「まあ、謀らずともおっさんとハゲの方達を馬鹿にしてしまったからな。しょうがないか」
というわけで、一回戦は俺の勝ち、二回戦は剛の勝ちで一勝一敗となった。なんだかんだいい勝負である。
「いやー、弱いなぁ自分。まだまだやで!」
剛が笑いながら俺を馬鹿にしてくるので、取りあえず足を蹴っておいた。何度も言うが、一勝一敗である。
「なら、次で決めるぞ」
「ええでええで、ちょうど三回勝負になるしな。あっさりと決めたるわ!」
「さっきは剛からだったから、次は俺からだな。行くぞ? せーのっ」
「「マジカルバナナ」」
「バナナといったら、果物」
「果物といったら、果汁」
「果汁といったら、液体」
「液体といったら、水銀」
「水銀といったら、金属」
「金属といったら、光り物」
「光り物といったら、アクセサリー」
「アクセサリーといったら、イヤリング」
「イヤリングといったら、ピアス」
「ピアスといったら、穴貫通」
「穴貫通といったら、処女」
「フハッ」
「……あっ」
しまったぁぁ! まんまと誘導された。しかもこいつ完全に声出して笑いやがった。
「処女といったら、好物」
な、こいつ続けやがる。まだ何かする気か。 というか何の好物だよ、やめろ。くそ、なまじ俺が先に卑猥な言葉をいってしまったせいで、こいつを止められねえ。
「好物といったら、食べ物」
「食べ物といったら、幼女」
「まてこら!」
「うん?」
「うん? じゃねえ、一番食べちゃだめなやつだろそれ!」
下ネタに入ったのは俺のせいかもしれないが、これはさすがに見逃せない。
「でも、食べ物じゃないとは言われへんで? それにあくまでも連想ゲームやしな」
「最低じゃねぇか」
「セーフなんやったら、今回は流れ止めたことを見逃したろ。健介から続けるでー」
く、くそ。誰もこいつを止められないのか。
「あ、マジカル ○○に連想ゲームの始めの単語入れなあかんから、今回はバナナじゃなくて幼女で始めるで。せーのっ」
「「マジカル幼女」」
おジャ魔女ど○みかよ。
「幼女といったら、小さい」
「小さいといったら、健介の息子」
おいやめろ。俺のは別に小さくねえ。使う機会が無いだけだ。
「俺の息子といったら……身持ちがかたい」
……使う機会がないだけだ。
「アッハッハッハッ! み、身持ちがかたいて、どっち? 硬いと堅いの、ど、どっちの意味? 勃ってる童貞なん? クハハッ」
「うるせぇ!」
「ぐえっ。アッハハ、オエ、フハッハ……オエェ」
さすがに笑い声を大きくあげる剛にイラついて腹を蹴ると、笑ったり嘔吐いたりを繰り返して、よくわからない嗚咽のようなものを口から漏らしていた。
「さ、さすがに……、フハハ、蹴り入れんのは反則、ククッ、ちゃう?」
「当然だろ」
あと三発くらい入れてやろうか。
ちょうどそんなやりとりをしていると、最寄り駅に着いた。
「あー、ようけ笑ったわ。いやー、参った参った。さすがにこれは俺の負けやわ、まだ笑けてくる。クハハ。笑いすぎて暑なってきたわ。じゃあなー、バイバイ」
そう肩を震わせ、笑いながら左のホームに消えていった。
試合には勝ったが、勝負には負けた。まさにそんな気分である。
何となく釈然としない思いながら、俺は右のホームへと入っていった。
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