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顔のない男  作者: 輝血鬼灯
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3.ファウストとメフィスト

 この時代、科学は発達している、らしい。

「まぁどんな時代に、どこと比べての話っていう限定条件はいつでもどこでも必要なんだろうけどな」

 強引に拉致され、人質をとられてレジスタンスに強制入団させられたエミールとその《弟》のリュー。きっかけこそ最低に近い状況だったが、それでも何とか……やっていくしかないようだ。

「すごいですね、この装備」

 エミールが今雑用をさせられているのは、次の活動資金を得るための作戦の下準備に関することだった。組んでいる相手はレジスタンスメンバーのうちの二人、モグリの医者であるアロイスと、組織内では一番下っ端だというモーリツである。もっともエミールとリューが新たに加わったことで、モーリツより更に下っ端の二人が増えたとも言うが。

 レジスタンスのリーダー・ファウストは、旗印にと言って勧誘という名の脅迫をした王子エミールに関して、特別扱いをする気は全くないようだった。実は彼らの組織は大きく、エミールたちが知らないだけで幾つもアジトがあり構成員ももっと多いそうだが、エミールはそれらの人々と顔を合わせたことはない。最初に連れてこられた廃ビルがまるまる彼らのアジトの一つであるらしく、そこで半ば軟禁状態でファウストともう一人と一緒に彼ら兄弟は過ごしている。

 今もエミールは廃ビルの最初に連れてこられた例の部屋に残っているが、リューの方は別の仕事を頼まれて外へと連れ出されている。エミールとリューが同時に建物の外に出されることはなく、外出の際は二人のうち必ずどちらか一人は建物内部に残されるよう徹底されていた。

「悪いな、殿下。だが俺たちも命かかってるからさ。勘弁してくれよ」

「ええと、……まぁ、人にはいろいろとありますから」

 活動用の衣装のほつれを直すという本当に末端の構成員、普通なら戦うことのできない女子どもがするような仕事を任されながら時折横目でアロイスやモーリツのすることを眺めていたエミールは、頷くことも断ることもできずにただ苦笑を作ってそう返した。

 レジスタンス入団に関してエミールがこれだけは、と出した条件はたった一つ。

 リューと一緒にいること。それ以外はどうでもいい、と。

「私は、あの子とずっと一緒にいられたらそれだけでいいですから」

 アロイスとモーリツが顔を見合わせる。

「本当に仲がいいんだな」

「そーっすねぇ」

「はい」

 アロイスは四十代で、自分のことは「おっさん」でいいぞととても気軽に接してくれる。モーリツは二十代半ばだが、うっかりの多いお調子者で年下のファウストやテオドシウスからも何かやらかすたびに呆れられているらしい。

 最初にエミールたち兄弟が面通しされた七人は、組織内では幹部と言える重要人物が多かった。リーダーはファウスト、副リーダーがテオドシウス。ちなみにテオドシウスは二十歳、ファウストに至っては――

「まだ終わってなかったんだな」

「よ、おかえんさい。リーダー」

「兄さん……」

「おかえり、リュー」

 リューともう一人を連れて外へと出ていたファウストがアジトに戻ってきた。エミールは朝も彼を見たが、今日初めてファウストと顔を合わせるモーリツが声をあげる。

「あらー今日はまた一段と派手なお《顔》だねー、ファウスト」

「聞き込みだからな。美形三人の方が効率がいいだろう? この組み合わせなら女性も男性もショタ好きマニアックなお姉さまも子ども好きもいちころだ」

 リューと赤毛の美女を両脇に侍らせて、そう余裕の表情で告げるファウストの《顔》はモーリツが呆れたようにとても派手なものだった。

 髪は見事な金髪で、微かなウェーブさえ上品に見せている。瞳は深い青で、肌は白く、鼻は高く、口元は自信に充ち溢れた笑みを演出している。服装こそ派手でないものの、この顔だけで人の注目を引きそうな美青年だ。

 そう、本日の彼は、先日エミールたちと出会った時と《顔》が違う。特殊なマスクや鬘、数々の科学技術を駆使して顔を変えているのだ。この時代、被るだけで骨格から変えてみせることのできる変装用マスクが当たり前のように登場している。

 素顔はどんなものなのか、エミールは当然その説明を聞いた直後に尋ねた。けれど返ってきたのは、「俺には顔がない」という言葉だけだった。最初の時でさえ、あの地味すぎる顔は作りものだったのだ。しかもその上から更に仮面を着用するという念の入れよう。

 《顔のない男》、ファウスト。

 それが彼らのリーダーだった。

「あの、いつも疑問になるんですけど、ファウストのこれはいいんですか?」

「いいって、何が?」

 エミールの問いに答えたのは、赤毛の美女だった。こんな美人見たことがない、と言うほどの美女で、いつも穏やかな微笑を湛えている。幹部ではないがファウストの秘書と言うか、片腕的存在で、彼とともにエミールとリューと生活しているもう一人というのは彼女のことだ。

 名はメフィスト。メフィスト=フェレスだと名乗った。もちろんそれはリーダーの名前ファウストに合わせた冗句で、本名は誰も知らないらしい。ミステリアスな人物だ。

 メフィストが扉を閉めて、聞きこみのついでに買出しに行って来た昼食をテーブルに置いたのを確認してからエミールは裁縫の手を止める。

「だってここ、レジスタンスのアジトなんでしょう? 他の人にバレちゃいけないのに、ファウストの顔がいつも違うんじゃ、ある日別の人間が入りこんでもその人が自分はファウストだって名乗ればわからなくなるんじゃ」

「ふー」

 エミールの疑問にはにこにこしたままのメフィストではなく、当のファウストがわざとらしい深い溜息で答えてくれた。

「……何ですか? その反応は」

 大事な大事な《兄》を馬鹿にされたと感じて、リューが眼差しを険しくする。彼が買出しを担当したのは飲料で、どれも硬い瓶入りなのだが、下手したら今手にしているそれでファウストの後頭部を殴りそうな睨みぐあいだ。

「その危惧はいい線行っているがな、殿下。じゃあ逆に、俺が今好き勝手な顔を毎日付け替えるくらい、変装技術も発達したこのご時世だ。俺ではなくても他の誰かとそっくりな顔のマスクをつけた誰か……警官やら何やらが仲間の振りをして入り込んできたら、それに関してはどうする気だ」

「あ」

 指摘されてエミールは気づいた。そうだ、条件は誰でも同じなのだ。

「むしろ《顔》などもとからあてにならないものだと学んでおいた方がよほど有益だろう。セキュリティシステムは何重にも組んである。指紋はもちろん、生体データの登録でもな」

「だからって、ファウストは愉快犯すぎですよー。人が知り合いがいないからって油断しているのをいいことに背後から突然見たこともない顔で話しかけてくるのは反則っすー」

「そうだな。おっさんの残り少ない寿命を縮めるのはやめてくれ」

「あれは俺流の冗談だ」

 モーリツとアロイスの抗議にしれっと返して、ファウストはメフィストから渡された食事に手をつける。そのまま何となく昼食の時間が始まった。この組織はいつもこうだ。

「そういえば、リーダーよ」

「何だ、アロイス」

「聞き込み調査で美形が必要だったんだろ? どうしてこの殿下を連れて行かないんだ?」

 昼食の最中、パンを食みながら半分不明瞭な発音でアロイスがそう口にした。ファウストが目を眇める。

「そういえばそうっすよね。いくら殿下とリューちゃん一緒に外出しちゃいけないからって、聞きこみならファウストがわざわざ美青年フェイス作らなくっても、ここに絶世の美形がいるじゃないっすか」

「月の冴え凍るような見事な銀髪、湖底の底を覗き込むような翡翠の瞳、麗しきエミール殿下がな」

「あの、アロイス……湖底の底って、意味被っているわよ」

 メフィストが最後に遠慮がちに指摘した。

 だがアロイスとモーリツの言うこと自体はもっともで、エミールは母親が国王にその美貌を見初められたくらいの美形だ。女性としてはメフィストも信じられないくらいに美しいが、エミールも美貌という点では負けていない。

「……ふん、そう言えばそうだったな」

「なんだリーダー、嫉妬か? 同じ十七歳なのにかたや反政府組織の頭、かたや王国の第一王子殿下」

「ちょっと、おっさん。さすがにまずいっすよ」

 モーリツが慌てて隣に座っていた中年医師の腕を引いた。

 彼が言うとおり、実はこのレジスタンスを纏めるリーダーであるファウストは、エミールと同じ十七歳らしい。常にマスクや仮面で変装し、中年から年相応の子どもまで何にでもなれる彼の年齢は外見で推し量ることはできないが、それでもエミールと同い年なのだそうだ。

「ファウスト、あの……」

 心配そうにメフィストが見つめる横で、ファウストはアロイスの皮肉などなんでもないことのように話を続けた。

「そうだな。殿下は美形だよ。上に絶世の、とつけてもいいくらいだ。だがなアロイス、ここは一つ殿下に聞いてみようじゃないか」

「何を?」

「殿下、あんたはどうなのだ? できるか、聞きこみ」

「え? ええと……」

「ついでに聞くが、街を歩いているとどんな人種に一番よく声をかけられる?」

 聞くまでもなく答を知っているという口調でファウストは尋ねた。エミールは視線をあさっての方向へと逸らしながら、周囲の無邪気な期待の視線に負けて渋々と答える。

「……街に出てからは、お金持ちそうなおじ様に声をかけられることが多い、かな」

 王宮で暮らしていた頃は不埒な輩にちょっかいをかけられることなどなかったエミールだが、市井に降りてからは母親似の美貌のために、危ない趣味を持つ貴族連中に受けの良すぎる自分の容姿に対する自覚をもたざるを得なかった。

「……すまん。おっさんが悪かった!」

 部屋中を包んだ一瞬の沈黙の後、アロイスがガバっとテーブルに手をついて謝った。

「そんなことしてもらわなくても大丈夫ですよ! 結局危険なことになったことはありませんし!」

「でも殿下、その口調だと危ないことになりかけたことなら何度かって、態度っすねぇ~」

「余計なことに気付かないでください! 大丈夫ですから!」

「おっさんは何も知らなかったんだぁ~ゆるしてくれぇ~」

「別に怒ってませんってば!」

 アロイスとモーリツとふざけ合う、むしろ二人のおふざけに付き合わされているエミールを、話題を振ったファウストが静かに見ている。

「……」

 その眼差しは見守っているなどという穏やかなものではない。むしろ睨んでいると言っていいほどに冷たく厳しい。

「……ファウストさん?」

 気配に敏感な上、周囲の会話に馴染めず輪の外から話を見守るようにしていたリューが彼の様子に気づいた。もともとリューはエミールともども彼に拉致されて来た時からファウストに対して誰よりも強い不信感を抱いている。

「なんでもない。だが……やはり、殿下に外での聞き込みは無理なようだな」

「おお、ファウスト。つまりそういうことか?」

「ああ。この調子じゃ強引な貴族か、ちょっと柄の悪い連中に絡まれただけで即座に連れ込み宿へ直行だ。だいたい男を引っかけるならメフィストがいるだろう。俺が欲しいのは、女を口説ける美形の男だ」

「じゃあおっさんが」

「アロイスは却下だ」

「ひどい!」

 アロイスは別段不細工でもないのだが、特に美形というわけでもない、とファウストは切って捨てる。

「というかアロイス、装置はできているのか? お前には聞き込みよりそっちの仕事を優先してもらいたいんだが」

「ああ、それなんだが……」

 と、ここでファウストとアロイスが真面目な話を始めてしまったために、新参者のエミールやリューはすぐに話についていけなくなった。

 アロイスの本業は医師だが、この時代の医療は機械類に頼る部分が多い。必然的に医師は機械の扱いに強くなるのだという。とはいえアロイスに関しては、レジスタンスとしての活動のために人より余計不穏な計器類の扱いに強くなったようだが。

 エミールの前に、おかずの乗せられた小さな皿が置かれた。

「メフィストさん」

「気にしなくていいのよ、殿下。午後も私たちは出てくるから、残りのお仕事がんばってね。また増えちゃったから」

「ああ、はい。がんばりま……え? 増えたって」

 メフィストは部屋の入り口に積まれたダンボールを指差した。……いつの間に増えたのだろう。開いた箱から、エミールが繕い直さねばならない衣類が山のように積まれはみ出している。

「はい……がんばります……」

 エミールは頷くしかなかった。

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