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顔のない男  作者: 輝血鬼灯
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2.王国と二つの面

 クルデガルド王国には、二つの顔がある。

 一つは、王都の中心部、国王の住まう王宮を中心に繰り広げられる華やかな貴族の世界。街の中心部には、貴族たちの住居が集まっている。治安は良く、誰も食うに困らない。貴族と彼らに仕える平民たちで構成される世界である。

 そしてもう一つが、国の中でも平民以下とされる人々が暮らしている一角で、密やかに息づいている貧しく色のない世界。

「よう、連れて来たぞ」

 仮面の男がそう言って二人を連れて足を運んだのは、街はずれの廃ビルの地下だった。街はずれとは、貧民街のことを指す。廃ビルとは言っても、それは貧民街の外の裕福な人間たちから見た言い方で、下町よりも更に貧しい人々の住居として、今でも使われている。

 その昔王国は一度、大規模な区画整理をして国の中心地を入れ替えた。現在貧民街と言われている区画は、その頃に使われていた古い建物を、新たな街を築いた人々が貧民たちに「提供」したものである。

 実際は自分たちが新しく住む街だけ建てて、古い建物を貧民たちに押し付けたというだけだが。

「おかえりなさい、ファウスト」

「おかえり! リーダー!」

 貧民街の廃ビルの一部屋で、怪しげな仮面の男を出迎えたのは数人の様々な年齢の男女だった。老若男女、肌の白い者も黒い者も、強そうな者もひ弱そうな者も様々な人間がいる。

「ファウスト?」

 声をかけてきたのは二人、そのうち一人は赤毛の美しい女性だった。自分たちをここまで連れて来た男の名らしい名前に、エミールは反応する。

「そう、悪魔と契約した男の名だ」

 古き時代の文学作品の登場人物と同じ名に、仮面の男が頷く。

 そんな彼の姿を室内の人々が上から下までじっくりと見たところで、連れられてきたエミールたちには思いもかけない会話が交わされた。

「というかファウスト、お前そんな恰好で街中歩いたのか?」

「え? 何その仮面」

「逆に目立つ」

「それじゃどっからどう見ても不審者だよ、リーダー」

「何もしていなくても外歩いただけで犯罪者だな……」

 エミールとリューは顔を見合わせた。

 何故ここの面々は、無理やり拉致されてきた二人ではなく、まずは自分たちの仲間の服装にダメ出しをしているのか。

 ファウストと呼ばれた男はあまりにも怪しい仮面だったが、あまりにも堂々とその姿で接してくるのでそれが彼の常態なのかと思ったがそうではなかったらしい。

 では何故、そんな恰好を?

「お前ら、好き放題言ってくれやがるな」

 口ぐちにダメ出しをされた方の仮面の男は、溜息つきながら自らの顔を覆う仮面に手をかけた。

 ついに素顔を晒そうとするファウストに、エミールとリューは注目した。あんな思わせぶりな仮面をつけているからには、その素顔はどんなものかと。

 ファウストが仮面を外した。隠されていた顔半分が明らかになる。

 普通だった。

 老人のような白髪はやはり変わっているが、暗くも明るくもない茶色の瞳は地味だ。顔の造作自体は高くも低くもない鼻、大きくも小さくもない口、同じく大きくも小さくもない目と、こけても張ってもいない頬、尖っても丸くなってもいない顎、適当な太さの眉、適当な広さの額。

 まさしくこの世の普通という普通を選び抜き、個性というものを抜き取って捨てたとすればこうなるというような、普通としても普通すぎるほどに普通な顔だった。他に言い様がなかった。

 エミールとリューは反応に困った。あんな厳重に仮面で隠すほどの顔には到底思えない。街を歩いていたら誰にも注目されず、例え肩がぶつかったとしても三秒で忘れそうな地味でつまらない顔立ちなのだ。

「ああ。今日はその《顔》なんだね」

 しかし、室内の一人がそう言った。

「今日は?」

 その言葉に反応し、小さく疑問の声を上げたリューに中の一人がぱっと反応する。

「あ、君がここ最近王子様と一緒に住んでるっていう男の子だね! あたしはカトリーン。よろしく!」

「よ、よろしく……していいんですか?」

 カトリーンと名乗った金髪の少女から差し出された手を反射的に握り返したリューは、しかし台詞の途中で不安になって「兄」を見上げた。

「ど、どうなんだろう……あの、そろそろ私たちがここに連れてこられた理由を聞いてもいいだろうか」

 不安げに彼の腕にしがみつくリューの重みを感じながら、エミールは本来真っ先に説明されるべき事柄を切り出した。

「ああ、そうだったな」

 ファウストが振り返り、にやりといった表情を浮かべる。顔立ちこそ地味で普通すぎるほどに普通だと感じるのに、彼の表情は強い感情を表しすぎていて、どこか感情と表情がそぐわない。

 エミールが緊張しながら切り出した言葉に答える前に、彼は仲間の青年の一人に向けて顎をしゃくった。

「賭けは俺の勝ちだろう、テオドシウス」

「……どうやら、そのようだ」

 ファウストがテオドシウスと呼んだ青年は、この一行の中ではエミールとリューが入ってきた際に一番反応が小さかった人物だ。藍色の髪と青い瞳。表情とあいまってどこか冷たい印象を与える。

「仕方がないな。――クルデガルド王国第一王子、エミール殿下」

 ファウストから視線をはずし、テオドシウスはエミールの方を向いた。

「あなたは我々がどんな人間か、説明は受けていないだろうが、一言で言ってしまえば、我々は――」

「反政府組織よ」

 横合いから、黒髪の女性が口を挟んだ。

「突然お呼びたてして申し訳ないわね、エミール殿下。単刀直入に言うわ。私たちに協力してくださらない?」

「ゾフィー」

「私たちには、あなたの力が必要なの」

 テオドシウスが止めるのも聞かず、ゾフィーはにっこりと、彼女より十ほど若いエミールに向けて微笑みかける。

 改めて室内にいる人数を数えてみれば、エミールとリューを除いて七人だった。彼らを拉致してきた男ファウスト、初めに彼の名を呼んで出迎えた赤毛の美女、藍色の髪のテオドシウス、黒髪の女性ゾフィー、先程リューと握手を交わした人懐こそうな少女カトリーン、そして名前はわからないが、だらしなく着崩した服の上に白衣を羽織った中年の茶髪の男と、同じく茶髪のこちらはまだ若い青年がいる。

「反政府組織……では、君たちは」

「テロリスト、とそう呼ばれることもあるな」

 心外な顔一つせず、淡々とファウストは自分たちのことをそう評した。とりあえず何処かへ座れ、と、何が入っているのかよくわからない木箱が乱雑に積まれた室内のスペースを示してみせる。何人かが動いて、エミールとリューの二人が座れそうな空間を簡単に作った。

 粗末でも話し合いの準備が整うと、彼は室内にいるメンバーを代表するように、エミールに向けて尋ねかけた。

「この王国が、現在どのような状況にあるのかあんたはわかっているか」

 リーダーと呼ばれていたファウストは、実質的なこの一味のまとめ役のようだ。他の面々は大人しく口を噤み、ここに彼らを連れて来た男と、連れてこられた男との間でやりとりが交わされる。

「……大体は。富裕な貴族、平民層と、街の外れの地域に押し込められた貧民層との生活の格差が年々著しくなっていき、貧民層の人々の不満が高まっている……」

「大方合っているが、年々、というのは正しくないな。日に日に、だよ。日に日にここでの暮らしは貧しくなっている。不満が高まる、なんてのもお上品な言い方だ。正確には食うに困ったスラムの奴らが、金の余っていそうなお貴族様の屋敷を襲撃したり、平民の開いている店から品物を強奪する事件が増えている、ということだ」

 エミールの言葉を皮肉に言い換えて、ファウストはクルデガルド王国の現状をより詳しく二人に説明していく。

「そもそもの始まりは、今の国王が一人の女に狂ったところからだ。エミール王子、あんたの父親と、母親の話だよ」

 ファウストの言い様に、エミールはぎくりとする。

 ここ二百年ほど、世界は日進月歩で科学技術が進む反面、政治体制は古き時代に逆戻りしたかのような絶対王政が復活していた。当時の人間たちの心理など教科書の字面でしか彼らは追うことができないが、なんでも世界情勢が軍事的に不安定になった時期に経済的な恐慌までもが重なり、一時的に世界中が陥った混乱を立て直すためにより強引な改革政策を行う際に、良い意味で独裁を築ける王政の復活を宣言した国が増えたのだという。

 当時はそれで何とか情勢を立て直したように「見えた」世界も、永く続けばまた別の方向から腐敗が広がっていく。平等と民主主義を掲げた時代にさえなくならなかった差別意識は王制、貴族制度を復活させたことによりまた強固になり、今度は国内で富裕層と貧民層などに人々が分けられるような世界が形成された。

 クルデガルド王国もそのうちの一つである。この荒廃した世界でも技術的、経済的には先進国の一つであったが、国内での格差は広がり、貧しい人々は貧民街と呼ばれる旧市街へと追いやられている。その中では、冬の寒さの中で凍死する人々も後を絶たないほど貧困に窮した暮らしが営まれていた。

 中には、王制を打ち砕き再び民主主義の政治を取り戻そうとする動きもある。それがこの彼らのようなレジスタンス――富裕層、国王側から見たテロリストたちだ。

「もともと絶対王制という制度は、国王が独裁で一国を強力にまとめあげる可能性がある分、一歩間違えれば国民総倒れになる危険性を伴う制度だった。しかしそれでも二百年以上なんとかやってきた。だが」

 ファウストは硝子玉のような瞳でエミールを睨んだ。

「クルデガルドがそのバランスを崩したのは、今の国王があんたの母に狂った時からだった。継承問題をややこしくし、王立議会と揉め、しまいには覇権争いをする貴族どもの皺寄せが全部貧民層の国民に向かうようになった」

 エミールは顔を伏せてしまう。

 ファウストの言う「ややこしくなった継承問題」、それはまさしくエミールの存在だからだ。

 現国王の正妃はれっきとした貴族の令嬢、しかし国王が実際に深く愛したのは、ある日偶然出会った平民の中から召し上げられたエミールの母グリゼルディスなのである。

 エミールは今年十七歳の第一王子。

 そして現在世継ぎの王子とされているのは、十五歳の第二王子ギルベルトである。愛人の子が嫡子と認定されていて長子であるというこの事実も継承問題をややこしくしている一端だ。

 だからこそエミールは、三年前に王宮から脱走した。

 もともと愚王とあだ名される国王は愛人であるグリゼルディスにしか興味がなく、自分の息子でありながらエミールにも、世継ぎの王子であるギルベルトにも関心はないようだった。けれど議会の方ではそうはいかない。自分があのまま王宮にいれば継承問題をややこしくするだけだと気づいたエミールは、城を出た。平民妾妃の息子である彼は、第一王子とは名ばかりで何の後ろ盾もなく、第二王子派の人間に危害を加えられる恐れもあったのだ。

 けれど、自分が生きているだけで安心できない人間たちがまだこの世に存在することも知っている。

「俺たちはぜひ、あんたの存在が欲しい。エミール王子」

「え?」

 とはいえ、そんなことを言われるとは予想外だった。

 ファウストの直球だがいまいちそこへ至った経緯の分かりにくい話に混乱するエミールを見てとり、テオドシウスが彼らの立場からわかりやすいように話に補足した。

「俺たちレジスタンスは、なんとか今の議会の方針を変えさせ、貧民層の人間たちがまともに暮らせる世界を取り戻したい。だが、スラム生まれの人間は王立議会には入れない。平民ですら難関だしな、あそこは。貴族たちの賄賂によるやりとりが横行し、もはや平民は受け入れないという話もある……そこで現政権を打倒するために乱暴な手段をも辞さないつもりだが、それにもいくつかの問題が残っている。全てが全て暴力で片づけてしまっては、人はついてこない。お貴族様はもちろん、平民連中だってスラム生まれの人間が勝手に打ち立てた議会には賛同してくれないだろう。俺たちには現政権と現制度を打倒するだけの大義名分が必要だ」

「そこであなたの存在が重要となってくるわけよ、エミール殿下」

 ゾフィーがエミールの眼を見つめて言葉を足した。

「俺たちの大義名分、それは第一王子エミール殿下を国王にさせるための戦いだと国に示すこと」

「私を……王に……」

 エミールはぽかんと口を開けた。

「そうだ。俺たちがあんたに頼みたいのは、あんたに俺たちレジスタンスの《旗》となってもらうこと」

 ファウストが立ち上がり、エミールの元へと近づいてくる。真正面に立ち、彼の眼を覗き込んだ。

「俺たち人権を無視された貧民出身のレジスタンスが議会に食い込むための理由、それがあんただ、エミール王子」

「私が……? でも私は、王になる気なんて」

「あんたの意志なんて関係ない」

「!」

 ファウストが小さく手を動かして合図すると、テオドシウスとカトリーンが動いた。エミールではなく、リューをめがけて。

「リュー!?」

「あんたが素直に頷かなければ、そこの坊やが死ぬぜ」

 テオドシウスが幼い少年を羽交い絞めにし、カトリーンが首元にナイフを突き付ける。

「やめろ! わかった、従う!」

「兄さん!」

「うっわ。早っ!」

 リューは自力で脱出しようと自分を抑え込むテオドシウスの腕に手をかけたところだったのだが、それが成功するよりも早くエミールが頷いた。思わずカトリーンが突っ込む。

「即答かい!」

「その子には手を出さないでくれ! その子は何も関係ないんだ!」

 リューを弟と言い、けれど関係ないとする。その言葉は明らかに矛盾しているが、ファウストは鼻を鳴らして頷いた。

「……大した《弟》想いだな、殿下」

 先程の王家の継承問題に名前の出てこなかったリューは、もちろんエミールの本当の弟などではない。しかしエミールが彼を誰よりも大事に思っていることは確かだった。

「いいのか、殿下。大事な坊やのためとはいえ、そんな簡単に頷いて。あんたが俺たちの旗印になるってことはつまり、あんたはこれからテロリストに与して実の父親である国王と正妃と第二王子を殺害して王家を乗っ取り、その先も一生俺たち貧民を救うための活動に尽くすってことなんだぞ」

 人質を取って逃げ場を失くしておきながら意地の悪いファウストの問いかけに、エミールは僅かに迷うそぶりを見せながら、それでもやはりさして躊躇いもせずに頷いた。

「私は……リューを失いたくないんだ」

「兄さん……」

「それに私も、王宮から逃げ出して一度は市井に身を置いた人間だ。今の父上の……王立議会のやり方は、間違っていると思う……」

「ふん、お綺麗な言葉だな。偽善者め」

 国家に対するテロリストである彼らの発言にあっさりと賛同を示したエミールを嘲笑いながらも、ファウストは嬉しそうに口元を歪めた。

「それでは、商談は成立だ。俺たちはあんたに大義名分となってもらう。そして、あんたを国王にしてやる。あんたにとっても、案外悪い取引じゃないだろ?」

 そこでファウストの背後の面々が、何人か顔を見合わせた。特に赤毛の美女は、心配そうな表情を浮かべている。

「……わかったよ」

 エミールは諦めの境地で、硬く目を瞑った。

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