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顔のない男  作者: 輝血鬼灯
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1.昼下がりの襲撃

 クルデガルド王国、下町と貧民街の境界線上、それでもぎりぎり下町の中と言える際どい境目にその部屋はあった。

 今にも傾き崩れ落ちそうなアパートの一室だが、中は案外に綺麗なものだ。住んでいる人間の性格だろう。もとは殺風景で、今も物が多いとは言えない部屋。けれど片付けが行き届いていて、気持ちの良い印象を与える。

 その部屋に住んでいるのは、二人の少年だった。一人は銀髪に翠の瞳の、誰が見ても美形としか言いようのない十六、七歳の少年で、もう一人は淡い茶髪に青い瞳の十四、五歳の、どこか儚げな雰囲気を持つ少年だ。

 二人の容姿に血縁を感じさせるものはない。けれど年下の少年は、もう一人の少年を

「兄さん」

と呼んだ。

「そうだよ。これからもずっと、そう言う風に呼んでくれると嬉しいな。リュー」

 茶髪の少年の名はリューと言うらしい。そして彼を愛おしげに見つめる、「兄さん」と呼ばれた方の銀髪の少年はエミールと言った。

 二人は午後の陽ざしが差し込む狭い部屋で、家の中に一つきりのテーブルについてお茶を楽しんでいた。

「そうだ。リュー、これ」

 エミールはふいに立ち上がると、物入れの中から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出す。きょとんとした顔で彼の動作を見守るリューの前にそっと置いた。

「プレゼントだよ。俺たちが出会って、今日で三年だろう? そのお祝いだ」

「え……!」

 リューは心の底から驚いたと言う表情で、先程兄と呼んだ人の顔と目の前の箱を何度も見比べる。

「でも、僕、返せるようなものを何も――」

「いいんだ。俺がリューに受け取ってもらいたいんだ。さぁ、開けてみて」

 リューが宝石に触れるようなおずおずとした手つきでぎこちないながらも包装を剥がすと、中からは銀の飾り鎖が現れた。ストラップがついていて、鍵などのこまごました雑貨をズボンに引っかけて持ち運べるタイプのものだ。

「鍵でも携帯でも、大事なものを肌身離さず持ち歩けるチェーンだよ。リューはこういうの持ってなさそうだったから」

 エミールの選んでくれた飾り鎖は、青と緑の小さな石がついたシンプルなものだった。リューのような少年が持っていてもおかしくのないデザインで、見た目よりもその機能性や強度に比重が置かれているのが贈り主の心遣いを感じさせる。

「あ……ありがとう、兄さん。僕、大事にするよ」

 エミールは穏やかな表情で「弟」の笑顔を見守る。

 彼らが出会ったのは、三年前のことだった。

 道端で怪我を負って行き倒れていたリューを、エミールが拾ったのが始まりだ。

 そのまま成り行きでエミールの世話になっていたリューは、初めはただ単純に自分より年上の男性ということでエミールのことをお兄さんと呼んでいた。それがいつしか、街で二人一緒にいると、兄弟のように声をかけられることになり、だんだんと二人にとってもそれが当たり前のようになっていった。

 そしてついに、エミールは言った。

「私と、家族になってほしいんだ」

 先日も繰り返した言葉を、またもや繰り返す。

「これからもここで一緒に暮らそう。……私と、一緒に生きてくれないか?」

 その言葉は天涯孤独であるリューの心を酷く締め付けた。

「僕、僕は……でも……」

「十四歳の時に身の危険を感じてあの場所から逃げて来た私には、今自分が持っている以外の何の力もない。何の取り柄もないこんな人間だけれど、お前と一緒に……」

 リューが所在なげにカップの上に置いていた手に、エミールは自分の両手を重ねる。はっとしてリューは顔をあげた。こんなボロアパートに住むくらいだから、カップの中身のお茶はとても薄い。けれどその中身はまだ温かで、あかぎれだらけの手にそっと重ねられたエミールの手もまた暖かだった。

「兄さん……」

 穏やかな日差しが窓の外から差し込み、粗末なテーブルの上を照らしている。

 全ての事情を明かさないままとはいえ、二人はこれまで三年間、まるで本当の兄弟のように過ごしてきた。何があってもこの絆は断たれることはないと、エミールは信じていた。

 この穏やかな時間だけは手放せない。永遠に続くものだと。

 けれど。

「!?」

「何ッ?!」

 突然、部屋の扉に何かがぶつかるような音がした。それが外から扉を蹴られているためだとわかったのは、鍵をかけていたはずの木の扉が二撃目で完全にぶち破られたからだった。

「兄さん!」

「リュー!」

 互いを呼び合う少年二人は、椅子を蹴倒して立ち上がった。リューが反射的に懐に手を差し込んだのに引き替え、エミールはただ全身で彼を庇おうと抱きしめる。

「待って兄さん! 僕が――」

「お前が何をするんだって? お子様」

 何事か言いかけたリューに向かって、硬い銃口が突き付けられる。同時にかけられた言葉に反応して襲撃者の顔を見た二人は、一瞬呆気に取られた。

「あ……」

「え……」

「なんだ、そんなに珍しいか? この《顔》が」

 体つきから男とわかる襲撃者は、妙な仮面を顔につけていた。髪の色は老人のような白髪だが、声は若い。

 男がつけているのは、顔の上半分から額までを覆う仮面だった。仮面舞踏会にでも使うかのような大きさと形だが、デザインは簡素なもので、だからこそ一層不気味さを煽っている。パーティーグッズを身に付けた変質的な強盗ではなく、何かの組織の一員のような、訓練された身のこなしだった。

 物取りというには珍妙な出で立ちの男に驚いて硬直している二人に銃を突き付けたまま、男は腰を屈めてエミールの顎に手をかけ、自分の方を向かせるようにする。

「俺にとっては、この顔の方がよほど珍しい気がするがな。クルデガルド王国第一王子、エミール=クルデガルド殿下」

「お……王宮の、ギルベルト王子の手の者か?」

 銃を突き付けられたまま、震えながらも尋ねるエミールに対して、仮面の襲撃者は首を横に振った。顔は仮面に隠れてわからないのに、雰囲気から感情が伝わってくる。嘲るような、苛立つような。

 強い怒り。

「違うが、あんたには用がある。一緒に来てもらおうか。無関係なそこの坊やともども、この場で死にたくなければ」


 ◆◆◆◆◆


 かつてこの世界は、その科学力によりあらゆる理想を叶える夢のような時代を送った。

 だが進み過ぎた技術と裏腹に置き去りにされた倫理、そして満たされながらも更に欲を叶えようとする人々の野心により、未曾有の大戦が引き起こされた。

 あらゆる欲を叶える技術力は、人が人を傷つける残酷さをもこれ以上なく浮彫にした。地獄絵図の言葉も生温いその大戦が終わった時、世界の人口云々よりもまず、それらを算出できるほどの機構が人類に残っていなかった。

 まるで原始に逆戻りしたかのような荒廃した世界に僅かに残された国と人々、そして人以外の生命。

 汚染された大気と水、草木も生えぬ不毛の大地。

 残された僅かな人々は我が身の不幸を嘆きながら、過去の遺産に縋るかのようにかろうじて失われなかった技術を頼りに必死で生きていた。


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