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顔のない男  作者: 輝血鬼灯
18/20

17.顔のない男 Ⅱ

「これで形勢逆転だな、反逆者君。君の首を手土産にしたら、君の部下たちも従わざるを得ないだろう?」

「生憎だな、王弟。俺には昔からまともな《顔》がなくてね……俺の部下は、俺の本物の顔なんか知らないよ」

 多対一。それもファウストの武器は床の上に弾き飛ばされてしまった状況で、それでも彼は怯まなかった。

 勝てるつもりでいるわけではない。だが負けるつもりはなかった。

 ここで自分が死んだとしても、まだ仲間たちがいる。ただ一人でも生き残れば、その一人がまた仲間を集めて、きっといずれこの国を変えてくれることだろう。

 ファウストがレジスタンスを作ったのは遊びでもエミールに復讐するための手段だからでもない。確かに自らが作った組織だからと自分の都合の良いように復讐に利用したりもしたが、その根幹にある想いは他の仲間たちと同じものだ。弱者や貧しい者たちばかりが苦しめられるこの国を、変えてみせる。

 例えその念願が叶う場面に、自分の姿がなくとも――。

「俺を殺しても、俺の作った組織は生き続ける。あんたも観念しろよ。憎悪の連鎖からは、決して逃げられない」

「似たようなことを先程も聞かされたよ。昔飼っていた犬が、最期まで煩く吠えていたっけね」

 王弟は懐からきらきらと輝く飾り鎖を取り出した。

 青と緑の小さな石が輝く様に、ファウストはハッとする。それが贈られる場面に丁度乱入するようにして彼らと出会ったファウストは、その飾り鎖がエミールからリューに贈られたものだということも知っている。

「リューを……殺したのか」

 生意気なくせにどこか儚げな少年の面差しが脳裏を一瞬よぎった。彼を死の淵に叩き落したのは自分だ。胸が小さく疼く。

「元よりあれの主人は私だ。その生殺与奪は全て私が握っている」

 見せびらかすように飾り鎖を取り出した王弟は、それを自分の腰元につけた。彼は余裕を持ってホールの端へと後退した。

 マジックミラーの後ろから出てきた兵士たちが、ファウストを取り押さえようとじりじり近づいてくる。

「うまく取り込みたかったところだが、仕方がない。殺せ」

 王弟が指示を出す。兵士たちは一斉にファウストに向けて銃を構えた。

 そこに、誰もが予期せぬ方角から銃弾が飛んでくる。

「ぎゃっ!」

「ぐあ!」

「何者だ!」

 カツカツとあえてブーツの足音を立てるようにして、一人の少年がホールから続く廊下の向こうから現れた。彼の後ろにはもう一人小柄な少年が付き従っているが、そちらにはファウストは見覚えはない。

 だが王弟にはそのどちらもしっかり面識があるようで、これまで涼しい顔をしていた男の表情が初めて揺らいだ。

「エミール、ギルベルト」

 銀の髪を揺らして歩いてくる少年はエミール。紛うことなきこの国の第一王子。そして彼の後ろにいるのは、どうやら第二王子のギルベルトらしい。酷薄な表情の兄と違って青ざめた顔をしている。

「話は全て聞かせてもらいました。叔父上」


 ◆◆◆◆◆


「エミール」

「ファウスト。君だけでも無事で良かった」

 そう口にしたエミールの視線は、王弟の腰につけられた飾り鎖に向いている。ファウストだけでもということは、やはりリューは無事ではなかったということか。

「お前……」

 エミールは何も言わず、ただ静かに銃口を向ける。

 これまで穏やかな性格の彼は銃などろくに撃ったこともなかった。けれどファウストに強引にレジスタンスに入れられて以来、実戦で人を撃つ機会こそないが射撃の訓練では相当の成果を上げていた。

 防護服の弱いところを的確に撃ち抜くその技に王弟の兵たちは一人、また一人と倒れていく。最終的にこの場に残ったのは王弟とエミール、ファウスト、ギルベルトの四人だけとなった。

「叔父上……先程言っていたことは本当ですか」

 青ざめた顔のまま、震える声でギルベルトが王弟に問いかける。

「あなたはレジスタンスと内通して、王位を乗っ取る気だったのですか。彼らに情報を横流ししてまで。街にも王宮にも、こんなにも被害を出して!」

 エミールと立場的に敵対するはずの少年は、けれどその心情はこの場のどちらかで言えば、レジスタンス側に近いようだった。しかしその発言内容はやはり王族寄りのもので、その王家を裏切ろうとする王弟の行動を責めていた。

「だとしたら、あなたはどうするのです? そこの男たちに唯々諾々と従うおつもりですか? あなたを捨てて王宮から逃げ出した兄上に今更従って」

「それは……っ!」

「ほら、あなたに私のことが言えますか。これまで誰がどう傷つこうと傍観者でしかなかったあなたに言える言葉など何もない。我々は誰しもが欲しい物のためには他を裏切るしかない。皆、そういう立場なのですよ!」

 陰惨な笑い声がホールに響き渡る。ゲオルグの様子が変わったことに、彼らはだんだんとい訝りを覚えた。

 ギルベルトを言いくるめるというよりはむしろ彼を通して誰かを責めるような、訴えかけるような口調で、王弟は恐らくこんな場面でもなければ一生口にできないような吐きだす。

「いいえ。人間という種が、そもそもそういう生き物なのです。だからかつての大戦は起こり、世界は壊れ、我々人類は滅びに瀕しながら、こんなちっぽけな国の中で足掻いている。世界中を通信や移動手段が結んでいた時代など、もはや永遠に届かぬ夢物語でしかない」

 悪い夢に憑りつかれた男は、ここではないどこかにいるはずの男に、ギルベルトを通して語りかけた。

「そうだ、“兄上”。だから私も自分のために、裏切ってみたのです。親兄弟を、国を、組織を。私の全てを。どうせこの世の全ては何かのコピーなんだ。代わりなんていくらでもある」

 エミールは母親似だ。彼はあまり父である国王――王弟ゲオルグの兄であるその人には似ていない。

 しかし第二王子のギルベルトは、まるで生き写しのように父親とそっくりな顔をしていた。

 エミールにもファウストにもようやくわかった。王弟がどうしてこんな行動を起こしたのか。


「だったら私が王になっても構わないでしょう。いくらでも存在する同じ顔をした人形の中で頂点に立つ。我々が欲しい物を得るために残された手段は、もうそれしかないのですから――」


 彼もまた、《顔のない男》だったのだ。


 国王である兄に最も近くありながら、彼とはちがう道を歩まざるを得なかった憐れなコピー。

 けれど。


「いいえ」


 確かにただそこに生きているだけで人は誰かから何かを奪い続け、傷つけるのかもしれない。エミールの知らぬところでクローンであるファウストが作られ、傷つけられたように。

 けれど、彼は、彼らは、信じている。

「いいえ。叔父上。世界とは、生きるとは、決してそれだけではないはずです」

 誰かが誰かの代わりではなく、自分がただ、自分自身であることを。

 例え《顔》を失っても、例え《名》を与えられることがなくても。

「リューは私にとっての全てであり、救いでした。例え彼があなたに差し向けられた刺客だったとしても。本来は傷つけ合うはずの出会いから、私は幸せを与えられました。……ファウスト、君たちにもだ」

 エミールは口元にほろ苦い笑みを浮かべる。

「人は決して自分以外の人間にはなれません。たとえばその人が、クローン人間やコピーだったりしても。別の個体である以上その幸福も不幸も自分自身のもの。誰かの代わりになんてなれない」

 狂気の笑みから不意に上辺の穏やかさをとりもどした王弟が、羨望に似た瞳をエミールに向ける。

「それはお前が《オリジナル》だからだ。憐れな《コピー》の嫉妬などものともしない個として存在しているからだろう」

「いいえ」

 エミールはみたび、叔父の言葉を否定する。

「あなたがそんな考え方ができるのは、誰でも替えの利く人形のように扱って、本気で誰かと向き合ってこなかったからでしょう。あなたが《自身》を持てないのはそのためです。誰かから幸福を奪えば幸せになれるなんて、そのために誰を虐げても構わないなんて――あなたのその傲慢は、償ってもらいます」

 そしてエミールは拳銃を持つ手をゆっくりと上げ、王弟の額に照準を合わせた。彼の意志一つで引き金が引かれる。

 しかしそこで王弟は狂気とは裏腹の冷静さを発揮し、不敵に笑う。

「はったりもそこまでにしていただこう。エミール殿下、あなたの銃にはもう弾が残っていないはずだ」

 エミールは悔しげに舌打ちする。王弟の指摘したことは事実だった。この部屋に入って以来弾丸の補充をしていないエミールの銃には、もう一発も弾が残っていない。うまく王弟が騙されてくれればよかったが、そうもいかなかったようだ。

 首領のファウストでさえ拳銃は一丁しか持ちこめなかったというのに、その部下が余分を手にしているわけもない。

「とはいえ三対一では分が悪いな。ここは退かせてもらうとしよう」

 王弟が懐に手を入れ、取り出した煙幕弾のピンを引き抜き投げ捨てる。その瞬間、ファウストは先程弾き飛ばされた銃のもとへ駆けだしていた。煙が視界を覆い尽くす前に、拳銃を拾い上げる。

「エミール!!」

 まだ銃弾の残っているはずの自身の銃をエミールに向けて投げる。狙い違わず収まった拳銃を、すぐさまエミールは構えた。しかしその頃にはもう、王弟はマジックミラーとなっている隠し扉へ手をかけていた。

 エミールの銃口が王弟に狙いをつける。

 隠し通路へと抜けようとした王弟の体を、何かが引っ張るようにして引き留めた。

「何?!」

 ――あなたが僕や誰かを苦しめた分、あなたはその恨みの連鎖から逃れられない。

 腰につけていた飾り鎖が、隠し扉の開閉をする留め金に引っかかって彼の動きを一瞬だけ止める。

 そしてエミールの放った銃弾が王弟ゲオルグのこめかみを貫くには、その一瞬だけあれば十分だった。

「馬鹿な……リューディガー、貴様……」

 パッと小さな花火のように紅い血を飛び散らせ、王弟は事切れる。

 その身体がどさりと音を立てて床に倒れ伏すのを、ファウストたちは冷たい目で最期まで見守った。

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