退院の意味
6:30
「おはよう」
いつものお母さんの声。
じゃない。
はっと起きると、看護師さんが笑顔で病室に入ってきた。
そっか、入院してたんだった。
あまりにも、早く過ぎる時間についていけない自分がいた。
「はい、体温計。しっかりはさんでね~。美羽ちゃん今日は気分どう?」
「まぁまぁ…。」
「そっか、じゃぁどこか痛いとかあったら言ってね。」
ピピピ
「はい、35.6ねぇ~。今日は病院学級いく?」
そうだ。
病院学級。
「行きます。」
看護師さんは、ニコっと笑うと廊下から朝食を持ってきた。
信じられないほど、寂しい朝食だ。団体部屋が良かったなぁ~なんて思いながら、ゆっくり味わって食べた。
8:15
病院学級に行く時間だ。
学級のドアを開けると、みんなこっちを向いて、
「おはよう」
って、言ってくれた。
私の隣の席は昨日と変わらず、陸の姿があった。
「おはよう美羽ちゃん。あっ、友達が美羽ちゃんと仲良くしたいんだって。この子明奈ちゃん。病院学級に女の子いなかったからさっ。仲良くしてあげて。」
「はじめまして。佐藤明奈です。良かった~女の子いなかったから嬉しいよ~。前まではね3人ぐらいいたんだけど、退院しちゃってさぁ~もう、やんなっちゃう。ねぇ、美羽ちゃんはさぁ~」
凄い明るい子で、どこに病気が隠れているのか分からない程だった。
その後も、明奈ちゃんと沢山の事を話したりした。いわゆるガールズトークだ。
明奈ちゃんに会ってから、一週間になろうとしていた午後の事だった。
病院学級を珍しく休んだ明奈ちゃんが気になり、病室に向かった。
ドアを開けると、明奈ちゃんが寝ていた。
「明奈ちゃん…」
恐る恐る声をかけると、
「うっそ~~ビックリした?もう美羽ちゃんは心配性なんだから~もう、ちょっと熱出たからって寝てろってうるさくてさぁ~」
普通に元気だった。
1時間ぐらい話したあと、私は自分の病室にかえった。
次の朝普段通り、朝食を食べて学級に向かった。ドアの前で、先生と女の人が話していた。会釈をしながら、学級に入るとまた明奈ちゃんの席があいていた。
また休みか…。
大丈夫かなぁ…。
席に座ると教室の重たい雰囲気に気づいた。
どうしたんだろ。
きょろきょろしている私に、隣の席の陸が言った。
「明奈ちゃん退院したんだって昨日の夜。」
「これで、4人目の退院だな。」
退院?昨日は何も言ってなかったのに。
その時気づいた。
教室の重たい雰囲気。
先生と深刻そうに話していた女の人。
そして、昨日の明奈ちゃんの言葉。
「美羽ちゃん、仲良くしてくれて本当にありがとうね。明奈凄い嬉しかったんだ。美羽ちゃんは、ちゃんと元気になってね」
「なんだよいきなり~」
なんか照れ臭くってそんな返事で返しちゃったけど。
退院って、死んじゃう事だ。
私はたまらなくなって、
教室を飛び出した。
信じられなかった。
あれが最期だなんて。
もうガールズトークも、
何も話せない。
私は屋上で泣いた。涙が止まらなかった。
すると、陸が来て私の横に座った。
「みんな退院して、元気にしてるんだから美羽ちゃんも笑わなきゃ。教室のやつらも、俺も本当は辛いんだ。けど、これで4人目だからさ。あそこにいると、変な事に慣れちゃうんだ。嫌な自分だ。涙も出なくなる……。あんなに元気な命の音は初めてだったなぁ~あっ元気に見せてたのか。」
「明奈ちゃんは、自分の事で心配性になって、あまり笑わなくなったお母さんを気にして、元気に振る舞ってたんだ。大丈夫って言ってれば、誰も心配しないし、暗くならない。そう言ってた。けど、美羽ちゃんと話してる時のあの笑顔は本物だよ。命の音がいつも以上に輝いてたから。ほら、心配されるの嫌いな明奈ちゃんが怒ってるぞ?かえろう。」
明奈ちゃんの命の音が
少しずつ遠ざかっていった。