銃を撃つ男を見る男
連載設定はしていないのですが、これの前のお話があります。
オムニバス形式のつもりで書いているので、これ単体でも読めると思いますが、そちらから読んでやるかというお優しい方がいらっしゃいましたら
http://ncode.syosetu.com/n1311s/
(リンクにはならないようですね。すみません。お手数ですがコピペで)
へどうぞー。
それはふいに思いついた。ちょっとしたいたずらだ。
変化のない毎日。同じ格好をし、同じ時間に家を出、同じ電車に揺られる。変わり映えのない日常に変化が欲しかったのだと思う。だから思いついたのだ。
朝、いつもと変わらない満員電車が今日は違って見えた。色、音があるように思えた。それは鞄に忍ばせていたこいつのおかげだろう。サラリーマンには似つかわしくないもの。
茶の油紙に包まれた、冷たく重いもの。
拳銃だ。
もちろん本物ではない。モデルガンだ。けれど一見、本物に見えればそれで十分なのだ。
危険な橋を渡りたいわけではない。日常にほんの少しの色味があればそれでいい。
バッグの中の油紙に包まれた拳銃を思い、笑みがこぼれるのを抑えながら帰宅ラッシュの波にもまれつつ改札を抜けた。
結果はもちろん大事だが、私の中では過程で十分だった。結果はほんのおまけだ。それでも最後までやりきらなければ意味はない。
めがねの眉間部分に触れ、しっかりと視界を確保すると怪しまれることないよう自然を装いロッカーへ向かう。誰か見ている人間がいないかと辺りを窺いたくなるのをこらえ、ごくごく自然な手つきで紙に包まれた拳銃をロッカーに収め、鍵をかけた。
仕舞うところを誰かに見られても包まれた状態では、中身がなんであるか判別できないことは事前に確認しておいた。たとえ警官が通りかかろうとも何か思われる心配はない。
一番の山場はやはりロッカーへブツを収めることだったが、これから先も山場と言えば山場だった。
いかに怪しまれることなく自然に行うか。
自分を見ている人がいないかと、周りを窺いたいという願望を抑えることが、これほど困難だと思ったことはなかった。
見られていたいと思えば、だろうが。
そんな当たり前のことを考えながら、鍵を一度握り締め、次いで流れるようにポケットへと移動させた。
目的は入れることではない。落とす、ことだ。
鍵は見事、ポケットを逸れた。鍵が床を叩く。硬質な音が響く。
地面へと視線をやりたいのをこらえて、私はその場を離れた。構内から外へと出て行く人波にまぎれる。
これで終わりと言えば終わりだがまだ完全ではない。
さっと一瞬鍵を落としたほうを見る。そこには男がいた。
まだだ。男が鍵を拾っただけだ。
まぎれた人波からさっと抜け出し、鍵を拾った男から気づかれない位置へと移動する。気づかれない場所を確保してから、男を観察する。
大学生だろうか。腰にちゃらちゃらと色々なアクセサリーをぶら下げていた。どう贔屓目に見ても社会人には見えなかった。その外見に期待度は上がる。
その後の男の行動で私は一気に高揚した。
このいたずらゲームが完全に成功する確率は私の予想では低かった。ロッカーに入れることができた時点で及第点だったのだ。
よもや、拾った鍵を届けず、ロッカーを開けてくれるとは。
大学生風のその男は辺りをうかがってから、迷いなくロッカーを開けたのだ。
残念ながら男の驚いた顔は角度的に見ることができなかった。けれど、取り落としそうになったその様子は明らかに動揺しているものだった。
私は笑みを抑えることができなかった。
男は動揺したのだ。
私があいつを驚かせてやったのだ。
私の描いていたいたずらゲームはここで終了だった。だが、現実とは得てして予想通りには運ばないものである。
男は銃を再びロッカーへとは仕舞わず、自分のバッグへと収め、歩き出したのだ。
条件反射というものだった。気づいたら私はその男の後をつけていた。
男は時々後ろを振り返りはしたが、考え事でもしているのか上の空でこちらに気づくことはなかった。
家のドアを開ける際、さすがに慎重に周囲を見回していたがその時には私はすでに相手に見つからない位置をしっかりキープした後だった。
男の部屋は分かった。部屋は分かったが、自分の行動がさほど意味のあるものではないことにこの段階でようやく気づいた。私は相手を特定できたが、あの男は私を特定することはできないのだ。仮に特定できたとしてもロッカーにおもちゃを入れたことがなんの罪になるというのだろう。
男の予想外の行動に動揺し、ついここまで来てしまったが私の身になんらかの不利益が降りかかってくることはない。
そう分かると安堵し、安堵するとあの男が拳銃をどうするのかが気になり始めた。ヤツはまだそれが偽物であることに気づいてはいないはずだ。持ち帰って一体どうしようというのだ。
気になり始めるとどうしようもなくなってきた。どうにかして部屋を見れないだろうか。
幸いこの辺の土地勘はあった。
高台にある公園の階段の踊り場からもしかしたら部屋が見えるかもしれない。
そう思い至るともういてもたってもいられなくなった。公園へと走り、階段を駆け上がる。
たどり着いて、しめたと思った。
男のアパートは、普通の家のよくある造り通り、ドアの真反対はベランダになっていた。推測のみで公園まで来たが、ここまではっきり男の部屋が見えるとは思わなかった。
絶好のポジションとでも言わんばかりの位置だった。真正面に、部屋に座る男が丸見えだった。
どうするのだろう。拳銃を手に入れたらどうするだろう。試し撃ちだろうか。
いや、やはりまず確認だろう。本物かどうか確かめるだろう。すぐに偽物だと判断できるだろうか。
それは難しいかもしれない。となると、弾が入っているか確認するだろう。
そこまで考え至ると、途端に高揚していた気持ちは冷めた。
さすがに弾までは入れていない。
私はぼんやりと男の様子を見ていた。
すると、ヤツは2、3度手の中で拳銃を弄んでいたかと思うとやおらこめかみにあて撃鉄をあげると引き金へと手をかけた。
私は後悔した。
本物にしておけばよかった。
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