晴れのち雨
徘徊するかのように、その一見変わり果てた場所をただ歩く。どこか見覚えのある場所だったところを、そこでは鳴りえないはずの足音をコツコツと鳴らしながら。三日月の光に照らされながらランタンとナイフを持って。そしてとある場所に着いた途端膝をつく。そこがどこなのかはわからない。
床には何かが寝転がっている。その何かは一向に動く気配がない。・・・そして自分は片手にあるナイフを自分の心臓に突き立てた。痛みはない。しばらくして、流れ出る赤い液体がぼやけてくる。そんな様子を見ながら自然と口が動く。
「最初には・・戻れない・・・。これは対価だ・・・。」
「雨ってこんなにもうるさかったかな・・・。」
6月21日。私は今、教室にいる。窓から空の景色を見上げながら朝に見た天気予報を思い出す。
たしか雨は降りえないというようなことを言っていたはず・・・。
帰るときのことを想像して、ため息が出る。しかし、そんなことを考えたところで何か変わるわけでもなく、別のことを考えようと、周囲に耳を傾ける。
「早く―――ないのかな。」
「―はどう――るんだろ。」
クラスメイトが話している言葉がとぎれとぎれで聞こえる。なんて言っているのかはなんとなく理解できるけど、少し聞きづらい。それもそのはず、今の窓の外はゲリラ豪雨がかわいく見えてしまうほどの大雨なのだ。
朝、登校するときは快晴だったのに、学校について少し経ってから急に雨が降り出し、徐々に強くなっていった。すでに6時間ほどは降り続いているけど、雨は止むことを知らない。あまりにも長く降っているものだから、現実的じゃないことはわかっているけど水没なんてしちゃったり・・・とか思った人もいそうな感じだ。
今はすでに警報が発令されて、私たちは学校での待機を言い渡されている。
いつまでこの状況なんだろ・・・。
先生たちは職員会議ということで招集されてから戻ってくる気配が一向にない。この状況なうえに情報もないと、さすがに不安になってくる。
警報が出てから授業は中断され、クラス内はそのことで沸き立っていたけど、少し時間が経って落ち着いてくると、なかなか戻ってこない先生の様子や窓の外で起きている異常気象から様子が一変して、不安な様子がうかがえる。
そんな感じで今の状況になっている。まだもうしばらくはこの状態が続くのかな・・・。そんなことを思っていた時、クラスの中の誰かが驚いたような口調で言った。
「おい、みんな外見てみろよ!」
彼はこのクラスのムードメーカー的な立ち位置にいる人だ。名前は・・・誰だったかな。たしか普段から声は大きい方だったけど、この雨の中でも聞こえるほどの大声は初めて聞いた。これほどの大声ならガラスでも割れそうだなー。などと、私は頭の片隅で思いながら、先ほどの大声はよほど衝撃的なことでもあったのだろうか、と反応してみんながぞろぞろと窓のそばまで寄っている様子を眺め、反応を窺う。
「なぁ、これかなりまずいんじゃないか?」
「上の階に避難した方がよくない?」
「はやく逃げようぜ!」
みんなの反応を見てまさかとは思い、私も窓のそばに寄る。
「これは・・・。」
窓の外は相変わらずの雨だったけど、下の方をよく見ると雨水が迫ってきていた。今は1メートルほどの深さだろうか。見ている感じだと、数秒見ていても水面がそこまで変わってない様子から、かなりゆっくりと雨水が溜まっているのだろうか。
その様子をしばらく眺めていると、さすがに少しばかり恐怖を覚える。そうしているとクラスの一人がこんなことを言った。
「あれ?職員室とか一階だったよね・・・。一階にいるはずの一年生とか先生たちとか・・・それに周辺の家に住ん
でいる人たちって大丈夫なのかな・・・。」
「・・・。」
その一言で皆が黙った。考えていなかった。いや、考えないようにしていたのだろう。先ほどから一年生の教室や職
員室のある一階が騒がしい様子がないことから最悪の事態が容易に想像できる。すると、
「俺、下の階の様子ちょっと見てくる!」
「あ、私も。」
「僕も!」
そう言って10人ほどが一階へ向かおうとした。その時、聞きなれた放送の合図が響いた。
「二階と三階にいる生徒は直ちに四階へ集まってください。」
先ほどの放送を受けて私たちは四階まで上がった。階段はかなり混雑していて他クラスといりまじり、着いたころには少しばかり時間が経っていた。うちの学校は無駄に広いため、全校生徒が一つの階に集まるということをかなり余裕をもってできる。普段はそれが、移動教室の授業の時とか大変だったし、他にどうにかできなかったのかと思えたのだけど、今回ばかりは役に立ったみたい。
四階ではすでに一年生たちが揃っていて、その近くで担任を見つけ、クラス全員が揃うのを待った。しばらくしてクラス全員が揃い、落ち着いたところで担任からいろいろと話を聞いた。
この後どうなるのかについてが主な内容で、簡潔にまとめると、今日のところは学校で待機をすることになったということらしい。明日からのことは、また状況次第とのこと。そして、22時には全員就寝しろとのことだけど、それまでは下の階に降りなければある程度は自由にしていいとのことだった。下の階に降りることのないように、階段の近くで先生が2人交代制で見張りをしている。さすがに今のこの状況の中で下の階に行こうと思うような人はいないだろうとは思ったけど、1時間ほどたってから、10人ほどの生徒がチャレンジをしてあっけなく失敗していた。
そんな様子を横目で見ながら、周りの人と軽く話していた時、懐中時計を忘れたことに気が付いた。
懐中時計・・・いつから持っていたのかは覚えてないけど、今まで手の届くところには絶対に置いていたもので、ない方が私にとってはおかしいものなのに、今回のこの出来事ですっかり意識が抜けてた・・・。
しかもよりによってこんな時に忘れるなんて・・・。多分だけど、私の机の引き出しの中にあるはず。
今すぐに取りに戻りたくなってきた。だけど、先生たちがそれを許すはずなどない。そうなると取りに戻るチャンスがあるとしたら夜に先生たちが寝るタイミングくらいだろうか。今日中に取りに戻ることができなければ雨水に浸かってしまうかも・・・。そうなると壊れてしまうどころか流されて直すことさえできずに何も残らない可能性もある。今夜は絶対眠らないようにしなければと思い、みんなとの話に意識を戻した。
あまり親しいわけでもないのに、なぜか話の輪に入れられていた。これは先が長くなりそうと思っていたけど、案外知らぬ間に消灯時間になっていた。
こんな状況になって疲れていたのだろう。いつもなら騒いだりしているような人やこういう時にずっと起きていようとするような人たちもおとなしく眠りについている。
私も早く寝たいなー・・・。
先生方は夜回りをしている。このままだと教室には戻れないけど、さすがにしばらくしたら先生方も寝るはず・・・。そう思い、私は眠気と戦う。とはいえ、何もしないでいると寝てしまう自信しかない。頬を軽くつねったりして眠気を少しでも覚ましながら、早く先生方が寝るように祈る。
そんな中、相変わらず外から激しい雨音が聞こえてくる。この雨はいつになったら止むのだろうか。考えても仕方のないことなのはわかっているけど、この雨音を聞いていると嫌でも考えさせられる。
そうしているうちに、やっとのことで先生方の夜回りが終わり、教室に戻れそうな状態になった。何とか眠ることなくやり過ごせたけど、ここからも大変だということに頭を悩ませる。幸い階段に近いところにいるため、よっぽどのことがない限り大丈夫と思いたいけど・・・。
そうして、私はこの暗闇の中一人、移動を始めた。上履きを手にもって、靴下の状態にしてなるべく足音が出ないようにして、ゆっくりと階段に向かう。
そうして時間こそかかったものの、やっとの思いで二階に着いたときにはここしばらくで一番の達成感があった。
二階での雨水の様子はというと、床に軽く浸っている程度だった。ぴしゃりぴしゃりと音を立てながら自分の教室へ行く。教室の空けっぱなしになっているドアから教室を覗くと、その景色に、少しの間釘付けになってしまった。
窓の外は都内ということを忘れてしまうような満面の星空で、三日月が普段よりも強い光でこちらを照らす。他の教室では月がちょうどビルに隠れてしまっていたからだろう、ここまで明るくなかった。
気を取りなおして自分の机の引き出しから懐中時計を見つけ、取り出した。見たところ特に何も変わってないようで安心した。そうして、そのまま癖で席に着いた。
その時ふと気付く。今更ながらいつの間にか雨がやんでいることに。席を立って窓のそばまで寄ろうとしたとき、違和感に気づく。さっきまで床は雨水に浸っていたはずなのに今はそうなってなかった。雨水が引いたにしては浸っていたようなことを感じさせない床の様子に疑問が残る。
しかし、そんなことを片隅にはやく4階へ戻らなければいけないことを思い出し焦る。まだみんなは寝ているだろうけど、もし早起きする人がいたら少し面倒くさいことにもなるし、先生にもばれてしまう。なるべく音は立てないようにして、階段に足をかけた。だが、そんな心配をする必要はなかった。
私に待っていたのはもぬけの殻となった4階への絶望だった。
膝から崩れ落ち、何も考えられなくなる。そして1日の疲れも相まってか、そこで私の意識は途切れた。
――――――――――
どこか見覚えのある場所にいる。
どこだったっけ・・・。
少し周りを歩き回る。水の流れる川の音がとても心地よい。
しばらく進むと、中学生くらいの人が2人いた。近づこうとしたが、なぜかそこから動けなくなった。彼らの口が動く。けれど何も聞こえない。何を話しているのだろうか。こちらに気づくそぶりもない。
いったい何なんだ・・・。
そう思った時、一人がポケットから何かを取り出した。だが、私にはそれが何なのかわからなかった。それについて知らない、というわけではない。知っているはずなのに思い出せない。
もう一人がそれを受け取る。
その瞬間、辺り一面が海に沈んだ。そして私は、何も抵抗できずにおぼれた。
――――――――――
「うぅ・・・ここは・・・そうか。そうだった・・・。」目が覚めた。少し気分が悪い。
改めてこの4階を見回す。
「やっぱ夢・・・なんかじゃないみたいだね・・・。」今の状況を思い出し、先が思いやられる。
ふと、今の時刻が気になり時計を見ると八時過ぎを指している。だが、それにしては少し暗く感じた。そういえば窓の外をよく見てなかったことを思い出し、外を見ようと窓に近寄ろうとした。
「魚・・・?」
その時、一瞬魚群のようなものが見えた。ありえないのはわかっているが、あまりにも似ていたその陰に見間違いとも思えなかった。なんだか嫌な予感がしてきたが、私は思い切って窓の外に目をやる。
「・・・!見間違いじゃない。魚が・・・空を泳いでる・・・。」
こんな時、私は何を思えばいいのだろう。他の人ならどんな反応をするんだろう。あまりの非日常的すぎるその光景に私の思考は追い付かなかった。しばらく茫然としていたが、窓の外に広がっているはずの私の慣れ親しんだ町が変貌していることに気づく。建物が倒壊していたり、荒れ果ててしまっていたりとさまざまだ。空の方を見上げると水面のようなものが広がっている。
まるで、元の世界が水没してしまったみたい・・・。
だけど水中のようで息もできるし泳げるわけでもない。いったい何なのだろう・・・。
そんな時だった。コツ・・コツ・・
「あれ、足音・・・?誰かいるのかな。」
段々と足音が大きくなる。私以外にも人がいるのではと少し安堵する反面、私の動悸は激しくなってきた。もしかしたら人じゃないかもしれない。出会ったら襲われるかもしれない。そんなことを考えてしまったからだ。そして、咄嗟に近くにあったロッカーの中に隠れた。僅かな隙間から外の様子を見る。
階段をのぼってきてる・・・?いったい何なの・・・。
いろいろと考えていると、不意にこの教室の扉が開いた。あまりにもいきなりだったから思わず声を出しそうだった。気を取り直して、いったいここに来たのは何なのだろうかと目を凝らす。
そこに現れたのは、魚を連れ、片手にランタンを掲げていて、見る限りでは人だった。背は私と変わらないくらいかな。見た目からは他に歳は若いということくらいしかわかりそうになかった。
その時、その人が一瞬こちらを向いた。まるで死んでいるかのようなその視線に息をのむ。
だけど私に気づいたというわけではなさそう。二、三歩ほど歩いてきてから引き返して、別の教室へ向かっていった。
小一時間ほどして、ようやくその人が別の階に行ってから私はやっとの思いでロッカーから出た。
「息が詰まるかと思った・・・。どうしよう、はやくここから逃げた方がいいのかな・・・。」下手に動くとよくない気もするけどこの世界を見て周りたい気持ちが渦巻いている。
窓の外を眺めながら迷っていたら、急に辺りが暗くなった。
「な、なに?いきなり暗くなっ・・て・・・っ!」
そこにいたのはあまりにも巨大なクジラだった。普通ならここまで近づくことのない、その巨大な図体の迫力に圧倒された。しかし、そんなこともつかの間、10秒もしないうちにそのクジラは見えなくなっていた。
個人的な心象風景を全面的に出した作品です。書いた手前、せっかくなら他人の評価をしてもらいたいと思って投稿しました。




