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「こうなると、奥義みたいなのも欲しいか……」


 人間の姿に戻った俺は、ゴブリンを解体しながら呟く。

 いま考えているのは、ド派手な範囲魔法だ。

 記憶の中にある『いつか異世界に来たら使ってみたかった魔法一覧』のページをめくる。

 線、点ときて、面……いや、微妙か。

 押して弾き飛ばしても殺しきれるとは限らない。真上から潰せたとして、換金部位までミンチになったら最悪だしな。

 やはり風らしく、切れ味を活かしたい。


『ハゲワシって腐肉を漁るから、汚い血が付いても太陽の光で殺菌するためにハゲてるらしいぞ』

『マサルの髪が薄いのもそういう理由があったのか!』

『暑いときは自分の排泄物で足冷やすらしいw』

『あー、だからおっさんもよく漏らしてるのね』

『あいつら足の力が弱いから、シャドウバルチャーとはまた違うのかもな』

『いまシャドウバルチャーとかどうでもいいんだわ。死肉を食べる鳥の足が退化してるなんて知ってるっつーのwww』

『こっちは普通に会話してるだけだろ。てめぇの方が的外れなんだわボケが! 住所教えろや!』

『ピャー、ヒョロガリ妖精がイキってるーwww』


 無駄な雑学が増えていく。なぜこいつらは変な知識に突出しているのだろうか。

 また急に喧嘩を始めているし、わけが分からない。

 妖精さんに呆れながら、採取した素材をリュックに放り込む。


「漏らしてないし、抜け毛が気になるだけでまだハゲてない。俺が腐った動物の死骸に頭(あたま)突っ込んで貪(むさぼ)り食ってるところなんて見たことないだろ? まったく、ハゲワシの生態を当てはめないでくれ。あと、言い争ってる二匹。お前らどっちもどっちだから大人しくしてろ。――チェンジ!」


 また空を飛ぶ。

 どこかに大量のゴブリンがいないものか。十匹以上の群れを見つけたい。

 抑えきれなくなった好奇心に胸が躍る。


 空は青く、眼下には広大な緑が続く。どんどん街から遠ざかっていく。

 ファンタジーの世界であれば、どこかに集落があってもおかしくない……と、思ったそのとき。真紅の瞳が標的を捉えた。


 少し開けた森の中、丈の長い枯れ草を束ねただけの粗末な住居がちらほら。

 中央では、三匹がかりで動物を捌(さば)いている。鹿に似ているが、足は短く、体がまん丸と太い。

 槍と言ってもいいのか、先端を尖らせただけの木を持ち、周囲を警戒するゴブリン。手振りを交えて会話をしているゴブリン。

 すごいぞ、うじゃうじゃいる。外にいるだけでも十三匹だ。


"うひょー!"


 あいつら全部俺の金だ。一匹残らず殺(や)ってやる。

 上空から接近し、集落の端っこで急ブレーキ。

 大技発動のために着地する。


「ギャギャーッ!」


 見張りが大慌てで叫ぶと、枯れ草の家からも何事かとゴブリンどもが顔を覗かせた。

 だが、もう遅い。

 魔法のイメージは固まった。


"――烈空斬(れっくうざん)!"


 右翼に生じたのは巨大な風の刃。

 集落の幅を遥かに超えるそれを横薙ぎに振り抜く。

 抵抗など微塵(みじん)も感じない。

 周囲の樹木を切り倒し、ゴブリンどもの胴体を真っ二つにしてしまう。まるで空間ごと断裂させたかのようだ。

 濁(にご)った悲鳴がこだましている。

 後に残ったのは、半円状にくり抜かれた森だけだった。


"――チェンジ!"


 周囲に敵はいない。

 悲惨な光景の中に足を踏み入れた。

 まだ息があるゴブリンの喉を槍で突き、トドメを刺していく。

 倒壊した枯れ草の家、その残骸を払い除けたとき、自分の愚かさを思い知らされた。


「ゲギャッ!」


 身を潜めていたのだろう。待っていたぞとばかりにゴブリンが飛びかかってくる。

 その顔は、仲間を殺された怒りを露(あら)わにしている。

 カエルみたいに両手を広げて眼前に迫ってきた。


「ひっ……」


 恐怖で埋め尽くされた脳みそが思考を止めている。

 平和ボケした人間は、自分の身が危機に晒されたところで咄嗟(とっさ)には動けない。

 ただ間抜けな表情を浮かべ、引き攣(つ)った声を漏らすだけ。

 ゴブリンは俺の肩を掴み、大きく口を開く。細く尖った牙は糸を引き、紫色の長い舌が暴れている。

 時間の流れがやけに遅い。捕食される獲物が陥(おちい)る感覚が分かった。


「――チェンジ!」


 妖精さんに感謝しなければ。『猫になれ!』という声の一つをたまたま脳が拾い上げた。

 一瞬にして全身が縮んだことで、ゴブリンの拘束が外れる。

 もはや脊椎反射に近い。生存本能に従って足元をすり抜け、全速力で走り去る。


「……ギャ?」


 敵は何が起きたのか理解できていない様子。

 両手のひらを見つめて困惑している。


"――チェンジ!"


 シャドウバルチャーに変身して空へ。


"――空刃《くうじん》!"


 ここで魔法をケチって外すなんてありえない。

 風の刃を五枚生み出し、ゴブリンを切り裂く。

 ……俺は調子に乗っていた。

 授かり物の力に甘えて死にかけた。

 馬鹿な自分を力一杯ぶん殴ってやりたい。


"――空刃、空刃、空刃、空刃、空刃! あああああっ!"


 まだ安全が確保されていない積もった枯れ草に魔法を放つ。

 同時に、このどうしようもない気持ちを吐き出した。


"――チェンジ"


 ゴブリンの死体から素材を剥ぎ取っていく。

 単純な作業をしていると、最近の自分を振り返ってしまう。

 なにが最強だ。なにがお金に見えるだ。

 俺にしか救えない人がいる?

 たったいま死にかけた俺なんかに?

 どの立場で物を言っていたのか。

 ……助けてくれ。惨(みじ)めさに押し潰されてしまう。


「ごめん、今日はもう無理だ」


 未だ脳裏にチラつく『死』の一文字。手足は震え、立っているのがやっと。

 生きている実感がない。妖精さんたちが一生懸命喋っているけど、何も頭に入ってこない。

 空を見上げると、お日様が高い所で嘲笑(あざわら)うかのように輝いていた。

 街に戻って気分転換でもするか。

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