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ざまぁ系

断罪十分前!?欲しがり令嬢、断捨離を始めました!

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/08/20



「ひぃぃぃぃやー!」


 パーティ会場に着いた途端に、私は震え上がって悲鳴を上げた。

 ――夢!?じゃない!

 私を押さえつけて、踏み殺す勢いだった兵士は!?


「……ソラレスお嬢様?」


 侍従のレンが、心配げに私へと手を伸ばす。

 随分と見栄えがいい。

 しかし、この顔を見ると苛々してしまう。

 確か、“さっきまで”お姉様を取り囲んでいた一人だ。


「お前……!お姉様の手先じゃないのーー!!」

「は……!?いきなりなに――」


 困惑を顔に乗せ、私に近づこうとする男の手を思いきり払いのけた。

 そして、馬車の扉を蹴り開ける。


「どうせこの後、私と伯爵家を断罪する段取りなんでしょ!?裏切り者は、排除よ!」



 この速さなら怪我はするでしょうね。

 でも、私の心だってまだ血まみれなのよ。


 王城をくぐる前に、十年来私についていた侍従へ足を振り上げた。


「ソラレス様!?」

「ふん、あんたなんかもう要らないわ。今すぐ私の前から消えて!」

「……えっ!?待って……俺がいないと貴女は――」


 あいつは裏切り者だった。

 多分、いや絶対。

 今までずっと、私の情報を差し出していたに決まってるわ。

 私は騙されていたんだわ。

 もう人間不信である。


「もう、私に近づかないで。大嫌いよ。顔も見たくない」


 ヒールの裏に硬い感触が伝わり、直後にレンの姿が馬車から消えた。

 もう目の前にレンはいない。


「……お嬢様!待って!」


 遠くから、そんな叫び声が聞こえた気がした。


 ――ふん。もう関係ない。

 ポイしちゃったもの。


 大体、私がお姉様に強請ったことはない……うん。

 ほんのちょっぴりしかない。

 自分の行動と発言に、保険はかけておくけれど。


 私のために、仕立て屋や宝石商を呼ばれたことはない。

 ぜ〜んぶ、お姉様のためだ。


『代わりに、姉のエレノアの物をあげるから』


 両親に言われ、それで満足していた。


『これと、これはあげられるわ、ソラレス』

『わあ!お姉様ありがとう……!きれいね!』


 でも後日、なぜか盛大に話が脚色され広がっている。

 やれ、我儘な妹に大切なものを奪われた。

 後妻の連れ子である私が、前妻の娘のお姉様を虐げている、と。

 そんな馬鹿な……!


 この時点で疑うべきだったのだ。

 身の回りに内通者がいると……!


 私はいつも、お古しかもらっていない……!

 新しいものを買ってもらえないのだ。

 つまり、お父様は血のつながらない私にお金をかけない。

 たいへんなケチ野郎なのだ。


 その代わり、お姉様から“要らないもの”、“古いもの”を貰っていた。

 しかし巷では、姉からものを奪い取る我儘な妹として認知されてしまった。


 ――あいつか?

 侍従のレン?あいつの仕業?

 それとも姉?

 みんなグルなのか?いや、他の使用人も全員敵なのかしら?


 ――なぜか、パーティーで告発された私は、断罪の直前まで戻ってきていた。

 しかし、逃げられるだろうか?

 あのパーティーには様々な罠が張り巡らされている。


 しかも、会場に到着してしまっているじゃん!

 終わりじゃん!?

 姉と、姉を慕う男性陣にボロボロに言い負かされて、殿下の怒りまで買って、連行される流れじゃん!?


 もういい。

 ここまで来たら仕方がない。

 私は、近くのメイドを呼んで体調が悪いことを伝えた。

 入場前に脱出。

 これもありね……。


 そして、コルセットがキツイのでドレスを脱がせてもらい、代わりの服を用意してほしいと頼み込んだ。

 大体お姉様の服は私に似合わないのよ……!

 脱いだばかりのドレスに視線を落とす。


 ビビッドピンク〜〜!?


 頭がおかしい!でもこれしかない私は――。

 私は――。

 そこまで……嫌われていたのね。

 冷静に考えると、お姉様から優しくされて浮かれていた私はただの馬鹿だわ。


 大体、なぜ私が好き好んで、こんなに胸がキツイドレスを着なければいけない……!

 コルセットを少し緩めると、ようやく息をつけた。


「……あ、楽でいいわ」


 ――ねえ……。私には、そこまで分不相応なのかしら。

 自分から主張しないと、何ももらえないのよ。


 おかしくないかしら……。

 そもそも、私が求めたらいけなかったのか。


 最後には姉から奪ったことにされる。

 そして全面的に私を責めるのだ。


 許すまじ、クソ野郎ども。


 あ……そうだ。

 一切連絡をくれない婚約者も、この会場にいる。

 しかも姉側についていたわ……。


 エスコートすら放棄する、最低野郎だ。

 元から、あんなやつはいらない。

 こっちから捨ててやるわ。

 先に捨てたほうが勝ちね。真っ先にポイよ。


 ……プレゼントは全部姉に渡しやがって。


「こちらのドレスならお貸しできます。サイズも合いますし」

「……ありがとう。でも、この色は――」


 仕立ての良さそうなドレスを手に、私を着付けにかかる。


 そういえば、このメイド……。

 どこかで見たような。

 遠くからしか拝見できない王妃様の後ろにいつもいる方なような……。


 王妃様についている侍女が、こんな控え室にいるわけがない。

 王子の動きを知って、事前に動いていた?


 ――いやいや、そんな都合のいいことがあるわけがない。

 少し気弱になっているのかしら。


「ねぇ。不要なものを捨てるにはどうすればいいかしら」


 つい、弱気になって口から漏れてしまった。

 しかし、一度出てしまった言葉は戻ってくれない。


 いきなり私に話しかけられたメイドは、数秒間黙り込み、首を傾げた。


「お嬢様は、際限なく求めるお人だと聞いておりました。――勘違いのようですね」

「……簡単に“悪女”を信じると痛い目をみるわよ?」

「ふふ。そうですね」


 しかし……なぜこのメイドは協力してくれるのか?

 他人事だから、簡単に言えるのかしら。

 あーあ、やっぱり逃げるが勝ちかもね。


「あーあ、全部捨てたい」

「欲しい人に、あげてはどうでしょう?」

「相手もいらないみたいなの。もっと大物狙いみたいよ」


 私が答えると、メイドの動きが一瞬止まった。


「じゃあ、まずは引き取り拒否。断固拒否。そのままごみ箱に捨てればいいのでは?」

「……また私が、飽き性で捨てたと言われるわ」


 どうせ“私が悪い”と収束させられる。

 ――甘かったわ。

 お姉様の方が、ずっと一枚上手だったのよ。


 なぜ……家族だからなんて、そんな言葉に甘えていたのかしら。


「……はあ。無理だわ。両親も出席しているはずだもの。しかも王室の夜会だわ。断罪、大恥、地下牢に一直線だわ」

「じゃ、簡単ですね。水掛け論です。主役不在で成り立たない劇を演じさせ、恥をかかせればいい」


 メイドが鏡の中で微笑む。

 四十代には見えるのに、妙に妖艶だった。

 違和感が積み重なる――が、もう、どうでもいいか。


「そんな簡単に言わないで。あんな婚約者だって、もともと欲しくなかったのに、お姉様のお下がりよ」


 ――そこで、ぴんと閃いた。


 お姉様が“本当に”好きな男性だけは、手に入れられないようにしちゃえばいいんじゃない?

 公然と“真実の愛”を作り出しちゃうのよ。


 だって、私はもともとあの男は欲しくないし。

 取られたと大騒ぎするくらい、“妹に譲った物”が、お姉様は好きなんでしょう?



 ◇◇◇


 あのメイドに着付けられたのは、とてもシンプルで上品なものだった。

 シャンパンゴールドの輝きが、控えめに美しく光を反射している。


 なぜこんなことに――?


 パーティー会場へ足を踏み入れると、冷たい視線が突き刺さった。

 いつもこうだ。

 “姉のものを欲しがる悪女”。


 壁際で口元を隠し、私へ嘲るような視線を向ける女性たち。

 男性は、明らかに値踏みするように見てくる。


 ――いいわ、受けて立つ。

 タイミングだって、覚えているわ。

 王族が登場してからでしょう?


 その前に、お父様に突撃するために周囲を見渡した。

 よし、いた!

 私には一切甘くないお父様。

 でも、貶めようとはしなかったわ。


 それだけでも、救う理由があるかもね。


 私は、皆が期待しているように大きな声で喚いた。

 我儘娘を演じてあげましょう。

 本番の余興くらいはしてあげる。


「お父様ーー!私、もうお姉様のお下がりばかりは嫌です!特にあの婚約者……。王宮のパーティですら、未だにお姉様にしか目がいかなくて私は放置!プレゼントもお姉様宛て!」


 その言葉に、それまで父と談笑していた貴族が黙り込んだ。

 マナー違反は重々承知だ。

 しかし、このままだともっと最悪な事態になる。


「……お前、その衣装はまさか――」

「ああ、親切な方が着替えさせてくださったの」


 父の顔が真っ青になる。

 やはり、あのメイド……ただの使用人ではなかったのね。

 こんな上等な生地、見たこともないもの。

 シャンパンゴールドは王妃様が好む色で、社交界では避けられている。

 仕立て屋もその生地だけは、一般客向けには仕入れない色だ。


 あーー……。

 もうヤケクソだわ。

 お姉様を見習って、我儘娘だけではなく、悲劇の娘にもなってあげましょう。

 時間との勝負だわ。


「しかもお姉様は、要らないものを全部私に押しつけて……欲しいものを既に見つけてしまったみたい……!これから盛大な見世物を始めるようよ?」


 私の言葉に、周囲が騒がしくなる。

 ええ。向こうは、この場で覆せない“公然の事実”を作るつもりでしょう。

 でも、簡単にはいかせない。


「おい、ソラレス……。ここでは――」


 お父様にだけ聞こえるように耳打ちする。


「……お姉様は王子殿下と一緒に登場します。そして――。私と我が家を断罪するわ。その先が想像つかないなら、お父様もお先真っ暗ね」


 殿下には、王妃様が直々に纏めた正式な婚約者がいる。

 公爵家のご令嬢だ。

 その公爵家を敵に回して、風前の灯の王子に未来はない。

 我が家?反逆罪もあり得るわね。

 ああ。私同様に両親も捨てられた。


「エレノアには喋らせないほうが身のためですよ」

 ――娘なりの助言である。


「お前……なぜ、そんなことを知っている?」

「計画を聞いてしまったからです。後十分くらいでしょうか。あ、私は今から逃げ出しますので、後始末をお願いしますね」


 私は、手に持ったグラスを飲み干し、父に掲げた。


「では、ご健闘を」

「待て、ソラレス!お前は――」


 珍しいわね。

 私に、ここまで声をかけるだなんて。

 うーーん。後味が悪いので、最大限の助言をしましょう。


「ああ、ご心配なく。脳内シミュレーションの準備は完ぺきです。ちなみにアドバイスをしちゃうと、無理やりにでも、お姉様と“私の婚約者ハロルド”をくっつけてしまった方が、痛手は少ないかも?」


 婚約者だって、いつも蔑んだ目で見てきて不満だった。

 あいつと一生をともにしろ?

 無理だわ。


「王族に睨まれたくないなら、素早い動きが必要ですよ。この様子だと、王妃様にはバレバレみたいですね。甘い砂糖菓子のお姉様は、どこまでもシロップに浸かって溺れるでしょう。じゃあ、お父様。……さようなら!」


 私は使用人の出入り扉を、静かに開ける。

 秘密裏にあのメイドが教えてくれたのだ。


 ――ここまで準備されているとなると……。

 ふふ、面白いショーになるわね。

 新聞代くらいは、実家から持ち出さないと。


 扉をくぐると、そこにはなぜか馬車から蹴り飛ばした侍従がいた。


「……裏切り者。今さら何なのよ。さっさと消えてくれない?」

「十年一緒にいたのに。貴女は俺を信じてもくれないんですね」


 侍従のレンが苦笑いをこぼすけれど。

 はん、信じられるわけがない。

 悪評も全部、私が悪いと思っていた。


 ――でも本当にそうかしら?


 ゲーム盤がひっくり返ったら、姉は本性を出すかしら?

 それとも思うようにいかなければ、また同じように被害者面するの?


「二度と私の前に現れないで。あんたですら、私は要らないの。全部捨てていくわ」 


 姉の末路は興味があるけれど、命をかけるほどじゃない。

 あの人がいう“欲深い妹”は、ここで捨てていく。

 期待通りにしようとしても、誰もが私を嘲り、敵意を向け、排除する。


 ……ならいいじゃない。

 こんなところ、おさらばよ!


 ――神様、やり直させてくれてありがとう。

 全部全部、私には要らなかったみたいよ!


「……お願いします。信じてください。俺は――」


 その言葉に何の意味があるというのか。

 鼻で笑う。


「じゃあね、レン。もう会いたくないわ。貴方は貴方の道を進めばいいじゃない」

「聞いてください……!俺は、貴女に拾われた時から――」


 あの日、私が笑いかけたら、睨んできた浮浪児だったレン。

 でもね。

 貴方を信じる心すらもういらない。


 ――私はもう、誰も信じない。


「お願いだ、ソラレス……」

「……レン。しょせん貴方も要らなかったの。バイバイ!」


 跪いて静かに涙を流す、幼馴染の侍従を置いて馬車に乗る。

 私は振り返らなかった。

 これが私の選択だ。

 この先の人生は、彼が決めるべきでしょ?


 そうして私は、敵前逃亡したのだ。

 文句ある?

 なにせ、相手を貶める準備時間が違うしね?


「さて、主役不在の断罪劇はどうなるかしら?」


 ◇◇◇


 ――エレノア視点――


 私は目に精一杯の涙をためて、会場にいるはずのソラレスを探す。

 え……?

 真面目なあの子だから、絶対に出席しているはずなのに。


「ソラレス……!もう私から物を奪うのは止めて……。私にはこのお方がいれば十分だから……。罪を認めて……」


 第二王子と一緒に階段から降りてきたエレノアは、会場の冷たい空気に背筋が凍った気がした。


 なに?

 無様なソラレスが、また笑われる対象じゃないの?

 また私が妹に何もかも奪われて、哀れなふりをする場面のはずなのに――。


 今日こそ、社交界の頂点に立とうと意気込んできたのよ……。


 何故か、既に入場している公爵家の面々と目が合う。

 ――まずい。

 これは――!


 そこで、明らかに身分が高いと思われる女性が一歩前に出た。

 輝く金の髪に、隣の男性とよく似た面影――。


「ソラレス嬢には、私のドレスを貸してあげたの。だって、あの子が着ていたものは、数年前の型でしょう?それに、慎ましやかな体型の方にしか似合わないものだったもの」


「……母上!」

「王妃様……!?」


 いつの間にか、既に入場していた王妃様から、声をかけられる。

 ――見下ろすこの場所は、印象が悪すぎる……!


 その瞬間、腕を組んでいた殿下の身体がぶるぶると震え、私と距離を取りたがるのがわかった。

 まずいわ……!

 こんなことが起きるなんて――!

 慌てて駆け下りて弁明する。


「あ、あの……。妹はそういうものが趣味だったので――」


 その瞬間、周りからくすくすと笑い声が漏れた。


 私が言い繕おうとすると、その場の女性陣が皆で手を叩いた。


「まあ!あのドレスが好みで、悔しくて文句を言いたくなったのね……!斬新だわ」

「なるほど……。エレノア嬢のセンスは独特でしたのね!全仕立て屋に教えてあげなくては……!これから、あの型のドレス以外作らないように通達してあげないと」


 私も、周囲の男性たちも、見るからに血の気が失せていく。

 なに?

 何が起きているの?

 ただ、ソラレスを貶めて私が持ち上げられる舞台だった筈なのに……。


 その時、会場中に響き渡るような父の声が聞こえた。

 

 「王妃様!我が娘ソラレスへのご寛大なお心遣い、感謝いたします。そして、エレノアの無作法をお許しください」

 

 ――お父様!なぜ今さらソラレスの肩を持つの?

 私が王妃になった方が家のためになるでしょう?


「殿下!エレノアのエスコートは、ぜひそちらのハロルド子息にお願いします。なに……今までソラレスの婚約者でしたが、密かに思い合い、ついには成就したようなので、このまま教会で結婚式を挙げようかと思っております……!」


 父が一際大きな声で告げた。

 王妃様は、満足そうに頷く。


「まぁ……それでは私も祝福しませんと。邪魔な新芽を切り取るか迷っていたの」


 会場から拍手の渦が湧いた。

 一瞬見上げた殿下は、私を一度も見てくれなかった。

 ――違う。

 私が好きなのは……。


「ああ……そういえば、ソラレス嬢のドレスを見たかしら?私のお気に入りだったの。よく似合っていたわ」


 王妃が扇をひらき、ゆっくりと語った。


「でも、罪ってなんのことなの?私の息子に縋り付いている、あの子のことかしら?……確かに王族にしなだれ掛かって見苦しいわ」


 シ……ン。

 周囲から音が消え、空気ががらりと変わった。

 誰もが、次に排除する相手を決めたのが分かる。

 周りの女性たちも、王妃様に追従する。


「あのドレスは、王妃様のものでしたのね!慈悲深いですわ……!」

「しかも婚約者まで姉に取られたソラレス嬢に……。なんてお優しい」


 その瞬間、さらに王妃への賛辞が上がり、私たちはもう彼らの視界に入っていない。


 ――そんな錯覚を覚えた。


 ◇◇◇


  一年後 。


「……レン。とっとと、あんたは屋敷へ帰って。私の婚活が上手く行かないわ」

「え?俺たち夫婦でしょ?……なんてね」

「ふざけないで。冗談でも聞きたくないわ」


 母方の祖父母の元に身を寄せ、静かに暮らしている私に、なぜかレンかついてきた。


「あんたは要らないのよ」

「……冷たいな」


 その言葉に、その整った顔をぶん殴りたくなる。

 一度、二度。

 深呼吸を繰り返し、無駄な感情を一つずつ捨てる。

 そして握った拳を、ゆっくりと緩めていった。

 ――精神力が上がったのかしら。

 ついに私は“平常心”を手に入れたらしい。

 なんて素晴らしい。


 隣を歩くレン。

 私の元侍従だ。確実に捨てたと思っていたのに。

 なぜか戻ってきている。

 捨てても戻ってくるものはどうすればいいかしら。

 ちなみに、勝手に私の世話を焼いてくるが、給金は払っていない。

 ごくたまに、ただでこき使っているからいいか、とも思う。


 別に私は欲しがっていないわよ!?

 心配したお父様が寄こしたと思われるしね。

 あのパーティの後から、なぜか私への連絡が増えた。

 今さらすぎて、もう遅い。


 結局、誰かを悪者にしなければ“いい人”になれなかった。

 そんな姉の本性が、世間にバレたみたいだ。

 ――誰かを落として自分を上げる。

 歪んでいるわ。

 もう関係ないけれど。


「……悩みごとですか?俺でよければ――」

「はあ!?あんたなんてお呼びじゃないのよ!ずっとお姉様に侍っていればよかったのに!」


 その話題を出すと、レンは眉を寄せて視線を逸らす。


「ふん。そんな顔するくらいなら――」

「……あの人はソラレスを落とすためなら……なんでもやったはずだ。俺以外の侍従がソラレスに付いていたら――」


 真剣な瞳で見つめられるけれど――。

 ま、信用できないわね。


「なによ。私を影から守ってました〜とか言いたいわけ?」

「……ああ」


「私は“欲しがりで強欲な妹”よ」

「じゃあ、俺も欲しがってくれない?」


 レンが少しだけ口角を上げて頬を掻くが……。

 ――まあ、欲しくはないけど部屋にあっても困らない置物くらいには思ってあげようかしら。


「じゃあ、急遽結婚式を挙げた、お姉様へのお祝いを選んでくれる?悪女らしく、とーっても嫌味なものがいいわね!」


 父が迅速に動き、姉は私の婚約者を寝取ったことになった。

 “真実の愛”。

 なんて便利な言葉でしょう。


 殿下は廃嫡されず、そろそろ結婚間際だ。

 家から離れればもう会う気もないし、どうでもいいけどね。

 父の血は継いでいないし、私はしがない子爵家――母の実家で十分だ。


 でも、田舎にまで悪評が届いていなくてよかったわ。


「ソラレスは面食いだろ?俺がちょうどいいと思うけどね」

「いやよ。レンだけは嫌。あんただけは……」


 私が唯一欲しいと思ったのに。


「――そんな顔されるから、離れられないのにな」

「ふん、今さらよ。……もう騙されないんだから。私は執念深いの。数年で許されると思わないことね」


 まあ、買い物袋を見ると今日の晩御飯は期待できそうだ。

 お祖父様が譲ってくれた、小さな屋敷への道を二人で歩いたのだった。


「まあ、でも。欲しがり悪女は、夕食においしいご飯を求めるわ!文句ある?」


 ◇◇◇


 ――レン視点――


 十三歳のある日。

 貴族のお嬢さんに拾われた。

 金目のものでも持って逃げようと思ったが、想像以上に『騎士』というものが怖かった。

 町中では、さすがに刃物を振りかざされたことは少ない。


「ねえ、レン!父様が言ってくれたの。貴方、頑張ればうちの侍従になってもいいって!」

「……はあ、ありがとうございます」


 俺を連れてきたお嬢様は、少しだけ風変わりだった。

 後妻の連れ子だというから、こんなものだろう。

 しかし、毎度聞かされる悪評には首を傾げた。


 “姉から物を奪っていく強欲な妹”。

 俺の前では、まだ本性を見せていないだけか。

 胸の奥でなにかが壊れた気がしたが気のせいだろう。

 貴族なんてそんなものだ。


「そういえば、ソラレス様。また我儘を言ってエレノア様の物を奪ったらしいわよ」

「――どうしょうもないわね。本当に卑しいお嬢様」


 ……は?

 お嬢様付きとして、学んでいる最中の出来事だった。


 なんだ。

 結局は、あのお嬢様も俺と同類じゃないか。

 盗んで奪って、生きている。

 鼻で笑い、先を歩く先輩に声をかけた。


「ソラレスお嬢様って、やっぱり偽善者なんです――ね……!?」


 その瞬間、襟元を掴まれて首を絞め上げられた。


 やはり、貴族なんてこんなものだ。

 そんな軽い気持ちだった。


「レン、お前……その口で二度と言うなよ。“孤児のお前”をこの家に入れるのに、どれだけお嬢様が頭を下げたのか分かってるのか?」

「……な、知るわけない。それに、そんなこと俺には関係ないだろ!」


 その侍従は、黙って俺の襟首から手を離した。


「……ああ、もういい。お嬢様に直々に頼まれたが生意気でうんざりだ。もう、お前の世話なんて御免だ。荷物を纏めて出ていけ」


 侍従はそのまま背中を向けて、足早に立ち去ってしまった。

 取り残された俺は笑うしかない。

 ほら。

 結局、こうやって放り出されるんだ。

 強欲で我儘で、気分屋のお嬢様の何を信じろって?

 本当に馬鹿馬鹿しい。


 ――その夜、荷物を纏めて屋敷から逃げ出した。


「……レン。そんなに私が嫌だった?」


 拘置所に押し込まれた姿で、お嬢様と対面することになった。

 くそ。連絡して欲しくなかった。

 ただ、一つだけ売ろうと思って持ち出したカフスボタン。

 そこから、伯爵家へ連絡されてしまったらしい。


「まあ、そうよね。貴方のお陰で私も学べたわ。……これでいい」


 そう言って、彼女は俺を置き去りにして行った。

 ただ、保証人になり、俺を釈放する手順だけ。

 そんな、大層なことを俺にしてくれた――。


「ソラレス様――!……もう一度!もう一度チャンスをください……!」


 牢の鍵が開いた瞬間に飛び出して、彼女の足元に跪いた。

 顔を上げるのが怖くて、内心はずっと震えていた。


「……いいわ。あの日ね、私だけプレゼントがなかったから。だから自分で欲しいものを選んだの。……私が初めて選んだのがレンだったのよ。責任を持って最後まで見届けないとね?」


 扉からあふれる光を背中に浴びたお嬢様は、俺の目には眩しすぎた。

 そして俺の脳に焼き付いて、消せないものになってしまった。


 すみません。

 お嬢様、俺を許さないでください。


 貴女を踏みにじりながら、また許しを求める俺が、惨めで仕方がなかった。


 ――ある日。


「えーと、最近ソラレスのお気に入りの子よね?」

「……レンと申します」


 エレノア様に呼ばれた。

 あの目は見覚えがある。

 路地裏ではよく見かけた瞳だ。

 へぇ……。貴族のお嬢様にもこんな奴がいるんだな。


 ソラレスの近くにいたから、世間知らずで危なっかしいのが令嬢だと思っていた。


「ソラレス……。あの子はこの家に不要だと思わない?」


 あまりにも突然に湧き上がってきた悪意に、思わず喉がつかえた。


「……私からは何とも言えません……」

「まぁ、そうよね。期待していないわ」


 粘つくような気配が消え、ほっとしたところでエレノアから命令された。


「ソラレスの情報を逐一私に伝えなさい?……まぁ、別に貴方に頼まなくてもいいんだけれど」


 ――これは、俺が試されている。


 必死にやると答えれば足元を見られ、断れば切られる。


 こういう人間に一番効くのはなんだ?

 必死に考える。

 俺が差し出せるものはなんだ。


 は……。一番効率的なのは“浅はかさ”だ――。


 エレノア自身が理解できる“欲”を見せるのが一番いい。

 お前たちは、理解できないものを切り捨てる人種だろう?

 金と地位でしか物を測っていない。


 浮浪者なんて見向きもしない人間だ。


「……バレて首になるのが一番怖いです。その保証がありますか?」

「ええ。特別に私から渡すわ。……それに、貴方が欲しいならソラレスをあげる。娼館にでも売り飛ばそうとしていたけど……。足がついたら面倒だしね」


 エレノアが首を傾げて俺に手を差し伸べる。

 その言葉は俺の内面を掻き乱した。


「――金よりも、あの方を。それ以外は求めません」


 ――ああ。罪深い。

 俺はその言葉に揺れてしまったのだった。

 あの、温かい手が俺だけに向けられるなら――。


 そして数年後、走っている馬車から蹴り落とされた。

いつもありがとうございます。

圧が掛からないように感謝を伝えるならば!

「読者様を愛しています」

――はい、馬鹿な作者です。


※ネタバレ。

↓↓↓

ソラレスはパーティ会場で断罪され、すぐに直前へ回帰しました。

ソラレスの行動によって、王妃や公爵家の面々の動きも変わっています。

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― 新着の感想 ―
すみません。 非常に面白く、楽しませて頂いたのですが、一番最初の悲鳴を読み間違えてBKBの雄叫びのテンションで読んでしまいました。
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