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ざまぁ系

断罪十分前!?欲しがり令嬢、断捨離を始めました!

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/08/20



「ひぃぃぃぃやー!」


 パーティ会場に着いた途端に、私は震え上がって悲鳴を上げた。

 ――夢!?じゃない!

 私を押さえつけていた兵士は!?


「……ソラレスお嬢様?」


 侍従のレンが、心配げに私へと手を伸ばす。

 随分と見栄えがいい。

 しかし、この顔を見ると苛々してしまう。

 さっきまで、確かにお姉様を取り囲んでいたわ。


「お前……!お姉様の手先じゃないのーー!!」

「は……!?いきなりなに――」


 目を見開いた男が、私に近づこうとする。

 その手を思いきり払いのけた。

 そして、馬車の扉を蹴り開ける。


「どうせこの後、私と伯爵家を断罪する段取りなんでしょ!?裏切り者は、排除よ!」


 この速さなら怪我はするでしょうね。

 でも、私の心だってまだ血まみれなのよ。


 侍従へ向かって勢いよく足を振り上げた。

 何年も私の側にいたくせに……!


「ソラレス様!?」

「ふん、あんたなんかもう要らないわ。今すぐ私の前から消えて!」

「……えっ!?待って……俺がいないと貴女は――」


 あいつは裏切り者だった。

 多分、いや絶対。

 今までずっと、私の情報を差し出していたに決まってるわ。

 私は騙されていた。

 もう完全に人間不信である。


「私に近づかないで。大嫌いよ。顔も見たくない」


 ヒールの裏に硬い感触が伝わり、直後にレンの姿が馬車から消えた。

 目の前にレンはいない。


「……お嬢様!待って!」


 遠くから、そんな叫び声が聞こえた気がした。


 ――ふん。もう関係ない。

 ポイしちゃったもの。


 大体、私がお姉様に強請ったことなんてないはずだわ……うん。

 あったとしても、ほんのちょっぴりしかない。

 自分の行動と発言に、保険はかけておくけれど。


 お父様は、私のために仕立て屋や宝石商を呼ばないのよ。

 ぜ〜んぶ、お姉様のためだ。


『代わりに、姉のエレノアの物をあげるから』


 両親に言われ、それで満足していた。


『これと、これはあげられるわ、ソラレス』

『わあ!お姉様ありがとう……!きれいね!』


 でも後日、なぜか盛大に話が脚色されて広がっている。

 やれ、我儘な妹に大切なものを奪われた。

 後妻の連れ子である私が、前妻の娘のお姉様を虐げている、と。

 そんな馬鹿な……!


 この時点で疑うべきだったのだ。

 身の回りに内通者がいると……!


 私はいつも、お古しかもらっていない……!

 新しいものを買ってもらえない。

 つまり、お父様は血のつながらない私にお金をかけない。

 たいへんなケチ野郎なのだ。


 その代わり、お姉様から要らないものや古いものを貰っていた。

 しかし巷では、姉からものを奪い取る我儘な妹として認知されてしまった。


 ――あいつか?

 侍従のレン?あいつの仕業?

 それとも姉?

 みんなグルなのか?いや、他の使用人も全員敵なのかしら?


 ――なぜか、時間が巻き戻った。


 さっきパーティーで告発された私は、今は断罪の前の馬車のなかにいる。


 牢屋から馬車へ、瞬間移動したのかと思った。

 しかし、レンを見て確信した。

 掴みかかって殴ってやったはずの顔に、傷一つない。


 なぜかは知らないけれど、時間が巻き戻っているのだと。


 しかし、逃げられるだろうか?

 あのパーティーには様々な罠が張り巡らされている。


 しかも、会場に到着してるじゃん!

 終わりじゃん!?

 お姉様と、取り巻き男にボロボロに言い負かされて、殿下の怒りまで買って、連行される流れじゃん!?


 もういい。

 ここまで来たら仕方がない。


 私は、近くのメイドを呼んで体調が悪いことを伝えた。

 入場前に脱出。

 これもありね……。


 そして、コルセットが苦しいので、代わりの服を用意してほしいと頼み込んだ。


 大体お姉様の服は、私に似合わないのよ……!

 脱いだばかりのドレスに視線を落とす。


 ビビッドピンク〜〜!?


 頭がおかしい!でもこれしかない私は――。

 私は――。

 そこまで……嫌われていたのね。


 ぐっと唇を噛みしめると、じわりと鉄の味が広がった。


 お姉様から優しくされるたびに浮かれていた。

 冷静に考えると、私はただの馬鹿だわ。


 大体、なぜ私が好き好んで、こんなにダサいドレスを着なければいけない……!

 コルセットを少し緩めると、ようやく息をつけた。


「……あ、楽でいいわ」


 ――ねえ……。

 私って、そこまで強欲なのかしら。

 でも自分から主張しないと、何ももらえないのよ。


 おかしくない?

 そもそも、私が求めたからいけなかったの?

 どうしたらよかったのよ。


 最後には姉から奪ったことにされる。

 そして話も聞かず、全面的に私を責めるのだ。


 許すまじ、クソ野郎ども。


 あ……そうだ。

 一切連絡をくれない婚約者も、この会場にいる。

 しかも断罪中は姉についていたわ……。


 エスコートすら放棄する、最低野郎だ。

 元から、あんなやつはいらない。


 こっちから捨ててやるわ。

 先に捨てたほうが勝ちね。真っ先にポイよ。


 ……プレゼントは全部お姉様に渡しやがって。


「こちらのドレスならお貸しできます。サイズも合いますし」

「……ありがとう。でも、この色は――」


 仕立ての良さそうなドレスを手に、私を着付けにかかる。


 そういえば、このメイド……。

 どこかで見たような。

 王妃様の後ろで、いつも控えている人のような……。


 いやいや、まさか。

 王妃様についている侍女が、こんな控え室にいるわけがない。

 王子の動きを知って、事前に動いていた?

 いえ、それなら先に王子を止めるんじゃない?


 前回、王妃様が動いたのは夜会の終盤、これから始まる茶番が繰り広げられた後だった。

 出席するとは聞いていなかったから、みんな驚いていたもの。


 ――やっぱり、そんな都合のいいことがあるわけがない。


 少し気弱になっているのかも。

 確実にやさぐれているのは確かね。


「ねぇ。不要なものを捨てるには、どうすればいいかしら」


 つい弱気になって口から漏れてしまった。

 しかし、一度出てしまった言葉は戻ってくれない。


 いきなり私に話しかけられたメイドは、数秒間黙り込み、首を傾げた。


「お嬢様は、際限なく求めるお人だと聞いておりました。――勘違いのようですね」


 またか。どれだけ言いふらしてるのよ。

 どこまで噂が広がっちゃってるの……。


「……簡単に悪女を信じると痛い目をみるわよ?」

「ふふ。そうですね」


 しかし……。

 鏡に映った女性を盗み見る。


 なぜこのメイドは、着替えまで手伝ってくれるのか。

 仕事だから我慢しているのかしら。


 他称悪女の私は、いつも遠巻きにされているのに。

 ……やっぱり逃げるが勝ちかもね。


「あーあ、全部捨てたい」

「あら、もったいない。欲しい人にあげてはどうでしょう?」

「ふふ。貴女は事情も知らないでしょう?……相手もいらないみたいなの。もっと大物狙いみたいよ」


 それでも、話を聞いてくれるだけでも嬉しいわ。

 私が答えると、メイドの動きが一瞬止まった。


「じゃあ、まずは身近なものからごみ箱に捨てればいいのでは?」

「……また私が、飽き性で捨てたと言われるわ」


 どうせ私が悪い、と強制終了させられる。


 ――甘かったわ。


 お姉様の方が、ずっと一枚上手だったのよ。

 家族だから。

 なぜ、そんな言葉に甘えていたのかしら。


「……はあ。無理だわ。両親も出席しているはずだもの。しかも王室の夜会よ。断罪、大恥、地下牢に一直線だわ」


「……地下牢?それは大ごとですね。いっそのこと、舞台に上がらなければいいのでは?主役不在で成り立たない劇を演じさせ、恥をかかせればいい」


 メイドが鏡の中で微笑む。

 四十代には見えるのに、妙に妖艶だった。


 意味深なことを言い始める彼女に、違和感が積み重なる――。

 けど、もうどうでもいいか。


「そんな簡単に言わないで。あんな婚約者だって、もともと欲しくなかったのに。結局お姉様のお下がりよ。こんな私が、どうやって恥をかかせるって……」


 ――そこで、ぴんと閃いた。


 そうよ。


 お姉様が本当に好きな男性だけは、手に入れられないようにしちゃえばいいんじゃない?


 公然と“真実の愛”を作り出しちゃうのよ。

 だって、私はもともとあの男は欲しくないし。


 取られたと大騒ぎするくらい、妹に譲った物が好きなんでしょう?



 ◇◇◇


 あのメイドに着付けられたのは、とてもシンプルで上品なものだった。

 シャンパンゴールドの輝きが、控えめに美しく光を反射している。


 なぜこんなことに――?


 パーティー会場へ足を踏み入れると、冷たい視線が突き刺さった。

 いつもこうだ。

 “姉のものを欲しがる悪女”。


 壁際で口元を隠し、私へ嘲るような視線を向ける女性たち。

 男性は、あからさまに値踏みした目で見てくる。


 ――いいわ、受けて立つ。


 タイミングだって覚えているわ。

 王族が登場してからでしょう?


 その前に、こちらも準備すればいいのよ。

 お父様へ突撃するために周囲を見渡した。


 ――よし、いた!


 私には一切甘くないお父様。

 でも、貶めようとはしなかったわ。


 それだけでも、救う理由があるかもね。


「お父様ーー!私、もうお姉様のお下がりは嫌です!」


 私は、大きな声で喚いた。

 期待通りの我儘娘を演じてあげましょう。

 本番の余興くらいはしてあげる。


「特にあの婚約者……。こんなに大きなパーティーですら、いまだにお姉様しか目に入らないのよ!?私はいつも放っておかれるだなんて酷いわ!プレゼントも全部お姉様宛てよ!」


 その言葉に、それまで父と談笑していた貴族が黙り込んだ。

 マナー違反は重々承知だ。

 でも、このままだともっと最悪な事態になる。


「……ソラレスお前、その衣装はまさか――」

「ああ、親切な方が着替えさせてくださったの」


 父の顔が真っ青になる。

 あのメイド……。やっぱり王妃様付きの侍女かもしれない――。


 こんな上等な生地、見たこともないもの。

 シャンパンゴールドは王妃様が好む色で、社交界では避けられている。

 仕立て屋も、その色だけは仕入れないし、絶対に売らない。


 あーー……。

 もうヤケクソだわ。

 こっちは時間との勝負だ。目立ったほうがありがたい。


「しかもお姉様は、要らないものを全部私に押しつけて、欲しいものを手に入れるみたい……!これから、盛大な見世物を始めるそうよ?」


 私の言葉に、周囲が騒がしくなる。

 ええ。向こうは、この場で覆せない公然の事実を作るつもりでしょう。

 でも、簡単にはいかせない。


「おい、ソラレス……。ここでは――」


 お父様にだけ聞こえるように耳打ちする。


「……お姉様は王子殿下と一緒に登場します。そして私と我が家を断罪するわ。その先が想像つかないなら、お父様もお先真っ暗ね」


 殿下には、王妃様が直々に纏めた正式な婚約者がいる。

 公爵家のご令嬢だ。

 その公爵家を敵に回して、風前の灯の王子に未来はない。


 伯爵家?

 反逆罪もあり得るわね。


 ああ、私同様に両親も捨てられた。


「エレノアには喋らせないほうが身のためですよ」


 ――娘なりの助言である。


「お前……なぜ、そんなことを知っている?」


「計画を聞いてしまったからです。後十分くらいでしょうか。あ、私は今から逃げ出しますので、後始末をお願いしますね」


 私は手に持ったグラスを飲み干し、父に掲げた。


「では、ご健闘を」

「待て、ソラレス!お前はどこへ――」


 珍しいわね。

 私をここまで気にかけるだなんて。

 うーーん。

 後味が悪いので、最大限の助言をしましょう。


「ああ、ご心配なく。脳内シミュレーションは完ぺきです。ちなみにアドバイスをしちゃうと、無理やりにでも、お姉様と私の婚約者をくっつけてしまった方が、痛手は少ないかも?」


 婚約者だって、いつも蔑んだ目で私を見る。

 あいつと一生をともにしろ?

 無理だわ。


「王族に睨まれたくないなら、素早い動きが必要ですよ。この様子だと、王妃様にはバレバレみたいですね」


 最後だと思うと、この空気も悪くない。

 二度と戻ってやるもんか。


「甘い砂糖菓子のお姉様は、どこまでもシロップに浸かって溺れるでしょう。じゃあ、お父様。……さようなら!」


 そう言い残し、私は背を向けた。

 きらびやかな世界も、ポイッと捨てちゃうわ。


 会場を出て、使用人が使う出入り扉を静かに開ける。

 秘密裏にあのメイドが教えてくれたのだ。


 ――ここまで準備されているとなると……。


 ふふ、面白いショーになるわね。

 新聞代くらいは、実家から持ち出さないと。


 扉をくぐると、そこにはさっき蹴り飛ばした侍従がいた。


「……裏切り者。今さら何なのよ。さっさと消えてくれない?」

「十年一緒にいたのに。貴女は俺を信じてもくれないんですね」


 侍従のレンが苦笑いをこぼすけれど。

 はん、信じられるわけがない。

 家族だって信じられないもの。


 私の悪評が多いのは、自分のせいだと思っていた。

 後妻の連れ子だから、我慢するべきだと思っていた。


 ――でも本当にそうかしら?


 ねぇ、お姉様。

 貴女は自分を蔑む視線を浴びたことがある?

 その中で毅然と立っていられる?


 今回のゲーム盤がひっくり返ったら、姉はどうするかしら。

 やっぱり私とは違って上手くやるのかな?


「……ちょっと。ついてこないで」


 そして、悪びれもせず、私についてこようとする侍従に苛立った。

 レンも鬱陶しいわ。


「二度と私の前に現れないで。あんたですら、私は要らないの。全部捨てていくわ」 


 姉の末路は興味があるけれど、命をかけるほどじゃない。

 欲深い妹はここで捨てていく。

 頑張っても、私の評判は悪いままだもの。


 ……なら、いいじゃない。

 こんなところ、おさらばよ!


 ――神様、やり直させてくれてありがとう。


 全部全部、いらなかったみたい。


「……お願いします。信じてください。俺は――」


 その言葉に、何の意味があるというのか。

 鼻で笑う。


「じゃあね、レン。もう会いたくないわ。貴方は貴方の道を進めばいいじゃない」


「聞いてください……!俺は、貴女に拾われた時から――」


 あの日、私が笑いかけたら睨んできた男の子。

 浮浪児だったレン。

 でもね。

 貴方を信じる心すら、もういらない。


 ――私はもう、誰も信じない。


「お願いだ、ソラレス……」

「……レン。しょせん貴方もいらなかったの。バイバイ!」


 跪いて静かに涙を流している。

 そんな幼馴染を置いて、馬車に乗る。


 私は振り返らなかった。

 これが私の選択だ。

 彼の人生は、彼が決めるべきでしょ?


 そうして私は、敵前逃亡したのだ。

 文句ある?

 だって悔しいけれど仕方がない。

 なにせ、相手を貶める準備時間が違うしね……。


「さて、主役不在の断罪劇はどうなるかしら?」


 ◇◇◇


 ――エレノア視点――


 私は目に涙をためて、会場にいるはずのソラレスを探した。

 え……?

 真面目なあの子だから、絶対に出席しているはずなのに、おかしい。

 どこにも見当たらないわ。

 仕方がない。評判を落とすだけに変更よ。

 その流れで、殿下が望まぬ婚約を破棄する。

 お互いに、ここで邪魔者を排除するのだ。


「ソラレス……!もう私から物を奪うのは止めて……。私にはこのお方がいれば十分だから……。お願い、罪を認めて――」


 第二王子と一緒に階段を降りていく。

 しかし、会場の冷たい空気に背筋が凍った。


 騒がしくなると思っていたのに、誰もが気まずそうにチラチラと視線を合わせている。


 なに?

 無様なソラレスが、また笑われる対象じゃないの?

 また私が妹に奪われて、哀れなふりをする場面のはずなのに――。


 今日こそ、社交界の頂点に立とうと意気込んできたのよ……。


 すでに入場していた公爵家の方々と目が合う。

 落ち着き払って、動揺した様子もない。


 ――まずい。


 もしかして、これは――!


 そこで、女性が一歩前に出た。

 輝く金の髪に、隣の男性とよく似た面影。

 まさか、この方は……!


「ソラレス嬢には、私のドレスを貸してあげたの。だって、あの子が着ていたものは、数年前の型でしょう?それに盗ったと大騒ぎするほどの物は、身につけてもいなかったわよ」


 穏やかな口調だ。

 決して声を荒げていないのに、威圧される。


「……母上!」

「王妃様……!?」


 先に入場していた王妃様から、ソラレスの名前が出た。

 なぜ、王妃様とあの子が……!


 ――いえ、それよりも。王族を見下ろすこの場所は、印象が悪すぎる……!


 腕を組んでいた殿下の身体がぶるぶると震え、私と距離を取りたがっているのがわかった。


 まずいわ……!

 こんなことが起きるなんて、考えてもいなかった――!

 急いで駆け下り、弁明する。


「あ、あの……。妹はそういうものが趣味だったので――」


 その瞬間、周りからくすくすと笑い声が漏れた。

 やめて。違う。

 間違いなの……!

 私が言い繕おうとすると、その場の女性が手を叩いた。


「まあ!あのドレスが好みで、悔しくて文句を言いたくなったのね……!斬新だわ」

「なるほど……。エレノア嬢のセンスは独特でしたのね。王都の仕立て屋に教えてあげなくては……」

「ふふふ。これから、あの型のドレス以外作らないように通達してあげないと」


 私も周囲の男性たちも、見るからに血の気が失せていく。

 なに?

 何が起きているの?

 ただソラレスを貶めて、私が持ち上げられる舞台だったはずなのに……。


 その時、会場中に響き渡るような父の声が聞こえた。


「王妃様!我が娘ソラレスへのご寛大なお心遣い、感謝いたします。そして、エレノアの無作法をお許しください」


 ――お父様!なぜ今さらソラレスの肩を持つの?


 私が王妃になった方が、家のためになるでしょう?


「殿下!エレノアのエスコートは、ぜひそちらのハロルド子息にお願いします。なに……今までソラレスの婚約者でしたが、密かに思い合い、ついには成就した様子です」


「お父様……!?」


 父は私を鋭く睨んだあと、王妃様に深々と頭を下げた。


「このまま教会で、結婚式を挙げようかと思っております……!」


 深々と礼をしたまま、父が一際大きな声でそう告げた。

 王妃様が、満足そうに頷く。


「まぁ……それでは私も祝福しませんと。邪魔な新芽を切り取るか迷っていたの」


 会場中から盛大な拍手が上がった。

 王族からの祝福だ。

 これはもう断れない。

 なんでこんなことに……。


 助けを求めて、愛しい人に縋りつく。

 それなのに。

 殿下は私から顔を背けて、こちらを見てもくれない。


 ――違う。私が好きなのは……!


 王妃が扇をひらき、ゆっくりと私たちの方へ向き直った。


「それにしても、罪ってなんのことなの?私の息子に馴れ馴れしく触れている、あの娘のことかしら?……確かに見苦しいわ」


 シ……ン。

 周囲から音が消え、空気ががらりと変わった。

 誰もが王妃様の言葉を理解した。 

 そして、我先にと周りの女性たちも王妃様に追従する。


「あのドレスは、王妃様のものでしたのね……!」

「しかも婚約者を姉に取られたソラレス嬢に手を差し伸べるだなんて。お優しいですわ」


 次々と王妃への賛辞が上がり、私たちはもう彼らの視界に入っていない。

 殿下は私に背を向けて、大股で下がっていく。


 私だけこの場から切り離されてしまった。


 ――呆然と、そんなことを考えた。



 ◇◇◇


  一年後 。


「……レン。とっとと、あんたは屋敷へ帰って。私の婚活が上手く行かないわ」

「え?俺たちって、もう実質的に夫婦でしょ?」


 また適当で図々しいことを!


「殴るわよ」


 握りこぶしを振り上げると、レンは嬉しそうに笑った。


「……はは!ごめん、ごめん。ねぇ、そろそろ俺のことも真剣に考えてみてよ」


 レンの軽口は聞き慣れてるけど、さすがにうんざりだわ。


「ふざけないで。冗談でも聞きたくない」


 私は母方の祖父母の元へ身を寄せ、静かに暮らしている。

 それなのに、なぜかレンがついてきた。

 いや、なんでよ。この理由はぜひ知りたい。


「あんたは要らないのよ」

「……冷たいな。そろそろ絆されちゃってるんじゃない?お嬢様って俺に甘いし」


 その言葉に、レンの整った顔をぶん殴りたくなる。

 一度、二度。

 深呼吸を繰り返し、無駄な感情を一つずつ捨てる。

 そして握った拳を、ゆっくりと緩めていった。


 ――精神力が上がったのかしら。


 ついに私は平常心を手に入れたらしい。

 なんて素晴らしい。

 おかげで溜め息が止まらないわ。


 隣を歩くレン。

 確実に捨てたと思っていたのに、なぜか戻ってきている。

 捨てても戻ってくるものは、どうすればいいかしら。

 ちなみに勝手に私の世話を焼いてくるが、給金は払っていない。

 ただでこき使っているからいいかなぁ。

 悩ましい。


 別に私は欲しがっていないわよ?

 心配したお父様が寄こしたと思われるしね。

 あのパーティの後から、なぜか私への連絡が増えた。

 今さらすぎて、もう遅い。


 結局お姉様は、人を踏み台にしなきゃ輝けなかったらしい。

 そんな姉の本性も、世間にバレたみたいね。

 しかし、歪んでいるわ。

 もう関係ないけれど。


「……悩みごとですか?俺でよければ――」

「はあ?あんたなんてお呼びじゃないのよ!ずーっとお姉様に侍っていればよかったのに」


 その話題を出すと、レンは眉を寄せて視線を逸らす。


「ふん。そんな顔するくらいなら最初から裏切らなきゃよかったのに」

「……あの人はソラレスを落とすためなら、なんでもやったはずだ。俺が断ったら、他の侍従がソラレスの側にいたかもな」


 なによ。

 思わず、そんな危険もあったのかと怖くなっちゃったじゃない。


「そんなの想像もしたくないし、俺が死んじゃうよ」


 真剣な瞳で見つめられるけれど――。

 ま、信用できないわね。

 却下だわ。


「なによ。私を影から守ってました〜とか言いたいわけ?」

「……ああ」


 ふい、と顔をそむける。


「私は欲しがりで強欲な妹よ」

「じゃあ、俺も欲しがってくれない?」


 レンが少しだけ口角を上げて頬を掻くが……。


 ――まあ、欲しくはないけど。部屋にあっても困らない置物くらいには思ってあげようかしら。


「じゃあ、急遽結婚式を挙げたお姉様へのお祝いを選んでくれる?悪女らしく、とーっても嫌味なものがいいわね!」


 父が迅速に動き、姉は私の婚約者を寝取ったことになった。

 真実の愛。

 なんて便利な言葉でしょう。


 殿下は廃嫡されず、しかし婚約は解消された。

 会う気もないし、どうでもいいけどね。

 父の血も継いでいない私は、母方の子爵家で十分だ。


 でも、田舎にまで悪評が届いていなくてよかったわ。


「ソラレスは面食いだろ?俺がちょうどいいと思うけどね」

「いやよ。レンだけは嫌。あんただけは……」


 私が唯一欲しいと思ったのに。


「――そんな顔されるから、離れられないのにな」

「ふん、今さらよ。……もう騙されないんだから。私は執念深いの。数年で許されると思わないことね」


 まあ、買い物袋を見ると今日の晩御飯は期待できそうだ。

 お祖父様が譲ってくれた、小さな屋敷への道を二人で歩く。


 とはいえ、なーんか距離が近づいている気もするのよね。

 嫌じゃないのが問題よ。


「まあ、でも。欲しがり悪女は、夕食においしいご飯を求めるわ!文句ある?」


 ◇◇◇


 ――レン視点――


 十三歳のある日。

 貴族のお嬢さんに拾われた。

 金目のものでも持って逃げようと思ったが、想像以上に『騎士』というものが怖かった。

 町中では、さすがに刃物を振りかざされたことはない。


「ねえ、レン!父様が言ってくれたの。貴方、頑張ればうちの侍従になってもいいって!」


 興奮した様子の彼女に、ぺこりと頭を下げる。


「……ありがとうございます」


 俺を連れてきたお嬢様は、少しだけ風変わりだった。

 後妻の連れ子だというから、こんなものなのかもしれない。

 しかし、毎度聞かされる悪評には首を傾げた。


 “姉から物を奪っていく強欲な妹”。

 ――なんだ、やっぱり。

 俺の前では、まだ本性を見せていないだけか。


 胸の奥で、なにかが壊れたような音がする。

 貴族なんてそんなものだ。






「そういえば、ソラレス様。また我儘を言ってエレノア様の物を奪ったらしいわよ」

「――どうしょうもないわね。本当に卑しいお嬢様」


 ……は、なんだって?

 メイドの強い非難の声に足を止めた。

 俺は今、お嬢様付きとして日々学んでいる。


 次々と最近のソラレスお嬢様の話が聞こえてくる。

 どれも酷いものだ。昨日も周囲に迷惑をかけたらしい。


 なるほどな。

 小綺麗な顔に騙されるところだった。

 結局は、あのお嬢様も俺と同類じゃないか。

 盗んで奪って、生きている。

 偉そうに俺の前では偽善ぶっている彼女を鼻で笑い、先を歩く先輩に声をかけた。


「ソラレスお嬢様って、やっぱり偽善者なんです――ね……!?」


 その瞬間、襟元を掴まれて首を絞め上げられた。


 やはり、貴族なんてこんなものだ。そんな軽い気持ちで発した言葉だった。


「レン、お前……その口で二度と言うなよ。孤児のお前をこの家に入れるのに、どれだけお嬢様が頭を下げたのか分かってるのか?」


 思わぬ話題に、ぎくりと身体が強張った。


「……な、知るわけない。それに、あっちが勝手にやったことだ。そんなこと、俺には関係ないだろ!」


 その侍従は、黙って俺の襟首から手を離した。

 その瞬間に、思いきり咳き込んで膝をついてしまった。

 喘ぐように酸素を求める。


「……ああ、もういい。お嬢様に直々に頼まれたが、生意気でうんざりだ。もう、お前の世話なんて御免だ。荷物を纏めて出ていけ」


 侍従はそのまま背中を向けて、足早に立ち去ってしまった。

 取り残された俺は笑うしかない。


 ほら。

 結局、こうやって放り出されるんだ。


 強欲で我儘で、気分屋のお嬢様の何を信じろって?

 本当に馬鹿馬鹿しい。


 ――その夜、荷物を纏めて屋敷から逃げ出した。





「……レン。そんなに私が嫌だった?」


 拘置所に押し込まれた姿で、お嬢様と対面することになった。

 くそ。連絡して欲しくなかった。

 こんなの情けなさすぎる。

 こんな惨めな姿を見ないでくれよ。


 ただ、一つだけ売ろうと思って持ち出したカフスボタン。

 そこから、伯爵家へ連絡されてしまったらしい。


「まあ、そうよね。貴方のお陰で私も学べたわ。……これでいい」


 お嬢様はゆっくりと頷いて、瞳を閉じた。


 そう言って、彼女は俺を置き去りにして扉へ向かっていく。

 カツン。カツン。

 靴音が遠ざかる。


 ――別にいい。遠くて手が届かない人だ。


 ただ、保証人になり、俺を釈放する手順だけ。

 そんな、大層なことを俺にしてくれた――。


 ギィィ、と重い扉が開かれた。


 ――最初からこうなるはずだったんだ。


 ……最初から。

 俺なんて、拾わなければ貴女は傷つかなかったのに。


 一歩外へ踏み出していく、小さくて華奢な背中を見送る。


 行ってしまう。

 もう、会えなくなってしまう。

 二度とこのまま、会うことさえ叶わなくなる。


 俺のお嬢様――!


「ソラレス様!……もう一度!もう一度チャンスをください……!」


 カチャカチャと錠前が立てる音が耳障りだ。

 行ってしまう。

 急いでくれ。

 早く!


 俺は、牢の鍵が開いた瞬間に飛び出して、彼女の足元に跪いた。

 お嬢様は扉をくぐった先で、待ってくれていたようだった。

 ぐっと拳を握りしめる。

 顔を上げられない。


 ――怖い。


 彼女の瞳に失望が見えてしまったら?

 こうなる前に、逃げ出したかったのに。


 お嬢様に捨てられたら、俺はどうすればいい。

 震えが止まらない。


「……いいわ。あの日ね、私だけプレゼントがなかったから。だから自分で欲しいものを選んだの。……私が初めて選んだのがレンだったのよ。責任を持って最後まで見届けないとね」


 陽射しを浴びたお嬢様は、俺の目には眩しすぎた。

 そして俺の脳に焼き付いて、一生消せないものになってしまった。


 すみません。

 お嬢様、俺を許さないでください。


 貴女を踏みにじりながら、また許しを求める。

 そんな自分が惨めで仕方がなかった。

 そしてそれ以上に、お嬢様の優しい声を聞いて、無性に泣きたくなってしまった。





 ――数年後のある日。


「えーと、最近ソラレスのお気に入りの子よね?」

「……レンと申します」


 エレノア様に呼ばれた。

 あの目は見覚えがある。

 路地裏ではよく見かけた瞳だ。

 へぇ……。貴族のお嬢様にもこんな奴がいるんだな。


 ソラレスの近くにいたから、世間知らずで危なっかしいのが令嬢だと思っていた。


「ソラレス……。あの子はこの家に不要だと思わない?」


 あまりにも突然に湧き上がってきた悪意に、思わず喉がつかえた。


「……私からは何とも言えません……」

「まぁ、そうよね。期待していないわ」


 粘つくような気配が消え、ほっとしたところでエレノアから命令された。


「ソラレスの情報を逐一私に伝えなさい?……まぁ、別に貴方に頼まなくてもいいんだけれど」


 ――これは、俺が試されている。


 必死にやると答えれば足元を見られ、断れば切られる。


 こういう人間に一番効くのはなんだ?

 必死に考える。

 俺が差し出せるものはなんだ。


 は……。一番効率的なのは、浅はかさだ――。


 エレノア自身が理解できる欲を見せるのが一番いい。

 お前たちは、理解できないものを切り捨てる人種だろう?

 金と地位でしか物を測っていない。


 浮浪者なんて見向きもしない人間だ。


「……バレて首になるのが一番怖いです。その保証がありますか?」

「ええ。私が保証してあげる。……それに、貴方が欲しいならソラレスもあげましょうか。娼館にでも売り飛ばそうと思っていたけれど……。足がついたら面倒だしね」


 エレノアが首を傾げて俺に手を差し伸べる。

 その言葉は俺の内面を掻き乱した。


「――金よりも、あの方を。それ以外は求めません」


 ――ああ。罪深い。

 俺はその言葉に揺れてしまったのだった。

 あの、温かい手が俺だけに向けられるなら――。



 そして数年後、走っている馬車から蹴り落とされた。

いつもありがとうございます。


ちょっと、主人公とヒーローがお気に入りなので連載化検討中です。


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― 新着の感想 ―
すみません。 非常に面白く、楽しませて頂いたのですが、一番最初の悲鳴を読み間違えてBKBの雄叫びのテンションで読んでしまいました。
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