第67話 人馬一体
ミロワの言葉を聞いたタスクとリンファの表情が一気に引き締まる。
「『鏡人』だと……⁉︎ また俺たちを狙って来たのか……‼︎」
「…………」
タスクに尋ねられたミロワだが、眼を閉じたまま何も答えない。
「黙っとったら分からんがな! どうなんなら⁉︎」
「…………違う……、こちらには向かってない……?」
「なんじゃと⁉︎ そんなら————」
「————狙いは列車か……‼︎」
リンファの言葉をタスクが引き取ると、ミロワは線路の先を見据えながらうなずく。
「数は一人だけのようだけど、ものすごい速度で列車の進路へと向かっているわ。このままだとそう遠くないうちに接触する……!」
「くっ、こんなことなら俺たちが乗っておけば……!」
「いいえ。あなたの判断は間違っていなかったと思うわ」
「そうじゃ! それより今は早う列車を追い掛けんと!」
「……そうだな、悔いている場合ではない————‼︎」
三人はそれぞれの相棒に同時にまたがり、線路の先へと駆け出した。
「シュウ! 先に行って様子を見て来て!」
「ピッ!」
ミロワが左腕を伸ばすと、飛び立ったシュウは風と一体になり瞬く間に蒼穹に消えていった————。
◇
————先行する列車に追いつくために馬を飛ばすタスクたちだったが、目印となる線路が左方に大きく湾曲する局面に差し掛かった。
「もう! 線路の脇が森になっとって、これじゃあ列車の姿が見えんがな!」
先頭を駆けるリンファが軽い癇癪を起こすと、後ろに続くミロワが並走するタスクに問い掛ける。
「タスク、森を突っ切る……?」
「……確かに森を抜けた方が近道かも知れないが、悪路を走ってツユリたちが脚を折っては眼も当てられない。こういう時こそ『急がば回れ』だ。このまま線路沿いを進もう」
「そうね————」
「————ピピィッ‼︎」
その時、警戒音のような高音が響き渡り、斥候に出ていたシュウが戻って来た。
「シュウ! どうだったの⁉︎」
「ピピピィッ、ピッピ! ピィィッ‼︎」
「シュウはなんと言うとる⁉︎」
「……ごめんなさい。シュウも興奮しているみたいでハッキリとは分からない……。でも、列車に危機が迫っていることは確かなようよ……!」
「そんならこうしちゃおられん! ウチとヘイワンは森を突っ切って一足早う列車に追いつくで!」
「リンファ、それは————」
「大丈夫じゃ、タスク! 元・野生の暴れ馬『黒い流星』の異名は伊達じゃねえ! ちょっとぐれえの悪路なんかヘイワンはへっちゃらじゃ!」
リンファは愛馬の黒い首筋をポンポンと叩きながら語り掛ける。
「な? ヘイワン!」
「ブルルッ!」
主人の意を汲み取ったヘイワンは任せろと言わんばかりに鼻息を荒くした。
「……分かった。頼む、二人とも……! だが、くれぐれも無理はしてくれるな……!」
「任しとって! 上手くいったら後でウチの頭も撫でてな!」
言うなりリンファは馬首を返して森に侵入して行った。
その後ろ姿を横眼で見送りながらタスクがつぶやく。
「頼むぞ、リンファ……!」
◇ ◇
————薄暗い森の中を漆黒の影が疾風の如く駆け抜けていた。
黒い流星の異名を取るヘイワンは行く手を塞ぐように立ちはだかる岩や樹々といった障害物を軽やかに跳躍して躱していく。
「ええぞ、ヘイワン! 立ち塞がる枝はウチに任しとけ! お前は脚元にだけ気を配っとくんじゃ‼︎」
背に乗ったリンファは眼の前に迫る樹々を得物・青龍戟で豪快に切り払い愛馬をサポートする。全力疾走しながら時に跳躍する野生馬の背とは嵐の大海に浮かぶ小舟の乗り心地と同様と思われるが、その重心はいささかもブレていなかった。途轍もない平衡感覚の持ち主と言えよう。
「……こんなに枝を切ってしもうてホンマにすまん……! でも、数百人の人間に危機が迫っとるんじゃ、堪忍してくれ……!」
リンファは森に謝罪の念を抱きながらも戟を振るう手を緩めない。対してヘイワンもそんな主人を信頼してますます速度を上げていく。
まさしく人馬一体となった二人の視界の先が大きく開かれ、まばゆい陽の光が全身を包み込んだ。
「————よっしゃ、抜けた! ようやった、ヘイワン‼︎」
「ヒヒーンッ‼︎」
陽光に眼が慣れたリンファは足元に伸びる線路を確認して笑みを漏らした。主人の労いの言葉にヘイワンも誇らしげにいなないて応える。
「そうじゃ、喜んでばかりもおられん! 列車はどこじゃ⁉︎」
当初の目的を思い出したリンファは慌てて顔を上げた。
森を抜けた先は平原となっており、大きな遮蔽物などは見受けられない。リンファは南へと一直線に伸びている線路の先へ懸命に眼を凝らした。
常人とは比ぶべくもない驚異的な視力が数km先を疾走する鉄ムカデの尻を捕捉した。
「————視えた! もうちょいじゃ、ヘイワン! 頑張っ————なんじゃあ、ありゃあッ⁉︎」




