第5話 ジャンの交渉術
〜〜〜〜〜 第1章のあらすじ 〜〜〜〜〜
————数十年前に発見され、瞬く間に『ウラジーア大陸』に普及したエネルギー資源、『晄石』。その『晄石』を生み出している人喰いの生物『晄石獣』に追われていた落ちこぼれ『晄石狩り』のジャンは極東の『フソウ国』出身の剣士・タスクに命を救われた。人を捜しているというタスクはジャンの持つ西国の知識と移動手段に眼を付け、少々信用の置けない彼を道案内兼運転手として雇うのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ウラジーア大陸』の名もなき街道を一台のサイドカーが黒煙を上げながら疾走していた。
機嫌が良さそうに口笛を吹きながらハンドルを握っているのはゴーグル姿の若者。彼はパンパンに膨らんだバッグの隙間から覗く青い輝きを眼にすると少々黄ばみがかった歯を見せた。
「……おい、ジャン」
側車に座っている青年から呼び掛けられたゴーグル姿の若者————ジャンはバッグから眼を離して答える。
「なんだい? タスクのアニキ?」
「お前が言っていた近くの町まではあとどのくらいだ?」
「なあーに。焦らなくたって、アクビでもしてる間に着いちまうさ!」
「…………」
ジャンの軽口に側車の青年————タスクは無言でカタナの鯉口を切って見せる。
「おおっと! アンタ、そのクセ良くねえよ! やめた方がいいぜ!」
「……だったら訊かれたことには簡潔に答えろ」
「わーかったよ。あと10分くれえかな」
「そうか」
答えに納得したタスクが刃を収めると、ジャンはブツブツと不満を漏らす。
「……ったく、東国のモンは冗談が通じねえのかよ……?」
「何か言ったか……⁉︎」
再び鯉口を切ったタスクにジャンは慌てて軽口を封印する。
「いーえ! 俺はなーんにも言ってません!」
◇
————15分後、周囲を簡素なバリケードで囲われた小さな町へ二人はたどり着いた。
「さあ、着いたぜ! ここが『ニール』だ! シケた町だが『晄石屋』に『酒場』に『武器屋』、一通り揃ってる。ここで旅の準備と行こうぜ!」
「ああ、そうしよう」
ジャンの提案に同意すると、タスクは上空を旋回しているハヤブサへ声を掛ける。
「シュウ、お前は好きに遊んでこい。準備が出来たら指笛で知らせる」
「ピ!」
高らかに返事をしたシュウは羽を飛ばして瞬く間に山を越えていった。ジャンはその様子を不思議に思い、タスクに尋ねる。
「あのトリ公は連れてかなくていいのかい?」
「アイツは人の手が加わった食い物より生きた獲物の方が好きなんだ。自分でネズミでもヘビでも狩るだろう」
「うへー……、ネズミにヘビかよ……」
思わず顔をしかめたジャンだが、すぐに気を取り直して笑みを浮かべる。
「まあ、いいや。とりあえず『晄石屋』に行こうぜ。先立つモノがなけりゃ話になんねえ」
「ああ。交渉は任せるぞ」
「ドーンと任せておきな! このジャン様によ!」
ジャンは得意げに自らの胸を叩いて見せた。
悠然と歩を進めるジャンの後について行くと、表通りから少し奥まったところにそれはあった。
「————おい、オッサン! 客だぜ、茶の一杯でも出しやがれ!」
店に入るなりジャンが憎まれ口を叩くと、カウンターで新聞を広げていた『晄石屋』の店主と思われる初老の男が顔を上げた。
「……おお、誰かと思えば落ちこぼれ『晄石狩り』のジャンじゃねえか。てめえ、まだ生きてやがったのか」
「うっせえ。今日はドえれえモンを持って来てやったからな。驚いて腰抜かすんじゃねえぞ、オッサン」
「ハン。まーた、『クズ晄石』に塗料を塗って誤魔化そうたって————ええっ⁉︎」
ドヤ顔のジャンが取り出したモノを見た『晄石屋』の親父の眼が大きく見開かれた。
「————ス、スゲエ……! こんなデケエ『青晄石』を拝んだのは何年ぶりだ……⁉︎」
「どーだ、恐れ入ったか!」
「……ジャン、てめえ、どっかからかっぱらって来やがったな……⁉︎ 面倒ごとに巻き込まれんのはゴメンだぜ……!」
「失礼なこと言うんじゃねえよ。コイツは正真正銘、俺の雇い主が自分の力で手に入れたモンだ」
「雇い主だあ……?」
『晄石屋』の親父はジャンの後ろに無言で佇むタスクにヒゲだらけの顔を向けた。
「一匹狼のてめえが他人に雇われるたあ、いったいどういう風の吹き回しだ……⁉︎」
「んなこたあ、どうでもいいからサッサと買い取り額を言えよ」
「あ、ああ……」
ジャンに促された『晄石屋』の親父はルーペを出して『青晄石』の鑑定を始めた。
「…………むう、本物だ……! キズも少ねえし、純度も申し分ねえ……‼︎」
鑑定を終えた親父はルーペをテーブルに置いて指を一本立てて見せた。
「————1万ウーロ(1ウーロ=150円くらい)でどうだ……!」
「1万⁉︎ オイオイ、ボる相手を間違えんなよ。俺の見立てじゃ、もっとデケエ街の『晄石屋』に持ってきゃ、1万4千は即決で出してくれるはずだぜ」
「く……っ! そ、それじゃあ、1万1……いや、1万2千でどうだ!」
苦渋の表情で二本指を突き出した親父に対して、ジャンは指を三本立てて見せた。
「1万3千だ。これ以上は譲れねえ。これが呑めねえってんなら、燃料代が掛かろうが別の街に持って行く」
————ニールの町唯一の酒場に二人の姿はあった。
「ギャッハッハ! どうよ、俺の交渉術は⁉︎ 最初の提示額から3千も上乗せしてやったぜ!」
上機嫌でジョッキを掲げるジャンに対し、タスクは揚げ芋をゴクンと飲み込んでから口を開く。
「ああ、大したモノだ。細かな言い回しが難しい俺では相手の言い値で承諾していただろうな」
「へへっ、最後に一回断ろうとして相手を焦らすのがミソなんだよ」
タスクに素直に褒められて気を良くしたのかジャンはジョッキの中身を一気に流し込んだ。
「ネーチャン、お代わりだ! 食いモンもジャンジャン持って来てくれ!」
「おい、そんなに飲んで運転は大丈夫なのか……⁉︎」
「大丈夫、ダイジョーブ! こう見えても俺は酒強えんだよ。2、3杯飲んだところで全く問題ナシ!(※この物語はフィクションです) そういうアンタこそ景気付けに一杯やりなよ、どうせアンタのカネだし!」
「俺は下戸だ」
「へええ? 勿体ねえなあ、飲めねえなんて。あっ、つーか飲み慣れてねえだけなんじゃねえの? そういや、アンタ歳いくつ?」
ジャンの問いかけにタスクは無表情で答える。
「年齢などどうでもいいだろう」
「いやいや、どうでもよくねえよ! 一応、アンタと俺はビジネスパートナーになったんだぜ。相手のことは色々知っとかねえと!」
「…………」
馴れ合うつもりはないタスクだったが、ジャンの言い分にも一理あると考えた。
「……二十五だ」
「えっ、歳上⁉︎ てっきりタメくれえかと思ってたのにマジでアニキだったのかよ! 東国の人間が若く見えるってのはマジだったんだな……」
「そういうお前はいくつなんだ」
「21! ま、4コしか違わねえならタメみてえなモンだな!」
「…………」
運ばれて来た二杯目のジョッキを笑顔のジャンが受け取ると、タスクは水の入ったコップを無言で口に運んだ。




