第54話 火花散る乙女
————翌朝、目覚めたリンファはタスクの看病をするべく彼の眠る部屋までやって来た。
「タスク————」
愛しき人の名を呼びながらドアを開けたリンファの眼に飛び込んできたのは、ベッドの上で眠る彼に慈愛に満ちた表情を向ける見知らぬ顔の女であった。
「だ、誰なら! タスクから離れえ!」
「あなたは……?」
椅子から立ち上がったミロワにリンファが掴み掛かる。
しかし、関節をねじ上げようとしたリンファの手は白魚のようなミロワの手によってするりと受け流されてしまう。
「なんじゃと⁉︎」
師父直伝の擒拿法(関節技)をあっさりと外されたリンファは驚きつつも、次なる一手を繰り出した。
「これならどうじゃ!」
「落ち着いて。話せば分かるわ」
次々と襲い来るリンファの手を柳のように受け流しながらミロワが答える。
「話すことなんかねえわ! ウチのタスクから離れえ言うとろうが!」
「……『ウチの』……?」
聞き捨てならぬ言葉を聞いたミロワの手がゆらりと蠢いた。
「————ふーい……、スッキリしたー……って、ええ⁉︎」
トイレから戻ってきたジャンが目撃したのは、眠るタスクを挟んだベッドの脇から超高速の掴み技を応酬する二人の女侠の姿であった。
「泥棒猫のクセにやるがな!」
「あなたこそ!」
そのあまりの手捌きの鋭さに武術の心得のないジャンには二人がいったい何をやっているのか分からず、「パシッ」、「ガッ」、「ガシッ」といった擬音を耳にするのみである。
「……ス、スゲえ……! 速すぎて見えねえ……って、そうじゃねえよ! やめろ、二人とも!」
「うるさいんじゃ! すっこんどけ!」
「あなたは黙ってて!」
慌てて制止の声を掛けたジャンを二人の美女が一喝する。
当初はタスクを巡って争い始めたリンファとミロワだったが、いざ手を交えてみると思いの外実力伯仲であったために武術家の血が騒ぎ出したのである。すでに当初の目的は頭から消し飛び、今はもう眼の前の女を屈服させてやろうという欲求のみが二人を突き動かしていた。
(————この女には絶対に負けん……‼︎)
(————この女には負けられない……‼︎)
二人の双眸がカッと見開かれ、4本の腕が複雑に絡み合った。
『…………‼︎』
眠るタスクの顔の上で組み合う格好となった二人に再びジャンの喝が飛ぶ。
「だからやめろって! せっかく休んでるアニキが眼を覚ましちまうじゃねえか! ケンカしてえなら外でやりやがれ‼︎」
あまりに真っ当なジャンの叱責にミロワとリンファはハッとした表情を浮かべて掴み合っていた手を離す。
「……私としたことが……!」
「……ウチ、やってしもうた……!」
うなだれて離れた二人にジャンがホッとしたところ、負けず嫌いのリンファはミロワを指差して尋ねる。
「それはそれとして、この女はいったいタスクのなんなんなら?」
「え? えーと……」
「…………」
リンファの当然の疑問にジャンはミロワと顔を見合わせた。
「————彼女はミロワ……」
黙り込む二人に代わって答えたのはベッドに横たわる男であった。
『タスク!』
ミロワとリンファの声が重なり、ジャンはやれやれとばかりに腕を広げる。
「ホラ見ろ。二人が暴れたせいでアニキを起こしちまったじゃんかよ」
「……いや、お前の声がうるさくて眼が覚めたんだが」
「マジで?」
ぺろっとベロを出すジャンを尻目にリンファはタスクに抱きついた。
「タスク、ホンマに生きとってくれて良かった! ウチ、ウチ……ウワアァァァァン‼︎」
「……リンファ。貴女が俺の腕をジゼル殿と二人で繋げてくれたこと誠に感謝する……‼︎」
「そんな他人行儀な言葉なんかええんじゃ! 夫のためならウチ、なんでもする!」
その言葉にミロワの眉がピクリと反応した。
「……いつ、あなたがタスクと結婚したのかしら……⁉︎」
「ウチとタスクは産まれた時から赤い糸で結ばれとるんじゃ。なんか文句あるんか……⁉︎」
再びベッドを挟んで火花を散らす二人を引き剥がしてタスクが口を開く。
「やめてくれ、二人とも。ジゼル殿にも感謝の言葉を伝えたい。そこで今までのことを整理しよう」
「……分かったわ、タスク」
「……タスクがそう言うならウチ、従うわ」
タスクに諭されて素直に引き下がる二人の様子にジャンが独りごちる。
「……なーんか納得いかねえ……」




