第50話 鋭利な言葉
————真っ暗な道を白無垢姿の女が歩いている。
息を切らせた少年が駆け寄ろうとするも先を行く女にどうしても追いつくことが出来ない。
『待ってください‼︎』
呼び止めようと右手を伸ばした少年だったが、その意に反して腕は動かない。ならばと左腕に命令を下したが、やはり反応することはなかった。その間にも白無垢姿の女は歩を進め、少年との距離をさらに遠いものにさせていた。
『姉上……————ッ⁉︎』
気付けば両の腕は肘から先が消失しており、少年は驚愕で足を止めた。
『お、俺の腕が……⁉︎』
『————その哀れな姿ではもはや刀を握ることも、鏡花殿を抱きしめることも出来ないな』
挑発するような男の声が響き、少年————タスクは顔を上げた。
視線の先では黒紋付羽織袴の善磨が鏡花の肩を抱いている姿があった。
『貴様! 姉上から手を離せ‼︎』
『何故だね? 私は鏡花殿の夫となる男だ。祝言を挙げる時が来たということだよ』
『黙れッ! 俺は貴様など認めていない‼︎』
現実を振り払うようにタスクは歯を食いしばって首を振った。しかし、善磨はタスクには無い腕を伸ばして指を突きつける。
『分かっていたよ、佑殿。君が私を超えたがっていた本当の理由を……』
『————‼︎』
『君は純粋な向上心から私を超えたかったのではない……』
『……言うな……ッ』
『君は鏡花殿に肉親以上の情を抱いていた……』
『やめろおッ‼︎』
『君は鏡花殿を姉ではなく、一人の女性として慕っていたんだ————‼︎』
◆ ◇
「————違うッ‼︎」
「うおっ⁉︎」
眼を開けたタスクの視界に飛び込んで来たのは、青い眼を丸くさせた金髪の男の顔であった。
「…………ジャン、か……」
「お、おう……、アンタの良き相棒のジャン様だぜ?」
次第に笑顔になったジャンは椅子に腰を下ろして大きく息をついた。
「……良かったよ……、眼ぇ覚ましてくれて……!」
「…………」
「にしてもビックリしたぜ。アンタがうなされ出したから、顔を覗き込んでみたら急に叫ぶんだもんよ」
「……俺はなんと言っていた……?」
「あー……、『姉上』とか『違う』とか、かな。でも、姉ちゃんが出てくる夢でうなされるなんて珍しいな?」
「…………」
それには答えず周囲に眼を向けてみると、タスクは真っ暗な部屋で自分がベッドに横たわっていることに気が付いた。
「……ここは……?」
「変態ハカセの屋敷の部屋ん中だよ。気を失ってたアンタをリンファちゃんと一緒に運んだんだ」
「……リンファ……?」
「ああ、エティエンヌの街で会った女武術家のリンファちゃんだよ。覚えてんだろ?」
「……ああ。どうして彼女が……?」
「そんなのもちろん愛しのアンタを追っかけてに決まってんじゃんか! 羨ましいね、色男!」
「そうか……」
ジャンの軽口を流したタスクは包帯で巻かれた己の両腕に気が付いた。
「……斬られた腕が……⁉︎」
「ハカセとリンファちゃんに感謝しろよー? 二人がアンタの腕をくっつけてくれたんだからよ!」
「ジゼル殿とリンファが……だが、肘から先の感覚が無い……」
「あ、ああ……、無理もねえよ。くっついたばっかだかんな。数日もすりゃ少しずつ動くようになるさ……」
「…………」
顔を逸らして答えたジャンの様子にタスクは何かを察したように眼を伏せた。
「…………そうだな。ジャン、ジゼル殿とリンファに礼を言いたい。二人は……?」
「昨日の夕方から夜通し手術をやってたから二人とも寝てるよ。今は次の日の夜中だ。リンファちゃんもアンタが眼を覚ますまで起きてるって言ってたけど、スゲえ強えネエちゃんとタイマン張って疲れてたんだろうな。さっき寝落ちしちまったよ」
「あの神州人と思われる女か……。一眼見ただけだが、確かにかなりの使い手だった」
「へ? アニキも会ってたの?」
「俺が闘っていた男と徒党を組んでいるようだった」
「その男って……、無差別殺人野郎のことか……?」
ジャンの問い掛けにタスクは虚空を見つめて答える。
「……俺が闘っていたのは、仇と思っていた男だった……」
「ええっ、マジで⁉︎ ————って『思っていた』って……?」
「奴も同じだったんだ……」
ジャンにはタスクの言わんとすることが分からない。
「……悪い、アニキ。俺にも分かるように言ってくんねえか?」
「奴も容姿が十年前と変わっていなかった」
「————それって……ミロワちゃんと同じだってことか……?」
「ああ。そして、奴はミロワを……アイツを同志だと言っていた……!」
「なんだって……⁉︎」
眼を見開くジャンに対し、タスクはギッと歯噛みして続ける。
「……アイツが幼いフリをして俺たちの前に現れたのは、全て俺を油断させるための芝居だったんだ……! 奴らは人の姿を写し、人を殺す怪物だ。俺は奴らを————」
「————ちょっと待てよ。その話、ミロワちゃんが認めたのか……?」
「……いや……、だが奴がそう言っていた」
「それをアンタは信じたってのか……⁉︎」
「……そうだ————ッ⁉︎」
言葉の途中で胸ぐらを掴まれタスクは上半身を引き上げられた。
「ジャン……?」
「ミロワちゃんが帰ってこねえのも、アンタが何か言ったからか……⁉︎」
ジャンは今まで見たことのない形相でタスクを睨みつける。その迫力にタスクは思わず眼を逸らした。
「…………そうだ。俺はアイツに『怪物』と言った……!」
「————そうかい……」
掴まれていた胸ぐらがパッと放された次の瞬間、タスクは左の頬に強烈な衝撃を受け再びベッドに横たわった。
「…………⁉︎」
いったい何が起こったのか理解出来ないタスクだったが、痛む頬と口内に溢れる血の味から、ジャンに殴られたことにようやく気が付いた。
普段のタスクであれば武芸の心得の無い者の打撃を受けることなどあり得ないのだが、今は両腕が動かせないのと、まさかジャンに殴りつけられるなど想定もしていなかったのである。
「……痛えか……?」
殴りつけた右拳を震わせながらジャンが続ける。
「そりゃ痛えよなあ、思いっきり殴られたんだからよお。……でもな、アンタに『怪物』なんて言われたミロワちゃんは、きっともっと痛かったんだぜ……‼︎」
「————ッ‼︎」
ジャンの発した言葉は刃となりタスクの胸を貫いた。殴られた頬よりも強烈な痛みがタスクを襲う。
「……覚えてるか。アンタ、この街に着いた時に言ってたよな。たとえミロワちゃんが何モンでも絶対見捨てねえってよ……!」
「…………‼︎」
「ありゃ嘘だったのか……⁉︎ 思い出してみろよ。ミロワちゃんがアンタを騙そうとなんてすんのか、あの無邪気な笑顔が全部嘘っぱちだったってマジで思ってんのかよ……‼︎」
「————……」
タスクの脳裏にミロワの笑顔と悲痛な表情が浮かぶ。
「……俺は————」
「————ありがとう、ジャン」
鈴を転がすような声と共にドアが開き、黒髪の女が姿を現した。
「ミ、ミロワちゃん……!」
ミロワは庇ってくれたジャンに会釈して感謝の意を示すと、タスクが横たわるベッドの脇まで歩み寄り床にひざまずいた。
「タスク……、あなたの心を惑わせてしまってごめんなさい……!」
「…………」
「あなたに知られることが恐ろしかったけれど、ようやく決心が着いたわ」
ゆっくりと顔を上げたミロワは迷いなき瞳で告げる。
「————全てを話します……‼︎」




