第3話 『神降ろし』
意外な要求を受けたジャンは大事なことなので、先方に確認を取ることにした。
「————つ、つまり俺にアンタの運転手になれって……⁉︎」
「そうだ。俺はその『ばいく』とやらを操れないからな」
「じょ、冗談じゃねえ! 俺のゼフィール号の側車にはな、女の子しか乗せねえんだ! それもとびっきりの可愛い子限定だ!」
「……それが命を救ってもらっておいて礼をするどころか、逃げ出した奴が言うセリフか……⁉︎」
タスクが眉根を寄せてカタナの柄に手を掛けると、ジャンは慌てふためいて手を振った。
「わあああっ! よせよせ、暴力反対! 人間らしく平和的に話し合いで解決しようぜ!」
「…………」
ジャンの言葉にタスクはひとまずカタナから手を離した。ジャンはホッと一息ついて口を開く。
「————と、とりあえず改めて自己紹介といこうぜ。俺はジャン・ノロ。愛車のゼフィール号で気ままに旅をしてんだ。アンタは?」
「……名はタスク、姓はクサカベ」
「クサカベ……? やっぱ聞きなれねえ名字だな。その片刃剣といい、アンタもしかしねえでも東国の人間か……? 確か……『フソウ国』だったっけか?」
「……そうだ」
タスクの返事を聞いたジャンは失礼にもジロジロと相手の顔を見回しながら会話を続ける。
「ほーん……。話にゃ聞いてたが、フソウ国のヤツと会ったのは初めてだ。で、その極東のサムライがはるばる西国までやって来て何やってんだ?」
「……人を捜している」
「そういや、さっきそんなこと言ってたな。ああ、つまりその人捜しに俺のゼフィール号をアシに使いてえってことか?」
「そうだ」
「人捜しっつったって、ここは広い広い『ウラジーア大陸』だぜ。何かアテはあんのかい? 例えば何処何処に住んでるとか、有名なヤツだとか」
「手掛かりは名前だけだ。俺と同じフソウ国の者だが、十年前にこの大陸に渡ったと聞いた」
「……一応、名前を聞いとこうか」
「————キョウカ・クサカベとゼンマ・ツキシロだ……!」
後者の名を発した時、タスクの黒い双眸がより一層漆黒に染まったが、ジャンはその様子に気付かず首を横に振った。
「悪いけど、全く聞いたことねえなあ」
「…………」
タスクが黙り込む中、ジャンは腕を組んで何やら思案を始める。
(……なんだか面倒くせえことになっちまったなあ。目的地が決まってるってんなら送ってってやってもいいが、手掛かりが名前だけって……そんな砂漠の中に隠されたダイヤを探すような茶番に付き合ってらんねえぜ。やっぱ、隙を見てトンズラするのがイチバン————)
「————言っておくが、また逃げ出しても無駄だぞ。シュウがお前を見張っているからな。その『ばいく』の速度ではシュウを振り切れない」
タスクが指差した上空へジャンが視線を向けると、一羽のハヤブサが悠々と旋回しつつも、その鋭い眼光は自分へとロックオンされていた。
「……脅迫かよ……! サムライってのは曲がったことはしねえと聞いてたが、どうやらデタラメだったみてえだな……!」
「お前が俺に協力してくれれば、こちらこそ礼はする」
「礼ったってな……」
その時、上空から『ピィィィィィッ!』という警戒音のような鳴き声が響いてきた。
「な、なんだ⁉︎ アンタのハヤブサの鳴き声か、今の⁉︎」
「…………」
慌てた様子のジャンとは正反対に無言でタスクがスラリとカタナを抜くと、後方の小高い岩山の陰から黒っぽい何かがのそっと姿を現した。ソレを視界に収めたジャンが眼を見開いて驚愕の声を上げる。
「————でっっっっか‼︎ ヤッベエ、大型『晄石獣』だ‼︎」
腰を抜かしたジャンが指差した先には、熊に似た一本角の生物がよだれを垂らしながら舌舐めずりしている姿があった。その体高は優に5メートルを超えており、人間の一人や二人などペロリと平らげてしまいそうだった。
「グォォォォッ‼︎」
耳をつんざくような咆哮と共に一角熊の鋭い爪が振り下ろされた。タスクは冷静に躱し様に横薙ぎの一閃をカウンターで合わせたが、その剣は針金のような獣毛に阻まれ、わずかな手傷を負わせるのみに留まった。
「グルゥゥゥッ……‼︎」
見事な切り返しではあったが、タスクの攻撃は相手を逆上させたに過ぎなかったようだ。一角熊は真っ赤な双眸をますます血走らせた。ジャンはその様子に絶望の表情を浮かべる。
「あああ、なんてツイてねえんだ! こんなところで『青角』に遭遇しちまうなんて‼︎」
眼にした者を惹き付ける青く光る角を見せつけるようにして一角熊がズンズンと間合いを詰めてくる。タスクはジャンを守るように前に立つと、手にしたカタナを胸の前で横たえる構えを見せた。
「……ジャン。下がっていろ」
「何をする気だよ! いくらお前が強くても、そんな細っそい剣じゃアイツの骨にゃ届かねえじゃねえか‼︎」
苛立つジャンの声には応えず、タスクは眼を閉じて何やら唱え始めた。
「……オン ベイシラ マンダヤ ソワカ、我が呼び声に応えよ————『毘沙門天』……‼︎」
「————うわっ⁉︎」
言葉の終わりと共に凄まじい風圧が巻き起こり、ジャンは反射的に眼を閉じて顔を覆った。
「……な、なんだ、今の突風は————⁉︎」
数秒後、風圧が収まり恐る恐る眼を開けたジャンの瞳に映ったのは逆立った赤毛の男の後ろ姿であった。
「ア、アンタ……タスク、か……⁉︎」
「下がっていろ」
ジャンに呼び掛けられた赤毛の男は眼前の一角熊から視線を外さず答えた。
「グアォォォォッ‼︎」
先ほどの強烈な風圧に脅威を感じたのか、一角熊が両の爪を豪快に振り下ろした。
「ヒィィィィッ‼︎」
目の前の地面が小型ミサイルを撃ち込まれたように深く陥没し、ジャンはその衝撃で後方へと吹っ飛ばされた。しかし、一角熊の爪に獲物を引き裂いた感触は残らず、キョロキョロと辺りを見回したその時————、
「————こっちだ」
声に反応した一角熊が見上げた先には大上段の構えを取った獲物————タスクの姿があった。
淡い光に包まれたカタナが振り下ろされ、赤髪姿のタスクが着地すると数秒遅れて一角熊が額の青い角の脇から股にかけて真っ二つに斬り裂かれた。『ズウゥゥン』と音を立てて一角熊が左右に倒れると、カタナを鞘に収めてタスクがゆっくりと振り返った。
その双眸は先ほどまでの漆黒とは打って変わって金色の光を帯びており、面構えもどこか人間離れした荒々しさを漂わせていた。
「……な、なんなんだよ、アンタ……、その姿は……⁉︎」
目まぐるしい状況に理解が追いつかない様子のジャンのつぶやきに、タスクは静かに口を開く。
「……これは我が一族に代々伝わる一子相伝の戦闘技法————『神降ろし』」




