第2話 『晄石』
瞬く間に十匹もの『晄石獣』を斬り伏せた黒髪の青年にジャンは恐る恐る問い掛ける。
「……タスク……?」
聞き慣れない名に見慣れぬ片刃の剣、突如ジャンの脳裏に閃くものがあった。
「この辺りじゃ聞かねえ名前に見慣れねえ顔つき、それにさっきの『サムライソード』……。アンタ、もしかして……?」
「…………」
しかし、黒髪の青年————タスクはジャンの伺いの声には答えず、何かを促すような視線を送った。
「…………? ————あ! ああ、『礼』な! 分かってるよ。でも、ちょっと待ってくれ」
タスクの言わんとすることに気付いたジャンは懐からナイフを取り出すと、哀れにも首だけになってしまった『晄石獣』の額から突き出ている黒い鉱石らしきモノをえぐり出した。
「……チェッ、こりゃ純度の低い『クズ晄石』だな。ま、この辺りをウロついてるザコ『晄石獣』じゃこんなモンか」
ジャンは手に取った鉱石————『晄石』に悪態をつきながらも慣れた手つきで続けて9個の『晄石』を切り出した。
「ホラよ。アンタが倒した『晄石獣』のモンだ————って悪い! 手がスベッちまった!」
ジャンは8個の『晄石』をタスクへと投げて寄越したが、コントロールを誤ったのか彼の足元へとバラバラに落ちてしまった。
「…………」
しかし、タスクは何も言わずに無表情のままおもむろに『晄石』を拾い始めた。ジャンはその隙を見逃さず、投げずに隠し持っていた『晄石』の一つを愛車・ゼフィール号の燃料釜に入れてエンジンを吹かせた。
エンジン音にタスクが顔を向けた時には、満面に笑みを浮かべたジャンが数メートル先で愉快そうに手を振っていた。
「悪いなあ、東国のニイちゃん! 礼なら次に会った時にさせてくれや! まあ、もう会うこともねえだろうけどよ!」
言うだけ言うと、ジャンは全速力で西の方角へ走り去って行った。
「…………」
助けた相手から礼をされるどころか、戦利品を奪われまんまと逃げられてしまったタスクであったが、全く慌てる様子もなく無言で口元に指を当てると『ピィーッ』と高音を上空へと響かせた。しかし、その指笛はゼフィール号のエンジン音に掻き消されジャンの耳には届かない。
ジャンは懐から取り出した一際大きな『晄石』を眺めながらつぶやく。
「売っても大した値のつかねえ『クズ晄石』には違いねえが、これだけのデカさなら三日分くれえの燃料にはなるか」
抜け目なく一番大きな『晄石』をかすめ取っていたジャンはソレを再び懐にねじ込むと視線を前方へと戻した。
その時————、
「————痛えっ‼︎」
突然、頭頂部に激痛を感じたジャンは左手で頭を押さえた。戻した指先には赤いモノがついている。
「何で血が……⁉︎」
続いて上へ顔を向けると、上空を一羽の鳥が旋回しているのが見えた。
「何だ、ありゃ……、鷹か……⁉︎ まさか、あいつが俺を————⁉︎」
つぶやいている間にも鷹は再びジャンの頭部へと狙いを定めて急降下して来た。
「っうわァァァァァ————ッ!」
鷹の追撃を受けたジャンは叫び声を上げて落車した。
「……う……ぐ……」
なんとか受け身を取って大怪我を負うことは免れたものの、全身を襲う痛みにジャンが呻いた時、何者かの足音が聞こえてきた。
「早い再会だったな」
「……こっちはもう会いたくなかったけどな」
倒れ込むジャンを見下ろしたタスクが指笛を鳴らすと、上空から鷹が降りてきてその左腕へと軽やかに停まった。
「……きったねえな。その鷹、アンタの飼ってるヤツかよ————ッ痛ってえ‼︎」
話の途中でまたしても鉤爪のような嘴で頭を突っつかれたジャンが叫び声を上げた。
「そいつ、アンタの鷹なんだろ⁉︎ もう逃げねえからこれ以上、突っつかねえように言ってやってくれ!」
「鷹じゃない」
「は?」
再び自らの左腕に戻ってきた鷹に干し肉の欠片を与えながらタスクが答える。
「こいつは隼だ。鷹呼ばわりすると機嫌が悪くなる。気を付けろ」
「あ……そう」
タカだろうがハヤブサだろうが、ジャンにとってはどうでもいい。いま重要なのは礼をするどころか、命の恩人から盗みを働いた上に逃亡しようとした自分への処遇だ。
「……に、逃げようとしたのは悪かったよ……」
「別に怒ってなんかない」
言いながらタスクは何かを要求するように手を差し出したが、ジャンは眼を逸らして答える。
「カネはねえ……」
「……シュウ、右眼をえぐっていいぞ」
タスクに命じられたハヤブサ————シュウの鋭い照準がジャンの右眼へと合わされた。
「わああっ! やめてくれ! マジで持ってねえんだ! じゃあなけりゃ逃げ出したりなんかしねえよ!」
「……それじゃあ、食料と水を寄越せ」
「それなら持ってたさ。30分前までだがな」
ジャンはそう言って自らの腹をポンポンと叩いて見せた。
「…………」
わずかに眉を寄せたタスクが再びシュウに命令する前にジャンは先手を取った。
「今は持ち合わせも食い物も持ってねえが、いつか絶対に礼はする! だから勘弁してくれ、タスク————いや、タスクのアニキ!」
「…………」
突然『アニキ』呼ばわりされたタスクだったが、それには構わずジャンの愛車・ゼフィール号へと視線を向けた。
「……お前、旅慣れているようだな」
「あ? ああ、そりゃまあ……」
「……そうか。それじゃあ、礼はアレでいい」
そう言ってタスクが指差した先にあるのはゼフィール号であった。
「えっ⁉︎ いや! ありゃあダメだ! ゼフィール号は親父から譲り受けた大事な形見————」
「そうじゃない」
「へ?」
すっとぼけた顔で訊き返したジャンを尻目に、タスクはサイドカーの側車を指差して続ける。
「あの座席に俺を乗せて俺の行きたいところへ運んでもらおう」
「————ハアァァァァァッ⁉︎」
名もなき荒野にジャンの絶叫が響き渡り、それはあるモノの耳にも届いた。




