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鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第1章 東国の剣士

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第1話 黒髪の青年

 ————物語の舞台は『ウラジーア大陸』。

 

 人類は有史以来、様々な地域で紛争を起こしながらも着々と文明を発展させ、AD1750年の産業大変革によってさらなる発展を遂げる————はずだった。

 

 産業大変革の10年後、世界各地で同時に出現した『あるモノ』の脅威により、人類は文明発展の方向性の変更を余儀なくされることとなった。

 

 

           ◆

 

 

 ————AD1775年、ウラジーア大陸の西側に位置する『ゴール国』————

 

 

 果てしない地平線が続く荒野を一台のバイク————サイドカーが砂煙を上げて疾駆している。

 

 屋根付きの側車には荷物の類しか積まれておらず、ハンドルを握っているのはゴーグル姿の痩せ型の男。肌の質感やシワの少なさから年齢は二十歳(はたち)くらいだろうか。ゴーグルの若者はハンドルを絞りながら焦った様子で(しき)りに背後の様子を窺っている。

 

「————チックショウ! ツイてねえぜ、こんなところでヤツら(・・・)に絡まれちまうなんて!」

 

 悪態をついたゴーグルの若者は前方に向き直ってハンドルを握る手に力を込めた。

 

「しかーし! このジャン様の愛車『ゼフィール号』の脚を持ってすれば逃げ切れない相手などいないッ!」

 

 高らかに言い放ったゴーグルの若者————ジャンは慣れた手つきでギアを上げてアクセルを全開放させた。

 

 ジャンの意識と同調したようにゼフィール号がマフラーから黒煙を上げてその速度を上昇させると、背後からの追跡者たちをみるみるうちに引き離す。

 

「ヒャッハーッ! 見たか、ゼフィール号の真価を! てめえらなんか————」

 

 得意げにベロを出して再び振り返ったジャンだったが、次の瞬間、その表情が凍りついた。

 

「————あ?」

 

 ボスンボスンと音を立ててゼフィール号の速度が明らかに鈍ってきたのである。

 

「お、おい? どうしたんだよ、ゼフィール? いい子だから言うこと聞いてくれよ!」

 

 慌ててアクセルを吹かせるもゼフィール号は速度を上げるどころか、遂には完全に挙動を止めてしまった。見れば燃料釜が(から)になっており、ジャンは頭を抱えた。

 

「マジかよ‼︎ こんな時に燃料切れ⁉︎」

 

 先ほどまでの勝ち誇った様子から一転、絶望の声を上げたジャンの背後から追跡者たちの足音が響いてくる。

 

「…………!」

 

 恐る恐る振り返ったジャンの眼に映ったのは10匹ほどの狼の群れであった。牙を剥き出し、唸り声を上げるその姿はまさしく獰猛な獣のそれだったが、尋常の狼とは明らかに違う点が二点あった。

 

 その双眸はまるで火を噴かんばかりに真っ赤に染まっており、さらに眼を引くのは額から突き出している(ツノ)の存在である。だが、そのゴツゴツとした質感はまるで何かの鉱石のようで、生物と無機物のアンバランスさがより一層この獣の恐ろしさを引き立たせていた。

 

「くっ!」

 

 ゼフィール号()を失ったジャンは腰に提げたホルスターから一丁の拳銃を抜いて眼前の狼たちへ向けて構えて見せた。しかし六連発銃(リボルバー)では数の勘定が全く合わず、ジャンは焦りと恐怖で歯をカチカチと鳴らした。

 

「……クソッタレ、このジャン様がこんなところで————」

「————おい」

 

 声のした方へ顔を向けると、いつの間に現れたものか埃除けのマントで身を包んだ黒髪の青年が仁王立ちしているのが見えた。突然声を掛けられ唖然とするジャンに青年が再び口を開く。

 

「助けてやろうか?」

「へ?」

 

 間の抜けた顔で訊き返したジャンに対して青年は表情を変えずに続ける。

 

狼ども(こいつら)から守ってやろうかって言っている」

「……で、出来るのか……⁉︎ アンタに……」

「ああ。払うものを払ってくれればな」

 

 そう言って青年は人差し指と親指を合わせて円を作って見せた。

 

「カネ取んのかよ⁉︎」

「当たり前だろ。慈善事業じゃないんだ。カネが無ければ食料や水でもいいが、それが命よりも大事だと言うなら俺はお前が襲われている間に先へ行かせてもらう」

「わ、分かった! コイツらから————『晄石獣(ジェムート)』から守ってくれたら礼はなんでもするよ‼︎」

「その言葉、忘れるなよ」

 

 ジャンから言質を取った青年はマントの隙間から棒状のものをスッと突き出した。その様子にジャンは心の中で大いに毒づく。

 

(コイツ、偉そうに助っ人買って出たクセに武器が『剣』かよ⁉︎ このご時世にナニ考えてやがんだ⁉︎)

 

 ジャンが内心で毒づいている間にも青年は剣をスラリと抜いた。それはこの辺りでよく見られた両刃の直剣ではなく、反りが入った細身の片刃剣であった。刀身に入った何かの紋様があまりに美しく、先ほどまで毒づいていたジャンは思わず吸い込まれるように青年の剣を見入ってしまった。

 

 剣を抜いた黒髪の青年がジャンを守るように前に踏み出すと、『晄石獣(ジェムート)』と呼ばれた狼たちが唸り声を上げて一斉に飛び掛かった。

 

 青年の剣の美しさに見惚れていたジャンだったが、『晄石獣(ジェムート)』たちの唸り声に我に返ると、青年に手を振ってクルッと背を向けてしまった。

 

(すまねえ。親切————じゃねえか、身の程知らずなニイちゃん。アンタのことは一週間くれえは忘れねえよ……!)

 

 青年が襲われている間にこの場から出来る限り距離を取ろうと考えたジャンは続いて燃料切れの愛車へと視線を移す。

 

(ゼフィール号、ほとぼりが冷めた頃に燃料を持って戻って来てやるからな。それまで誰にも浮気し(盗まれ)たりしねえでくれよ————)

 

 愛車へしばしの別れを告げ、駆け出したジャンだったが突然『晄石獣(ジェムート)』たちの唸り声が途切れたことに気付いて脚を止めた。

 

「————‼︎」

 

 ゆっくりと振り返ったジャンは自らの瞳に映った光景に驚愕の色を隠せない。

 

「……終わったぞ」

 

 黒髪の青年は反りの入った片刃の剣————『刀』を美しい所作で鞘に納めると、驚きで眼を見開かせているジャンに声を掛けた。

 

 その足元には一太刀で首を落とされたであろう『晄石獣(ジェムート)』たちの死骸が無残に転がっていた。さらにジャンを驚かせたのは青年の立ち姿である。

 

 青年は一呼吸のうちに十匹もの『晄石獣(ジェムート)』を斬り伏せたにも関わらず全く息が乱れておらず、その身に一滴の返り血も浴びていなかったのだ。

 

「ア、アンタ……、いったい何者なんだ……⁉︎」

「……お前の国では人に名を尋ねる時はまず自分から名乗るという文化はないのか……?」

「あ、ああ。俺はジャンってモンだ……」

 

 こういう場合、馬鹿正直に名乗ったりはしないジャンだが、何故か本名を青年に告げてしまった。

 

 青年はジャンの返事にうなずいて見せると真っ直ぐに向き直り、静かに口を開いた。

 

「……俺の名はタスク。人を捜して旅をしている」

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