第18話 感傷的なジャン
————あの神州人の女がいた街を離れて2週間が経った。
あれから佑とジャンはこの大陸に渡って来た扶桑の民たちが暮らす集落を回っているが、いまだに鏡花と憎き仇である月代善磨の手掛かりは見つかっていないようだ。遠い異国の地にてたった二人の人間を捜し出すことがいかに困難なことなのかは私にも分かっている。現地人を雇ったからと言って、簡単に見つかれば誰も苦労などしない。
それはそれとして、自分のものとは別にこやつらの分も獲物を確保するのは骨の折れる作業ではある。佑は素直になんでも口にするがジャンの馬鹿と来たら、やれ蛇は嫌だ、鼠は勘弁だの色々と文句が多い。そう都合よく兎や鴨ばかりいるものか。まったく、獲ってくる私の苦労も知って欲しいものだ。
……っと、いかんいかん。私としたことがつい愚痴をこぼしてしまった。
我が主・鏡花を見つけ出し、そして日下部家の仇を討つためならばこのシュウ、いかな艱難辛苦にも耐えてみせよう……!
◇
「————『紫電一閃』!」
雷の力が込められた一刀を受けた6メートル級のワニらしき生物は全身を痙攣させた後、白眼を剥いて仰向けにひっくり返った。その衝撃により大量の水飛沫が宙を舞い、土砂降りの雨となって水面に降り注いだ。
「やった! 『赤晄石』ゲットだぜ‼︎」
雨が止んだのを見計らって、水辺のほとりの木陰からジャンが姿を現し喝采を送った。腹を見せて水面に浮かんでいるワニらしき生物の額にはその言葉通り、似つかわしくない真紅の巨大なツノが鈍い輝きを放っていた。
ワニ型『晄石獣』を仕留めた青年がカタナを収めると、その髪色が紫から黒へと緩やかに変わっていく。
「……ついでに食料も確保できたな。ありがたく頂こう」
水面にはワニ型『晄石獣』とは別に十数匹の魚も浮かんでおり、なにやら死屍累々といった風情であった。
◇ ◇
————夕暮れの河原では木串に刺された魚が焚き火の熱にあぶられ、その身から脂をポタポタと滴らせている。やがて脂が切れると、代わりに食欲を誘う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐってきた。
「いやあー、どっちかっつうと肉派なんだけど、魚もこうやって食うと美味えモンだな!」
豪快にかぶりついたジャンが上機嫌で食べカスを飛ばした。一方、焚き火の向かい側に陣取るタスクは、糧となった生命に感謝するようにゆっくりと噛み締めて胃に収める。
「俺は魚の方が好みだな。この大陸の魚も美味いが、故郷の山女などは絶品だった」
「ヤマメ?」
「川魚だ。塩を振って食せば飯が何杯でもいける」
「へー……、なんでも黙々と食うアンタがそこまで言うなら、そのヤマメってのは相当に美味いんだろうな……!」
想像で垂れたヨダレを拭ったジャンは後ろを振り返り、焼かれていない魚をついばんでいるハヤブサに声を掛ける。
「シュウ! お前は肉と魚、どっち派なんだ?」
「そいつは肉の方が好みだ。与えられれば魚も食すが、好んで自ら狩ったりはしない」
「そっか。でも、人からもらったメシは美味えモンだろ?」
「ピピ……」
ジャンの言葉にシュウはクチバシを止め、「偉そうに、お前が獲った訳じゃないだろう」というような視線を送った。しかし、ジャンはその視線の意味を全く読み取れず、かたわらの真紅のツノへ顔を向ける。
「……それにしても『赤晄石』なんて初めて手に入れたぜ。サイズはこないだの『青晄石』に及ばねえが、傷も少ねえしコレなら2万5千————いや、3万は下らねえはずだ……!」
「では当分、路銀には困らないということだな?」
タスクに尋ねられたジャンは傷つかないように『赤晄石』を布で包んでバッグにしまった。
「ああ。これで当分シュウちゃんにメシの調達を頼まなくて済むし、いい宿にだって泊まれるぜ」
「俺が言っているのは『晄石狩り』で余計な時間が取られなくて済むという意味だ」
真剣に話すタスクの様子にジャンも真顔に戻って答える。
「……分かってるさ。アンタのおかげで今まで随分稼がせてもらってんだ。その分はしっかり働くぜ」
「…………」
「アンタの気持ちも分かるよ。ここまでフソウ人の『コミュニティ』をいくつか回ったけど、全部空振っちまったモンな。でも、他にいい作戦が浮かばねえ以上、数当たるしかねえよ」
腕を広げて話すジャンに、腕組みをしたタスクが口を開く。
「報奨金を出すというのは?」
「見かけた奴に金一封ってかい? やめときな。ガセネタ掴まされてスッカラカンになるのがオチだぜ」
「…………」
ジャンの言葉にタスクは無言で視線を落とした。代わりにジャンは夜の割合が濃くなってきた空を見上げる。
「……死んだ親父が言ってたんだけどよ。俺が生まれる前————『産業大変革』前まではこの国も活気に溢れて、真っ直ぐなヤツが多かったらしいんだが、数十年前に『晄石獣』どもが現れて変わっちまったんだと。人間の心が荒んで義理人情ってモンが失くなった代わりに、他人を出し抜いてでも生きれば良いっつう考えのヤツらが増えたってよ」
「…………」
「……ま、そういう俺も一攫千金を狙って『晄石狩り』やってる時点で同じ穴のナントカってヤツだけどな。でも、たった一人の肉親だった親父が病気で死んじまって、当時14のガキだった俺には他の選択肢なんか無かったんだ」
「ジャン……」
タスクに名を呼ばれたジャンはハッとした表情を浮かべると、慌てて串をサッと掴んだ。
「……しゃべり過ぎちまったな。食おうぜ。冷めちまう」
「ああ」
珍しく感傷的になったジャンにタスクはそれ以上なにも訊かなかった。




